悲報
―アトル達が、妙な青春劇を玄関前で繰り広げてた頃―
「かかってっ!こんかいっ!こんボケがーーーっ!!!」
俺たちの戦いはもう熱狂して発狂していた。
【最強脳筋】の二つ名をほしいままにする我が弟ザイケン・バークマンが、それはもう、鬼気迫る表情と気迫と勢いで、2メール3メールあるクモを次々吹き飛ばしていく。
どんな筋力だよ。
おっと、危ない。
いつの間にか背後に忍び寄っていた1メールほどのクモの頭部を切り落とす。微塵にしてやりたいが、数をこなす方が先だ。
ザイケンだけじゃない。
脳筋集団ザイケン班はもとより、俺の班員も、ダナのところのメンバーも皆、もう体に血じゃなくて怒りが巡ってる。ヒュージンは普段通りだな。殺り方はエグイが。俺は流石に周りがみえつつある。
冷えつつあるが、怒りは消えてない。
正直、異様な空気だ。これが、戦意高揚効果ってつなのか?
傭兵って普通、もっとドライで利益や危険に対してクレバーなんだがな。俺はもう、そう言えないことになった。
なんだかんだ言ってウチは団員同士結構仲がいい。若関係の団員は特に。やっぱり、若が良く仲間って言葉を使うからだろうか?影響されてるのかもしれない。
俺とザイケンが若に拾われる前にいた傭兵団なんか、仲間が死んでも悼むことさえしなかった。花を手向けることさえも。俺もザイケンも使い捨てにされて、死にかけのところを若に拾ってもらった。
ここにいる奴らは、オーダ達がピンチだってんで、若が救援に行くってんで、集まったメンツだ。
今、アザレアの団舎に残ってる奴はいない。仕事に行って事態を知らないやつと訓練兵はしょうがない。しかしそれ以外は全員来てる。・・・バンダは・・・・いい奴なんだけど、腕前がなぁ・・・。
ザイケンの死角から迫ってきたクモを捌く。大雑把なやつだからフォローしてやらんと。
ザイケン班の周りでは大小のクモがすごい勢いで吹き飛んでいる。すごい怒声を叫びながら。こいつらなんか怖い。
ザイケン班はみんな大型武器でマッチョだ。
その中で一回り小さく見えるフラウバンだって、俺の班と並べば、二回りでかい。奴らに勝てるのはラドニーくらいだった。なんか仲良かったな。そういえば。マッチョ繋がりか。
ダナは槍使いだ。
普段明るい姉御肌のダナが、無表情で、殺気をまき散らしながら、クモを次々と屠っていく。そのくせ仲間への的確な指示を忘れない。後ろにも目がついてんのかと。
ダナが、オーダを意識してるのは有名だった。オーダは結構鈍い奴で、ダナが不器用にアピールしてたのが、仲間内の酒の肴だった。そんなダナはベッツァーにアピールされても気づかなかったんだが。
ああくそっ、リーノルトに貰ったばかりのシャツに変な液がついたっ!俺がダサいもんばっか着てるって難癖つけてきて、自分のいらない服押し付けてきたやつ。別にタダなんだから着るけどさ。
ああくそっ・・好きに暴れてぇなぁっ!
切っ掛けは、フラウバンだった。
一匹目のデカグモを倒して、次のデカグモの森へと向かう最中のこと。
森のクモどもは、最初気持ち悪かったが、不慣れからくる多少の負傷はあったものの、次第に慣れて各班の連携が上手く機能するようになると、ほぼ無双状態になった。数だけは居たので時間は掛ったが。
クモ殲滅中に現れた、20メールのクモは至極鈍かった。ザイケン班が瞬く間に、脚を全部叩き折り、斬り折り、動けなくなったところを皆でタコ殴りにした。とどめはフラウバンの火魔術【火織る嚆矢】詠唱がそれなりに掛かるので止め専用に近いが、威力は抜群、デカグモの頭を吹き飛ばした。
意気揚々と、次のクモの森へ進む俺たちを待っていたのは、
フラウバンの叫び声だった。そして泣き出した、大声で。
こいつ、でかい図体のくせに結構涙もろいとこがある。
「ラ、ラドニーがっ死んだっ!オーダがっリーノがっベッツもっウリ坊もっ!!おぉぉんっ!」
空気が固まる、とはこういうことなのだろう。
主と使い魔は一部の感覚を共有できることがある。フラウバンとその使い魔フォッサは、聴覚を共有できる関係だ。きっと若たちの状況を聞いていたのだろう。
この稼業、そういうこともある。
覚悟もある。
仲間がいなくなる感覚、それを嫌というほど、俺は知っている。
戦士が魔物と戦って、散る。
別に魔物を恨むわけじゃない。
憎らしいけど、恨みじゃない。
奴らも命がけで戦ってる。
ならば、仲間が残した仕事を全うするだけだ。
それはみんなが解ってる。
ダナが目を閉じて空を仰いでる。
ザイケンを含むザイケン班全員、ポカンとしてる。
ソロ組にも仲のいい奴は何人も居たのだろう、悔しそうな顔をしている。
「・・・クリュネは無事か?」
フラウバンは小さく肯いた。
「若も、オーダ達も待ってる、手早く済ませて迎えに行こう」
俺はみんなを促した。
次の森では、皆やり場のない感情を戦う力に変えたのか、前の森より速いペースでクモを狩っていく。
だが何か違和感があった、クモ達が徐々に戦いを避け始めた。今まで脚を失っても突貫を繰り返してきたクモが。まるでどこかに誘導するかのように戦線が徐々に森の北に移動しはじめ、デカグモも移動していることに気付いた点で、俺も気づく。
岩山側に移動してる?
