2.リターン
「ねえちゃん。」
6歳年下の弟の翼が声をかけてきた。
「なあに?」
「あのね。翔兄ちゃんが帰ってくるんだって。」
「え?」
それは、あの事があってから、1年ほど経っていた。
相沢 遙は、中学1年生。一年前、小学生だった遙たちの前に現れたのは、西暦2342年からやってきた、未来の少年・ダイと、少女・ショウだった。
二人は未来の警察。そのおかげで遙たちは2342年で悪事を働くサイキック集団のBLACK・Dとの戦いに巻き込まれた。なんとか幹部の一人を捕らえたものの、ショウたちは次の仕事のため、未来へと戻ってしまったのだ。その一晩だけの冒険は今でも遙たちの心に焼き付いている。ショウはオーストラリアから来た遙のペンフレンドとして、遙の家に住み、たった1週間だが、学校にも行った。手違いで男という事になってしまってはいるが、一応女である。
「翔兄ちゃんが僕の夢の中で言ってたもん。ほんとだよ。近いうちに戻るよーって。」
「うーん・・・。」
遙は悩んだ。まさかショウたちが帰ってくるとは思えない。ただの翼の夢・・・?
「翔兄ちゃん、帰ってくるの。よかったわね。」
「うん!」
遙は、夢の話だと思いながらも、まだ小学校に上がって間もない翼に話を合わせた。その夜の事・・・。
「遙。」
「何?お母さん。」
「明日翔君が帰国するんですって。また家で預かって欲しい、との事よ。」
「えっ?」
夕飯の時、急にお母さんがそんな事を言い出した。
「やっぱり!ほんとだったろ、ねえちゃん!」
翼の得意気な声。
「遙、部屋片づけときなさいよ。」
お母さんの小言。
「翔君か。大きくなったろうな。」
お父さんの独り言。
「ショウ・・。」
何も聞こえなかった。ただ嬉しかった。一年前のショウの笑顔がよみがえる。ショウにもう一度会えると思っただけで気分が明るくなった。
しかし、遙ははたと気付いた。
本当にショウは来るのか?!
「遙っ、聞いたか?!ダイが戻るんだってよ!」
「ダイが?!」
「そう!今職員室で、そんな話してた。」
そろそろ帰ろうかとしていた遙たちの教室に慌てて駆け込んできたのは、向平だ。よっぽど急いだのか、息を切らしている。
「ダイ・ヴァンドルと、天海 翔だろ?お前ら情報おせーぞ。」
あきれたように言い放ったのは、中学に来てから知り合った、大谷 信哉だ。遙たちとは違う小学校で、かなりの情報通。ただたまに中学生とは思えないような、<大人>の顔をする。
「帰国は明日、土曜日!月曜日にはここに来るらしい。」
「信哉、そんな事どこで聞いてくるんだよ。」
「秘密!俺の情報網は、意外な所にあるんだ。」
信哉はそう言うと、ひらひら手を振りながら教室を出ていった。変な奴ではあるが、4人のいい友達である。
「まあ、いいや!またダイたちに会えるしな!」
「でも、ショウたち、何かあったのかなあ・・・。」
「休み取れたんじゃないか?だから、遊びに来るんだろ?」
「そうかなあ・・・。」
ショウたちの仕事の事を考えると、どうもそうとは思えない。向平はいつも楽観的なのだ。
その夜の事だった。
「・・・遙・・・」
「え・・・?」
どこからともなく声がした。
「・・・遙、聞こえるか?俺だ、ショウだよ・・・」
「ショウ?!」
「・・・そうだ。今、2343年にいるんだ。明日そっちに行く事は聞いたろう?・・・」
「うん。本当だったんだ。」
途切れ途切れな電波のように、ショウの声が頭に響いてくる。なつかしい。
「・・・今回は、休みじゃない。2000年に紛れ込んだBLACK・Dの幹部を見つけ出して出来れば捕まえる事、これが今回の仕事だ・・・」
「紛れ込んだ・・・?」
「・・・ああ。どうやら遙たちの近くにいるらしい事に気付いたのは、最近・・・」
「いつから?!」
「・・・分からない・・・」
「・・・。」
「・・・今回の捜査に、また協力して欲しいんだ。今回は、危ない目に会う事はない。報告書を本部に送るだけだし、相手もコンピューターしか使えない、普通の人間だから・・・」
「分かった。みんなに言っとく。」
「・・・すまん、遙。テレパシーにも限度があるんだ。ダイならいくらでも話せるんだが、普通の人間には、ほとんど聞こえない・・・」
「なんで私には聞こえるの?」
「・・・分からない。でも、遥とならしゃべれる気がしたんだ・・・」
