4.いつか未来が
「・・・。」
おかしい。
ショウたちがこの時代に遊びに来るって連絡をくれたのはもう2週間前、夏休みが始まる前のことだ。それなのに、ここ1週間、全然連絡がない。
もう夏間近の7月。夏休みも3日前に始まってしまった。
遙は机の上に鉛筆を置くと、受話器に手をかけた。
「TRRRR・・・ガチャ」
「はい、今井です。」
少し気取ったような遠乃の声が響いた。
「あ、遠乃?」
「何だ、遙かあ。」
とたんに遠乃の声が元に戻る。
「ショウかダイから連絡あった?」
「ぜんぜん。いつだっけ?遊びに来るって言ってたの。」
「もう2週間くらい前だよ。何かあったのかな?」
「うーん、きっと任務が難航してるんだよ。すぐ連絡あるって!」
「そうかなあ・・・。」
「そう。遙は、心配しすぎだよ。」
「・・・。」
遠乃に電話しても、いっこうに答えは出ない。
気分転換に外に出た。空は抜けるような青空。特にどこへもいくあてがないけれど、とりあえず真っ直ぐ歩いてみることにした。
「あっ!相沢先輩!」
学校の前を通った時、後輩が声をかけてきた。
「荒木さん。」
遙たちは、3年生。この間部活を引退したばかりだ。
「佐伯先生が、今度駅伝出ないかって言ってましたよ。」
「うーん、考えとく。」
遙は陸上部。長距離の選手で、何度か県大会にも出場している。
「じゃ、これで・・・。」
「がんばってね。」
ハードルを運んでいる最中だった荒木さんは、ちょっと会釈するとグラウンドへ戻っていった。
「駅伝かあ・・・。」
遙は、2年生の時にも出場している。あの時は一応区間6位で入賞したっけ。
遙の足は自然とおおくすの方へむいていく。いつのまにかおおくすの近くにいるのが普通になっていた。
「おおくすの近くにいると安心するんだよなあ・・・。」
なんでなの?
遙は自分自身に聞いてみた。
「・・・。」
誰も答えてくれない。当たり前だけど。
遙はなんだか疲れてしまった。
「ショウ・・・。」
おおくすの幹に向かって呼びかけてみた。
返事がない。
たいていおおくすのところに来ればショウと話せるはずなのに。
「やっぱり変だ。」
通信機は海斗のを残して3ヶ月ほど前に回収された。原因は信哉が個人的な用事で電話がわりに通信機を濫用したこと。(通信機は現代の電話と同じ働きもできる)
海斗が持つ唯一の通信機も今は故障中。未来と連絡する手段がない。
「はあ。」
遙はため息をついておおくすの幹にもたれかかった。
「どうしたらいいだろう・・・。」
ショウが私の立場だったらこんなときどうするかなあ?きっと未来に行くだろう。それから、何で連絡しなかったかを問い詰める・・・。
じゃあ、私は?私はどうしたらいい?
「えーっと・・・。」
また自問自答。
少し考えた後、遙は一つの答えを出した。
もう少しだけ、待ってみよう。
しかしそれから1週間。未来からは何の音沙汰もない。この頃になるとさすがに他のみんなも心配し始めたみたいだ。
おおくすの根元で、緊急会議(?)が開かれた。
「最後にショウたちから連絡があったのって、いつだっけ?」
「確か3週間近く前だよ。海斗の通信機が壊れる前。」
「あ、その後私、ここに来てショウとしゃべった。それは確か2週間前ぐらいだと思う。」
遙は最後にショウと話したときのことを思い出して言った。
「じゃ、ここ2週間全く連絡ないわけだ。」
「こんなこと、一回もなかったよな。」
「ああ。いつもなら3日に一回は連絡くるから。」
「通信機が壊れたのも原因の一つだと思うけど。」
遠乃が言った。
「それは違うと思う。」
海斗は遠乃の言葉を否定した。
「通信機が壊れてることを知ったら、新しいのを送るとか修理しに来るとかするはずだろう?それがないってことは、やっぱり何かあったんだ。」
「考えすぎじゃねえのか?」
向平が言う。
「ショウに限って連絡がないなんてことないよ。絶対なにかおこってるんだよ。」
遙には確信があった。ショウにテレパシーが通じないことも理由の一つだったが、連絡をしないことはありえないと思っていた。
「例えば何かあったとして、何がおきてると考えられるんだよ。」
向平は海斗に聞いた。
「そうだな。例えば・・・BLACK・Dとか。」
「BLACK・D?」
「まだボスだけ捕まえてなかっただろう。ボスの居場所を突き止めたけど捕まえるのに時間がかかってるってこともあるかもしれない。」
「あ、そうか。」
向平はあっさり納得。
「じゃあ海斗、どうするんだ?」
信哉は待ちきれないといった表情で海斗の顔を覗き込んだ。海斗は真剣に考えた挙げ句に、こう言った。
「未来に・・・行こう!」
とたんに信哉の顔がぱっと輝く。
「やっぱりそう言うと思ってたぜっ。」
もちろん遙も嬉しかった。通信機の映像じゃない、本物のショウたちに会える!
「時空移動装置、まだ一回も使ってないけど・・・使えるよな。」
「もちろん!」
引き出しの奥に眠ったままだ。
「じゃあ、明日の午前8時、ここに集合!」
「OK!」
家に帰って、引き出しを開ける。奥の方に押し込んだ小さな箱。中には時空移動装置とカードキー。
明日の朝、8時。
「ショウ・・・。」
ショウの表情、声、仕草・・・。すべてが懐かしい。
早く会いたい!
「向平は?」
「まだ。」
次の日の朝。海斗、信哉、遠乃、遙の4人はすでに集まったが、向平がまだ来ていない。
時計はもうすでに9時になろうとしているところだ。
「何やってんだよ、あいつ。」
信哉があきれたように言い放つ。
「この間も遅れなかった?いつだったか忘れたけど。」
遠乃もだるそうだ。
確かに去年も向平は遅れてきている。(間に合ったけど)
「やっと来た。」
「すまん、寝坊した。」
「ばーか。」
「うるさい。昨日遅くまで時空移動装置探してたんだよ。」
「見つかった?」
「ああ。」
向平は腕に付けた時空移動装置をみせた。
「じゃ、さっそく行くか。」
海斗はそう言って、いつだったかのダイのように全員の番号を確認した。
「OK!じゃ、いくぞ。」
「いち。」
「にの・・・。」
「さん!」
向平の掛け声と共に5人は2345年へと向かっていった。
ぼんやりと辺りの景色が見えてきた。
遙は目を凝らす。白一色だった視界がすこしずつ晴れていく。
「向平、いるか?」
海斗の声がした。
「いるよ。何で俺だけ聞くんだ。」
「お前が一番心配なんだ。」
海斗はきっぱり言い放つ。と、遙は気付いた。
「遠乃は?」
「え?」
いない。5人のはずなのに、今ここにいるのは4人。
「おいおい。何でいないんだよ。」
「番号が違ってたのか?確かめたはずなのに。」
海斗も困惑する。もし違う時代に行ってしまっていたら?もうどうしようもない。
「どうしよう。探したほうがいいかな?」
遙は心配になった。
「いや、GSPの本部に行った方が確実だろう。ショウとダイがいなくても、誰かがいれば事情を話して探してくれるかもしれない。」
海斗は言った。確かにそのとおりだ。
「だから、急ごう。」
ここからでも見える大きな建物。GSPの本部に向かって4人は駆け出した。
「ガチャ ピーッ」
カードキーで中に入る。
確か管制室は、3階のはず・・・。
「カシャカシャ」
指紋の照合システムはうっとおしい。4人が通るには時間がかかる。
そしてやっと管制室の入り口のドアが開いた。中にいたのは・・・あの長い髪はカイさんだ。
「カイさん!」
「?!」
海斗の声に振り向いたカイの表情に、驚きの色がうかがえた。
「な、なんでみんな・・・?」
「ショウとダイから連絡が来なくなったからきたんだ。」
向平が言った。信哉が言葉を続ける。
「今、何がおきているんですか?」
「何がって・・・。」
「ここんとこ2週間、音沙汰なしで・・・。」
海斗が説明しようとした時、管制室の扉が開いた。と同時に馬鹿でかい声が響いた。
「お前らなんでいるんだ?!」
振り向かなくてもわかる。ハヤトの声だ。
「ハヤトさん、今何がどうなっているんですか?ショウたちはどこにいるんですか?」
「どこって・・・。」
ハヤトは遙の剣幕に驚いて一歩ひいた。
「突然聞かれても・・・。」
「ハヤト、何してるんだ?」
今度はリュートが現れた。その後ろにいるのは、ボスのリアーノだ。
海斗は、ボスに聞くことが最善だと判断した。
「リアーノさん。」
海斗の声に全員が注目した。
「僕たちが来たわけも話します。だから、教えてください。いま、GSPで何が起こっているのか・・・。」
海斗がボスにだいたいの事の成り行きを説明した。
ボスはカイに遠乃を探すように言うと、ゆっくり口を開いた。
「BLACK・Dの本部ビルが見つかった。ショウとダイはそのビルの制圧に向かっているんだ。最初は1週間の予定だったんだが、もう2週間かかっている。」
「2週間も・・・。」
「連絡が取れなかったのもそのせいだろう。君たちのことは、まるっきりあの二人に任せっきりだったからな。」
リアーノは笑った。31歳というわりにはだいぶふけている。60過ぎといってもおかしくないくらい・・・。
「私は、31には見えないだろう。」
リアーノは突然言った。
「えっ?」
遙は自分の心の中をそのまま声に出されてびっくりした。
「ああ、すまない。私も一応グループⅠ出身なのでね。少し位はテレパシーを使えるのだよ。」
「あ、そうなんですか。」
遙は胸をなで下ろす。
「この時代の平均年齢が低いのは、老いるのが早いせいだ。特に30歳をこしてからはね。」
リアーノはそう言うとソファーから立ち上がった。
「さて、それで、君たちはどうする?」
「どうって・・・。」
「私達といっしょにショウとダイのところへ行くか、ここにのこるか・・・だ。」
遙は海斗の、信哉の、向平の顔を見た。
3人とも、決心を固めている。
「一緒に行きます。つれていってください。」
代表して海斗が答えた。
「・・・。危険があるかも知れんぞ。」
「大丈夫です。今までだって散々危険な目に会ってます。それに・・・どうしてもショウに会いたいんです。」
そう。ショウに会うためにここに来たのだ。
