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初期練習作(短編)

流れる旋律

 港町のこの一帯は、いつも人通りが多い。

特に物品や人々の流通の目抜き通りであるここ中央通りでは、

舶来の珍しい商品が沢山売られている。

少しでも足を止めると、ずらりと並んだ露天商から声が掛かり、

くまなく見て回るだけでもたっぷり3日は掛かりそうだ。

食料、家畜類、薬品、家財道具、日用品、衣料、嫁、

あるいは奴隷にいたるまで、手に入らないものは無い。

埃だらけの街路には馬車も走り、スリも多いため、

買い物に行くときは、気を引き締めて歩く必要がある。

今日はその通りで起こった事件について、話したいと思う。


 とある若者がいた。肌は日に焼けているが髪色が明るく、

傍目にも外国からやって来たとすぐに察せられる風貌だ。

きょろきょろと周りを見渡し、道の端の方を歩く姿は、

商売人たちから見ると格好の標的である。

「あんちゃん、いい物揃ってるよ!」

「何欲しいんだい?探してきてやろうかぁ?」

「ひったくりに注意しろよ。物慣れないねぇ」

「へい、らっしゃいらっしゃい!大根一本98円お買い得セール!」

浴びせかけられる声のカーテンをくぐると、彼は海岸の方へ向かう。

婚約者と会いに行く約束をしている為、露店には目もくれない。

彼が両手に抱え持つ荷物には幾重にも布が巻かれていて、

何が入っているか傍目には分からない。

それを窃盗団に目を付けられた。

他には何も持っていないように見えるので、

財布か、金目のものだと思われたのかもしれない。

目の前に子どもが飛び出してきて、足が止まった隙に

後ろから荷を奪われる。数人の男が走り去って行くが、

若者は地面に前のめりに倒れて手をついた。

窃盗をはたらいた男たちは路地へ入り、

瞬く間に見えなくなった。今頃は仲間内で荷のやりとりをしつつ

アジトに向かっているところだろう。

荷物を取り返すのは不可能に近いかもしれない。

通行人が気の毒そうな顔で若者を見て歩き去ってゆく。

若者は地面に手を付いたまま、歪んだ笑みを口元に浮かべた。

これでいい……彼は向き直り、元来た道を去っていった。


 一方盗賊のアジトでは、物議が巻き起こっていた。

「何なんだこの楽器は!」

「小さいな……鳴らしてみっか」

小さなバグパイプのように見えるそれは、

吹くと独自の優しげな旋律を奏で始める。

「なかなかいいじゃねえか……俺が貰ってもいいか?」

「ああ、とっとけよ。ああぁ、損した」

新しい持ち主となった男は、小さい楽器を大事そうに撫でる。

「帰りに堤防に寄るかな……いい音色だ」


 夜の海に男が一人たたずむ。傍には誰もいない。

「盗みなんかやめて、良い暮らしがしたいなあ」

ふとそんな呟きがもれる。

「そうすれば、妻も子どもも幸せになるのに」

海から吹きすさぶ風に身を任せ、あの楽器を取り出した。

「やっぱり俺には似合わねえや」

海に落とす。すぐさま見えなくなる。

「音色が綺麗すぎて、思い出しちまう」

男は自分の家に帰ることにした。

明日からの暗く貧しい生活に備えて。


 一方、若者は、あの楽器のことを思い返していた。

もうあれが手に戻ってくることはあるまい。

口元がほころぶ。どうせ俺にはいらない物だ。

あれは、幸せを運ぶ楽器なのだからな……

彼は、先月海の藻屑となった婚約者を想った。

船の転覆事故で俺だけ生き残ってしまった。

本当はこの町で、新しい生活を営むはずだったのに。

涙がこぼれた。少し海の味がした。

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