3.Believe
ショウからのエアメールが届いたのは、夏休み2日前、7月18日の事だった。
<遙へ
元気ですか?今未来からこの手紙を書いています。
ところで、今年の夏休みに、俺達の所へ遊びに来ませんか?ダイと二人で待っています。
もしも来られるなら、7月21日の午前9時、おおくすの前まで来てください。
多分1ヶ月近い滞在になります。(予定では7月28日から8月23日)ちゃんと荷物は準備
してください。ただし服についてはある程度準備できます。
P.S.21日に来るのは、催眠術のためです。 FROM ショウ>
「えっ?」
俺達の所って・・・未来?未来に行けるの?
遙は思いを巡らせた。未来って、どんな所だろう・・・?
同じ頃遠乃にも同じメールが届いた。
「うっそおーっ。やったーっ!」
「どうしたの?遠乃。」
母親が声をかける。
「あ、ほら、ショウくんっていたじゃない。あの、青い目の。」
「ああ。あのハーフの子?」
「うん。夏休みに、遊びに来ないかって。」
「いいじゃない。いってらっしゃいよ。いい記念になるわ。」
「うん!」
遠乃は上機嫌で2階に駆け上がった。
「うるさいぞ!遠乃!」
「はーい。」
いつも口うるさくてうんざりしてた兄貴の声も、今日は天使の声に聞こえる!
海斗と向平と信哉には、ダイから同じ内容のメールが届いていた。
「あ。ダイからだ。」
海斗は部屋に戻ってきっちりと閉じられた封筒の封を開けた。
「・・・。」
未来、か。そう言えば向平が未来に行くって言ってたっけなあ・・・。
そのことでこの間ショウと喧嘩したんだった。
「向平か・・・。電話してみようかな。」
向平が電話をかけようと部屋を出た時、突然電話が鳴り出した。向平だな。
「もしもし、穴島です。」
「あ、海斗?」
予想に反して受話器の向こうからは信哉の声がした。
「なんだ、信哉か。」
「何だ、その反応。」
「いや、向平かと思ったから。」
「別にいいけど。それでさ、来た?ダイからの手紙。」
「ああ。今受け取った所だ。どうだ?いくか?」
「もちろん。海斗は?」
「親に許可とらないと・・・。」
「ばーか。ショウたちが催眠術使えるだろ。」
「あ、そうか。」
「海斗らしくもない。」
「うるさいな。とにかく、向平にも連絡したいんだ。いったん切るぞ。」
「わかった。また明日、学校で。」
「Good luck!」
ガチャン、と荒っぽい音がして電話が切れた。海斗も受話器を置いた。
「TRRRRR・・・」
おいてからすぐにまたかかってきた。
「もしもし?」
「あ、海斗か?きただろ、ダイから手紙。」
「ああ。」
「いくのか?」
「もちろん行くさ。信哉も行くって言ってた。」
「信哉?あ、今話してたの、信哉だったのか。なんべんかけても電話中だったもんな。」
「悪い。」
「別にいいけどよ。ついでに明日の時間割、教えてくれよ。」
「ああ。ちょっとまってろ。」
海斗は電話の保留ボタンを押すと、いったん部屋に戻った。
「じゃあ、言うぞ。一時間目大掃除、2時間目、生徒集会・・・。」
海斗は明日の予定の欄を読み上げていった。
「4時間目、通知票渡し。」
「げっ。」
電話の向こうの向平の顔の想像がつく。
海斗は思わず笑ってしまった。
「何だよ。何で笑うんだよ。」
「何でもない。」
それでも海斗は、おかしくて仕方がなかった。
7月21日午前8時30分、おおくすの前・・・。
「おはよう、遠乃。早いね。」
「遙こそ。いつも寝坊して遅刻するくせに。」
「いいじゃない。」
おおくすの前には、遠乃と遙の二人だけ。
「海斗たち、来ないのかな?」
「何言ってるの、まだ30分もあるのよ。あいつらがこんなにも早く来るわけないじゃない。」
「あ、そうか。」
遙はそういっておおくすの根元に座り込んだ。
「あー眠い。せっかく学校がないのに、こんなにも早起きするなんて。」
「これで早起きって・・・いつも何時まで寝てんの?」
「さあ・・・。起きてすぐ時計見た事ない。」
「察するに、昼ご飯ぐらいまで寝てるでしょう。」
「そんなに寝てないよ。ちゃんと朝御飯食べるもん。」
「ふーん。」
遠乃がいぶかしそうな目で遙をみている。
「ま、いいけどね。」
遠乃も遙の横に座った。
ごろん、と寝そべると、太陽が見えた。ダイの瞳と同じ色。金色だ。
「二人とも元気かなあ・・・。」
「あの二人が元気ないわけないじゃない。」
「そおかあ・・・。」
遙はゆっくり流れていく雲を見ながら、ダイとショウの懐かしい顔を思い出していた。
ショウは、青色と黒の瞳。ダイは金色の瞳。また背、伸びたかなあ?もうこれ以上置いてかれたくないよ。見上げながら話すの、やだもん・・・。
そう言えば、ハヤトにも会ったっけ。そうだ。勝ち気な目が海斗にそっくりで・・・。
「おい。」
「うわあ?!」
そう思ってたら、ハヤトが現れた。・・・と、海斗か。
「びっくりしたあ。突然顔出さないでよ。」
「勝手に驚いたのは、遙の方じゃないか。」
後ろから信哉も顔を出した。
「あれ?向平は?」
「まだ寝てたから置いてきた。すぐ来るだろ。」
「そっか。そうだ遠乃、今何時?」
「8時50分。もうすぐ。向平とどっちが早いかな?」
「向平だ。ほら、来た。」
信哉の指差す方向に向平が駆けてくるのが見えた。
「はあ、はあ・・・。疲れたあ!」
「セーフ。まだ二人とも来てないよ。」
「よかった。」
向平はその場に座り込んだ。
「間に合わなかったら、ショウに何言われるか分かんねえからな。」
「言えてる。」
遠乃がくすっと笑った。
「8時55分。そろそろ来るかな。」
海斗が時計を見て言った。
遙が起き上がり、立とうとした時だった。
空中に突然人が現れた。ついでにそのまま落下した。
「ドサッ」
「いってえ!」
「ショウ!」
「よ、久しぶり。へへ、着地失敗。」
ショウはぽんぽん、と砂を払うと立ち上がった。
「ダイは?」
「すぐ来る。」
次の瞬間に、見覚えのある姿が現れた。
「久しぶり。」
「ダイ。」
「遥に、海斗に、向平・・・何だ、全員来られるのか。」
「もちろん!」
向平が言った。
「未来に行くって、行ったろ?」
ショウはちょっと苦笑して、照れくさそうに言った。
「ありがとな。」
その言葉に、ダイが続けた。
「あのさ、今回未来に行くのには、一応目的があるんだ。」
「目的?」
「ああ。」
ショウの瞳が輝いた。
「GSPの特別協力者の認証式。」
「?」
「何それ?」
「つまり、GSPの特別捜査官、てとこ。この間からの働きで、遙たちは特別協力者に選ばれたんだ。」
「・・・。要するに俺達もGSPに入ったわけ?」
「ま、そういう事にもなるかな?」
「すげえ!」
「その認定証をもらいに行くんだ。」
ショウの瞳が笑っている。
「でも、特別協力者って何するんだ?」
向平が聞いた。
「この間みたいに、任務がまわってきたりとか、2000年の様子を逐次報告するとか、そんな感じ。でも、ちゃんと時空移動装置は渡される。つまり未来と簡単に・・・でもないけど、行き来できるようになる。」
「他にも俺達みたいなやつはいるのか?」
「確かリュートの協力者が2人1700年ぐらいにいたはずだ。」
「江戸時代かあ・・・。」
「その時代、よく未来とか信じたなあ・・・。」
「どこの時代にも変わり者はいるのさ。じゃ、分かった所で催眠術かけに行くか。」
「じゃあ、またあとで。」
「Good luck!」
ショウはぴっと指を立てた。
「翔兄ちゃん!」
「げっ。」
遙の家に入る前に、翼に見つかってしまった。遙は慌てて翼を押さえる。
「しーっ、翼、静かにして!」
「なんで?」
「何ででも!」
何で庭で遊んでるのよ、こんな時に限って!
