考察
「奴の要求は、俺たちにココから去って欲しい、というモノでした」
俺は話し始める。
「つまり、私たちがここにいると困る、ということですな」
さすがに理解が早い。
「な、なるほど」
オットー、無理に肯かなくていい。
「はい、恐らくこの周辺に隠れ潜んでいるのを発見されては困るのでしょう」
「・・・ほう、なぜそう判断できるのですかな?」
「まず、主と使い魔との契約回線に距離はほぼ関係ありませんが、回線を経由して【力】を使うのなら話は別です。奴の使い魔は恐らく、女王種を頂点とした、群体任意統制型の使い魔でしょう」
「?」
まあ、ふつう知らないよね。
「つまり、最初の個体が2世代目、2世代目が3世代目と増える形で社会を統制する形式です」
「ふむ」
「任意統制型は、アリやハチの随意統制型とは違って、本能に社会構造が刷り込まれていないから、主は自分の手に負える範囲を、自分と使い魔、両方で制御していかないといけません」
「なるほど」
「主と使い魔の間に距離は関係ありませんが、主と使い魔の眷属の間には距離が関係します。つまり主は使い魔を中継した魔法で眷属を運用しているのです。契約を介していないので、力を使うし、ロスも大きい」
「な・・なるほど」
「つまり運用上、主と眷属は離れられないということです」
「・・じゃじゃあ、その使い魔を潰せば、全部のクモが操れなくなるってことっすか?親分倒せば子分も全部死んでしまう、みたいな・・・。そう、さっきのクモが最初の使い魔なんじゃ?喋ってたし・・・」
オットー・・・。
俺は決して、残念な目をお前に向けはしない。
「確かに大元の使い魔を倒せば、クモの統制は崩れる。しかし、女王の統制を失ったどれだけの数がいるかわからないクモの大群が、どこで何をするかはわからないがな。
使い魔と眷属は別個体だ、主従関係はあるが、生命の共有関係にはない。そしてアレは末端のクモだ。【声飛ばし】を仕込んだ、ただの眷属クモ。恐らくあの場にはもう一匹クモがいて、俺の視界にはいらない場所で視覚による監視をしていたはずだ」
「??」
ふむ。解ってないな。
「死んだふりしてるクモに俺が剣を投げたとき、ヤツは躱しただろ?」
「ああ、そういえば、そうっすね」
「あの角度からの投剣は倒れたクモには見えてなかったはずだ、なのに躱した」
「ほう、アトル殿の投てき動作を、別の眼が見ていたと?」
「はい。そもそも死んだふりしていたクモは、偵察クモのくせに顔をこっちを向けてなかった。なのに剣を躱した。しかしこっちの声は聞こえていたことから、聴覚の共有が行われています。偵察するなら、視覚より聴覚で諜報する方が有益な場合もありますからね」
喋ってたら、喉が渇いた。オットーの水筒奪い取って飲む。
・・・・全然、残ってない。
「最後に剣を投げた時、大振りで溜めて投げたのに、奴は回避動作どころか身じろぎもしなかった、回避は反射。あの末端蜘蛛が視覚共有なら、真正面からの攻撃に身じろぎ一つしないのは解せません」
何かが自分に向かって飛んでくる恐怖は、一朝一夕で克服できるものじゃない。しかし、予備動作を大きく取って投げたものの、飛んでくる剣が速くて見えなかった可能性もある。クモの動体視力を俺はよく知らない。
「つまり、ヤツには最後の投てきの予備動作が見えてなかったと?」
「はい。その為、投てき場所をずらしてみました」
「ずらした?オットー君の近くと、私の近く、そんなに変わらないように思えるが・・」
「その前に、一つ説明しておかなければいけないことがあります。使い魔の感覚共有は大変便利ですが、例えば、二匹の使い魔と同時に視覚共有などは、出来ません」
「ふむ、訳が分からなくなるだろうからな」
「その通りです。人と獣や虫では見える物事の捉え方が違います。だから主と使い魔といえど漠然とした意志のやり取りしかできません。つまり使い魔や眷属が何匹居ようと、正確な監視活動はクモの主自ら行うしかありません。だから監視の目は一つしか維持できません。