そこへ、カイが慌てて飛び込んできた。
「遠乃さんの居場所が分かりました。それが・・・。」
カイは少し言いにくそうにいった。
「BLACK・Dの本部ビル内なんです。」
リアーノは少しも驚かずに、こう言った。
「決まったな。よし、出発するぞ!」
BLACK・Dの本部ビルはすぐそこだった。おそらくGSPの最上階からなら見えるだろう。
「ビルは312階まである。ただしエレベーターがないんだ。敵の侵入を遅らせるため、すべて階段になっている。」
「・・・。」
遙は300階以上も階段を上るのかと思うとぞっとした。
「・・・やっぱり上るんですか?」
信哉がおずおずと聞いた。
「心配はいらない。ショウたちがちゃんとルートを確保した。おそらくエレベーターがつないである。」
「よかった。」
遙もほっとした。部活やめてから運動不足だし、300階ぶんの階段を上る体力はない。
「ついた。降りるぞ。」
エアライドが高度を下げた。目の前には窓の少ない、かなりの高さの建物。
「ビル全体にバリアがはってあったんだが、二人がだいぶ破壊した。今も破りながら上っているはずだ。」
「どのくらいまで・・・?」
「もうすぐ300階という報告はあった。」
ということは300階まではエレベーターだ。よかった。
「しかしね・・・。」
リアーノは遙の心を読み取ったように言った。(実際読み取ったけど)
「エレベーターがあるのは280階までだ。そこから20階は上がらなくてはね。」
「に、20階?!」
そりゃあ300から見ればほんの少しなんだろうけど・・・。
遙はまた気が重くなってしまった。
ハヤトの運転するエアライドに乗っていた向平と海斗も到着した。リュートも降りてくる。
「じゃ、行こうか。」
リアーノを先頭に遙たちはぞろぞろとビルの中に入った。
1階のフロアには誰もいない。しんと静まり返っている。
エレベーターがあった。上を見るとワイヤーでつっただけの簡単な作りだ。ショウたちが設置していったんだろう。天井は大きく穴があき、無残な姿になっている。穴開けたの、ショウだな。
「まず、行く前に。」
リアーノはそばにいた遙の頭に手を置いた。何かが遙のまわりで膨らんだ気がした。
「一人ずつを私のバリアで包んでおく。レーザーぐらいは跳ね返せるはずだ。」
リアーノはそういって海斗、向平、信哉にも同じ事をした。
「君たちはお互いに触れても大丈夫だが、敵は君たちに触ることができない。もちろんレーザーも銃の弾も通らない。」
「すっげえ。」
向平が驚きの声を上げた。
「遠乃さんがいるのは何階だったかな?」
「152階です。・・・移動していなければ。」
「そうか。まずはそっちが先だな。」
全員でエレベーターに乗り込んだ。意外と広い。
「お前ら、バリアがあるからってあんまり無理するなよ。」
「分かってるよ。」
ハヤトにくぎをさされた向平はちょっとむくれた。
「ついたぞ。」
リュートの声がした。
「え?」
「もう?」
乗ってから30秒と経っていない。もう152階?
ドアが開く。
「うわあ!」
目の前は、敵でいっぱい。
しかし敵も突然の侵入者に慌てている。
「思ったより多いなあ。」
ハヤトはそう言ったかと思うと、突然敵に向かってダッシュした。
「ハ、ハヤトさん?!」
遙が驚いた時には、もうすでに最前列の警備者を吹っ飛ばしていた。
「・・・。」
最前列がすべて倒れると、ハヤトは高く飛び上がった。
普通よりずっと高い天井に届くくらいまで飛び上がると、敵の中へと落下した・・・着地したのかな?
「・・・。」
遙は声も出ない。
「行ってくるか?」
「ああ!」
リアーノの言葉に、向平と信哉がエレベーターから飛び出した。警備者がレーザーを撃つが、向平達にはきかない。
2人はにぃっと笑うと、一番近くにいた警備者に蹴りをくらわせた。
2人の警備者が吹っ飛ぶ。向平と信哉は落としていったレーザー銃を拾うと警備者達に向かってかまえた。
「やれやれ。私達の出る幕は、ないみたいだな。」
リアーノはつぶやいた。
遙も同感だった。海斗も途中から戦闘に参加して、エレベーターに残っているのはリアーノとリュートと遙の3人。
「先に行こうか。」
リアーノはそうリュートに言った。
「海斗!向平!信哉!ハヤト!上に行くぞ!」
「先に行っててくれ!」
ハヤトが叫びかえした。海斗たちもハヤトと共に残るつもりのようだ。
「最初っからそのつもりだ!」
「なら聞くな!」
ハヤトの叫び声が終わるか終わらないかで、エレベーターの扉は閉じられた。
「ボスがいるのは最上階だ。今日中にはたどり着けるだろう。」
エレベーターが280階についた。
ここには誰もいない。
「ここからは階段だ。ゆっくりいこう。」
3人は歩き出そうとした。すると・・・!
「遙?!」
聞きなれた声がして、階段を誰かが降りてきた。
「ショウ!」
「なんで遙がここにいるんだ?それにボスも・・・。」
ショウは3人をかわるがわる見まわした。
「ショウに会いに来たの。」
遙がショウに近づいた。ところが・・・。
「バチバチッバシーン!」
突然ショウと遙の間に火花が散った。
「えっ?」
「それはショウのホログラムだ。本物のショウじゃない。」
リアーノの言葉に振り向いている間に、ショウは姿を消した。
「・・・!」
「ルイケア=ミュウの作った装置だ。敵も私達がここまで来たことには気付いているらしいな。」
遙は急に怖くなってきた。
その頃ショウとダイは303階にいた。
「疲れたなあ、やっぱり2週間も働きづめはきついや。」
「もう少しだ。さ、行くぞ。」
ダイはショウを立たせると、階段を上り始めた。
「このビル何階まであったっけ?」
「312階。」
「あと9階?そんなに?」
ショウが嫌そうな声を出した。
「300階と比べればそんなにしんどくもないだろう。」
「300階・・・ねえ。」
次の階に待っていたのは、大きなオオカミが2頭。
「悪あがきだね、ここまでくると。」
あきれたようにショウが言った。
このビルにはBLACK・Dが飼っていると思われるオオカミやライオン、トラ、ヒョウ etc・・・が今までにも何度かいた。もちろん持っていたワイヤーで捕獲し、ほっかってきた。
「どっちがやる?」
ダイがショウに聞いた。
「ジャンケン。さーいしょーは・・・。」
ショウがじゃんけんをしようと手を振り上げた時、どこからか声がした。
「やめておけ。私たちは今までの獣どもとは違う。」
「はい?」
ショウが辺りをきょろきょろ見渡す。
「二人一度ににかかってこい。」
「二人で来たところで変わりないがな。」
どうやらオオカミがしゃべっているらしい。
「人工知能を取り付けたか。ちょっと厄介だな。」
ダイが言った。
「大丈夫さ。あいつらが、強そうにみえるか?」
ショウはオオカミを指していった。
オオカミはちょっとムカッとしたようだ。
「今のうちにせいぜい強がっておけ。」
「ダイ、やっぱじゃんけんだ。」
結局ショウが負けた。
「ちぇー。疲れてんのにー。」
「ばかめ!」
オオカミのいらいらは頂点に達したようだ。
突然ショウに襲い掛かってきた。
「ばかはどっちだ。」
ショウは2匹の突進を簡単にかわすと、すぐ近くにあった大理石でできた柱を思い切り殴った。
「ドゴォッ」
グラリ、と天井が傾いた。どうやら天井を崩す気らしい。
「わあー、ショウ、タンマ。それやると俺もつぶれる!」
「あ、そうか。」
ダイの言葉にショウは柱にめり込んだ自分の手を引きぬいた。柱に何本も亀裂が入り、今にも砕けそうだ。
「な・・・お前は、人間か?!」
「一応。でも半分は人間じゃないかもしれない。」
ショウはにぃっと笑ってオオカミの方を向く。
「お前らも、今のうちに逃げた方がいいぞ。柱、崩れそうだ。」
柱をダイのバリアで包んだから、とうぶんは崩れないのだが。
「ひええっ。」
一目散に逃げ出した。
もちろん、ショウが逃がすわけがない。ポケットからワイヤーを取り出すと、オオカミに向かって投げた。
「ばーか。逃がすわけ、ないだろう?」
ワイヤーでぐるぐるまきになったオオカミたちを見下ろして、ショウは言った。
「さあ、天井が崩れるまであとどのぐらいかなあ?」
そして残った3本の柱を次々に破壊した。見た目には、もう崩壊寸前だ。(もちろんすべてダイが支えているから崩れることはない。)
「やめてくれえ!」
「助けてえ!」
オオカミは急に情けない声を出した。
「行こうぜ、ダイ。」
「ああ。」
ショウとダイは叫ぶオオカミ共を無視して305階へと向かった。
「何かが壊れたような音、しませんでした?」
遙は前を行くリュートに聞いた。
「ああ。ショウかダイが暴れてるんだろう。たいていショウだけど。」
と、続けざまに3回同じような音がした。
「あいつら、やりすぎじゃないのか?」
リュートがつぶやいた。
「まったくだ。少し急ごうか。」
リアーノは階段を上る足を速めた。
「ここらへんは、動物が多いみたいだな、ダイ。」
「ああ。」
次の階は、クマ。3メートル近くあるだろう。
「くまさーん。君もしゃべれるのかい?」
「グワアオーッ。」
「これは、普通のクマみたい。」
「じゃ、次は俺の番だな。」
ダイが前に進み出た。
「がんばれよー。」
ショウは後ろで観戦。
ダイはワイヤーを取り出した。いきなり捕まえる気だ。
「ダイー。爪に気をつけろよー。品種改良で伸び縮みするタイプみたいだぞー。」
ちょっと遅かった。まだ間合いに入っていないと思って油断していたダイに、鋭いクマの爪が目の前をかすめるのが見えた。
「早く言ってくれよ。」
ダイの額に赤い一文字の傷が口を開く。
「悪い悪い。大丈夫か?」
「一応。」
ダイは長いクマの爪を避けるように飛び退いた。クマは自分の体長の半分ほどもある爪をふりまわす。
「どうしようかなあ。」
ダイはうっかりクマの爪の届く間合いに入らないよう注意しながら、ダイは考えた。
「ま、いっか。やってみよう。」
ダイはワイヤーを2重にして、両手で持った。そして自分からクマの爪の届く間合いに入っていく。何をする気だろう?