「おいで、翼。」
ショウが翼を呼んだ。翼がショウのほうへ向かう。
「なあに?」
「こっそり入って、おばさんの事驚かしたいんだ。ちょっと静かにしててね。」
「うん!わかった、僕、静かにしてるよ!」
ショウはそっとドアを開けて家に入っていった。
しばらくしてショウが出てきた。
「どう?」
「大成功。さ、次遠乃の家行くぞ。」
「それより先に・・・。」
遙はさっきから向こうの方でじっとしている翼を指差した。
「ああ、そうか。」
ショウはつかつかと歩いていって、翼の額に手を当てた。
「俺にあった事は、忘れろ。」
翼の小さな体がかくんとなって力が抜けた。
「つ、翼!」
「大丈夫。何にもなってない。家ん中、置いてくぞ。」
ショウは庭に面した縁側に翼を寝かせると、さっさと遙の家を後にした。
ショウはどんどん先に歩いていく。何か急いでいる感じだ。
いや、急ぐというより怒っているような・・・。
「ショウ、大丈夫?なんか怒ってない?」
「いや、別に。いつもと同じだ。」
「うそ。だってさっきから変だよ?翼に対しても手荒だし・・・。何かあったの?」
「何もないよ。」
「何で?」
遙は立ち止まった。
「何でそうなの?いつもいつも。何があっても一人で抱えてるじゃない。私達にも、話せない事?」
しばらくの沈黙の後、ショウは低い声で話し始めた。
「・・・。遙たちは知ってるはずさ。」
「何のこと?」
「俺の・・・兄弟の事。」
「!!」
「知ってたろ?俺、昨日聞いたんだ。何か間違ってるよな。何で俺だけ、知らなかったんだ?」
ショウが遠くを見つめた。
「もっと早く知りたかった。もう遅いから別にいいけど。でも、ちょっとはショックだったんだぜ?」
ショウの瞳が悲しげに笑う。遙たちには返す言葉もない。確かにこの間の・・・ルイケア=ミュウの事件の時から知っていた。ダイが言っていたから。
ショウの悲しみが痛いほど伝わってくる。そうだ。何でショウに双子の兄がいるって聞いた時ショウにも教えてあげようって言えなかったんだろう。
「ごめん・・・ショウ・・・。」
「ばか、何で遙があやまんだ。気にすんなって。」
ショウの瞳の輝きがいつもの色に近づいた。
それでも遙はどうしてもショウの顔を正面から見る事が出来なかった。
「何へこんでんだ。ほんとなら俺が泣きたいとこなんだぞ。」
「・・・。」
ショウの声が上から降ってくる。やっぱりショウ、また背が伸びたのかな。
「<やれる時に、やれるだけの事をやる>って言ったろ。今度何か出来る事があったら、その時助けてくれればいい。な。」
「ショウ・・・。」
顔を上げた遙の目に、ショウの笑顔が飛び込んできた。
「気にすんなよ。」
ショウは遙の髪をくしゃくしゃなでながら言った。
「さ、遠乃の家、行くぞ。」
「うん。」
やっぱり、ショウだ。いつ会っても、ショウだ。
「あー、疲れたあ。」
おおくすのところに着くなりショウは寝転がった。
「この間アルザ=シュノーレを捕まえたばっかなんだよ。最近力の使いすぎ。」
「アルザ・・・?」
「BLACK Dの3人目の幹部。あいつ超能力使うから、すげーてまどった。」
「じゃあ、BLACK Dって、後はボスだけ・・・。」
「そう。バル=カマティ=シャオリニ=ピオク。性別不明、年齢不祥、顔さえも分かっていない。唯一分かっているのは、名前だけだ。」
「どんな人だろう・・・。」
「最低36歳は言ってると思うんだけど。確かBLACK Dの創立が17年前。」
「ふうん。」
「だいぶけっこうな年なのに、よくやるよ。」
「え?でも、36って、そんなにも年かなあ?」
「何言ってんだ?」
ショウが不思議そうな目で遠乃を見た。が、すぐに気付いた。
「あ!そうか、この時代の平均寿命、長いんだ!」
「え?」
「俺達の時代・・・つまり2343年には、平均年齢がだいぶ下がる。平均寿命、約45歳ってとこだ。60でも相当長生きした方だ。」
「え?!」
「2000年は、成人が20歳だけど、2343年にはアルフィア方式になってるんだ。」
「アルフィア?」
「そう。記号のAからNまでの段階に分けて・・・。ま、ややっこしいから、今度こっちに来た時、コウキにでも習ってくれ。」
「うん。」
未来はやっぱり楽しそうだ。
「ほら、あいつらも戻ってきたぞ。」
ショウが指差した先に、ダイたちが戻ってくるのが見えた。大きく手を振っている。
遙たちも思いっきり手を振り替えした。
「何があってもあんまり驚くなよ。未来に行くんだ。変わってても当たり前だと思え。」
「分かったよ。」
ダイから受けた注意はそれだけ。
とうとう未来へと向かう。
「時空移動装置、スイッチ入れて。」
遙たちはさっき手渡された腕時計のようなもの (時空移動装置というらしい) についている一番大きなボタンを押した。
「次、ダイヤルを合わせて。2343。」
「カチカチ・・・」
ダイヤルを回してセットする。
「その隣のダイヤル。575ーZXにして。」
「575の・・・。」
ここで間違えたら、どこの時代のどんな場所に着くか分からない。慎重にダイヤルを合わせる。
「そしたら、横についてるつまみを上に上げる。これでスタンバイ、O.K.だ。」
ダイが5人の顔を見渡した。
「できた!」
「私も!」
ショウは全員のダイヤルを確認してから、ダイにO.K.サインを出した。
「もう一度スイッチを押せば未来にくる。俺達は先に言って待ってるから、すぐ来いよ。」
「分かった。」
海斗が力強くうなづいた。
「じゃ、いくか。」
「ああ。」
ショウとダイは目線をかわすと、一足先に未来へと向かった。
そんな二人を見送ってから海斗は言った。
「行こうか。」
「うん。」
「じゃ、せーので・・・。」
5人が手を出す。
「行くぞ。」
「せーの・・・。」
小さく<ピッ>という音がした。
次の瞬間には、5人とも未来へ飛んだ。
「遙、遙・・・。」
誰かに呼ばれて気が付いた。
「あ・・・れ・・・?」
「大丈夫か?やっぱり初めてだとたまにいるんだ、時空酔い。船酔いみたいなもんだけどな。」
ベッドに寝かされていた遙はゆっくりと起き上がった。そのとたん、頭の中身がぐるんぐるんまわって、目の前が白くなった。気持ち悪い。吐き気がする。
ショウの瞳はやさしく輝いている。
「なんか疲れたあ。」
「もう少し休むといい。向平も時空酔い、隣でダウンしてるよ。」
ショウの指差す隣のベッドに、向平が眠っているのが見えた。
「海斗たちは?」
「いまGSPの内部の見学してる。認証式は、明日だからさ。」
ショウはベッドの横の椅子に座った。
「今日はゆっくり休めよ。滞在期間は、まだ1ヶ月近くのこってるんだ。」
「うん。」
遙はもう一度横になった。夢に入る前、何となくハヤトの声がした気がした。
「遙、遙!」
「ん・・・?」
遠乃の切羽詰まった声で起こされた。目を開けると、遠乃の顔。
起き上がっても、もう平気だ。
「どうしたの?」
「ショウが・・・ショウがいなくなったの!」
「ショウ・・・?!ショウが?!」
「そうなの。さっきまでここにいたはずなのに・・・。」
「どうして?!」
「わからない。いま、ダイが探しにでてる。」
「私も行く!」
遙はベッドから飛び起きた。
「こっち!ハヤト達が待ってる!」
「分かった!」