「なんで?」
「・・・分からない。でも、翼とも話せる。昨日テレパシーを送った・・・」
少しの間だけ沈黙が続いた。
「・・・遙、そろそろ止める。疲れてきた・・・」
「あ、ごめん。また明日ね!」
「・・・じゃあな・・・」
プツンッ
テレビの電源が切れたような感じだった。でも、遙の心は興奮したままだ。
明日、誰からはなそう。遠乃?海斗?向平?・・・みんなを集めて、いっぺんにはなそう。場所はもちろん・・・。
「相変わらず遅いなあ。」
「ごめんってば。」
おおくすの下、4人が集まった。日差しが暑い。梅雨も明けそうだし、もうすぐ夏だろう。
「で?ショウはなんて言ってたの?」
遠乃が待ちきれないように言う。
「あのね・・・。」
遙は昨日ショウが言っていた事をみんなに話した。
「やっぱ仕事かあ。」
「忙しいんだな。」
「今度はどんな奴なんだろう。」
3人ともそれぞれ感想を述べた。
「いいじゃないか。会える事に変わりないだろ。」
「そうね。」
一番楽観的なのは向平だ。いつもそうだ。
「ところでさ、ダイたちって、どこから来るわけ?まさか空港じゃないだろう?」
「えーっと・・・。来るとすれば、やっぱりここ・・・?」
「まさか!」
遠乃は、中学校に入ってから急に伸びた海斗を見上げるようにしていった。
海斗も向平も、最近ぐんぐん身長が伸びている。一年前まではそんなにも変わらなかったのに。特に海斗は声も低くなってきて、一年前からは見る影もない。ただ、冷静なのはあまり変わっていないが。
「でも、海斗も向平もだいぶ変わったから、ショウたちびっくりするかもね。」
「そうか?俺達にしたら、遙や遠乃の方がよっぽど変わったぞ?なあ、海斗。」
「ああ。」
「え?そう?」
「なんとなくだけど・・・。」
海斗が言葉を濁す。
「遙!遠乃!海斗!向平!」
その時に4人の背後から懐かしい声がした。振り向かなくても誰かは分かる。少し低くはなっているが、ショウの声である。
「ショウ!ダイ!」
振り向いた4人に、笑顔がこぼれる。一年前と全く変わっていないショウの不敵な笑い。青い瞳は相変わらずきれいだ。ダイの金色の瞳も、いつも笑っている。
「久しぶりだなあ!」
「元気だったか?」
遙は2人とも背がだいぶ伸びたのに気付いた。
今海斗と向平は同じぐらいだが、ダイはそれよりも大きい。ショウも向平まではいかなくとも、遠乃や遙よりはずっと高い。
(遙153・156 遠乃155・157 ショウ160・166 向平164・168 海斗161・169 ダイ168・176)
「みんな背、伸びたなー。」
ショウが周りを見て言う。
「海斗が一番伸びたかな。」
「うわ、一年前と目線が違う。俺だってだいぶ伸びたのに。」
「今多分クラスでも後ろの方だ。」
「こないだ俺も、とうとう海斗に抜かれちまったんだ。」
「前まで向平が一番大きかったからね。」
遠乃も遙ももう見上げないとみんなと話せない。なんとなくおいてけぼりを食らった気分だ。
「さっそく、遙ん家行くか。」
「え?今から?」
「ああ。だって他に、行くとこねーもん。」
「俺はまた海斗の家か。久しぶりだな。またお世話になります。」
「いえいえ。」
「じゃ、行くか。」
ショウはぴっと指を立てた。
「Good luck!」
「なあ、ダイ。今回、幹部を探すんだよな。」
「ああ。」
「何か手がかりとかあるのか?見抜くための目印とか・・・。」
「うーん、いくつか情報は入ってるんだけど・・・。」
ダイは持っているかばんを掲げていった。
「後で話すよ。」
ダイは少し厳しい顔になった。その表情から、難しい任務だという事が分かった。
「幹部の名前は、ルイケア=ミュウ。女性で、サイキックではないがコンピューターに関しては天才的だそうだ。」
「年とかは分かるか?」
「年齢は不祥。でも、この時代に来たのが12・3年前らしいから、少なくとも20歳以上だろう。」
「12・3年て・・・俺らが13歳だから、俺らが生まれた頃?!」
「どうやって見つけるんだ?」
「うーん・・・手がかりは、肩にBLACK・Dの刺青がある事。」
「刺青!」
「ひえっ。ヤクザみてえ。」
「形は、龍だ。黒い龍の刺青だ。前にハルメイのを見たんだが、どちらかといえば紺色に近かった。」
「ハルメイかー。」