クマがダイに向かって爪を振り下ろした瞬間、ダイは持っていたワイヤーで爪を受け止めた。
「キィン」
金属音が響く。
クマは何度も何度も爪を振り下ろすが、ダイはすべての攻撃を受け止めている。
「キンッ キン カキィン!」
何度目かでダイはクマの爪をワイヤーで巻いて、折ってしまった。
「グアァ」
クマが雄たけびを上げる。狂ったようにダイに攻撃を始めた。
「カッ キッ キィン バキバキッ」
ダイはどんどん爪を折っていく。
ダイがクマから離れた時、爪は一本も残っていなかった。
「ショウ!ワイヤー残ってるか?!」
「ああ。」
ショウはワイヤーをポケットから出してダイにむかって投げた。
「サンキュー。」
ダイはクマとの格闘でぼろぼろになったワイヤーを投げ捨てると、ショウの投げたワイヤーを受け取った。
ダイは一瞬でそのクマを縛り上げた。クマはワイヤーに仕込んである眠り薬のせいで、どたんと倒れた。
「あー、疲れた。」
ダイはその場に座り込む。
「おつかれー。」
ショウがダイの方に駆け寄った。
「うわ、痛そ。」
ショウはダイの額の傷を見ていった。一文字にぱっくりと避けている。
ショウはヒーリングでダイの傷を治すと座り込んだ。
「休憩しないか?」
「賛成。」
二人は床にごろんと横になった。
「今何階だっけ?」
「305階!」
「まだまだ遠いなあ・・・。」
遙たちはやっと300階まで来た。
さっきから警備者がたくさん倒れている。死んでいるわけではないだろうが、ぴくりとも動かない。
「ショウたち、だいぶ進んでるな。」
警備者の間をぬって遙たちは走った。階段を駆け上がる。
と、304階まで来たところで、立ち止まった。
「な、何これ?!」
天井を支えていると思われる太い柱が折れそうなぐらいに破壊されている。
「ショウの仕業だな。」
リアーノはそう言うと倒れているオオカミに近寄った。
「人工知能をつけたオオカミか。放っておいても支障はないだろう。」
「え、でも、かわいそう・・・。」
遙はオオカミに近寄った。犬とそんなに変わらない。
「仕方ない。」
リュートはオオカミの額に手を置いて、目を閉じた。
「うわあ?!」
オオカミが目を覚ます。
「あ、しゃべった。」
遙はちょっとびっくり。
「て、天井が、崩れる!」
「お願いだ、縄をといてくれ!」
オオカミが暴れ出した。
遙はオオカミに聞いた。
「どうしたの?」
「どうしたもこうしたも、天井が!天・・・あれ?」
オオカミは天井を見上げてぴたりと動きを止めた。
「天井が崩れてない。」
「おかしいな。」
「変なオオカミ。」
遙は思ったことをそのまま言った。
「変じゃない!あいつが悪いんだ。あいつが柱をぶん殴って壊すから・・・。」
「ショウのこと?」
「お前、あいつの仲間なのか?」
突然オオカミはおびえた声になった。
いったいショウはこのオオカミたちに何をしたんだ。
「そう。友達。」
「ひええーっ。助けてくれえ!」
「大丈夫。私はショウみたいなことはしないよ。」
遙はそう言ってワイヤーを外そうとした。
慌ててリュートが止める。
「遙、とらない方がいいよ。」
「でも、このままじゃかわいそうだよ。」
遙はオオカミたちのワイヤーを外した。
「すいません。どうも。」
オオカミたちはすっかりおとなしくなって遙の前に<お座り>をした。
「だいじょうぶ?けが、ない?」
「大丈夫です。」
「はい。どうも、ありがとうございます・・・。」
遙はにっこり笑うとオオカミたちに言った。
「このまま外に出るといいわ。きっともうすぐ上の方が騒がしくなると思うから。」
遙たちはまた上の階へ向かおうとした。すると・・・。
「私達も行きます。」
「はい。とりあえず助けてもらった分、上の階まで案内します。」
オオカミたちが遙の方によってきた。
「えっ?そんな・・・。」
「私達、何度か上に行ったことありますから。」
オオカミはそう言うと、遙の目の前で<伏せ>をした。
「乗ってください。」
「えっ?」
遙はリュートとリアーノを見た。
いいんじゃないか?
二人の目がそういっている。
「じゃあ、おねがい。」
遙はオオカミの灰色がかった背に乗った。オオカミが立ち上がるとリュートとリアーノはずっと下の方にいるように見えた。
「私達、BLACK・Dに使われてたけど、さっきのワイヤーといっしょに首輪もとれたみたいで・・・もう苦しくなりません。」
もう一匹のオオカミが言った。
オオカミがショウたちを襲ったのは、BLACK・Dに操られたような状態にあったからか。
「じゃ、行こうか。走れるかい?」
「もちろんです。」
リアーノの言葉にオオカミが答える。
走り出してすぐに上の方で大きな音がした。
「ズガアーン!」
「?!」
「ちょっとやりすぎたかな。」
ショウがダイを振り向いた。
「ちょっとな。」
ダイは天井にあいた大穴を見た。おそらく軽量化した鉄でできていたのだろうが、もう跡形もない。
308階と309階の間に階段がなかった。別にテレポートをしてもよかったのだが、あとからくるはずのボスたちのことを考えて、天井を破壊した。
「ダイ、サポートしてくれ。」
「はいはい。」
ショウは助走をつけ、ダイの手を踏み台に大きく飛び上がった。
「着地成功!」
上の階から声がする。しばらくすると上の方からするするとワイヤーが伸びてきた。
「これでワイヤー、最後だからな。」
ダイが309階に着いた時、下から声がした。
「ショウ!ダイ!」
ボスの声だ。
「ボス?結構遅かったですね。」
ひょいと下を覗き込んだショウの目に、遙の姿が飛び込んできた。
「は、はるかあ?!」
「えっ?」
ダイも慌てて下を覗き込む。
「ショウ!ダイ!久しぶり!」
「遙?!何やってんだよ、お前!しかもその犬・・・。」
「犬じゃない。私はオオカミです。失礼な。」
「ついてきてもらったの。」
遙があっさり言った。あんまりにも普通だったせいでショウは言葉を失った。
「すぐにそこ行くから、ちょっとどいてー。」
ショウたちは穴から少し離れた。
オオカミたちは軽々309階の床に飛び乗った。
「ハヤト並のジャンプ力だな。」
「そう言えばハヤトは?」
ショウは遙に聞いた。
「遠乃のところ。」
「は?」
やがてワイヤーを上ってきたボスから今まであったことの説明があった。
「にしてもGSPの方で待ってりゃいいのに、何でここに来たんだよ。危険なことは十分わかってるはずだろう?」
「でも、ショウに会いたかったもん!」
「ばっかじゃねえの?」
ショウは怒りを通り越して呆れ返ってしまった。
呆れ返ったショウの顔を見て、遙はやっぱり来てよかったと思った。
「おそらくここより上の階には、何もないだろう。」
ボスが言った。
「ボス。」
ショウが真剣なまなざしでリアーノを見た。
「一人で・・・行かせてください。俺、BLACK・Dのボスは、一人で捕まえたい。」
「理由は?」
「何となく。あいつは・・・俺に似てる気がするんだ。」
ショウは床に目線を落とした。
「・・・。わかった、行ってこい。だが、無理をするな。」
リアーノは言った。
ショウがぱっと顔を上げる。何かを決意した表情だった。怒っているようにもみえたが、怖くはなかった。
「ショウ・・・。」
「遙は、ここで待っていろ。すぐ・・・戻る。」
ショウの碧い瞳と漆黒の瞳が真っ直ぐに遙を見つめた。遙はうなづいた。
「ダイ。」
「何だ?」
ショウはダイにむかって静かに言った。
「・・・ありがとう。」
ショウはリアーノに対してちょっと会釈をすると、さっき壊したばかりの天井に飛び移った。(さっきよりも天井が低かったため、一人で飛び乗れた。)
うつむいた遙に、オオカミが擦り寄った。
「悲しまないでください。あの人は、きっと戻ります。」
「それより、私達に名前をつけてくれませんか?」
遙は泣きそうな気持ちをこらえてオオカミののどをなでた。
「そうねえ・・・。灰色だから、グレイ・・・。」
ショウはもう一つ上の天井を壊した。(もちろん超能力で)
「ここで、311階・・・。」
もう一つ上の階にはBLACK・Dのボスがいる。
ショウは最後の天井を破壊した。一人でも飛び乗れる高さだ。
「スタッ」
ショウは312階、最上階の床に着地した。辺りは暗い。と、突然明かりが点いた。
「?!」
振り向いたショウの目に、一人の青年の姿が映った。いや、青年というよりは少年に近いだろう。ダイと同じかそれより下ぐらいだ。
「お前がGSPの幹部か。」
「そうだ。」
ショウはその少年を見つめた。両方黒い瞳に、黒い髪。遙たちと同じだ。
薄暗い照明のせいで顔立ちはよく分からないが、ショウはその少年を見た事があるような気がした。どこで見たんだろう?