ということは・・
「バウロ!岩山の様子がおかしい!」
岩山に監視の使い魔をやっていたビスターが声をあげる。
「各員っ!線戦を維持しつつ東に後退しろ、森を出るっ!」
なんで、とは誰も聞かない。
クモの殲滅を後回しにして、足早に森の外に向かう。
クモは・・・追ってこない。
「うげっなんじゃありゃ!」ザイケン。
ほんとに何なんだよ、これ。
後退しつつ森の外縁部までたどり着くと、見えた。
岩山方面から、200か300か・・、一匹のデカグモと数えるのも嫌になるくらいのクモがすごい勢いで迫ってきていた。
まずい。挟み撃ちだ。あの数で一気に来られたら持たない。
一つ目の森もこの森のクモも、100には満たない数しかいなかった上、思うままに襲ってくるだけで、そこに連携などなかった、しかし今は違う、クモの動きになんらかの意思を感じる。森の中で応戦すると、立体的に包囲される。
「森の中で包囲されるとまずいっ!村まで後退しつつ範囲魔法で数を減らすっ!」
森より平地の方がマシかな?程度の案だ。
平地ならフラウバンやモーリ、ウンゼルベルの範囲魔法が使える。まあ、範囲魔法と言っても10~20メール四方程度の範囲だ。デカグモ一匹でいっぱいなる。撤退しつつ、数を減らしていくしかない。
最悪、若にケツを持ってもらう事になる。
(・・・はい?)
頭の血が全部下に落ちたような感覚がした。
自分の考えに、吃驚した。
なんつう、甘え、だ。
(そうなったら・・・最悪だ。ホントに最悪だ、俺は・・)
信頼して任せてくれた若に、なんていうんだ?
途中までは順調だったんですが、か?
ダメでした、失敗しました、か?
予想より数が多くて、どうにもなりません、か?
んで、
「何とかしてください」ってか。
「ンな、コトできるかぁっ!!」
大声で叫んでいた。
走りだそうとしてた、皆が一斉にこっちを見る。
そうなったらもう傭兵廃業するしかない。
若の期待に応えられねぇで、そうしてまでなんで生きてられんだ俺。
クズ二人拾って飯も寝床も仕事も居場所もくれた若に、俺ら兄弟を“人間”にしてくれた若に、クソなすり付けてまで?
その時、
フラウバンが、地響きのような声で、唄い始めた。
力不足で使えないと言っていた【祝福言語】で。
「【我が礎に 刻まれるは戦士の誓い 幾百幾千の戦地を越えようと 流れる友の血には勝利の凱歌を 幾千幾万の骸を越えようとも 我が旗下に勇気と誇りを 我が剣下に戦神の福音を 変わらず永久に 変わらず永久に 】」
【戦士の福音】付与対象の戦意が続く限り、【戦意高揚】と【戦士の力】が付与される。上級祝福魔法。付与範囲は声が届く範囲。
歌い終えるとフラウバンは、後ろにバタンと倒れた。
ザイケンが、あわてて駆け寄る。
「なにぃやってんだっ!急にっ!」
「・・ゼエ・・ザイゲン・・・ラドニーだぢ・・ごろ・ざれた・・・」
「・・ア゛ァ?」
「・・・グモ、アヤヅッデル、ヤヅ、イル・・ワガ、ゾイヅト、ダダガッデル・・」
俺の頭ん中が、ガンッてなって、
モヤモヤってなって、
グシャグシャッてなって、
ブチンって、切れた。
若が前言ってた、人が怒る姿は「火にかけすぎた薬缶」の表現がなんとなく分かった。
俺って、自己評価上、もう少しクールな人間だと思ってた。
自分をあるいは状況を、客観的に見れる人間だと。
ザイケンはもうちょと落ち着いて考えるべきだと。困ったやつだ、と。
ああ、もう言わないし、言えない。
だって、気づいたら、
「テメェらッ!!クモドモ、ミナゴロシだァーーーッ!!」
って、叫んでた。
やっぱ兄弟だわ。ザイケンの事、笑えねぇ。
それで、冒頭になる。