「正確には、ジュートゥ=ハルメイ。BLACK・Dの第一幹部だ。超能力もコンピューターも、それほど使えるわけではなかったから、一番捕まえやすかった。ルイケア=ミュウは、コンピューター専門、もう一人の<アルザ=シュノーレ>っていう幹部はサイキック専門だ。ボスは両方いけるらしい。」
「ボスの名前は?」
「ピオク。バル=カマティ=カミニア=ピオク。」
「長い名前。」
「俺の名前、もっと長いぜ。」
「ダイ?そういえば、ダイの本名って聞いた事ないや。」
「俺は、ダイ=キル=ウィリア=カルバ=カミニア=カミニ」
「何じゃそりゃ。」
「長いだろ。何度も親が変わってるからな。その度に名前が伸びる。」
「俺なんか、穴島海斗だ。みじけえなあ。」
「ショウの名前、もっと長いぞ。俺もこの間覚えたばっかり。」
「なんていうんだ?」
「ショウ=キル=アルノ=アイザワ=オオイ=キャラ=クルリヨシア=ピナミエ=バルザ=リシュノア=ウィオラ=イド=カミニア=ライザガジュア=シュノーレ=シャオリニ=ビアン。」
「?!?!?!」
「な、何?!」
途中から何を言っているのか分からなくなった。
「それだけ育ての親が多いって事さ。あいつの事だから、家を追い出されたりもしたんだろうな・・・。」
ダイがしみじみ言う。
「俺とあいつは、今キルさんのとこにいる。」
「キル?」
「ああ。俺の名前、ダイ=キル=ウィリア・・・。だろ?」
「へえ。どんどん名前が付け足されるのか。」
「ショウって・・・苦労してんだろうな。」
「ああ。そうは見えないけどな。」
ショウのちょっと突っかかるような性格が、少し分かるような気がした。
今まで親がいない事で、散々苦労してきたんだろう。そんな事を気にもしていないように明るく振る舞うショウが、とてつもなく強い人間に思えた。
「・・・。」
「向平、海斗。実は、この資料といっしょにショウについての資料も送られてきたんだ。ただし、ショウには見せないという条件で・・・。」
「何か悪い事なのか?」
「いや、そうでもないが…。」
「何だ?」
「実は、ショウは、双子だったらしいんだ。」
「えっ?!」
「ショウには双子の兄がいて、小さい頃離れ離れになったらしいんだ。それも、まだ生きている。」
その場に沈黙が訪れる。
「ショウなら探しに行くだろな・・・。」
「一応知っといて欲しかったんだ。これからのためにも。」
「その兄貴って、どこにいるか分かるのか?」
「いや、そこまでは・・・。」
ダイの表情が曇る。出来る事なら、ショウの兄貴を探してやりたいんだろう。金色の瞳に、少しだけ悔しさが見える。
「じゃあ、この仕事終わったら、探してやろうぜ。」
向平がいつもの調子で明るく言った。ダイも笑ってうなづいた。
ショウは遙の家でいじょうな歓迎を受けていた。
まず母が玄関に飛び出してきたと思ったら後ろから来た翼が飛びついてきて、最後に出てきた父に、翼をおぶったまま挨拶をしたと思ったら、ショウの荷物を遙の母が取り上げて、空けてあったショウ用の部屋にきちんと整頓。やっと終わったと思ったのに「今夜はごちそうよっ。」と張り切って母と父がそろって買い物に行く始末。
「元気だね、遙の両親は。」
「まーね。」
翼をちょこんと膝に乗せたショウが、少しあきれ気味にいった。
「でも・・・。うらやましい。翔兄ちゃんね、お父さんやお母さんがいないんだ。」
「そうなの?かわいそう。」
翼の表情が陰る。
「ショウ、いつまでもここにいていいんだよ。お母さんたちも気に入ってるし。」
「うん、ありがとう。でも、いつかは帰らなくちゃいけない。ごめんよ、翼・・・。」
「いいの!そしたら今度は僕が行くから!」
「ああ。待ってるよ。」
得意満面な翼の顔。ショウもつられて笑った。
「ありがとな、遙、翼。すっげえ、うれしい。ほんと、ありがと。」
「こんな服着るのか?!」
次の日、遠乃と遙でショウを女装(?)させた。
はいたことがないと言っていたスカートを無理矢理着せて、ショウの瞳と同じ色の石がついたブレスレットにそろいのイヤリング。
「でーきたっ。」
「ど、どうなったんだ?」
整った顔立ちのショウは、やっぱりすごくかわいくなった。芸能人にだって、こんなにかわいい人はいない。細く長い手足も青と黒の瞳もモデルのようだ。
「ショウ!笑ってみて!」
遙の声で、にこっと笑う。
すごい!本当にモデルになれるよ!