「なぜ独りで来た?」
「何となくだ。お前は、俺一人で捕まえたかった。」
ショウはその少年から目を離せずにいた。よく響く声。どこか聞き覚えがある気がする。
ショウは目を閉じた。考える必要はない。今は、こいつを捕まえることだけ考えよう。ショウはもういちど目を開けた。
「理由はそれだけだ。」
「悪いが、お前に捕まるわけにはいかないんだ。外にいるうちに、会わなくてはいけない人がいるからな。」
その少年・・・BLACK・Dのボス、<バル>はショウから目をそらした。
「でも、俺はお前を捕まえる・・・分かっているだろう?」
「ああ。」
しばらく沈黙が続いた。
するとバルは二振りの剣を持ち出してきた。片方をショウに向かって投げる。
ショウは剣を強く握り締めた。なぜか懐かしい感じがする。
「俺は・・・まだ捕まらない。捕まるわけにはいかないんだ!」
バルの声が空気を震わせたのが合図となった。
ショウは地面を蹴って飛び上がっていた。
「ドーン」
「ガガッ ガキィン!」
上から何かが激しくぶつかり合う音が聞こえた。ショウとバルが争っている音だろう。
その音を振り払うように遙はリアーノに尋ねた。
「BLACK・Dのボスって、どんな人ですか?」
「・・・。」
ボスは黙っていた。答えようか答えまいか迷っているようにみえた。
「ボス。」
リュートが声をかけた。
「もう・・・隠すことはないですよ。すべて話してしまっても大丈夫ですよ。」
リアーノは床の一点をじっと見つめている。そしてため息をつくと、遙に向かって言った。
「BLACK・Dのボスの、バル=カマティ=カミニア=ピオクは・・・ショウの双子の兄だ。」
「えっ?!」
「何だって?!」
ダイと遙は同時に驚いた。
「でも、ボスってすごく歳だって、ショウが・・・。」
「それはショウの父親のことだ。先代のボスが死んで、代わりにBLACK・Dを引き継いだ。」
「・・・!」
遙は言葉を失った。
じゃあ、今ショウは自分のお兄さんと戦ってるの?!
「ズズウゥ・・・ン」
上の方から、また何かが壊れる音が聞こえた。
「ショウ!」
ダイが上に向かって叫んだ。
伝えなくちゃいけない。今度こそ、ショウが何も知らないままでいさせたくない。この間みたいな後悔はしたくない!
「グレイ!」
「はい。」
「お願い。ショウのところに連れてって!」
グレイは答える変わりに鼻先で遙を宙に放り投げ、背中に乗せた。
「遙!」
後ろでダイの声がした。でも、止まれない!
「ガウルル・・・。」
もういっぴきのオオカミ・・・ウルフがダイたちを防いでいる。
「遙、待て!」
ダイの声を後ろの方に聞きながら、遙はグレイにしっかりとしがみついた。
グレイが地面を蹴って、飛び上がる。
ショウ、お願い。お兄さんと戦うのはやめて!
「ハア、ハア・・・。」
ショウの息は荒い。何度か剣を交えたが、剣術だけならショウの方が勝っているだろう。しかしバルは、サイコキネシスの一種・・・衝撃波を多用し、ショウに攻撃させようとしない。
バルは強い。負けてしまうかもしれない。そんな考えがショウの脳裏をよぎった。が、すぐに振り払う。
「どうした?GSPの幹部なんだろう?」
バルがショウを見下ろした。バルは宙に浮いている。
ショウは剣を杖に、さっき床に叩き付けられた時に折れてしまったであろう右足をかばって立ち上がった。力の差があっても、負けられない。ハルカを殺したやつのボスなんかに!
「俺は、負けるわけにはいかない・・・ハルカのためにも!」
ショウはバルをきっと睨んだ。動きをよく観察する。バルの衝撃波を放つタイミングは分かってきた。次は、よけられるだろう。
「まだ立てるのか?」
バルの指先がショウに向けられる。
今だ!
ショウは飛び退こうとした。が、右足に力が入らない。バルの衝撃波をまともにくらってしまった。
「うわああ・・・。」
身体中がミシミシいった。
「終わりだ。」
バルの指先がこちらに向くのが見えた。
ちっくしょう!
ショウは死を覚悟した。ところが・・・!
「やめて!」
誰かの声がした。そして駆け寄ってくる足音がした。
「?!」
誰だ?
ショウは薄れそうな意識の中で必死に目を開けた。
「ショ・・・ウ・・・。」
人影は倒れた。ショウはバルの衝撃波から守られた。
「遙?!」
ショウはその人影が遙だと気付いた。
ショウは必死に立ち上がり、遙のもとへ歩み寄った。
「は…るか?なんでここに・・・。」
「誰だ、それは。」
バルの冷たい声が響く。が、ショウには届いていない。
「遙?目、開けろよ。遙?」
遙はぴくりとも動かない。手首を取ってみた。何も感じられない。
ショウの頭の中が真っ白になった。何も見えなくなった。聞こえなくなった。
「はる・・・か・・・。」
ショウを中心に部屋の空気が渦巻いた。
「?!」
空中にいたバルは突風によって壁に叩き付けられた。
「ダンッ」
「ぐっ。」
ショウの目には何も映ってない。いまそこに倒れている遙さえもショウの瞳には映らなかった。
「何するんだ。遙に・・・。」
ショウの低い声。
ショウが落とした剣が風に吹き飛ばされ、ショウの腕を切り裂いた。傷口から血が吹き出る。
「また俺から遙を奪う気か・・・?」
ショウの目がキッとつりあがった。
バルは壁に叩き付けられ、動ける状態ではなかった。
「ぜったいゆるさねえぞ。」
強い風がしょうを中心に吹き荒れている。天井を壊した時の破片が飛び交っている。
ショウのまわりで何かがはじけてた。
「バチバチッ」
ショウの力に耐え切れず、天井が、床がミシミシいっている。
「・・・!」
バルは目を見張った。さっきとは比べ物にならない力。何で、こんなにも・・・。
「ばかやろう・・・!」
ショウが叫んだのと、最上階が崩壊したのと、グレイが遙をつれて最上階を脱出したのは同時だった。
「ミシミシ・・・」
グレイが行ってからしばらくしてビル全体がゆれ始めた。
「何だ?!」
「ショウだ!ショウが暴走してる!」
ダイには、ショウの力が膨れ上がっていくのが感じ取れた。
「暴走・・・?」
「ウルフ!どいてくれ!俺は、ショウのところに行かなくちゃいけないんだ!」
ダイはなおも邪魔をしているウルフに向かって叫んだ。
「わかった。」
ダイの剣幕にウルフは穴の前からよけた。
ダイが天井の穴に飛び込もうとした時、誰かがダイを止めた。
「ハヤト!」
遠乃を救出し、今やっと追いついたのだ。
「ダイ、やめろ。死にたいのか。」
「離せ、ハヤト!」
「だめだ。」
次の瞬間、ものすごい音がした。
「ガラガラ・・・ドッシャーン!」
おそらく最上階が崩壊した音だ。
「ショウ!」
ダイの叫び声は、崩壊する音に掻き消えた。
「遙・・・。」
ショウは天井が崩れ落ちてしまった中で遙を探した。
遙の心臓が止まってしまったのは、さっき確認した。しかし、まだ今なら間に合うかもしれない。
「ガルウ・・・。」
下の穴からグレイが顔をだした。
「グレイ・・・。遙は・・・?」
「ここです・・・。」
ショウは体中の痛みを押さえて一つ下の階に降りた。上の階が破壊されたショックで天井が低くなっている。どうりでグレイが顔を出せたはずだ。
底には遙が横たわっている。固く閉じられた瞳は、あの日のハルカのようだった。
「遙・・・今、治す。」
ショウは最後の力を振り絞って遙の額に手を置いた。
ヒーリング。
果たして、間に合うのだろうか?
