無言
暗い地下室の中、そこには物言わぬ人達がいた。
その中に、5人はいた。
なんだなんだ、男前の顔が、傷だらけじゃないか、オーダ。
自慢の髭、どこやった?顔が見えねぇよリーノルト。
こないだ好きな女ができたって喜んでたよな?片腕じゃ抱きづらいな、ベッツァー。
3メール越えのこんな図体、お前しかいないだろうよ。随分低くなったじゃないか。頭が無いんじゃ仕方ないか。10年後は俺の方が高いな、なぁ、ラドニー?
自慢してたよな、その腕の入れ墨。俺は古風な人間だから、そういうのダメなんだよ。しかしなんでそんな全身真黒なんだ?自慢の入れ墨見えにくいぞ、ウリトン?
お前ら、俺が助けに来てやったんだから、ちょっとは喜べよ。
余計な事しやがってって悪態ついてみろよ。
いつものように、チビチビって、からかわないのかよ。
なぁ。
―――
「・・・以上でず」
濁音でいっぱいの報告をクリュネは終えると、顔を突っ伏して泣き始めた。
今まで必死で我慢してきたのだろう。そういうところは強い奴だ。
魔物被害は、往々にして大きな被害が出る。
辺境地では都市部とは比べ物にならないくらい、魔物案件の発生件数は多い。そして一次防衛に間に合わなかった時、その被害者数は爆発的に増える。100人を超える被害者も、村や町の全滅も、決して冗談ではない。それほど、人と魔物は、生物としての性能も本能も差がある。
独りになった時から、もうすぐ四年。
先生に連れられて方々を歩いた三年。
傭兵団に来て過ごした一年。
そんな短い期間だけで、この世界の酷い有様を何度も何度も見てきた。
必死に戦って、目の前の人々を救えた時、嬉しくて泣いた。
戦って戦って、それでも指の隙間から零れてしまった時、声をあげて泣いた。
何人もの仲間の門出を見送り、
何人もの仲間の死出を見送った。
もう何も取りこぼしたくなくて、必死に強くなった。
強くなれば、失わないと思った。
随分、擦り減ってしまったように思う。
不安を我慢できるようになった。
頭の中で絶えず喋ってりゃ、弱音吐かないでいられるようになった。
ならないと傭兵なんかやってられなかった。
オーダは、俺が傭兵団預かりになった時、何かと世話を焼いてくれた兄貴分だ。町に連れ出して案内してくれたり、旨いもの食わしてくれたりした。昔、魔物災害で弟を亡くしたらしい。「弟が生きてたらやってみたかったこと、させてくれてありがとな」と笑った。気のいい、兄貴分だ。
傷だらけになりながらも皆を指揮し、最後まで諦めず戦ったそうだ。
リーノルトは、傭兵のくせに着道楽で洒落者を気取ってた。髭のセットに何時間もかけるような変わり者で、着なくなった服を何故か俺に寄越してきて、代わりに訓練手伝えってなんだよ。頼んでないよ。サイズ全然合ってねぇよ。髭剃れよ。バンダと被ってるよ。
避難中の親子を庇って、クモの毒液を被ったらしい。
ベッツァーは、女の尻ばっか追いかけてる軽い男だった。なんで俺がお前のラブレター届けに行かされるんだよ。そんでなんで俺がその女に告白されんだよ。なんでそれでお前が拗ねるんだよ。訳わかんねぇよ。危ない女じゃねぇか。そんな危ない女から俺を庇って刺されんなよ。躱せたよ。重い男なのか軽い男なのかどっちだよ。
村長のおっさんを助けようとして、クモに右手を持っていかれたそうだ。
ラドニーは、うすらでかい男で3メール以上もある。いつも俺の事「チビチビ」って言って、怒らせるけど、なんでか肩車したがる変なやつだ。でかいくせに気の小さい奴で、ちっこいクモに驚いては、飛び上がって頭どっかに頭をぶつけてた。クモに腰でも引けちまってたのかな。
子供の悲鳴が聞こえたと探しに行こうとして、上から降ってきたクモにやられたそうだ。
ウリトンは俺より後の正式入団だけど、訓練兵時代を入れれば俺より長く団にいる。俺が団に来た当初、いつも絡んできた。訓練兵として3年訓練した自分より後から入ってきた子供が先に団員になる。確かにむかつく話だ。ジャイ○ンのような奴だった。今では立派な映画版ジャイ○ンになっちまった。
最初に掌くらいのクモに噛まれて毒を受け、朦朧としながらも、果敢に戦ったが、半日ほど前、力尽きたらしい。
クリュネは副団長の娘で、団で偵察兵として働いている。ドドのオヤジは娘に傭兵なんかになって欲しくはなかったそうだが、娘は父の背に憧れ、傭兵になったんだそうだ。1年前から俺が剣を教えている。出来の悪い弟子だ。
傭兵に女は少ない、みんなから妹扱いされて可愛がられてた、傷一つない。皆で守り切ったか。
傭兵は、命あってなんぼの商売だろ?
金の為に命を懸けるが、釣り合わなければ戦略的撤退だろ?
なんで、死んでんだよ。
新しくできた飯屋おごってくれるんだろ?
鍛えてくれって言ったよな?
付き合ったら紹介するて言ったよな?
今度は俺が肩車してやるって言ったよな?
剣の勝負の続きするんだろ?
傭兵だから。
戦う仕事だから。
怪我をする。命を失う。それらがすぐ傍にある。
得るモノの為に、失う覚悟がある。
失わない為に、戦う矜持がある。
大事なものを抱えて生きていく為に、敵を殺す意思を持つ。
ああ、だから、
だから、
だから、
俺は、
お前を、
必ず、
殺しに行くぞ。
絶対、逃がさない。
仲間の仇だ。