「外行ってみよう。」
「うー。」
ショウはしぶしぶ外へ出た。
「いい?ショウ。声は高めに、言葉づかいは丁寧に。」
「きっと向平たちだって気付かないよ!」
道行く人の視線を感じる。
「あれ?遙?」
「信哉。」
「誰?そのすげえ目立つ奴。」
「あ・・・。」
「君、誰?俺は大谷信哉。」
「翔・・・子。天池翔子。」
「翔子ちゃんか。」
ショウが無理して高い声を出している。
「遙のいとこ?なわけないか。日本人?ハーフ?」
「オースト・・・リアからきたん・・・です。」
「オーストリア?遙っていろんな国に友達いるんだな。」
「そうなんです。前にインターネットで知り合ったん・・・ですよ。」
なれない言葉づかいで、ショウの言葉は途切れ途切れだ。遙たちは面白くてたまらない。
その時だった。
「あれー?遙?」
しまった。ダイたちだ。ばれるかも・・・。
「海斗たちか。じゃ、俺は消えるかな。」
「信哉・・・君は、遙・・・ちゃんの友達・・・ですか?」
「まあ、そんな所だ。じゃあな。また会おうぜ。」
「うん。バイバイ。」
ダイたちが向いから道をわたってきた。
「遙、この子、誰?」
「あの、翔・・・子ちゃん。」
「翔子ちゃん?こんにちは。」
「こんにちは。はじめまして。」
「まてよ。翔子ちゃんて・・・。」
青い瞳。漆黒の瞳。ダイは真っ先に気付いた。
「ショウ!何やってんだ!」
「ショ、ショウ?!」
一発でばれた。
「でも、とにかくショウってば目立ってたぜ?」
「そうそう。モデルみたいなの。やっぱりかわいー。」
「確かに似合ってたよな。」
ダイも同意。
「・・・。もうこのかっこしない。」
ショウは不機嫌。
「そういうなよ。」
「ダイまで・・・。いいよーだ。このまんますごしてやる。」
「どっちだよ。」
ダイが苦笑した。
「ふーんだ。」
「ガキだな。」
「うるせー。」
みんなでひとしきり笑った後、突然海斗が静かに言った。
「なあ、ダイ…。お前ら、いつかは帰るんだよな。」
「まあ、いつかは…な。」
「やっぱそうだよなあ…。」
「せっかくまた会えたのにさ。なんかやだなあ…。」
「そうだ!それなら、俺達が未来へ行けばいいんだ!」
突然に向平が叫んだ。
一瞬驚いたダイだったが、すぐに笑って答えた。
「待ってるよ。」
ところが次の瞬間、ショウは大爆笑した。
「な、何だよ。」
「だってさあ、向平ってば、翼とレベル同じなんだから!」
「いいじゃないか。それだけ純粋って事だろ。」
「でも、あんまりにも単純で…。」
ショウは笑い続けている。
「うるせえなあ!なんて言おうが、人の勝手だろ!」
ショウの目に、涙がにじんでいる。向平がとうとうきれた。
「何も泣くほど笑う事ないだろう!こっちは本気でいってんだ。」
「バタンッ」
大きな音を立てて向平は部屋を出ていった。
「向平!」
「ショウ!いくらなんでも言い過ぎだろ!」
ダイがいつになく厳しく言った。
ショウは手で顔を覆っている。その手で涙をぬぐっていった。
「あのバカ…。嬉しいから泣いてるって、分かんねえのかよ…。」
「…!」
「追っかけてくる。まだ間に合うだろうし。」
ショウは、女装したままの服で出ていってしまった。
「向平もショウも、意地っ張りだからなあ。すぐに仲直りすればいいけど。」
ダイはそう言って、小さくため息をついた。
「あっいた!向平!向・・・。」
ショウが見つけた時、向平は誰かと一緒にいた。
きれいな女の人だ。年は・・・若く見えるけど、30歳そこそこだろう。派手な服を着て歩いている。向平と並ぶとよけい異質のものに感じた。
「向平・・・?」
さっきまで怒ってたくせに、もう忘れたのか?!
