伝書
パタン。
勢いよく本を閉じた。
裏表紙をしばらく見つめた後、ひっくり返して表紙を眺める。
〈 転生騎士 ユースタス・マークス1 〉 ユルサルベル・マギノ著
金箔押しというのだったか。革表紙には金色の文字が流れるような書体で光っている。
手垢で黒ずんだ茶色の革表紙は結構な大きさと硬さで、凶器としても十分使えそうだ。
また本を適当に開いてページをつまんで、指の腹で擦ってみる。
本の中の紙質は、慣れ親しんだ紙よりやや厚く、ザラザラとはいかないまでも指にかかる感じはする。しかしページを繰りにくいほどではない。書かれている字については・・・ちょっとよく解らない。筆記体で書かれているが、人が書き写した写本のような物ではなく、印刷されたもののように見える。
製本についての知識はほとんどないが、製紙や印刷技術は産業革命と言われるほど世界を変えたと聞いたことがある。ならばこの世界が、その時代・・向こうの世界で産業革命があった時代と同じ文明レベルにあるのか?と言われると・・・ちょっとどうだろう。
・・・まあ、“この世界”と“元の世界”を比べるのは、いささか無理がある比較ではある。前提条件が大分違う。
(しかしまあ、こっちの世界でも、転生モノ小説があるとは思わなかった・・・)
―――
人口の9割が魔法使いという魔法技術が進んだ世界で、生まれつき魔法が使えないハンデを背負った主人公・ユースタスはそれでもなんとか身を立てようと、剣の道を志す。(なんでも魔法で片付く世界で、剣は無用の長物になってたようだ)
魔法至上主義者達の差別を受けながらも、弛まぬ努力で剣の道を極めつつあったユースタスは、親友だと信じていたの魔法使いバラムンドの罠に嵌り、異世界に転生してしまう。
新しい命として転生したその世界は、〈魔法の無い世界〉だった。ユースタスは持ち前のポジティブシンキングと前世の記憶を駆使して、再び剣を極め直し、その世界で英雄となっていく。
ついでに登場する数々の女にもモテる(登場する傭兵も冒険者も騎士も山賊も何故か全部女。やっと出てきた男キャラと思われた王子まで実は姫だった)、そして一大ハーレムを築いていく。
ちょっと固めの戦記モノかと思ったらハーレムモノか・・・。
この頃から大分話が軽くなる。最初はシリアス調だったのに。
純愛に見せかけた爛れた生活を送っていたウハウハ(死語?)なユースタスの身辺に不審な影が・・・
と、ここで一巻は終わった。
元の世界では、所謂“転生モノ”は一大ジャンルだった。
現代日本人が、まだまだ発展していない異世界(ゲーム世界?)に転生・転移し、元の世界の技術や思想、あるいはゲームシステム的な所謂〈チート能力〉を使って、無双したりハーレムを作ったりして、面白おかしく暮らす。
テンプレの多いジャンルではあるが、自分は結構好きで読んでいた。
・・・まあ、“読む”と“やる”では大違いだったが。
何の気はなしに、パラパラとページを流していると最後のページの端に、
「公歴197年 刊行」と書いてある。
(・・・ふむ。9年前の本なのか)
読み終えたばかりの物語を振り返り、本の背を撫でながら、この本はちゃんと売れたのだろうか。ちゃんと続刊は出たのだろうか。まさか自費出版か。著者は飢えてないだろうか。と、益体もないことに思いを馳せる。
不思議なことに、話の続きは気にならない・・・。
つらつらと考えながら、本を閉じたと同時に・・・
バンッ
と部屋のドアがすごい勢いで開いた。殴り開けてんのか蹴り開けてんのか、勢いよく放たれたドアはすごい勢いで半円軌道を描いて壁にぶつかると、反動で戻っていく。
ドアを開けた張本人の元へと。
「へびゃんっ!」
急いできたのだろう、前のめりになってた闖入者の顔面に、それはもう勢いよくぶつかった。
まるでコントのような一連の流れを、俺は、ただただ冷めた目で見てた。嘆息も一つ。
ドアを強襲してドアに反逆されたのは、全身ヒゲモジャのごつい大男だった(笑。全身ヒゲモジャって!?)。ゼーハー言いながら涙目で、鼻を押さえながら(鼻血が出てら)、何か言いたいのかそれとも言葉を忘れてしまったのか口をパクパクしている。(金魚みたい)
この世界はこのヒゲモジャにどんだけのナニを盛り込むつもりだ?