何でショウがいないの?!向平と喧嘩したわけじゃないだろうし・・・。
「遙!」
「海斗!信哉!」
「遙。どうやらショウは、兄貴を探しに出たらしいぞ。」
「えっ?」
「悪い。俺のせいなんだ。」
ハヤトが言った。
「俺がショウの<HOME>リストなんか見せるから・・・。」
「ホームリスト?」
「HOMEってのは、自分の家。つまりショウが過去に引き取られた事のある家の事なんだ。HOMEリストには、現在の住所はもちろん、当時のショウの名前、いつ頃の事なのか、どんなことがあったのか・・・すべてが記録されている。コウキが半年がかりで調べたんだ。」
ハヤトが肩越しに一人の男の人を指す。どうやらその人が<コウキ>らしいと思われる。
気がついて辺りを見回すと、たくさんのコンピューターと共にリュートともう一人、ハヤトと同い年ぐらいの髪の長い人がいた。
「とにかくダイは、一つ目の家、アルノ家に向かった。もうすぐ帰る頃だが・・・。」
「ショウの家って、いくつあったっけ?」
「確か名字がすげえ長かったぞ。」
「ショウ=キル=アルノ=アイザワ=オオイ=クルリ・・・なんとか・・・。俺もよく覚えてない。」
ハヤトは頭を掻いた。確かにショウの長い名前は覚えられそうにない。
「ショウ=キル=アルノ=アイザワ=オオイ=キャラ=クルリヨシア=ピナミエ=バルザ=リシュノア=ウィオラ=イド=カミニア=ライザガジュア=シュノーレ=シャオリニ=ビアンだよ。」
コウキが言った。
「おおー。」
向平は思わず拍手してしまった。
「そうそう、そんな名前だ。さすがコウキ。」
ハヤトも拍手。
そんな中で、海斗は聞いた。
「とりあえず、どうしたらいいんだ?」
「ダイが帰るのを待って、それからだ。」
「いつ頃帰るかなあ?」
「そろそろだと思うんだが・・・。」
ハヤトはそう言うと、コウキに向かって聞いた。
「おーい、コウキ。ダイ、いつ頃出てったんだ?」
「30分前。あと10分はかかると思う。」
「そうか。」
ハヤトは遙たちに向き直った。
「と、いう事だ。もうちょっと待ってくれ。」
「あ、じゃあ、今のうち、未来の・・・この時代の事、聞いていい?」
「あ、ああ。」
「あ、じゃあ俺聞きたい!」
「はい、向平くん。」
ハヤトは授業のように向平をあてた。
「GSPのメンバーが知りたい。」
「あ、待ってくれ。その前にGSPの概要が知りたい。」
海斗が向平を遮った。
「じゃ、まずGSPがなんなのかから話すか。」
ハヤトはそう言って床にそのまま腰を下ろした。
つられて5人とも座り込む。
「GSPは、Genius Secret Policeの略称。Geniusってのは、<ある特殊な才能を持つ>って意味。天才ともいうな。ここにいる俺達は、みんなある種の才能を持ってる。」
「超能力の事?」
「まあ、それはショウとダイとリュートの場合だな。俺は、身体能力だ。ま、それは後で紹介する。取り合えず俺達は特殊な能力を持っているが、この世で能力をもつのが正義ばかりとは限らない。そこで特殊能力を持つ犯罪者を捕まえるため、俺達が組織された。」
「じゃ、警察官になるのか?」
「警察は警察でも、裏の警察。表立っては行動しない。だから、Secret・・・秘密、なんだ。」
ハヤトは唇に指を当てた。
「へえ。で、今何人?」
「えーと。正式メンバーは・・・9人か。ボスと、幹部が8人。」
「ショウだろ、ダイだろ、ハヤトだろ、リュートに、コウキ・・・。俺らが知ってるのはそれだけ。」
「あとはカイとナルアとレーキ。一人ずつのプロフィールをいうときは、まずアルフィア式を理解してもらわないとな。」
「アルフィア式?」
「アルフィア式ってのは2267年から施行された方式。AからNまでのランクがあるんだ。6歳になったら、Nにはいる。そして、Nでの過程をすべてクリアすればランクMに昇格するんだ。」
「は、はあ・・。」
「うーん。小学校一年生から二年生になるようなもんだ。ただ以前と違うのは、1年経っていなくても過程さえクリアしていればランクを上げることができる所だ。もちろん、1年以上かかる場合もある。」
「うーん、分かったような分からないような・・・。」
「先進むぞ。それからランクGに入る時、5つの組に分けられる。」
「何のために?」
「うーん、言うなれば能力分けってとこか。Ⅰは、超能力が使える者。このグループはほとんどいない。」
「ショウとかダイのこと?」
「ああ。あいつらはⅠのなかでも特出してた。Ⅱは特に頭のいいやつ。IQが180とか200とかある奴等の集まりだ。Ⅲは身体能力が高い者。俺もそうだが、警察や救急使になるやつが多い。」
「<きゅうきゅうし>って?」
「えーと、昔で言う・・・レスキュー隊ってとこかな。Ⅳは特別な能力のある者。音楽とか、美術とか、何かの才能を持っている。そして最後。Ⅴは標準。普通の人たちだな。約96パーセントはⅤのグループに入る。」
「ややっこしいなあ。」
「で、ランクAをクリアすれば、晴れて社会に出られるんだ。」
遙にはいまいち理解できなかった。
「そこで俺達の自己紹介。」
そういってハヤトは向こうにいた3人を呼んだ。
「まず俺は、ハヤト。GSPの戦闘担当。グループⅢ出身、17歳。それから、こいつはリュート。通信担当。グループⅠ出身の19歳。」
リュートは前にも会っている。
「それから、こいつはコウキ。コンピューター担当、グループがⅡで26歳。」
「26歳?!うそ!」
遠乃が大声をあげた。確かに26には見えない。眼鏡をかけているが、どう見ても高校生ぐらいだ。
「最後、カイ。グループⅣの18歳。」
遙はちょっとびっくり。
「え?男の人・・・ですよね?」
「はい。」
茶色の長い髪を後ろで無造作に束ねてある。優しそうな顔立ちも微笑みも、女性のようだ。
「遙さんですね。ショウからよく聞いています。」
「あ、はい。始めまして・・・。」
差し出された手を遙はそっと握った。細く長い指。
「カイは、ピアニストなんだ。世界的にも有名な。もちろん、GSPだってことはみんな知らないけどな。」
「あ、どうりで。」
指がきれいだと思った。
「聞いてみたいな。カイさんのピアノ。」
「また今度。暇があればね。」
「あ、ダイが帰ってきた。」
リュートが突然言った。
「え?何で分かるの?」
「何となくさ。」
リュートが笑って答える。
「だめだ。もういなかった。」
ダイが部屋に駆け込んできた。
「てことはアイザワに行ったのか。いや、もしかするともっと行ってるかも・・・。」
「俺が追いかける。」
ダイはいった。
「コウキ、ショウのHOMEリスト、貸してくれ。」
「え?HOMEリスト、ショウが持ってったんじゃ・・・?」
海斗が思わず聞いた。
「あいつなら、ぱらぱらめくっただけでも書き移せる程度まで覚えられる。持っていく必要なんかないさ。」
「あ、そうか。」
ショウのIQ、250だってこと忘れてた。
ダイはリストを受け取った。
「待ってくれ。俺も行く。」
海斗がダイを止めた。とっさに遙も叫ぶ。
「私も、私も行く!」
「俺も行くよ。」
信哉も言った。
「俺らも行くよ。なあ。」
向平の言葉に遠乃もうなずく。
「待てよ、そんなにもたくさん行けねえだろう。」
「じゃあ、海斗と遙と信哉。一緒に行こう。遠乃と向平は待っててくれ。」
「えー。」