今度はショウがきれた。もうあんなやつ知るもんかっ。
振り向いて帰ろうとすると、目の前に信哉が立っていた。
「翔子ちゃん?どうしたの?」
「あ・・・信哉だっけ?」
「そう。ありがと、覚えててくれたんだ。」
「まあ、大体一度聞いた名前は忘れねえけど。」
「で?何してたの?」
「向平が怒って出てったから、追っかけて・・・あっ!」
しまった。普通にしゃべっていた。こいつの前では、翔子でいなくちゃいけないのに・・・。
ショウが黙っていると、不意に信哉が言った。
「翔子ちゃんじゃないだろ?多分君は、遙の家にホームステイしに来た、天海翔くん・・・だろ?」
「・・・。」
ばれた。といっても半分だけど。未来から来た事はばれてない。
「まあ、そういう事。」
「へーえ。翔くんは、本当は女の子だったわけ。」
「誰にも言うなよ、まだ遙たちしか知らない事なんだ。」
「俺も仲間入り。まだ隠してる事あったら、言ってね。俺隠し事は嫌いなんだ。」
「・・・。」
どうしよう。
「困ってるって顔だな。」
「あたり。」
ショウは考えた挙げ句、とにかくダイたちに報告しようとおもった。
「じゃあ、ついてきてくれ。」
「どこにいくんだ?」
「海斗ん家。」
「おかえり、ショウ。向平は?」
「知るか、あんな奴。」
「何で今度はショウが怒ってんだよ。」
「べーつにぃー。さっきまで怒ってた事も忘れてきれいな女の人とふらふらしてるような奴がいたからさ。」
「はあ?!」
「向平が?!」
「向平に限ってそんな事ないとおもうんだけど・・・。」
遙も強くは否定できない。
「あとね、おまけが付いてきた。向平のかわりに。」
「おじゃましますっ。」
信哉が顔を出した。
「し、信哉?」
「なんで?」
「ごめん。天海翔だということがばれてしまった。」
「えーっ。」
「そういうこと。で、翔くんについてきたわけだ。ところで、君がダイ君?」
「・・・。そうだよ。」
遠乃がしぶしぶ答えた。
「ちょっとショウ・・・。」
ダイが手招きした。部屋の隅に2人で寄る。
「どこまでばれた?」
「天海翔が女だってとこまで。」
「女だってばれたのか?!」
「この格好してりゃいやでもばれるさ。」
「じゃ、未来の事はばれてないんだよな。」
「さすがにそこは・・・。」
2人でこそこそやっていると、後ろから信哉のでかい声がした。
「どうしたんだよ。俺、隠し事は嫌いだっていったろ?」
「うるせえな。信哉、お前の所為なんだからちっとは静かにしてろよ。」
ショウが振り向いて信哉を睨み付ける。
「なんか全然言葉遣いが違うな。今のがほんとの翔くん?断然かっこいいじゃん。」
信哉が言った。
「うるせえ。黙ってろよ。今度しゃべったらぶっ飛ばすぞ。」
ショウはもう一度信哉を睨んだ。
遙は、口で言うほどショウがそれほど怒っていないのに気付いた。睨んだにしても、前にハルメイを睨み付
けた時とは大違いだ。あの時のショウは、近寄れないほどぴりぴりしていたのに。
遠乃が見かねて信哉をたしなめる。
「信哉、黙ってなさいよ。」
「はいはーい。」
これ以上ショウの機嫌が悪くなっても困る。
ショウはまた何か言いかけたが、無駄だとおもったのか口をつぐんだ。
「さて。信哉くんって言ったね。」
ダイが声をかけた。
「ああ。」
「君に本当のことを話す気はない。」
「分かってる。ちっとやそっとじゃ話してくれない事なんか承知で来てる。」
「だからってすぐに帰る気はないだろう?」
「もちろん。」
信哉の瞳が輝いた。
ダイは小さくため息をつくと、みんなの顔を見渡していった。
「どうする?みんな。」
「どうするって・・・。向平もいないし・・・。」
「あいつの事なんか気にするなよ。」