「・・・バンダ。落ち着け」
この男に会うたび、同じことを何べんも言い続けているが、まったく利いた風がない。生来の粗忽者が斯くも度し難いものとは、この世界に来てから知った新しい知識だ。知りたい知識ではなかったが。
その男バンダはしばらく「ぜー、ふー、うぶっ、はー、ぐっ」と獣のように唸った後、右手の人差し指と親指でマルを作った。落ち着いた、ということだろうか。(このOKの所作がこっちで普及してると知ったときは驚いた)
「わ若っ」
バンダ、やっと人間に進化して言葉を得たんだな、よかった。
「ててーへんでっすっ!オンデルでっクモがでけー魔でっウリトンやらが出て森でズシャッてっ!」
落ち着けてねーよ。
なんのOKだよ。
意味不明。不可解言語を発した本人はそれ以上言葉が思いつかないのか、ドア口で口を開けてこちらの反応を待っているのみ。
(俺が察してやるしか、無いというのか・・?)
【オンデル】・・・この町から西へ二日半ほど行った所にある、オンデルの森のことだ。
【クモ・魔】・・・クモの魔物が出たか、ただのクモが魔物に変異したか。それはそれはでっかいんだろうな。
【ウリトン】・・・《紅の旗》傭兵団に所属する傭兵・ウリトン・バーザのことだろう。実力は若手で頭一つ抜けているが、自信からか我が強く突出しがちな男だ。ジャイ○ンみたいだ。
【ズシャ】・・・何かの効果音か?
事前情報と共に纏めてみよう。
ウリトンを含む6人で構成される傭兵部隊・オーダ班は、定期巡回契約により、先週からオンデルの森に近い場所にあるクロワト村に入っている。
定期巡回契約。業界では単に「巡回」と呼ばれる哨戒契約の一つだ。今回のケースで云えば、オンデルの森に接する3つの村との契約により、各村に5~10日ほど滞在し、森林周辺と森林内に危険な魔獣や魔物が生息してないか探査し、発見次第討伐する契約のことだ。無論討伐代金は別途請求だが、引き換えに討伐した獲物は村に権利がある。ついでといっては何だが、巡回の際、地元商人やボランティアの奉仕医師も伴っていく。その護衛代も貴重な定期収入だ。
・・・まあ、斬った張ったの仕事に怪我は付き物だ。おそらく、でっかいクモと戦って怪我したんだろう。ズシャって、怪我した音・・だろうか?
ん?
クロワト村でケガしたなら、こっちへはムッカ(伝令鳥・3歳♂、オーダ班所属の偵察員・クリュネの使い魔)が知らせてきたのだろう。つまりは伝書だ。この目の前のヒゲモジャが伝書を読んで、ズシャって書いてあったのか?そんなまさか。どこから出てきた、ズシャ?
「・・・わ・・若?」
黙ったままのこちらを、心配そうにこちらを見つめてくるバ・・ヒゲモジャ。
またもやあらぬ方へ思考が飛んでしまった。クセだな。
周囲の人間には無口だなんだとよく言われるが、中身はこんなもんだ。口数少ない奴ほど頭の中では喋ってんだぞ?俺が見本だ。
とはいえ、今の時点での予想や予測にそれほど意味はない。とりあえず一番手っ取り早い方法を採ろう。
「バンダ。とりあえず、伝書よこせ」
はよよこせ。