「カイのピアノでも聞いていろ。」
「えっ、ほんと?」
遠乃が聞いた。カイはうなずいた。
「行くぞ、海斗。」
遙たちはダイに連れられて部屋の外に出た。
「どうやっていくの?」
「テレポート・・・と言いたいところだけど、これは任務じゃないから。エアライドでいこう。」
「エアライド?」
「未来の自動車だと思ってくれ。」
ダイについて扉を抜けると遙たちは倉庫のようなところに出た。
「乗って。」
暗くてよくわからないけれど、大きな車のようなものだ。流線形のボディーに飛行機の羽根を小さくしたようなものがついている。
ちょっと広めの後部座席に遙たちが乗り込むと、目の前が急に明るくなった。気がつくと外に出ている。
「・・・!」
驚いている遙たちをよそに、ダイはHOMEリストを見ながら住所を入力している。どうやら自動操縦のようだ。
「とりあえず、追いかけるぞ!」
ショウはその頃、すでにアイザワ家の門の前に立っていた。
「・・・。」
ショウは簡単に屋敷の中に入れる。もともとここの家の子供だったのだから、指紋を照合するシステムも防犯用のロボットも、ショウには関係ない。
「アイザワ。」
庭に入ったショウは一人の老父に声をかけた。ゆっくりと振り向いた老父の動きが一瞬とまった。
「ショウ・・・。」
「お久しぶりです。」
アイザワ家に入ったショウは、アイザワ家の庭で暴走。アルノ家に移されてしまったのだ。
「あの・・・。」
「何だ?」
ショウはつばを飲んだ。アイザワには、どこか威圧感がある。
「早く言いなさい。私が力になれるのだったら・・・。一時は娘だったじゃないか。」
「あ・・・。」
アイザワの目が、今までにないような優しい光を帯びていた。
「俺が、暴走したときのことなんです。」
「暴走・・・。」
「俺は、どんな風に暴走したんですか?何がきっかけで、何のために・・・。」
「ショウ。聞いて、どうするんだ?」
「・・・知りたい。ただそれだけです。」
アイザワはふっと笑うと、ゆっくり話した。
「あれは・・・夕方だったかな。お前が庭に出ているときのことだった。」
ショウはぽつんと一人で立っていた。
アイザワはそれを見下ろしながら、昔からの愛用のクリート(オカリナのようなもの。一人でも和音が出せる楽器)をふいていた。
「ピィーィィ・・・」
いつものように音色は澄んで、遠くまで響き渡っていた。
いつもと同じ夕暮れ。しかしそれは一瞬にして豹変した。
「ゴォォッッ」
「?!」
窓辺にいたアイザワを突然の風が襲った。
慌てて下を見下ろすと、ショウが大きな瞳を見開いてこちらを見ていた。風はショウを中心に渦巻いている。
「ハ・・・ルカ・・・。」
ショウの口からそんな言葉が漏れたのが聞こえた。
「その後のことは、覚えておらん。必死でお前を止めたのだ。どうしたのかは、今でも分からない。」
アイザワはそこまで話すと、ふとため息をついた。
「何か、分かったか?」
「はい。十分です。ありがとうございました。」
ショウはぺこっとお辞儀をすると、その場を離れようとした。
「ショウ。」
その背中にアイザワが声をかけた。
「無理をするな。いつでも戻ってこい。」
「はい。」
ショウは振り向かずに答えると、そのまま門を出ていった。
そしてショウは順々に自分の家を訪ね歩いた。
その日はピナミエ家に泊めてもらった。
「ダイたち・・・起こってるかな?」
ベッドの中でショウは残してきたみんなのことを考える。
「ごめん・・・みんな。」
ほんの少しだけ胸が痛んだ。
次の日もショウは時をさかのぼり続けたが、ショウの中には疑問があった。
兄を探しているわけではない。暴走してしまう原因も分かっている。それなのになぜ、俺は過去のことを知ろうとしているんだろう?
自分でも訳が分からなくなってきていた。しかし止まることも、戻ることも出来ない。
「なぜなんだ?」
声に出してみても誰も答えてはくれない。
とうとう、カミニア家まで来てしまった。ダイと出会った場所だ。
カミニア家はいつも子供たちであふれている。孤児を次々引き取るからだ。ショウとダイもそんな風にしてここへ来たのだ。
あの時は、まだランクNに入ったばかりだった。当時のショウは6歳。
「リーンリーン」
ベルを鳴らすと、おかみさんが飛んでくる。
「おや!ショウじゃないの!どうしたの。」
「おかみさん。」
「とにかく入りなよ。」
おかみさんはちっとも変わっていない。大きな手で迎え入れてくれた。
「さあ、どうしたの。何があったの?」
おかみさんはショウをリビングのソファーに座らせてから聞いた。
「・・・。」
特に何をしに来たわけではない。ショウは答えに詰まった。
「どうしたの。ショウらしくもない。」
「おかみさん・・・おれ、もうどうしていいか分からない。」
ショウはぽつんといった。
「自分でも何をしてるのか分からないんだ。何のために自分の家を訪ね歩いてるのか・・・。」
「ショウ。」
「どうしよう。みんなのところに戻りたいのに、戻れないんだ。俺の中で何かが<戻るな>って言うんだ。もっと先に行けって・・・。何でかな?」
ショウはたまらなく悲しくなってきた。ダイ達のところへ戻りたい。目の前の景色がぼんやりしてきた。
「何でだろうね。昔の家にいったら、何か見つかるのかな?」
「そうね。もう少し、さかのぼってみたら?もしかしたら、何か見つかるかもしれないわ。きっと何かがショウのことを呼んでるのよ。」
おかみさんはにっこり笑っていった。
「早く見てきなさい。何が最後にあるのかを。それから早く帰りなさい。あなたがみんなに会いたいと思ってるのと同じぐらい、みんなもあなたに会いたがっているはずよ。」
おかみさんの笑顔を見ていると、ショウは何となく安心した。
「分かったよ。行ってみる。」
ショウは立ち上がった。
「いってらっしゃい、気をつけて。」
優しげなおかみさんのまなざしがショウを包み込んだ。
「いってきます。」
ショウはすべての家をまわることを諦め、一番最後のビアン家に向かうことにした。
ダイ達4人はまだピナミエ家にいた。
「昨日来た?しかも泊っていった?」
「ああ。そうなるとショウはもっと先にいる。」
「急ごう、ダイ!」
「ああ。」
飛び上がったエアライドの中で、ダイは地図を広げた。ショウのHOMEの位置が赤い点で記されている。
ユーラシア大陸を西に進み、地中海の辺りで進路を変え、アフリカ大陸に入っている。
「あいつ、アフリカで生まれたのか?」
「だろうな。」
「・・・。」
ショウなら有り得るかも・・・野生児って感じだし。
「それよりあいつは何で突然自分の家を訪ね始めたんだ?」
「分からない。」
「ダイでもショウに関して分からないこと、あるんだ。」
「そりゃ、俺はショウじゃないからな。ショウのことは、ショウ自身にしか分からない。」
ダイは苦笑した。
「それに・・・。」
ダイが続けて何か言いかけた時、目的地到着を知らせるランプが点滅した。
「降りよう。バルザ家に着いた。」
「待ってよダイ。<それに>の続きは?」
「戻ってから。ほら、降りるぞ。」
「はいはい。」
3人はしぶしぶエアライドから降りた。
「母さんが、いる・・・?」
「ええ。あなたの母親は、私のいとこにあたるの。」
ビアン家で話を聞いていたショウは耳を疑った。
母さんが、いる?!