ショウが荒っぽい口調で言った。相当怒っているらしい。
「俺は言ってもいいと思う。」
海斗が言った。
「今回、情報が必要だろう?信哉の力が必要だと思う。」
「私もそう思う。海斗の言ってる事は正しい。」
遠乃も賛成した。
「私は・・・。」
遙は言葉に詰まった。きっと向平がいたら反対するだろう。でも、今回の任務を考えると・・・。
「向平には聞かないの?」
「戻ってくれば聞こうと思う。」
「あんな奴のこと考えなくても・・・。」
横から口をはさんだショウはダイに睨まれた。
「結局俺はどうなるんだ?」
信哉が言った。
「遙。お前に任せる。」
「・・・。じゃあ、向平を待とう。向平にも聞こうよ。」
「分かった。・・・というわけだ。信哉、待ってくれ。」
「しゃーねーなー。」
息苦しい時間が過ぎていく。しかし、いつまで経っても向平は戻らない。
「どこ行ってんだ、あいつ。」
時計は6時をまわった。
「じゃあ、明日にしよう。明日は日曜日のはずだろう?」
「すまんな、信哉。」
「いやいや。」
遠乃と遙と信哉は海斗の家を後にした。ショウはもう少し残るそうだ。
「ショウと向平、仲直りするといいけど・・・。」
「向平はわがままだからな。」
信哉がはっきりといった。
「まあね。でも、ショウもかなりきついから、きっと長引くね、この喧嘩。」
「2人とも意地っ張りなんだから。」
遠乃がほっぺたを膨らませた。
その日かえってきたショウは手が付けられないくらい機嫌がわるかった。
「バッターン!」
ものすごい音を立ててドアを閉めると、それっきり出てこなかった。
「ショ、ショウ・・・?」
恐る恐る部屋に入る。
「あ?遙?俺、帰る。」
「えっ?」
「悪いな。ダイには言ってある。今回の任務、俺はパスする。」
そういってショウは荷物をまとめた。
「じゃあな。また会おうぜ。」
廊下であった遙の母には何か暗示をかけたようだ。ショウはそうやって突然出ていった。
遙には何がなんだか分からない。
「Good luck、遙!」
「ねえ、ダイ・・・。昨日何があったの?」
遙は次の日、さっそく尋ねた。
「うーん。実は昨日・・・。」
7時を過ぎて、向平が戻ってきた。
「お前どこ行ってたんだ!」
「どこって・・・。信哉の家。」
「信哉ぁ?」
「信哉の母さんに会ってよ、来てくれって言うから行ってきた。」
「あのきれいな人、信哉の母さんか?」
「見たのか?何で声かけなかったんだよ。」
ショウはちょっとかちんときた。
「お前がうれしそうにあるいてたからだろ。こっちが謝ろうと思って追っかけてったのに・・・。」
「あ!そうだ。ショウ、お前俺の事笑いやがっただろ!」
「だからなんだ?忘れてたくせに。」
謝るはずのショウが、また怒っている。冷静な海斗がショウをたしなめた。
「まあ、いいだろ。そんな事を言うために待ってたんじゃない。」
「ふん。」
ショウはそっぽを向いた。
「実は信哉の事なんだけど・・・。」
ダイが今日あった事を話した。
「何?!じゃ、ばれたのか?」
「女だって事までだよ。」
「ドジだなーお前。何でばらすんだ?!しゃべるなっていったのお前らじゃないか。」
「うるさいな。しょうがないだろ?こんな格好してたんだから。」
「何で着替えなかったんだよ。」
「慌てておまえのことおっかけたからだろ?!お前の所為じゃねーか。」
向平は一瞬詰まったが、またショウの神経を逆なでするような事を言った。
「にしても、信哉なんかにばらすか?全く。本当にお前、バカだな。」
まずい。ダイが思った時には遅かった。
「バカで悪かったな。」
ショウの声が低くなった。
「ショ、ショウ?」
海斗が驚いて声をかけるが反応はない。
