現状
クリュネがこっちに飛びついてきた。
おいおい、8歳の子供に17の女が飛びついたら・・
「いでっ」
後ろに倒れてしまった。
尻打った。
躱してもよかったが、それはそれであんまりだと思ったもんで。
「わかった、痛い、苦しい、わかったから、どけ!」
聞いちゃいねー。
顔に胸を押し付けられてるが、こんな状況で喜ぶほど飢えてない。子供だし。むしろ苦しい。
言うこと聞かないので、両手の指を、クリュネの脇腹に秘孔を打つかの如く打ち込む。
「はひゅんっ!」
変な叫び声をあげて、クリュネの全身から力が抜けた。
すかさず、魔の抱擁から抜け出し立ち上がると、そのままクリュネの背中に座る。
「で、まず報告」
「ひ・・ひろいれす、わか・・」
後頭部を鷲掴みにしてグリグリする。
「現状報告」
「ひゃい。現在当避難所には村民126名が避難しておりますっ」
・・・126人・・・
「・・・全村民は、187名・・・25名が、死亡。36名が・・行方不明です・・あ・・・とは・・」
・・・。
ウザン氏もポーレさんもオットーも、何も言わない。
俺は・・・
俺は・・
クリュネの上からどきながら尋ねる。
「怪我人は?」
「重体3・・いえ2、重傷18、軽症31、です」
「ポーレさん、至急お願いします。クリュネ、直ぐに案内」
「はいっ!」
「了解っ!」
二人は連れ立って避難所に入っていった。
「オットー、馬車を寄せて馬を柵に繋いだ後、物資を避難所に運び込め。その後は玄関の哨戒だ。クモが来たら戦わなくていい、報告よこして籠城だ。小さなクモにも注意を払えよ。ウザンさん、すいませんが、オットーと二人で警戒にあたって下さいますか?」
「はいっす!」
「了解した」
二人にここを任せて、俺は避難所に入る。
聞きたいことが、聞けなかった。
玄関の内側にはいろいろな家具が積み上げられていた。扉が破られないように、バリケードにしたのだろう。
家具がどかされた隙間を通って廊下にでる。声がする手前の一室を覗いてみる。
怪我人達が寝かされていた。
容体から見るに、どうやら重症患者達が集められた部屋の様だ。もう話す元気もないのか呻き声だけがする中に、ポーレさんとクリュネ、村人だろう3人のおばさん達の姿があった。
「・・・ッ!治癒魔術をかけますっ!熱く感じます!皆さん、押さえててくださいっ!」
クリュネとおばさんたちがうつ伏せになった患者を押さえつける。
ここから見えた患者の患部は、右肩から背中が紫色に焼けただれたようになり、一部骨が露出していた。
舌を噛まないためだろう、患者には轡が噛ませてある。
ポーレさんは、眩く輝くほどの魔力を集めると【力ある言葉】を紡ぐ。魔力から魔術に変換された力を、直に患者の傷口に触れ流し込む。
「っうぐっ!ぎっぃい!あがっっうぐぅうっ!」
患者が暴れる。
クリュネとおばさんたちが必死に抑え込む。
10分ほど経っただろうか、患者は気絶し、処置は終了した。
この世界の治癒魔術は甘くない。
術者の魔術と患者の治癒力の半々で傷を癒す。それも直に患部に触れて魔力を流さないと効果にロスがでる。高速で治癒を促すので患部は高温になり痛みが増す。
術者にも患者にはそれなりに負担がかかる。上位特級:回復魔術・魔法なら痛みも何もないらしいが。
ポーレさんは額から玉のような汗を流し、肩で息をしている。クリュネやおばさん達もそうだ。
患者の背中は、まだ新しい皮膚が張っているいる最中だとわかるほど赤く、皮膚としてまだ頼りないが、大事は越えたように思える。
クリュネが俺に気付いた。
「若・・・ここは重傷者が・・集められた・・部屋で・・・・」
肩で息をしている。
俺は部屋の一角を見る、そこには先ほどの患者より容体の悪そうなおっさんが寝ていた。傍では年頃の娘さんが世話をしている。
「・・・村長さんです。避難誘導してた、娘さんを庇って・・・」
俺の視線の意味を感じたのだろう、クリュネが説明してくれた。
「ポーレさんは・・・今は出来ないって、今は他の患者さんを優先しないといげないっで・・・」
クリュネの声が湿る。
・・・。
四肢の欠損をも回復させる上級回復魔術は、1級治癒士の中でもかなりの実力者しか扱えないらしい。さらに特級回復魔術・魔法など、扱えるだけで王家の侍医が確約される。
どちらもここには無い。
おっさんに巻かれた包帯から滲みだした血は床に溜まって、すでに固まり始めている。娘さんは、おっさんの残った左手を大切そうに撫でている。
半年ほど前、俺が巡回についてきてこの村を訪れたとき、このおっさん、子供の傭兵が珍しいのか家に招いておやつをご馳走してくれたっけ。
あの時の蒸しパンは、娘さんが作ったって言ってた。娘自慢、長かった。
深く
深く
息を吸う。
「クリュネ、オーダ達は?」