「名前はマナリ=ビアン。きれいな青い瞳の、優しい娘だったわ・・・。」
「・・・。」
「ショウを家に連れてきて、引き取って欲しいっていったのは、あの娘よ。最初は驚いたけど、その訳はすぐに分かったわ。」
「母さんは、どこ?」
ショウはビアン家の義母の声など、耳に入っていない。
義母は窓の外をすっと指差した。
「あの岬の先端。あの小屋の中・・・。」
指の先には小さな掘っ建て小屋が見えた。
「母さん・・・。」
ショウは駆け出した。
「バタンッ」
「ショウ!」
義母は慌てて追いかけるが、もう今年で41歳。ショウに追いつくどころか、走ることもままならない。
持病の膝の痛みをかばいつつ、ゆっくりと岬へ向かった。
「<それに>の続きは?」
バルザ家から戻るとさっそく遙はダイに聞いた。
「それに・・・。」
「何なんだ?」
後部座席の信哉も身を乗り出す。
「俺は、カミニア家に引き取られる以前のショウを知らない。」
「?どういうことだ?」
「それ以前のことを、ショウは話したがらないんだ。特に・・・<ハルカ>の事は。」
「ハルカって、この間の?」
「ああ。以前に一度リュートに調べてもらった時にも、分からなかった。ハルカが誰なのか、何がおきたのか・・・。コウキにショウのHOMEリスト作ってもらった時も、ほとんど手がかりはなかった。」
「・・・。」
「もしかするともうすぐ、何があったのか知る事ができるかもしれない!」
ダイの瞳がぱっと輝いた。
「来てないん・・・ですか?」
もうそろそろヨーロッパ突入というところで、手がかりが消えた。
ショウはライザガジュア家には、来ていなかった。
「どうする?ダイ。」
「シュノーレ家に行こう。」
4人はライザガジュア家を後にし、シュノーレ家に向かった。
「まさかどこかで追い抜いたのか?」
「ありえない。」
「じゃあ、ショウはどこに・・・?」
「戻ったのかもしれない。連絡とってみよう。」
ダイは赤いボタンを押した。
「リュート、聞こえるか?」
「ああ。どうだ?ショウはいたのか?」
「いや、いない。しかも、ショウの足取りが消えた。」
「・・・?どういうことだ?」
「ショウはライザガジュア家には来ていなかった。今俺達は、シュノーレ家に向かっているが・・・。」
「もしかして、ダイたちか?」
通信機からのんきな声が聞こえてきた。
「向平!」
「ショウ、まだみつからねえのか?」
「ああ。」
「何か手がかりとかないのか?」
「いや、特に・・・。ただ、カミニアのおかみさんの話によると、ショウ自身もなぜHOMEをまわっているのかは、分からないらしい。」
早くその先に何があるかを知って、早く帰れとは言ったけど・・・。
おかみさんの言葉がよみがえる。
「あ・・・。」
「どうした、ダイ?」
「もしかして、あいつビアン家に行ったかも・・・。」
「え・・・?」
「あいつのことだから、早く目的はたして帰れって言われたら、何よりも先にビアン家に行くんじゃないか?」
「あ、そうかも。」
「俺達はビアン家に向かう。もしショウが帰ってきたら連絡くれ。」
ダイは通信機のスイッチを切った。
「遙、海斗、信哉。シートベルトをつけて。」
「えっ?」
「目の前の、青いボタン。」
ボタンを押すと、ジェットコースターに乗る時につけるような安全ベルトが現れた。
「な、何だこれ?!」
「飛ばすぞ。」
ダイは操縦席横のレバーを一気に引き上げた。
「・・・!」
小屋の中でショウが見たものは・・・。
「何で・・・だよ・・・。」
そこにあるのは、大きな祭壇。真ん中には大きな十字架と、手前にはマリア像。まるで一昔前の教会だ。
「ショウ。」
追いついた義母はショウに声をかけた。
「あなたのお母さん・・・マナリは、もう生きてはいない。あなたを私にあずけてからすぐに、病気で亡くなったの。きっと死ぬことが分かっていたのね。私にあなたをあずけていったの。この村で唯一のキリスト教徒だったわ。」
ショウはゆっくりと膝をついた。
「そうだよな。母さんがこの世にいるはずないよな・・・。バカみてえだ・・・。」
ショウの声が震えている。
義母はさとすように言った。
「ショウ。この小屋の裏手に、あなたのお母さんがいるわ・・・。」
「・・・。」
ショウは無言で立ち上がった。ふらふらとした足取りで、小屋の裏手に向かう。
義母は黙ってその小屋を後にした。
ダイ達はすぐにビアン家に到着した。
「すみませーん。」
遙は古くなっている小屋の扉を叩いた。
「はい。」
上品そうな老婆が出てきた。
「どちら様?」
「私、相沢遙といいます。ショウを探してるんです。ショウは、ここにいませんか?」
「まあ・・・。ショウを探しに・・・。」
老婆は驚いたが、すぐに4人を中へ招き入れた。
「ショウなら、来てますよ。」
老婆は4人に紅茶を出してから、そう言った。
「いたの?!」
「いつから?!」
「いまどこに?!」
老婆はゆっくり紅茶を飲み干すと、窓の外を指差した。
「あの小屋だよ。今、あの子は母親に会いに行ってるんだ。」
「・・・?」
老婆はにっこり笑った。
「行ってくるといい。」
老婆の言葉を待たずに遙は駆け出していた。
小屋の裏には、石碑が立っていた。文字が刻んであったのだろうが、潮風に風化してしまっていてもう読めない。波の砕ける音が嫌に大きく聞こえた。
「ショウ・・・。」
「?」
波の音に混じって、遙の声が聞こえた気がした。気のせいかとも思ったが、もう一度今度ははっきり聞こえた。
「ショウ・・・!」
「遙・・・?」
振り向いたショウの目に、駆けてくる遙たちの姿が映った。
「遙!」
「ショウ!何してたの!心配したんだよ!」
遙はショウのもとにたどりつくなり、早口でまくしたてた。
「突然いなくなるんだもん・・・。何で?何で急にいなくなったの?」
ダイたち3人も追いついた。
「ショウ!いったい何してたんだ!」
「・・・。」
ショウは少しだけ笑った。
「やっと分かったんだ、ここに来て。」
「何が?」
「自分の家を訪ね歩いてた理由が。」
「?」
「この人に・・・会いたかったんだ。」
ショウはそこにあった石碑を見た。
「俺の母さんに。」
「ショウの・・・?」
ショウはこっくりと頷いた。
「そう。俺の母さんが、俺のこと呼んでたんだ。」
5人はすぐにショウの義母のもとへ戻った。
「今日は、何の日か分かるかい?ショウ。」
「・・・分からない。」
義母の問いにショウは首を横に振った。
「俺は知ってる。」
ダイは言った。
「今日は、ショウの14回目の誕生日だ。」
「正解。」
「えっ?そうだっけ?」
「えっ?そうなの?」
遙は驚いた。知ってたら、プレゼントとか準備したのに・・・。
「マナリは言っていた。ショウが14になったら渡して欲しいものがある、と。」
「・・・。」
義母は引き出しから何かを取り出した。
「これだよ。」
「クリート・・・?」
出てきたのは、<クリート>という楽器だった。
「何で?」
「マナリはクリートが得意だった。何度も大会に出て優勝したりしていたぐらい。これは、マナリのクリートだよ。」
「・・・。」
「マナリが始めてクリートを手にしたのも、14歳の時だった。ちょうどランクGに入る直前。あの娘はぎりぎりでグループⅣに入ることができた。」
クリートは一人でいくつもの音が出せる。音色はとてもきれいだが、演奏するのは難しい楽器だ。
「ショウ、吹いてみて。」
「え・・・。やったことない・・・。」
「大丈夫。」
遙が無理矢理押し付けるかたちでショウはクリートを手に取った。
そっと息を吹き込んでみる。
「ピィーィーィィィ・・・。」
長く澄んだ音が響き渡る。
遙にはこの音に聞き覚えがあった。
「なんだか、笛の音に似てる・・・。」
「笛?」
「ほら、二人と初めて会った時に作ってた・・・。」
「ああ。」
海斗はすぐに思い出した。
「本当だ。」
「ピィーィィ・・・」
何度も何度も吹いてみる。
が、ショウは突然演奏をやめた。
「どうしたの?」
「これ以上・・・。」
「何?」
「これ以上吹いてると、また暴走するかもしれない。」
「え?」
「どういう事だ?」
「ハルカも・・・クリートが得意だったんだ。」
「<ハルカ>が?!」
ショウは床に目を落とした。
「分かったんだ、何で暴走するのか・・・。だからダイ、聞いてくれ・・・。俺が、まだダイに話してない思い出・・・。」
ショウはそう言うと、ぽつり、ぽつりと話し出した。
ハルカは、ライザガジュア家の長女で、ショウの姉のようなだった。
ショウよりも3つ年上で、いつでもショウと一緒にいてくれた。
「ショウの目ってきれいね。青いのと黒いのと。一つずつあるんだ。」
「ありがとう。」
「私も青い目が良かったなあ・・・。」
ハルカはいつも鳶色の瞳を大きく開いてそう言っていた。まだランクK。一週間に一度だけ学校に行けばいいのだから、毎日のようにショウと遊んでいた。
ハルカはクリートが得意で、いつも腰の皮袋に持ち歩いていた。