「ん・・・。」
遙の口が動いた。
「ショ・・・ウ?」
ショウは遙の瞳が開かれるのを見た。
よかった。
「遙・・・。」
安心したら、気が抜けた。
ショウは倒れ込んだ。
「ショウ!」
「よかった・・・。遙・・生きて・・・。」
「聞いて!あのね、さっき戦ってた、BLACK・Dのボスはね・・・ショウの本当のお兄さんだったの!」
「あ・・・。」
そうか。どっかで見た顔だと思ったら、自分の顔に似てたのか・・・。でも、あまり意外な感じはしない。もしかしたら・・・と、前に考えたことがあった。
無理矢理笑ってこう言った。
「はは・・・失敗したな。まさか・・・兄貴だったとは・・・。」
しゃべったらのどの奥に血の味がした。
そこに、誰かが上から降ってきた。
「ドサッ」
「?!」
バルだった。バルもまた天井が崩れ落ちた中を必死でガレキを掻き分け、ここまできたようだった。
「バル・・・。」
ショウが先に声をかけた。
「何だ・・・?」
二人とも息をするのがつらそうだ。
「お前が・・・俺の兄貴だっての、本当か?」
「・・・お前の名前は?」
ショウとバルの目が合った。真剣な二人の表情は、そっくりだった。
「ショウ・・・ショウ=ビアン。」
バルはふっと笑った。
「本当だ。俺・・・は、お前の・・・兄貴だよ。」
バルの漆黒の瞳が閉じられるのが見えた。
何も見えなくなっていく。聞こえなくなっていく。遙の声が遠くに聞こえる。痛みが薄くなっていった。何もかもが真っ白になる。
ダイ・・・ごめん・・・。
それが、最後に思ったことだった。
「いやああーっ!」
上の階から遙の悲鳴が聞こえた。同時にグレイがダイたちのもとへ着地した。
「ショウとバルが・・・。」
言い終わらないうちにダイはショウのもとへと駆け出していた。
「ショウ!」
311階。ダイが見たのは泣きじゃくる遙の姿。そして床に横たわっている、ショウ。少し離れたところに、バルと思われる人物が倒れていた。
「ショウ!」
ダイはショウに駆け寄る。
抱き起こしてみたが、動かない。ぴくりともしない。もう息がなかった。
「うそだ・・・。」
ダイは腕の中でショウが冷たくなっていくのを感じた。
遅れてやってきたハヤトが、バルの呼吸を確かめる。
「だめだ。」
バルもすでにこときれていた。
「ショウ?!何で起きないんだよ?!目え開けろよ?!」
ダイは必死でショウのからだをゆすったが、ショウの目は固く閉じられたままだ。
「戻ってこいよ!ショウ!ショウ・・・!」
ダイの瞳からたくさんの涙が零れ落ちた。
金色の瞳が涙で埋まっていった。
「ダイ!」
リアーノが厳しい声でダイの名を呼んだ。ダイはゆっくりボスの方を向く。
「早くGSP本部に戻るんだ。今ならまだ生き返らせられるかもしれん!」
「?!」
「コウキには今連絡した。早く!」
ダイははっとして立ち上がった。
「ボス。バルをお願いします。」
「わかっている。」
ダイはショウを抱き上げ、GSPにテレポートした。
リアーノもバルを抱えて後を追う。
「どうして・・・?」
遙は泣きながらリュートに尋ねた。
「どこいくの・・・?」
「GSPの本部だ。今ならまだ、2人は生き返るかもしれん。」
「何で?どうやって?」
「コウキが開発した、回復用コンピューターがいるからさ。」
「回復・・・用?」
「要するに、ヒーリングを人工的にやろうって話さ。俺達も戻るぞ。」
リュートに手を引かれ、遙は訳が分からないままビルを出ることになった。
「私が連れて行きます。」
グレイが言った。
リュートは遙をグレイの背中に乗せた。
「急ごう!」
リュートとハヤト、そしてオオカミのグレイとウルフは300階から一気に駆け下り始めた。
コウキが回復用コンピューターの準備を整えたとき、血まみれのショウをつれたダイが帰ってきた。後を追うようにボスも帰還した。
「早く!このカプセルに入れて!」
ショウとバルはそれぞれカプセルに入れられた。
コウキは隣のコンピューターに向かう。
「ぎりぎりかな・・・。」
たくさんキーが着いたコンピューターの前で、コウキは操作し始めた。
ショウ、生き返ってくれ・・・!
ダイは祈るような気持ちで食い入るようにモニターを見つめた。
「リュート。私に乗れ。」
遅れ始めたリュートにウルフが声をかけた。
「すまない。」
リュートがウルフの背に飛び乗った。
「はあ、はあ・・・。」
肩で息をしているリュートに対して、ハヤトは余裕だ。
「おい、オオカミ共。もっとスピードあげるぞ。」
「気安くオオカミとよぶな。」
グレイはそういいながらもスピードを上げた。
それにしてもオオカミと同じ速さで走っても息も上がらないハヤトは、いったい何者なんだ?!
「バルの呼吸が蘇生した。ダイ。そのレバーを上げてくれ。」
「ああ・・・。」
ダイは指示されたレバーを引き上げた。
モニターを見上げると、右側のパネルにはに<OK>とでている。左側には、いろいろな指示が出ている。
「くそっ。」
コウキの額に汗が浮かんだ。
「ショウ・・・。」
ダイはショウに呼びかけた。もしかしたら、ショウに聞こえるかもしれない。
心の奥に何かが響いた。
・・・ ダ・・・イ・・・? ・・・
「あ・・・。」
ショウの声が聞こえた気がした。
そして・・・。
「ショウが蘇生したぞ!ダイ、さっきのレバーの隣のやつ、一番上まであげてくれ!」
「ああ!」
よかった・・・。
ダイは安心した。見ると、リアーノもほっとした顔をしていた。
いつのまにか左側のモニターにも、<OK>という文字が出ていた。
「もう大丈夫だ。あと3日もすれば2人とも起きるだろう。」
管制室が、安堵の空気で満たされた。
「じゃあ、助かったの?」
遠乃が聞いた。
「ああ。」
「よかったあ・・・。」
遠乃もほっと胸をなで下ろす。
管制室には、全員が集まっていた。
遙、遠乃、海斗、向平、信哉、ダイ、ハヤト、リュート、カイ、コウキ、そしてボスのリアーノ。
「ところで、幹部ってもう2人いるんじゃないんですか?」
「ああ。ナルアとレーキのことか。」
ハヤトはいつも使っている大きなコンピューターを指していった。
「あれが、レーキ。GSPのメインコンピューターだ。」
「えっ?」
「レーキって、コンピューターの名前だったんですか?」
「ああ。」
「じゃ、ナルアも・・・。」
「ナルアは、今ショウとバルが入ってる回復用コンピューターのことさ。」
そうだったのか。通りでその二人には会ったことがないはずだ。
「回復用って、どういうふうになっているんですか?どうやってそんなに早く回復させるんですか?」
海斗が聞いた。
「ああ。ナルアは、ルイケア=ミュウの開発した細胞を情報化する機械の応用。一番簡単に言うと、情報を細胞化するシステムを備えている。」
「情報を、細胞化?」
海斗は驚いた声を出した。
「つまり壊れてしまった細胞のぶん、人工的に作ったを細胞を新しくショウたちの体に植え付けているんだ。」
コウキはそう言うとちょっと苦笑した。
「実は今まで使ったこと、一回もなかったんだけどね。」
「げっ。」
「じゃ、ショウたちは、実験台?」
「ある意味では。」
遙はぞっとした。うまくいったからよかったものの、失敗したらどうなっていただろう・・・?
それは考えないことにしよう。
「それはそうと、ナルアには、BALARが組み込んであるんだってな。」
ハヤトがコウキに聞いた。
「ああ。BALARは、性能いいからな。ノーマルの数十倍は使えるし。」
BALARって、どこかで聞いたことあるな。どこで聞いたんだ?
「BALARって何ですか?」
向平が聞いた。
「BALARはBLACK・Dのコンピューターの一部。君たちの時代でいう・・・<ハード>にあたるものかな。」
「へえ。」
向平はわかったようなわからなかったような返事をした。
遙はコウキの声を遠くに聞きながら、だんだんと眠くなっていった。
「ショウたちは、まだ起きないの?」
「ああ。もうそろそろ目覚めてもいい頃なんだが・・・。」
ショウたちが一度死んでから5日目。あの日から遙は毎日2002年と2345年を行き来している。
「ショウ・・・起きてよお。」
遙はカプセルに入ったままのショウに声をかける。もちろん返事はない。
前まではテレパシーで言葉にしなくても会話できたくらいなのに・・・。
「遙。来てたのか。」
後ろでダイの声がした。ダイの声にも疲れが感じられる。振り向くと、初めて会った時と同じ、TシャツにGパンというごく普通の格好で、ドアの近くに立っていた。
ダイはコウキと遙が座っているソファーに腰掛けた。
隣に座ったダイを見て、3年の間に、ダイはずいぶん大人っぽくなったなあ・・・と遙は思った。
「ダイは今、18歳だっけ?」
「いや、まだ17だよ。」
17歳。私達の方では、高校2年生にあたるのか。
「コウキさんは?」
「俺はもう27歳だよ。」
「えっ?」
そうだった。コウキさんは、こう見えて、結構年上なんだ。
「2回目だ、俺の歳聞いて驚いたの。」
コウキはちょっと苦笑いした。
「実はもう結婚してる。子供もいる。」
「ええっ?!」
遙はソファーから飛び上がった。
「知らなかったあ・・・。」
「ナルアちゃんって言ったっけ?コウキの子供の名前。」
「ナ、ナルア?」
コンピューターと同じ名前・・・。
「でも・・・もう何年も会ってない。GSPに入る時に、俺は父親を降りたんだ。」
コウキの目が悲しみを帯びた。
「あ・・・。」
それって、離婚したってこと・・・?
