評価
「随分、あの少年を気に入っておいででしたな、閣下」
聴取も終わり、あの少年とバックストン殿が部屋を出た後、オディム殿が副団長に問いかけた。
天幕の中にはマスキム副団長、オディム副官、ルージャ小隊長、そして私フェルニ・ノーノスノート小隊長(小隊長!)の4人・・・ギオニスもいたな。影が薄いので忘れていた。
「・・・オディム、あの少年を殺せるか?」
私は驚いた。なんでもない世間話の様に自然に、副団長がそんな言葉を口にしたことに。
「無理ですな」と澄ました顔で答えた。
「ルージャはどうだ」
「ご冗談を」と肩を竦めた。
心を落ち着けて、話に耳を澄ます。
(・・・それほどまで、だろうか?)
さっきまで、ここで事情聴取を受けていた少年を思い出す。
最初、バックストン殿に貴族の姓を持つものが傭兵をやっていると聞いた時に、自分の中に侮りが生まれたのは感じた、何を酔狂なことを、と。どうせ貴族の次男三男の部屋住みのボンボンが騎士にもなれず身を落したのだろうと。
目にしたのは、子供だった。
本当に、普通の少年だった。むしろ同年代の少年より小柄なのではないだろうか。副団長とのやりとりに年齢にそぐわない雰囲気を感じたものの、貴族の子息と言われれば、「そのようなものか」と思う程度のものでしかない。
(あの腕、私の手首よりも細かった気がしたぞ)
かたや、オディム副官殿は“双刃のオディム”の名の通り、反りのある大振りの剣の二刀流で有名な武人だ。騎士団内でも上位の使い手である。戦術にも明るく、副団長の懐刀だ。
かたや、ルージャ殿は“最高の魔法戦士”と呼ばれる傑物と名高い。魔道戦士ではなく魔法戦士。一部の属性に限られるが、詠唱や儀式などの触媒なしに魔力が扱える戦士。剣の腕も相当なものだ。
どちらも、今回初めて小隊長に抜擢された私より各上の騎士だ。
その二人よりあの少年の方が・・・?
「納得いかないような顔だな、フェル?」
「い、いえ、私には普通の少年のように見えましたので」
「ふむそうだな。普通はそうだ。儂でも底が見えんかった。だが性根はなんとなく解る」
副団長がしきりに顎を撫でる。
「フェル。傭兵団は5人死んだそうだな?」
「はい。そう聞いてます」
巡回業務に就いていた6人の内5人が亡くなったと聞いた。
「なら、あの少年が見過ごすことはないな」
「ですな」
「当然でしょう」
??
なんの話だ?
「それは・・・どういう?」
「ギオニス、仕事だ」
また急に、話を変える。この人は・・・。
急に呼ばれたギオニスは、「へっ?」と抜けた声を出した。ふ抜けてる。殴ってやりたい。
「お前はあの少年と馴染みだったな。あの少年につけ。スパイしろ」
え?
「・・・へぇ、えっ?自分がですかっ!?」
「お前以外に誰がいる」
「・・・たぶん、一発でバレますよ?」
「だろうな。今回の件に関してはあちらに華を持たせる。お前は一部始終を見て結果を報告してくれるだけでいい。お前が行くだけで意図は伝わるだろう」
「それは・・いったいどういう・・・」
思わず私が声をあげてしまった。
「黒幕はあっちに任せて、向こうに恩を売っておくってことさ」
ルージャが答えた。
「恩?黒幕は傭兵団に任せるのですか?では私たちは・・・」
クモを掃除するだけか?
「我々はもともとここに演習に来ただけだ。その延長上の事をする」
なぜか、不快だ。不服だ。不満だ。
「フェルは顔に出やすいな」
う。
うう。
「フェルには、ギオニスと一緒に行ってもらう」
「うぇ!?」変な声でた!
「ど、どういう事でしょうか!?」
副団長に詰め寄る。
「顔が近い近い。お前はギオニスと共に行動して手綱を取ってもらう」
「・・・え、でも私は、今回、初めて、小隊長になって、」
「うむ。一時解任だ」
はふっ!