「ハルカのクリートの音、好きだよ。いつでもきれいだもんね。」
「ありがとう。私ね、大きくなったらクリートの演奏者になりたいの。」
「ハルカならきっとなれるよ。」
「もしなれたら、一番最初にショウに聞かせてあげるね。」
ハルカのクリートの音は、本当によく澄んでいた。
いつも明るく優しいハルカが、ショウは誰より好きだった。いつかハルカみたいになりたいと思っていた。実はショウはいつもその音のなかに実母の面影を求めていたのだが。
そしてショウが超能力を使い始めたのもちょうどこの頃だった。
初めてハルカに見せたのは、二人でピクニックに行った時。
「ハルカ、あの石を見ててね。」
「うん。」
ショウは超能力で石を浮かせて見せた。
「すっごーい!何で?何でこんなことできるの?」
「分かんないけど、最近遠くの物、動かせるようになったの。」
「ねえねえ、今度はあのかごを取って。」
「うん。」
おやつに、と母親が渡してくれたクッキー入りのバスケット。ひゅーんと飛んでくると、ハルカの腕にすっぽりおさまった。
「どうして私には出来ないのかなあ・・・。」
「そのうちできるようになるんだよ、きっと。俺の方が早くできただけなんだ。」
その頃は、超能力を使えることが特別だとは感じていなかった。ハルカにもそれが特別なことだと思えなかったから、大人になったら誰でもできるようになるんだと勝手に勘違いをしていた。
「俺は、おじさんやおばさんも遠くのものを動かすことができるんだと思っていた。だから・・・。」
ショウはちょっとだけ目を細めた。
「おじさん達の前でも、普通にその能力を使ってしまった。」
ライザガジュア家の義父と義母は驚いた。朝食のミルクを、ショウは空中でコップに注いでいた。両手にはパンとバター。手で持っているわけではなさそうだ。
「カシャン」
義母の手からフォークが落ちた。カラカラ・・・と音を立ててまわっている。
「ショ、ショウ?」
「なあに、お義父さん。」
「それは・・・。なぜ・・・。」
「えっ?」
ショウにはなんの事か分からなかった。
義父と義母は目を大きく開けて固まっている。
「あのね、ショウはね、物に触らなくても動かせるの。」
ハルカが笑って言った。
「ああ・・・そうなのか・・・。」
義父と義母はぎこちなく笑った。まさかショウが超能力者とは思わなかったのだろう。
それから数日後のことだった。
「<あいつ>が来たんだ。」
ショウの顔がこわばった。手の色が変わるほど強く拳を握っている。
「もしかして・・・ルイケア=ミュウのことか?」
海斗が恐る恐る尋ねた。
「そうだ。あいつ・・・ハルカを殺したんだ。」
今度は信哉の顔が豹変した。
いつもの草むらで、いつものようにハルカのクリートを聞いていた。
「今日はね、新しい曲があるの。」
「聞きたい。」
ハルカはにっこり笑うと、演奏を始めようとした。が、近づく人影に気付いて楽器をおろした。
25か26くらいの女の人だった。長い黒髪が妙に印象的だった。
「君がショウかい?」
「そうだよ。」
ショウは何となく、危ないと思った。なぜかは分からない。ただ、頭のどこかで危険信号がなったのだ。
「ショウに何か用なの?」
ハルカがその人に近づいた。
「一緒に来て欲しいんだ。君を待っている人がいるから・・・。」
「どこに?」
「君の家だよ。もっと遠いところにあるんだ。」
「俺の家はここだけだ。動くつもり、ない。」
ショウがそう言うと、その女はショウの肩をつかんで連れ去ろうとした。
「何すんだ!離せよ!」
「ショウを離してよ!」
ハルカもその女の背中をバンバンたたく。
「うるさい!」
その女・・・ミュウがハルカを振り払った。
「うっ・・・。」
ハルカはバランスを失って地面に倒れ込んだ。
「ハルカに何すんだ!」
怒ったショウはそこらじゅうの石を操作してミュウに次々にぶつけた。
「うっ。」
思わずミュウはショウから手を離す。
ハルカは立ち上がると、ショウの手を引いて駆け出した。
「逃げよう、ショウ!」
逃げようとした二人をミュウが見逃すはずはなかった。
「待て!」
コートの裏から取り出したのは、旧式の拳銃。
きっと足を撃ちぬいて歩けなくさせるつもりだったのだろう。しかし次の瞬間・・・。
「あっ!」
何を間違えたのか、ショウの操作した石がハルカの背中を直撃した。
「ダーン」
もちろんミュウが引き金を引くのを止めることは出来ない。
ハルカの足を撃ちぬくはずだった弾丸は倒れ込んだハルカのこめかみに命中した。
「・・・!」
「ハ・・・ハルカ!」
「その時の光景は、今でもはっきり覚えてる。」
ミュウのはなった銃の音も、ハルカが地面に倒れる音も、鳶色の瞳が光を失いながらゆっくりと閉じられていく姿も・・・。
すべてがスローモーションのようだった。
「何も分からなくなった。ハルカが俺の腕の中で冷たくなっていくところまでしか覚えてないんだ。たくさんたくさん血が出てたことしか・・・。」
ショウはゆっくり目を閉じた。
「今考えると、もしかするとその時に始めて暴走したのかもしれない。」
テーブルの上に置かれたショウの手が小刻みに震えた。
「俺が暴走するのは、ハルカのことを思い出した時。ミュウにあった時も、アイザワのクリートを聞いた時も、いつもハルカの死を思い出して、頭の中がぐちゃぐちゃになるんだ。頭の中が悲しいことでいっぱいになって、誰の声も聞こえなくなる。」
「・・・ショウ・・・。」
ショウは目を開いた。
青と黒の瞳がにじんでいた。
「ハルカは死んだんだって頭の中では分かっていても、まだきっと受け入れてないんだ。だから、暴走する・・・。みんなに迷惑ばっかりかけて・・・自分の力さえコントロールできないなんて、最悪だよな。」
涙が頬を伝っていった。
「しかもみんなに黙ってHOMEを訪ねるなんて・・・自分でもどうかしてると思う。」
ぽつん、ぽつんと涙が落ちた。ショウが泣くのを見たのは2回目だ。2回とも、<ハルカ>という人のため・・・。
遙にはどうしていいか分からなかった。<ハルカ>というのが、ショウにとってどんなに大きな存在だったか、遙には分からない。
「ショウ・・・大変だったんだな。」
ダイは不意に声をかけた。ダイの金色の瞳が優しく輝いている。
「ハルカって名前を初めて聞いた時はハルカが誰なのか知らなかった。でも、やっと分かった。話してくれて、ありがとう。」
ショウは動こうとしなかった。
しばらく沈黙が訪れる。そして最初に沈黙を破ったのは、意外にも信哉だった。
「ショウ・・・悪かった・・・。」
「・・・?」
「俺の母さん、ショウの大切なその<ハルカ>って人、殺しちゃったんだろ?だったら、本当に悪いのは、俺の母さんじゃないのか?」
「だからって、信哉が悪いわけじゃない・・・。謝るなよ。」
「でも・・・。」
「それに、俺が暴走するのは俺がハルカの死を心のどこかで否定してるからだ。HOMEを訪ね歩いたのも、俺の意志・・・ルイケア=ミュウはうらむべきじゃなかったんだ。」
ショウがうつむいたまま言った。
「だからって、ショウが一人で抱え込むことじゃないだろう?」
「けど・・・。」
ショウの肩が震え出した。
「あいつが・・・ルイケアが来たのは、きっとおじさんがどっかで俺のことしゃべっちゃったからなんだ。俺が不用意に他人の前で能力を使わなきゃよかったんだ・・・。」
ショウの声が涙まじりになっていく。
「そうじゃなくても、あの時ヒーリングが使えていれば、ハルカを助けることだって・・・。」
「ショウ!」
ダイがショウを怒鳴っていた。
「それ以上言うなよ!終わったことを悔やんでも、仕方ないだろう?ばか野郎・・・!」
ダイも泣いていた。遙も泣きたかった。でも、本当に悲しいのはショウだから、私は泣くべきじゃない。
「いっつも自分で言ってたじゃないか。出来ない時じゃなくて、できる時にできることをやれって・・・。」
「そうだよ。私にもそう教えてくれたじゃない!」
遙もたまらずにさけんでいた。何か言えば、ショウを責めることになるのは分かっている。でも、何か言わずにはいられなかった。
一瞬部屋の中が静まりかえった後、ダイの声が空気を震わせた。
「ショウ。お前は、ハルカのことは助けられなかったかもしれないが、俺は、ショウに助けてもらったんだ。」
ダイはいつもの声に戻っていた。
そう言えば前にダイから聞いた気がする。<俺はショウに救われた>って。
ショウは驚いたように顔を上げた。
「カミ二ア家で初めて会ったときのこと、覚えてるか?」
「うん・・・。」
「ショウはあの時、みんなから外れた存在だった。俺はショウに話しかける気はなかったし、きっとショウも俺なんかにかまう気はなかったと思う。俺はカミニア家に引き取られてはいたが、まだ両親は健在だった。でも、俺の両親は警官で、いつも忙しかったから。」
ダイはそこでいったん言葉を切った。
「でも、それも長く続かなかったんだ。俺の両親は、任務中に殉職した。」
「殉職・・・?」
殉職って、何?