「今、何歳だったかなあ?・・・4歳か。きっとナルアは、俺の顔を思い出すことはないだろう。俺がGSPに入ったのは、3年前・・・。ナルアはまだ1歳を過ぎたばっかりだったからな。」
「何で・・・?」
遙は考えるより先に口が動いていた。
「何で私なんかにそんな事を言うの?コウキさんの大事な思い出なのに・・・。」
遙には分からなかった。コウキがなぜ遙にそんなにも大事なことを話したのか。自分の心の奥底にしまっておきたいと思うような思い出を・・・。
「遙ちゃん。」
コウキは優しい声で言った。
「ショウが、遙ちゃんに心を開いたわけがわかる?」
「え・・・?」
遙は唐突に質問されて、びっくりした。
何でって言われても・・・。
「名前が<はるか>だったから・・・ですか?」
「違うよ。」
コウキはやさしく笑いかけながら言った。
「それだけじゃない。遙ちゃんには、不思議な力がある。」
「力・・・?」
「そう。どんなことがあっても、どんな過去を持っていても、すべてを受け入れてくれるような・・・。遙ちゃんと話してると、そんな気がするんだ。だから、遙ちゃんに、聞いて欲しかった。つらい思い出は、一人で抱えてるともっとつらくなるものなんだよ。」
「私・・・が?」
遙は目を見開いた。
コウキの瞳が優しく輝いている。遙はなんだか泣きたくなった。嬉しいのか悲しいのか分からない。でも、なんだか心の中があったかくなってきて、涙があふれてきた。
「何で泣きたくなるのかあ・・・?この間から十分泣いたはずなのに・・・。」
「泣ける時に泣いといたほうがいいさ。そうじゃないと、ショウみたいな人間になるぞ。」
「ショウみたいなって・・・?」
「泣きたい時に泣けない人間。」
「ショウだって・・・ちゃんと・・・泣くよ。」
「うそだ。俺、ショウが泣いたの、見た事ない。」
「この間・・・ハルカって人のために・・・泣いてた・・・。2回とも・・・。ねえ、ダイ。見たでしょ・・・?」
遙がダイの方を向くと、ダイは静かに寝息を立てて眠っていた。
「何で寝てんのお・・・。」
「疲れてるんだ。寝かしとけ。」
遙は涙を一生懸命ぬぐった。
「ショウがいないぶん、倍ほど働いてるんだ。」
「たいへん・・・なんだね。」
涙は止まったけど、しゃくりあげるのが止まらない。
「と、とまんないよお・・・。」
遙がコウキに助けを求めると、コウキは遙の背中を3回軽くたたいた。
「あれ?止まった。」
「泣いた後に背中3回たたくと止まるんだって。」
「へえ。」
コウキは遙が知らないことをたくさん知っている。
「すごい。コウキさんって、何でも知ってるんだね。」
遙はやっと笑えた。
と、突然コンピューターの<ナルア>のモニターが付いた。
「バルが意識を取り戻した!」
コウキの叫び声でダイは跳ね起きた。
「何?!」
コウキはカプセルのロックを解除して、ふたを開けた。
「ん・・・。」
バルはカプセルの中からでゆっくり起き上がった。
「どこだ、ここは・・・。」
バルはゆっくりと辺りを見回した。
「GSPの本部だ。バル・・・お前は、一度死んだ。」
「何となく・・・覚えている。」
バルは遙を見た。
そのまなざしがびっくりするぐらいショウにそっくりだった。
「お前の顔、覚えている。お前も死んだはずだ。」
「私も生き返ったの。ショウが、治してくれたの。」
「ショウ・・・。そうだ、ショウはどうなったんだ?」
バルはコウキに尋ねた。
「まだ眠っている。隣のカプセルだ。」
「そうか。」
バルは少し笑った。その表情もショウにそっくりだ。
ダイはバルから目をそらした。やっぱり兄妹だけあって、似ている。ショウを見ているようで、つらい。
「バル。お前はもうすぐ、警察に引き渡される。BLACK・Dのボスとして・・・な。」
「そうだろうな。」
バルはあまり悲しんではいなかった。
「お前・・・コウキ、というのか。一つだけ言っておく。俺の名前は、バルじゃない。バルは父さんの名前だ。」
コウキは突然自分の名前を呼ばれて驚いた。
「何で俺の名を・・・。」
「俺も一応超能力者だからな。」
遙は驚いた。こんな能力を持った人もいるんだ。
「お前の名前は・・・遙か。悪かったな、殺してしまって。」
「いいよ、生き返れたんだから。」
この人、そんなに悪い人じゃない。
「それから・・・ダイ。お前がショウの<一番大切な人>か。」
ダイが驚いて振り向いた。
「どうしてわかったの?」
ダイが聞くより先に遙が聞いた。
「ショウが・・・お前のこと呼んでる。」
「え?」
ダイは驚いたような顔でバルを見た。
「どういう事だ?バル。」
「言ってるだろう。俺はバルじゃない。」
「名前なんかどうでもいいだろう。」
「ま、いいけど・・・。ショウは、もうすぐ目を覚ます。その時はお前がそばにいてやれよ。」
「・・・どうしてわかる?ショウが目を覚ますこと・・・。」
「一応生まれる前までショウとは一つの身体だったんだ。ショウの事は、わかる。」
バルはそう言うとカプセルから出た。
体は治っても服はそのまま。あちこちがちぎれてぼろぼろだった。
「は、ショウのやつ、だいぶやってくれたな。」
バルはぼろぼろになった靴と上着を脱ぎ捨て、ソファーにどっかと腰掛けた。
「ねえ、バルさん。」
「バルじゃない。」
「じゃ、ショウのお兄さん。」
「何だ?」
「本当の名前は何て言うの?」
「俺か?俺の名前は・・・リクトだ。」
その時、またナルアのモニターが付いた。
「ショウが意識を取り戻したんだ!」
コウキはもう一つのカプセルのロックも外し、ふたを開けた。
碧い瞳、漆黒の瞳。ショウがぼんやりした表情でカプセルから顔をだした。
「ショウ!」
「ダ・・・イ・・・?」
ショウは何がなんだか分からないといった表情だ。
「何で・・・?俺、死んだんじゃ・・・?」
「<ナルア>に助けてもらったんだ。よかった・・・ショウが生き返って・・・。」
「ダイ・・・ごめん。また迷惑かけた。」
「いいよ。ショウが戻ってきたんなら。」
ダイはいつものように優しく笑った。
ショウもカプセルから出た。ショウの服もぼろぼろ。その上血まみれだ。
「遙。コウキ。それに・・・。」
ショウは後ろの方のソファーに座っている人影に気付いた。
「兄さん・・・。」
ショウはリクトの方を見て静止した。
ほとんど違わない、二つの顔。瞳の色と着ているもの以外は、鏡に映したようにそっくりだ。
「ごめんなさいっ。いくら知らなかったとはいえ、一回兄さんを殺してしまった。」
ショウはぺこっと頭を下げた。
「本当に。」
リクトはソファーから立ち上がってショウに歩み寄った。
「兄貴を殺すなんて、何てやつだ。今度やったら、ただじゃおかないぞ。」
ショウの頭をこつん、とこづいた。
顔をあげたショウを見て、にやっと笑う。
「今回は、特別に許してやろう。」
ショウもつられてにっこり笑った。
「ショウ!」
「元気かっ?」
次の日には海斗たちもやってきた。
「もちろん!」
リクトと対面した海斗たちは、びっくり!
「すっげーっ。似てる似てる!」
「ショウが2人いるみたいだ!」
「鏡みたいだな。」
とくに今日は同じような服を着ている。
するとリクトはにやっと笑うと、
「もうひとつ、おもしろいことを教えてやろう。」
と言って、コンタクトを取った。
「あーっ!」
「うそっ。」
にやっと笑ったリクトの右目は、青色だった。リクトはふだん、黒のカラーコンタクトをしていたのだ。
左目が青いショウと並ぶとますます鏡に近づいたようだ。
「本当に兄妹なんだね。」
「当たり前だ。」
片方青色で、もう片方は黒。瞳の色まで同じだったとは!