ということは、二つの場所を監視するためには、二つの場所を同時に監視できる場所に陣取らないといけないというわけです」
「なるほど、しかし、なんというか、こう複数の視覚をパッパッと変えることは出来ないのだろうか?」
「使い魔となら出来ますが、眷属とはそう簡単に切り替えることは出来ないと聞いたことがります。眷属は、あくまで使い魔の眷属であって、主自体の配下ではないからだと」
「なんか、ややこしいっすね」
そうだな。
「仮に主がこの周辺にいたとしたら、監視を俺らだけに置くでしょうか?」
「ん?ああ、そうか、今、外で戦っている彼らの監視もしておきたいだろうな」
「そう。使い魔か眷属一匹を使って、このあたり一帯の監視をするのに、最適な場所があります」
ウザン氏が気づいたようにあたりを見回す。オットーもつられて見回す。
「・・・あそこか。あの岩山の上」
「はい。あの山の上以外なら、俺たちが越えてきた丘陵しかないですが、あそこは見晴らしがよすぎて隠れるには向かないし、俺たちが探査しながら行軍してきてる」
遠すぎず近すぎず、丘陵と岩山以外に見晴らしのいい場所は他にない。
「岩山に監視がいると仮定して、最後のクモには馬車の影から剣を投げました。岩山の上にいたなら、見えなかったはずです」
ほぼ勘だけど。
「なるほど。ふむ・・可能性を潰すために聞きたいのだが、敵が使い魔を二種類使役してる可能性はないのだろうか?例えばクモと鳥とか?」
それならば監視の目も素早く切りかえられなくもないが・・。
「可能性がないわけではありませんが、使い魔契約は基本一人一種です。先ほどのクモと鳥などは、双方の相性が悪いので、成立できません。鳥はクモを捕食しますので」
これも、フラウバンの受け売りだが、自然の中に置いての捕食者非捕食者は同時契約できないらしい。使い魔になっても使い魔同志がエサ・天敵に見えるらしい。
さらに、使い魔契約は魂に於いての契約なので、相性はもとより、使い魔の同時使役は魂をさらに分割する行為に等しい。最悪魂が割れるそうだ。それが一体どんな状態を指すのかはわからないが。
(いや、或いは下位同族を複数なら?眷属ではない特殊個体?大元自体が特殊個体?)
聞いたことないが・・・これは・・・なんか引っかかるな・・・。
「アトル殿は、本当に博識でらっしゃる」
考え込んでいると、ウザン氏に感心された。
「うちの若はスゴイ人ですからねっす!」
なんでお前が自慢する。そこはかとないバンダ臭がしやがる。
「しかし、これで敵の所在はつかめましたな」
大部分勘だけど。
「しかし一体奴は何が目的でこんなことを・・・。もうここには用はないと言っておりましたが」
「完全なブラフです。ないならさっさと去ればいいのに、まだここに居座っている。俺たちには去って欲しい一方、村人は置いていけと。
村人をクモ達の生餌と考えているなら、取引してまで俺たちと戦うことを避けたい以上、この村である必要がない。俺たちが居なくならないとここを去れない理由がない」
つまりは、
「奴には動けない理由がある。あるいはこの村またはこの周辺に何かある、ということです。そしてもう一つ、奴は急いていました」
「急いていた?」
「そもそも、あの状況で、俺たちに撤退を促すために現れる必要がありません」
数がいるなら、消耗戦が一番手っ取り早い、しかししないのは・・・
・・・俺らを全滅させては困るからか?
・・・クモを全滅させられては困るからか?
そもそも最初の目撃情報を信じる限り、クモは森の奥地から来たのだろう。
(何しに?)
クモのエサ・・・というだけなら、僻地の集落より森内部の方が遥かに獲物は多い。クモの主は目的があって森の奥から来た。奴がこの地に来てしたこと。村を襲って、村にクモの巣を張った。
罠を張った。
何を捉えようと?
(・・・何かを追ってきた?)