「任務中に死んじまうこと。」
信哉が後ろから説明する。
「あ、そうか。・・・えっ?死んじゃったの?ダイの両親って。」
「そういうこと。それからは、俺もショウと同じ。死んだことを受け入れずに、一人で沈んでた。どのくらいだろう。1ヶ月くらい、学校にも行ってない。」
「・・・。」
「俺とショウは、大切な人が死んでしまったという点で、仲間だった・・・って言ったら変かな。とりあえず、ショウは俺の感情を感じたらしいんだ。ショウの方から声をかけてくれた。」
「そうだっけ?」
ショウは首をかしげた。
「そうだったんだ。俺達は超能力を使えた。俺はショウが初めての本当の仲間だった。超能力を使えるやつなんか、そうザラにはいないからな。」
「俺も、ダイが初めてだった。自分の仲間は、本当にいたんだなって。」
「俺は、ショウがいたから一人ぼっちじゃなくなった。両親も死んで、一人だった俺を救ってくれたのはショウだったんだ・・・。」
ダイは笑った。
「これで、俺の思い出はおしまい。」
「俺もだよ。」
「え?」
「俺もダイに、助けてもらった。ダイは、あの時の俺の、唯一の<友達>だったから・・・。なんでだろう。俺がダイと一緒にいると大きな力が使えるのも、ダイとテレパシーが通じてるのも、みんなダイが俺にとって大きい存在だからなんだ。ダイだけは、特別なんだよ。」
ショウは涙を拭いて言った。
「ありがとう、ダイ。」
それから遙たちの方をむいた。
「遙も、海斗も、信哉も、ここまで来てくれてありがとう。向平と遠乃にも謝らなくちゃ。」
「別にいいよ。それより、俺達もショウの友達になりたい。」
ショウは海斗の言葉にびっくりしたが、すぐに言った。
「ばかやろう。もう・・・友達なんだよ。」
側で聞いていた義母は、ショウの前に一つの箱を置いた。
「・・・?」
「マナリから、もう一つのプレゼントだ。かえって開けてみるといい。」
「ありがとう。」
ショウはもう泣いていなかった。いつもの笑顔で義母に笑いかけた。
「ショウ!」
GSPの本部に着くとすぐ、遠乃と向平が駆けてきた。
「どこ行ってやがったんだよ!」
「うるせえな。向平、お前こそ何やってたんだよ。」
「ずーっとカイさんのピアノ聞いてたの。」
遠乃が代わりに答えた。
「<ずっと>って・・・。」
カイは二人の後ろで苦笑い。
「死ぬかと思った。もう指、動かないよ。」
「世界的なピアニストをつぶす気かっ。」
ショウが向平に向かって怒鳴る。
「お前が早く帰らないのが悪い!」
「ぐっ。」
ショウは答えに詰まった。
「よかった、ショウが元に戻って。」
「泣いたりするのは、ショウらしくないからね。」
ショウの笑顔を見て、遙は心の底からほっとした。
次の日。GSPの特別協力者の認証式があった。といっても、式に出たのはショウたちGSPの幹部6人とボスのリアーノ、普通警察のトップであるラオス、それに遙たち5人の計13名。ボスのリアーノから任命証が渡された。
リアーノはグループⅠ出身の31歳。もうすぐ定年だそうだ。
「これで、遙たちも正式に俺達の仲間になったな。」
「でも、私達、何をすればいいの?」
「もうすぐ説明があるさ。」
ショウがそう言うとすぐに、部屋にコウキとリアーノが入ってきた。
そしてGSP特別協力者の備品として、時空移動装置、通信機、カードキー(GSP本部内のドア用)などなどを一人一人に渡した。
「君たちの仕事は、2000年の出来事を逐次報告すること。それ以外の任務は、ショウとダイを通じて行う。」
「はい。」
「時空移動装置は、ここと2000年を行き来することにだけつかってくれ。他人に知られることがなければ、使ってくれて構わない。」
「いいんですか?」
リアーノは笑っていった。
「取り扱いには、十分注意すること。」
「はい!」
5人はそろって返事をした。
「くれぐれも他人に知られることのないように。」
コウキはリアーノの注意を繰り返すと、部屋を後にした。
「じゃあ、いつでもショウたちに会えるんだ!」
「いつでも・・・ってわけでもないけどな。確かさっき渡した中に、俺とダイのスケジュールも入ってたはずだ。」
「あ、これだ。」
「ちゃんと確認してから来るように。」
ダイがつけくわえた。
「わかってる。任務の邪魔をするようなことは、しない。」
海斗が言った。
その日の夜。もうそろそろねむろうかと思っていた遙の部屋を誰かがノックした。
「コンコン」
「はーい。」
ドアを開けると、ショウだった。
「よかった、まだ起きてた。」
ショウは部屋に入ると、遙のベッドに腰掛けた。
「どうしても、言っておきたかった事があったから。」
「何?」
遙も隣に座った。
「今日、<ハルカ>の話、しただろう。」
「うん。」
「俺にとったら、<ハルカ>は特別な存在だった。誰よりも俺の近くにいて、誰よりも俺のことわかってくれてた。でも、ハルカは、死んじゃった・・・。」
「・・・。」
「そして、ダイに会った。ダイも、俺の大切な人になった。ダイといっしょにいると、力が上がった。俺は、一人ではあんまり何にもできないんだ。ダイといっしょだからここまでこられた。」
そんな事、ダイも言ってた気がする。
「ダイも言ってたよ。ショウは俺のたった一人のパートナーだって。」
ショウは少しだけ笑った。
「それからGSPにはいって、ハヤトや、コウキに会った。あいつらは、すごくいい奴だ。俺にしたら、初めてのダイ以外の友達だった。そして、遙たちに会ったんだ。」
ショウの瞳が遙を見つめた。
「嬉しかった。友達が増えることが嬉しいことだって教えてくれたのは、遙たちだった。向平と喧嘩したり、最初は信哉のこと好きじゃなかったりもしたけど、今は、みんな友達だ。」
遙は嬉しくなった。ショウは本当に遙たちのことを見てくれている。
「それで、この間、遙とテレパシーで話しただろ。」
「うん。」
「それで、わかったんだ。遙も、俺の大切な人だって。」
「えっ?」
ショウの瞳が輝いた。
「俺、遙のこと好きだ。ダイや<ハルカ>と同じぐらい。だから、これからも一緒にいて欲しい。」
青い瞳、黒い瞳。どっちもびっくりするくらいきれいだ。初めて会った時と、ちっとも変わっていない。
「私も、ショウのこと好きだよ。だから私も、ショウと友達でいたい。」
遙は笑った。
ショウも笑った。すごく安心したみたいに。
「ありがとう。」
ショウは立ち上がった。
「言いたかったのは、それだけ。ごめんね、夜遅く。」
「いいよ。じゃ、また明日・・・。」
ショウは部屋を出ていった。
これからも一緒にいて欲しい・・・。
ショウの言葉が遙の心から消えそうになかった。
次の日の朝は、珍しく早起きした。
昨日の夜のことを思い出して、誰かと話したくなった。
「誰か起きてるかな。」
遙はそっと部屋を出た。
遠乃の部屋をノックする。・・・返事なし。きっとまだ眠っているだろう。
その隣は海斗の部屋。
「コンコン」
「はい?」
海斗の声がして、ドアが内側からガチャッと開いた。
「遙?なんだ、こんな朝早く。」
「ちょっとね。誰かと話したい気分だったの。」
海斗は遙を部屋に入れた。
遙は、昨日の夜の話を海斗に聞かせた。
「へえ。ショウが。」
「うん。」
海斗はちょっと間を置いて話し出した。
「俺、昨日考えたんだけど、もしかして俺達がであったのは、ハルカのおかげなのかもしれないって・・・。」
「・・・?どういう事?」
「ほら、俺達が初めて会った日・・・笛を吹いただろう?そうしたらショウとダイが現れた。何で二人は突然俺達の前に現れたんだろうって、不思議に思わなかったか?」
「そりゃあ・・・おかしいとは思ってたけど。」