コンピューターの方で様子を見ていたカイとリュートはこんな会話をしていた。
「とてもBLACK・Dのボスとは思えない。」
「俺も同感だ。もっと残酷なやつかと思っていたが・・・。やっぱりショウの兄なんだな。」
「そっくりだな、性格が。」
「まだ子供なんだろ。」
「だが、やっぱり警察に引き渡すのだろうか?」
「・・・ことになるだろうな。」
「そう。やっとショウが明るくなったのに・・・。」
「そういえば、俺達のボスは?最近見てないんだけど。」
「警察のお偉いさん方と会議だそうだよ。私もよくは知らない。」
「そうか・・・。」
リュートは少し険しい顔をした。
「おいこら遠乃!なんで俺は<ショウ>って呼び捨てなのに、兄貴は<リクトさん>なんだ?俺だって兄貴と同じ日に生まれたんだぞ!」
「だってえ・・・。ショウはまだ子供って感じだけど、リクトさんはもう大人って感じなんだもん。」
「差別だ、差別。」
向こうの方から何かもめている声がする。
ダイが笑っているのが見えた。
「ダイが笑ってるとこ見るの、どれだけぶりだろう。」
それから一週間がすぎた。
今日はとうとうリクトが普通警察に引き渡される日だ。
「No1693、リクト=ピオク。引き渡し完了…と。」
リュートはかたかた、とレーキにそう打ち込んで、転送すると、ふと窓の外に視線を移した。
リクトは警察のエアライドに今まさに乗り込もうとしている。周りを遙たちが取り巻いている。そこへショウとダイが駆けてくるところだった。
「兄さん。」
ショウとダイが息せき切ってかけてきた。
「一つだけ聞いておきたい事があるんだ。」
「何だ?」
エアライドに乗り込もうとしているリクトが足を止める。
「この間、会わなくちゃいけない人がいるって言ってたろう。まだ会ってないんじゃないのか?その人に。」
「ばっかだなあ、お前。まだ分かんねえのか?」
リクトは心底あきれた顔をした。
「俺が会いたかったのはなあ…。」
リクトがすっとショウに近づいた。
「ショウ、お前だよ。」
「え?」
きょとんとした顔のショウを、リクトは思いっきり抱きしめた。
「会いたかったんだ。俺のたった一人の家族に、たった一人の…妹に。」
「?!」
一番びっくりしたのは側で見ていた遙たちである。
兄妹でラブシーンやってどうすんのっ。
「俺だって…会いたかったさ。兄さんがいるって知った時からずっと…。」
ショウの声は少しだけ震えていた。
「なあ、兄さん。早く戻ってきてくれよ。また一人っていうのは、いやだ。」
「分かってる。でも、お前は一人じゃないだろう?」
リクトはショウを離した。
「ダイもいるし、ハルカたちもいる。それに、GSPのメンバーも。だから、のんびり待ってろよ。な?」
リクトは今まで見せた事もないようなやさしい笑顔で笑った。
「うん。待ってる。大丈夫。心配しなくてもいい。俺は大丈夫。」
自分自身に<大丈夫だ>と言い聞かせるようにショウははっきりといった。
「じゃあ、俺は行く。元気でな、ショウ。」
「兄さんも。」
リクトは指を2本立てた。
「Good Luck!」
ショウもいつもと同じようににぃっと笑って指を立てた。
その指を額からリクトに向かって投げるようなしぐさで、言った。
「Good Luck!」
それから半年以上が過ぎた。
遙たちは受験勉強に追われている。
「コウキさんにでも教えてもらえば?」
遠乃はそう言うけれど、遙は自分の力でやりたかった。
目指すは、海斗と同じ春日第一高校。この辺りでは、一番レベルの高い学校だ。
「ぎりぎりかもしれませんね。もう一つランクを下げてみたらどうですか?」
最初は遙が春日第一を受けることをあまり勧めていなかった先生も、最後には絶対に大丈夫だ、と太鼓判を押してくれた。
「ねえ、ショウ。あした、入試なんだ。大丈夫かな?」
「遙が大丈夫だって思ってればな。絶対に受からないこと、有り得ねえから。自信持って受けて来いよ。」
「うん。わかった。」
遙は通信機のスイッチを切った。
心臓がドキドキなっている。今から緊張して、明日大丈夫かな・・・。
「明日はうまくいきますように・・・。」
入試は、絶対というほどでもないけれどそこそこはできた。
昨日は卒業式。今日は合格発表。
合格発表を前に、5人で2346年へ行った。
「遙ちゃん達、卒業だって?おめでとう!」
「ありがとう!」
本部の前庭ではコウキさんがグレイとウルフにえさをやっていた。
管制室に入ると、なぜかダイが暗い顔をしていた。
「あ、みんな。来てくれたんだ。」
「うん。このあと、合格発表見に行くんだ。」
「そう。」
ダイの笑いかたがなんだかぎこちない。
何かあったの?
そのうちに、ボスのリアーノをはじめ、GSPの幹部が全員そろった。しかし、ショウの姿が見当たらない。
「・・・?」
「どうしたの・・・?」
ただならぬ雰囲気に、遙たちは不安を隠し切れなかった。
「ダイ、お前から説明してくれ。」
「・・・はい。」
リアーノの指名を受け、ダイは遙たちの方に1歩進み出た。
「・・・?」
「みんなに、言わなくちゃいけないことがあるんだ。」
ダイはまっすぐに5人を見た。
「実は、GSPが今月いっぱいで解散することになった。」
「えっ?」
あまりに唐突なことで、遙たちは状況を把握できなかった。
「GSPが組織された目的は、特殊能力を持つ人間による犯罪の解決。おもにBLACK・Dの犯罪を未然に防ぐことが目的だった。だが、今はもうBLACK・Dは存在しない・・・。」
「GSPがなくなっちゃうってこと?」
「・・・そうだ。」
「じゃあ、私達はどうなるの?」
遠乃が突っかかるような口調で言った。
「この間からの審議の結果、特別協力者は、この時代・・・2346年にかかわる一切の記憶を消し、元の世界に戻ってもらうことになった。」
「ええっ?!」
「記憶を消す?!ここであったこと、全部か?!」
「ああ・・・。」
ダイはつらそうに言った。
「本当に、遙たちにはすまないことをした。こっちで勝手に特別協力者にしたり、危険な任務に巻き込んだり・・・。そのうえ記憶まで消そうっていうんだからな。」
ダイは目を床に落とした。
ダイもつらいんだ。
「わかった。しょうがない。もともとこの世界を知ったのは、偶然なんだから・・・。」
遙は一生懸命笑っていった。
「俺も、いいよ。ダイたちだって、一生懸命考えた挙げ句にそうなったんだろう?俺は、ダイ達の決定に従うよ。」
海斗も言った。
向平もうなづいた。
「いつかはこうなったかもしれないし。」
遠乃も合意した。
信哉は・・・。
「もしこの時代の・・・未来の記憶を消したら、俺は母さんのことも忘れるのか?」
「あ・・・。」
そうだ。信哉のお母さんは、未来人なんだ。
「そういうことになる。」
「・・・。」
信哉はじっと何かを考えていた。
「前に・・・俺は未来人として籍を取る事ができるって言ってたよな。あれ、今でもできるのか?」
「もちろんだ。」
ダイがうなずいた。
「信哉、未来に住む気なのか?」
「・・・。」
信哉は真剣な表情で床を見ている。
息苦しい時間が通り過ぎている。
「みんな。」
海斗が口を開いた。
「一回、合格発表見てこよう。それから、もう一度ここに来よう。」
「ああ。」
「すぐにとは言わない。気持ちの整理がついたら、もう一度ここに来てくれ。」
ダイの声が後ろから追いかけてきた。
駅から春日第一高校への道を海斗と2人であるいていた。
「・・・。」
何も話す気がしなかった。海斗が先に声をかけた。
「遙。」
「何?」
「信哉は…未来に住む気だと思う?」
「うーん…。分からないけど、ここに残る気じゃないかなあ?信哉は半分未来人だっていってもここで生まれてここで育ったんだから。」
「そうか。だったらいいけど。」
海斗はちょっとため息をついた。
実際信哉と一番仲がいいのは海斗だ。もし信哉が未来に住むことを決めれば信哉の記憶も消されてしまうだろう。
「あ、あそこだ。」
春日第一の校門が見えた。
とたんに遙の心臓はどきんどきん鳴り出した。
「忘れてた。合格発表なんだっけ。」
未来で時間を食っていたせいで、もうとっくに掲示板に張り出されている。
「遙の番号は?」
「135番。海斗は?」
「37番。」
海斗はきっと余裕で受かってるだろう。
海斗は緊張している遙に気付いた。
「大丈夫。受かってるよ。」
「うん…。」
掲示板に近づいた。まずは海斗の番号を探す。
30、33、34、35…あった。37番。
「…。」
129、130、132…。
「あった!」
遙は思わず叫んでいた。
135番。遙の番号だ。
「よかったな。」
海斗が笑っている。
「ありがとう。海斗も受かってたね。おめでとう!」
「ありがとう。」
二人は高校を出た。
「遠乃たちは受かってるかな?」
「ああ。きっと受かってるさ。」
「遙!受かったよ!」
「おめでとう、遠乃。」
合格発表の後、もう一度5人が集まった。
「じゃ、全員合格だな。」
「よかったあ。」
そして海斗は言った。
「行こうか。」
「…うん。」
多分これが最後になるだろう。もうきっと時空移動装置をつかうことはない。
「ダイ、聞いて!みんな合格してたよ!」
「よかったね。おめでとう!」
