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傭兵の為に鐘は鳴る  作者: すいきょう
第一章 或る転生者のお仕事
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『転生騎士 ユースタス・マークス』第一巻

「フン!お前の様な魔法も使えない者が、この世界でまともに生きていけると思うなよ」

「魔力も扱えぬ能無しが!メシを食わせてもらえるだけでも感謝しろっ!」

「えっ、お前、魔法使えないの?・・・そんなんで生きてて楽しい?」

「かわいそうに・・・。でも、魔法だけが全てじゃないよ。きっと他に何かあるよ」


俺が――として生きてきた間に、何度言われただろう。

嘲笑、侮蔑、優越、おざなりな哀れみと慰め。


だから。


だからこそ。


生まれつき魔法が使えないからこそ、もう過去の技術と言われた【剣術】に生きる道を見出し、ひたすら剣の修練に打ち込んだ。


他の何も見えなくなるくらい。

見ずに済むくらい。


だからかどうか、師や周囲が驚くほどの速さで剣の腕は上がった。

しかし、心の中の何かはまだ満足していなかった。剣士として、或いは魔物狩りとして、ささやかな名声を手に入れても、まだ強くなりたかった。一心不乱に訓練を積んだ。


それしかなかったから。


それしかできなかったから。


「魔法の使えない、能無しの―――」


・・・何時まで経っても、その声が耳から離れなかったから。



‐‐‐ペラッ



「・・・最後に・・俺の役に立てるんだ。・・・感謝・・してくれよ」


震える声でそう言ったバラムンドは、手に持った杖に縋りつくように膝をつき、顔を伏せ、祈るように魔法・・・力の宿った【呪】を唱え始めた。

20メール四方の、広い室内の床いっぱいに描かれた魔法陣が赤く輝き始める。

混乱。俺の頭の中はそれだけだった。

バラムンドに連れられて訪れた、遺跡の中心。何もない広い石室に足を踏み入れた直後の事だ。


「・・・くそっ・・なぜっ・・・こん・・なっ・・・・!」


俺が力一杯もがけども、体に巻き付いた【縛鎖の呪】がそれを許さない。

強力な魔法の鎖に、硬い石床に張り付けるように押さえつけられ、肺を圧迫されて呼吸さえも困難だ。

魔法陣の中心で床に押さえつけられた俺からは、伏せられたバラムンドの顔は見えなかった。


・・・親友だと思ってた。


何も手に入れられなかった俺が、唯一手に入れられた絆だと思ってた。

他愛もない話で笑いあった、辛いとき励ましてくれた、最高難度の魔物討伐を協力して成し遂げた事もあった。


「・・・っなぜ・・・だっ!?バラっ・・ムンドッ!?」


何も答えない。

こちらさえ見ない。


(・・・なぜだっ!?なぜだっっ!!?)


バラムンドの朗々と響き渡る【呪】を受け、魔法陣から発せられる光がどんどん強くなっていく中で、俺の意識も光に塗りつぶされていく。


もう声も出ない。


俺の意識が白く染まる寸前、


赤い光が部屋を塗りつぶす刹那、


時間が止まったような静寂の中で顔を上げたバラムンドの顔は・・・・


いつもの皮肉屋でクールな顔を真っ赤にして、


笑っているような、泣いてるような、そんな顔だった。



‐‐‐ズズッ



「よう、ユースタス、今日も精がでるなぁ」

「こんにちは、ベンドラさん。先生はいつものとこですよ」


庭先に顔を出した40絡みの伊達男ベンドラさんは、嬉しそうにニヤリと笑うと、さも勝手知ったる我が家という風に、家に入っていった。よくもまあ昼間っから呑めるものだと呆れるが、いつものことでもある。


来客で素振りを中断したので、丁度良いと休憩にする。汗で重くなった上着を脱いで手拭いで汗を拭き、庭隅に置いておいた水差しから直に水を飲んだ。熱を持った体に水が染みわたるような感覚が心地よい。


「・・ふぅ」


ここは、副都エルトン市にある無数の剣術道場の一つ、正式名称を「剣星流エルム派西エルトン支部アダバ道場」という。口に出すときは「アダバ道場」だけで事足りる。アダバは道場主の名。


自分が所属する道場をこう言うのはなんだが、「町の隅っこにある寂れた道場」を地でいっているような道場だ。一大流派剣星流ではあるが末端の末端で、門下生3人という、もはや看板を維持できるのか不安になるレベルである。


上半身裸のまま、しばし休憩の後、今度は剣星流剣型を【一の型】から【十の型】まで反復する。ゆっくりと確かめるように。一通り終わると今度は“混ぜ込む”。


体に染みついた型に新しく知った型、双方の長短を考えながら混ぜる。経験に基づいて修正を加える。繋ぎ目を消す。流れを確かめる。自分の体で出来ること出来ないこと。体内巡る“力”の流れをなだらかに、しかし強く引き絞る。


気が付けばもう日が傾いていた。

集中すると時間を忘れるのは、今も昔も変わらない。

心地よい疲労感に身を任せ、土庭の周りの大分剥げてしまった芝生部分に寝っ転がる。


ぼうっと眺める、赤と青の混じり合った空。


あの世界でも、よく見てた。


昔と変わらない。


この世界でも。


あの世界でも。


・・・目を瞑った。



‐‐‐ペラ



唐突に“それ”を思い出したのは、5歳の時だった。

母と共に訪れた市場に、ガラクタを並べた古道具屋が出ていた。そこに並べられた品々の中に、煤けて端が破れた絵本があった。


<悪い魔法使いに攫われたお姫様を、騎士が冒険の末救け出す話>


この国の誰もが知っている、それだけの話。

その本を手に取ってはいない。中を開いて読んでもいない。

しかし表紙に描かれた、魔法使いと騎士の絵、ただそれだけで・・・ただその絵を見ただけで、“それ”は頭の中にあふれ出てきた。


幼いころから、頭の中には思い描けるのに、上手く言葉に出来なかった数々の事柄があって、それが、その絵本の表紙によって結びついた気がした。

溢れてきた何か・・・それは《自分の前世》ともいうべき物語だった。

一人の男の劣等感と焦燥にかられた人生。親友の裏切りによって迎えた最期。


まだまだ幼かった俺の器ではこの事実を受け止めかねたのだろう、その時、俺は泣き喚きながらその場で気を失ったらしい。

一緒に居た母の談だが。


あれから10年、俺はまた、剣の道の途中にいた。


―――

――


パタン。

俺は、本を閉じた。


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