わ・・・わたしの・・小隊長としての・・初任務が・・・解任・・・
遠征前・・内示がでて・・うれしくて・・
でも小隊長として仲間の命を背負うことに重圧を感じて・・・
それでも騎士仲間にもおめでとうっていわれて・・・
父と母とマリーとお祝いして・・・
はりきって・・・
な・・・泣きそうだ・・・
気が付くと、目の前に人がいた。
ギオニスが聖女もかくやの素敵な笑顔で、握手を求めてきた。
「一緒にがんばろう!」
ガッ!!
つい、拳が出てしまった。
―――
「ひどいよ・・・僕が何したってのさ・・・」
「す・・すまない・・・」
―――
「・・・というわけで、お世話になります!」
洗いざらい話した後、ギオニスが元気に挨拶した。(なんで右頬腫れてんの?)
・・・チッ。あのおっさんに読まれたか。
「悪だくみした意味なかったな」とバウロ。
「へっ、騎士団の中にも解ってる奴がいるじゃねぇか」とザイケン。
「まあ、渡りに船なんだ。こそこそしないで良いぶん面白味はないが、気は楽だ」
バウロもザイケンも正々堂々派だからな。
俺は小細工も大好きだ。
「どっちにしてもやることは変わらん。バウロとザイケンの班はここの警備」
ザイケンが不満顔になるが、無視。
村内には騎士団も交代で来はするだろうが、ここは俺らの戦場で騎士団は必要以上に当てにはしない。少数防衛はチームワークが鉄則。
当初の作戦では、警備人員を多く見せかけつつ、偵察兵を抜き出し、周辺監視ということで黒幕の痕跡を追う手はずだった。これは現隊22人での正式任務として受けているのでごまかさ・・じゃない、融通つけないといけないのでゲフン。
探索には人員が多く必要になるが、ないならあるもの使えばいい。
こっちの使い魔をつかって“騎士団”を監視する。人海戦術で最も的に当たりやすいのは騎士団。使い魔持ちを警備免除で全員探索に引っ張る分、防衛には戦力を残さないといけない。そのまとめはクリュネにさせる。
俺はちと違う追い方をする。連絡はすぐにつけられるようにフォッサが帯同する。
「んで、あんたも?」と、突っ立ったままの女騎士殿にも聞いてみた。
ギオニスはスッと、ほんとに何の違和感もなくスッと輪に溶け込んで座ってる。
「・・・内密にあなた達の行動の顛末を報告せよと、命を受けている」
うん。内密って言っちゃってるね。
「それはまた、ご苦労なことで」
「・・・」
小隊長から外されたらしい、さっきギオニスがペラペラと喋ってた。後ろにいた女騎士殿のものすごい殺意のこもった目には気づかなかったようだ。
「べつに、今からこっちにこなくても」
もう日は暮れて、日は沈んでいる。お仕事は明日からだ。
今、この村内は100人を超す人がひしめき合って、来た時のうら寂しさが嘘の様だ。アザレア騎士団が大量の物資を持ってきたおかげで、晩飯もちょっと豪華。むろん、後で請求くるけど。(自前の食べてもいいけど、騎士団の方が新鮮だった)
「君から目を離さない様、言われている」
おお、知らんうちに警戒されてる。
あのおっさん、気がいいのか悪いのか。
「しかし、アトルはやっぱりモテるね~」
なんだ?ギオニス。飲んでも無いのに酔ってんのか?
「オレも若の将来が怖くて仕方ないわ」バウロ。
「でも兄貴、若だし、しょうがねえよっ、ダッハッハッ」ザイケン。
右を見ると、ポーレさんがスープをはふはふしながら飲んでいた。
左を見ると、クリュネが何か世話を焼くことはないかとこっちを窺っている。
後ろを見ると、女騎士殿が突っ立っている。
俺は正面を向いてしばし考え込むと。
一つ肯いて、スープを掬って飲む。
「俺実は、年下好みだったんだ」
と言ってみた。
ポーレさんは、なんかしゅんとしてしまった。
クリュネは、なんか固まってる。
女騎士殿は、澄んだ目で首を傾げた。
「冗談だよ冗談」
余裕ぶって見せたが、なんか落ち着かない。