管制室にはショウ以外、全員が集まっていた。
「信哉。実はあの後、ルイケア=ミュウのところに行ってきたんだ。」
「!」
「ルイケア=ミュウは、刑期が終わったら2003年に戻るといっていた。だから…信哉には2003年で待っていて欲しいそうだ。」
「…。わかった。俺は、2003年に残ることにするよ。」
信哉は少しほっとした顔をしていた。
「そういえば、ショウは?」
「まだ寝てるんだ。今つれてくる。」
別れの時間が迫ってきている。遙は今までのことを思い出した。
初めておおくすのところで二人と出会った時のこと。ショウが向平と喧嘩したときのこと。ショウを追ってHOMEを訪ね歩いたこと…。
「遙ちゃん。」
不意にコウキが遙を呼んだ。
「俺…昨日、初めてショウが泣いたの見た。」
遙は顔を上げた。
「びっくりした。ショウが泣くなんて思わなかったから。ショウでも泣くんだなって…。」
「そうでしょう?ショウだって泣くんだよ。人間だもん…。」
遙はその時決めた。
ショウと別れる時は、泣かない…。
最後の別れはおおくすの前で。5人はそう希望した。
ボスに許可を得て、ショウとダイとともに7人でおおくすへと向かう。大型のエアライドを運転するショウ。しゃべるどころか後部の座席を振り向きすらしない。
もちろん口数がないのはショウだけではない。他の6人も、暗い気持ちでいた。
エアライドが高度を下げる。どうやら到着したらしい。
「俺とショウで皆の記憶を消す。誰からがいい?」
ダイが悲しみを必死に隠して無理に事務的に言っているのが分かる。
「俺からでいいよ。どーせ何番になってもおんなじだ。」
信哉が前に進み出た。
ダイが信哉の額に手を置く。
「いいか?」
「あ、ちょっと待った。」
信哉がショウの方を向いた。
「ショウ。」
「何だよ。」
いつもよりかすれたショウの声が信哉に向けられた。
それでも視線を合わせようとしない。
「俺さ…お前の事好きだったかもしれねえ。」
「?!」
ショウはあんまりにも驚いて、思わず信哉の目を見た。
「まだ全然分かんねえけど。もうちょっと時間があったら、真剣になったかもな。」
信哉はショウの瞳に笑いかけた。
「俺が言いたいのはそれだけ。」
「ばーか。」
ショウはつらくなって信哉の瞳から外れた。
「俺はお前なんか…初めて会った時から…だいっきらいだよ…。」
こんな言葉もショウなんだと、今ならはっきりと分かる。
もちろん信哉も、最初は<何だ、こいつ?>と思った事もあった。でも、今は…。
「じゃあな、ショウ…。」
ダイの手がもう一度信哉の額にかけられた。
「ダイ、元気でな。」
「ああ。」
信哉のからだが力を失って倒れた。
「し、信哉?」
「大丈夫、少し眠らせただけだ。」
「よかった。」
ほっと胸をなで下ろす。
「次は?」
「私。」
遠乃が前に歩み出た。
「私は、何にも言わないっていうか、言えない。何か言ったら泣いちゃいそうだし…。」
「分かった。」
それでも遠乃の瞳はすでに潤んでいる。
「Good Luck、遠乃…。」
ショウの言葉が消え入らないうち、遠乃は地面に倒れ伏した。
「次は、俺の番だな。」
向平がダイに言った。
「ああ。」
ダイは向平の額に手を置いた。
「ショウ。」
向平がショウに言った。
「喧嘩もしたけど…楽しかった。ありがとう。」
「…。」
ショウは答えない。
「ダイ、ショウの事、頼むな。こいつ止められるの、お前しかいない。」
「分かってる。」
ダイがどこかかげりのある笑顔で答える。
向平の身体が力を失った。
ダイは向平の体を横たえた。
「ダイ…。」
海斗は額に手を置いたダイを見上げていった。
「俺、科学者になる。この時代で見たようなもの、一つでも開発してみたいんだ。」
「ああ。海斗ならできるさ。お前なら…。」
「昔、<穴島海斗>っていうえらーい科学者がいたって、この時代まで語り継がれるくらい…な。」
海斗は目を閉じた。
「じゃあな、海斗…。」
海斗もまた記憶を消した。
最後は遙の番。
「ショウ。」
「何だ?」
「私はね…お医者さんになりたい。」
遙はショウに言った。
「ショウが私を助けてくれたみたいに、私も人の命を救いたい。」
「…。」
ショウは少しだけ笑った。
「俺達のいる世界と遙たちの住む世界は、つながってる。俺やダイが住んでるのは、遙たちの未来だから…。」
「わかってる。離れてても、ショウとはずっと友達だよ。」
「未来は、いつかやってくるから…。遙とはいつでもつながってる。遙は忘れるけど、俺は遙たちのこと忘れない。」
「だったら私のこといつも見てて。きっと医者になるから…。」
ショウは遙の額に手をかけた。
「お願い、ショウ。<ショウ>っていう名前だけは、消さないで…。」
「…。」
返事はなかった。遙の意識がとぎれた。
バイバイ、ショウ…。
「ショウ、偉かったな。」
「何が?」
「泣かなかったこと。」
「しょうがねえだろ、遙が笑ってるんだから、俺が泣くわけにはいかない。」
ショウは口を真一文字にしてぐっと涙をこらえた。
「強がりやがって。」
ダイはやれやれ、といった様子。
「…もう遙たちに会っちゃいけないんだよなあ…。」
「もちろんだ。<穴>はふさがれるし、何より、歴史を変えちゃいけない。リュートも今ごろは自分の協力者にそのことを告げに行ってるはずだ。」
「そうか。」
ショウは遠くを見つめた。
「いっそのこと、ショウの記憶からも遙たちのこと消せば?」
「んなことできっかよ。」
ショウの脳裏に遙たちとの思い出がリフレインする。
「はるかああぁぁぁ…。」
ショウの声は遠くまで響いて、かすかな余韻を残して消えていく。
「ダイはずっとここにいるよな?どこも行かないよなあ?」
ショウは不安げな瞳を、今にも泣き出しそうな瞳をダイに向けた。
「ばーか。それはこっちのセリフだ。」
「え?」
思わぬダイの返答に、ショウは一瞬言葉を詰まらせた。
「もうどこにも行くな。もう、勝手に死んだりしたら、許さない。」
「…!」
ショウの瞳が大きく開かれた。
「…かやろう。分かってるよ、そんな事。言われなくても…。」
「それなら、いい。」
ダイは笑った。
太陽のように輝く、金色の瞳で。
「我慢するなよ。お前、そんなにも強いわけじゃないだろう?」
ダイの優しい声でとうとう心の留め金が外れた。
碧い瞳と漆黒の瞳から、とめどない涙があふれ出る。
「俺は、どこにも行かないさ。いつもショウのそばにいるから…。」
… はるか …
「え…?」
遙は誰かに呼ばれた気がして振り向いた。が、誰もいない。
「どうしたんだ?」
隣にいる海斗がいぶかしそうな目で遙を見ていた。
「ううん、何でもない。」
今日は春日第一高校の入学式。
遙は青い空を見上げて笑った。
きっと、気のせい…だよね。
それから10年後…。
遙はおおくすへの道を急いでいた。
「どうしよう。もう約束の時間、とっくにすぎてるよお。」
「遙。遅いぞーっ。」
おおくすの方から懐かしい声がする。
「ごめんごめん。」
おおくすの根元には、海斗、向平、信哉、遠乃の4人の姿があった。
10年前の今日、合格発表の後でおおくすに集まって5人で決めた。<10年後の今日、ここで会おう!>
「そう言えば遙、とうとう医者になったんだってな。」
「うん。海斗は?」
「大学院に通ってる。今習ってる教授、おもしろいんだ。空とぶ車を開発しようとしてるんだから。」
「そんなこと、できるの?」
「わからない。でも、俺も手伝ってみようかなあと思って。名前が、<エアライド>っていうんだ。そのままだろ。」
海斗が嬉しそうに笑った。
「ふたりともすごいわねえ。私なんか、ただのOLなのに。」
「でも、フリーでイラストレーターもやってるんじゃなかった?」
「あんまり売れてないの。ほとんど趣味でやってるしね。」
「向平は?」
「俺、まだ大学卒業してないんだよ。」
「え?」
「浪人と留年のおかげで。今年やっと4年生。」
「まじかよ。何年大学に通ってんだ。」
「うっせえなあ。そういう信哉は何してんだよ。」
「俺か?俺はいま弁護士になるための勉強中。」
「弁護士?お前そんなもんになりたいのか?」
「わるいかよ。」
「いや、悪かねえけど…。」
帰り際、遠乃が突然思い出したように言った。
「そういえば、遙。何で医者になりたいと思ったか分からないって言ってたよね。わかった?」
「ぜんぜん。」
… ショウ ミタイニ ヒトノイノチヲ スクイタイ …
頭の奥底でなにかが分かったような気がした。
「何となく…は思い出せたんだけどね。」
「何だったの?」
「なんか私、誰かにあこがれて医者になりたいと思ったみたい。」
「誰かって?」
「それは分からないよ。」
遙は笑った。
分からなくてもいい。だれかが私に夢を与えてくれたんだ。
… はるか …
「え?」
また誰かに呼ばれた気がした。
ずーっと前にもこんなことがあったような…。
「ま、いいか。」
遙は遠乃の後を追っておおくすの根元から駆け出した。
未来はいつかやってくるから…。
いつだったか誰かがいっていた言葉。今も遙の心に焼き付いている。
「まってよ!遠乃!」
遙は遠乃に追いついた。
いつでも見守っていてくれる誰かがいる。だからこれからも未来に向かってがんばって行ける気がする…!