「それで、昨日のショウの話を聞いて少しわかったんだ。もしかして、ショウたちが時間を飛び越えたのは、ショウの力がいつもと違う形で暴走したからなんじゃないかと思って。」
「・・・?」
「ショウはいつも暴走すると、いつもは封じ込めてある力を爆発させてしまう。その力はいつもだったら破壊に使われるけど、なぜかあの時は時間を超えるためのエネルギーとなったんだろう。」
「それでショウたちは、私達の前に現れた・・・と。」
「多分としか言いようがないけどね。コウキに聞けばもっと正確な答えが返ってくるんじゃないかなあ。」
本当のところは、誰にも分からないんだろうな。
「きっとショウの暴走の鍵は、笛の音がクリートの音に聞こえたこと、それと・・・<遙>って言う名前。」
「私の名前?」
「そう。ずっと未来にいたショウにも、<はるか>って呼ぶ声が聞こえたんだよ。きっと。」
海斗はにっこり笑った。
「ショウが遙に会いたいと思った。だからショウたちは時間を飛び越えた・・・きっとそうなんだよ。」
遙は嬉しくなった。
ショウたちに会えたことは、偶然かもしれない。でも、どんな形であれショウたちに出会えてよかった・・・。
1ヶ月の滞在期間はあっという間に過ぎ、明日はもう2000年に帰る日だ。
5人は荷物をまとめ、部屋から運び出してエアライドにつめこんだ。
「早かったなあ。もう1ヶ月も経ったんだ。」
「夏休みももうすぐ終わりね。宿題終わってる?」
「もちろん。」
向平が胸を張って答えた。
「こいつ、カイさんに手伝ってもらってたぞ。」
向平と二人部屋だった信哉が言った。
「何だ。一人でやったんじゃないんだ。」
遠乃があきれたように言った。
「うるさいなあ。教えてもらっただけだよ。」
「あ、私もショウに教えてもらえばよかった。」
分からない問題、いっぱいあったのに。
「今からでも行ってきたら?」
「いい。これ以上頭使いたくない。」
5人は倉庫・・・エアライドがたくさん置いてある場所から出た。
「みんなのところへ戻ろう。」
5人はいつものコンピューターがたくさんある部屋(管制室というらしい。)に向かった。
少なくともコウキとリュートはいるはずだ。
管制室にはコウキ、ハヤト、リュートの3人がいた。
「荷物は運び終わったか?」
「はい。」
「今からどうする?」
「特にやることはないんですけど・・・。」
海斗はそう言ったが、
「俺、宿題まだ終わってない。終わらせてくるよ。」
「わたしも。」
信哉と遠乃は部屋を出ていった。
「何だよ、人の事いえねえじゃねえかよ。」
向平はふくれた。
「ちなみにショウとダイは任務中。ヨーロッパで超能力を使うやつが強盗だって、駆けつけてった。」
「この時代にも強盗ってあるんだ。」
「まあな。」
ハヤトはちょっと苦笑した。
海斗はしばらくしてからコウキに声をかけた。
「あのーコウキさん。」
「何?」
「ちょっとだけ、話聞いてくれますか?」
「ああ、いいけど。」
「ショウの暴走・・・か。」
「どう思いますか?」
海斗はいつだったか遙に話してくれた事をコウキに話した。
「ほとんど正解だな。ショウの力が笛の音で暴走したってところ、その力が時間を超えるエネルギーになったってところ。・・・ただ、君たちの時代じゃ考えられない部分があるから。」
「じゃあ、どうなんですか?」
海斗は身を乗り出した。
遙も知りたかった。向平は難しい話になりそうだと思ったのか、ハヤトの方に行ってしまった。
「俺の方も推測にすぎないんだけど。まず、海斗の考えに欠けている部分。なんで笛の音や、遙って言う声が200年以上未来の同じ場所にいるショウに聞こえたのか。」
「何で?」
「これは、今だから分かっていることなんだが、時間にはたまにひびが入っていることがあるんだ。ほんの小さな隙間だけど…。そんな隙間が、おおくすの近くにあったと考えられる。」
「じゃ、ショウたちはその隙間を通って1999年に来たの?」
「それは違う。ひび割れ程度の隙間では、人間が時間を超えることはできない。もっとも、声や音は通ることができるけど。時空移動装置は、そんな隙間を人間が通れるぐらいまで広げる事ができるんだ。ただし、ほんの短い時間だけ。」
「じゃあ、ショウたちはどうやって来たの?」
「それは、さっき海斗が言っただろう。ショウが、暴走したんだ。ショウの力でひび割れを広げて、人間が通れるくらいのトンネルを作ってしまったんだ。1999年と2342年をつなぐ…。しかもそのトンネルは、いつまでもふさがることはない。君たちの使った時空移動装置のエネルギーがほとんど使われていなかったのがその証拠だ。」
「つまり、ショウはここと私達の時代をつないじゃったってわけ?」
「そういうことだ。」
「それって、危ないんじゃないか?ずっとトンネルが開きっぱなしってことは、誰でも未来に来る事ができるってことなんじゃ…?」
「それは違う。確かにトンネルは開いたが、それは道があるというだけのはなしだ。こちら側へ来るための乗り物がなければ、来ることはできない。君たちには、そのために時空移動装置を渡してあるだろう。」
コウキは二人の腕につけてある時空移動装置を指差した。
「ショウとダイは、確かに時間を行き来している。だがそれは、ここと君たちの時代だけなんだ。他の時代…例えばリュートの特別協力者がいる1712年にテレポートは出来ないんだ。トンネルのつながった君たちの時代だからこそ何も使わずに行くことができる。」
コウキは話し終えた。
「そんな事、俺達に話して大丈夫なの?」
「ああ。そんな理論を過去で話したところで、どうこうできるレベルじゃない。」
そう言えば、200年の隔たりがあれば平気なんだっけ。
「おい、ショウとダイが帰ってきたぞ。」
リュートが遙と海斗に向かって言った。
「ありがとう、コウキさん。」
「いや、いいよ。分かってくれたかな?」
「もちろん。ありがとう。」
遙も何となくすっきりした気がした。
やっぱりショウと会えたのは、偶然だった。おおくすの側にひび割れがあったのも、ショウたちがおおくすのところにいたのも、私達が笛を吹いたのも、全部が重なったのは、偶然。それでもいい。これからはショウといつでも会えるから…。
「じゃ、またね!」
「ああ。暇になったら遊びにこいよ。」
2000年のおおくすの前。ショウとダイに連れられて、戻ってきた。
「俺達は、これで帰るから。」
「ああ。またな。」
この間の分かれより寂しくない。いつでも会えるようになったから。
「Good luck!」
ダイの姿が先に薄れていった。
「じゃ、俺も戻る。元気でな。Good luck!」
ショウの姿も消えていった。
5人は笑い合うと、それぞれ荷物をひきずって家路についた。
「ただいまあ!」
「おかえり。どうだった?」
「たのしかったあ。」
遙は迎えてくれた母親に一つの箱を手渡した。
「おみやげ。」
箱の中は、クリート。遙が未来で作ってきたものだ。
「珍しい楽器ね。」
「クリートって言うの。ショウの住んでるとこの、伝統的な楽器だって。私が、作ってみたの。」
「遙が?すごいわねえ。」
「でね、ショウのお母さんがクリート得意で…。」
その頃ショウたちはキル家に帰っていた。
「そういえば、あの箱…ビアン家でもらった箱、何が入ってたんだ?」
「ああ、あれ…。」
ショウは箱を出してきた。
「カタン」
ゆっくりとふたを開けると…。
「クリート…?しかもずいぶん古い…。」
ショウは手にとって、クリートの裏を見せた。
「ほら、ここ見て。」
「あ!」
ショウは驚いているダイににっこり笑いかけた。
「やっぱり、俺と遙はどこかでつながってたんだよ。遙たちと会えたのは、偶然じゃない。」
そこに彫ってあったのは、日付と名前。
2343’ 8’ 19 相沢 遙