「なら、俺は帰る。任務にバカは必要ないだろ。」
「・・・。帰りたいなら帰ればいいだろ。」
今度は向平がきれた。
「ああ、帰るさ。ダイ、俺さき帰るからな。」
「ショウ!」
「勝手にしろ!ショウの顔なんか見たくもねーよ!」
ショウの背中に向って向平が叫んだ。
「バッターン!」
ショウは怒って出ていった。向平も後を追うように帰ってしまったというのだ。
「ええっ。じゃ、どうするの?」
遠乃が悲鳴を上げる。
「大丈夫。ショウの事だから、すぐに機嫌直して戻ってくるさ。それに、任務を本気で捨てるほどバカじゃない。」
ダイはそう言ってはいるものの、不安そうだった。それはそうだ。ショウがいないと、超能力は半分ほどしか使えない。
「ちょっと待ってくれ。」
信哉が横から入った。
「話が見えないんだ。俺に話してくれる事になったのか?」
「あ、ああ。昨日帰り際に向平はいいといった。」
「じゃ、話してくれ。お前達は何者なんだ?!」
「・・・。ダイとショウは・・・未来から来たんだ。」
「?!何?!」
海斗はゆっくりと今までに起きた事を話した。GSPのこと、BLACK・Dのこと、ハルメイの事、今回の任務についてと、向平とショウの喧嘩のいきさつまで・・・。
「本当なのか?それは。」
「嘘は言っていない。」
ダイがきっぱりといった。
「はっきり言うと、ここまで大事だとは思ってなかったって言うのが今の気持ちだ。でも、知ったからには協力するぜ。」
信哉もはっきりと返した。
「よかった。お前は、悪い奴じゃない。仲間として、歓迎する。」
ダイが力強く言った。信哉は照れながらも、まじめな顔をしていった。
「これからの事とか、決まってるのか?」
「まだだ。見分けるための資料も、半分ほどしか持っていない。残り半分は、おおくすの所にハヤトが持ってきてくれるはずだ。」
「じゃあ、私達に出来る事、ある?」
遠乃が待ちきれないように言った。
「まずは、情報収集だ。12・3年前にこの街に来た人をリストアップしてくれ。」
「情報なら俺に任せてくれ。すぐにリストアップする。」
「俺も手伝うよ。パソコンに入力して、プリントアウトしよう。」
「O.K.じゃ、俺達二人で、情報収集だな。」
「私達は?」
「うーん。とりあえず、待機!」
「えーっ。」
遠乃が不服そうに叫ぶ。遙は別に構わなかったのだが。
「うーんと・・・。じゃあ、おおくすのところまで、データを取りに行ってこよう。」
「んじゃ、私と遥とダイでチームね!」
遠乃は嬉しそうだ。遙はあまり乗り気ではない。
ショウも、向平もいない。本当に大丈夫だろうか・・・。
「そういえば、海斗と二人になるのは初めてだな。」
「そうだろうな。俺、いつも向平といたから。」
「向平と海斗って、幼なじみ?」
「うん。遠乃と遙もね。昔から4人でいたんだ。」
「でも全然タイプが違うよな。」
「確かに。遠乃はよくしゃべるし、遙は見たまんま。どっかのほほんとしてる。向平は・・・。いいやつだよ。気楽にやってる、いつも。ちょっと意地っ張りだけどね。」
海斗が苦笑した。
「それに、海斗は秀才タイプだろ。落ち着いてるって言うかさ。」
「ダイもなかなか面白いんだ。しっかりしてるけど。」
信哉はレポートの手を休めて言った。
「うらやましいな。」
「何で?」
「俺って特定の友達がいないからさ。お前らがうらやましい。」
「信哉。」
ずっとパソコンに文字を打ち込んでいた海斗が振り返っていった。
「俺達、もう仲間になったんじゃなかったか?」
信哉にはこの上なく嬉しい言葉だった。
残りの3人は、おおくすへ向っていた。
「向平は、家にいるの?」
「多分。あいつもショウと似たとこあるから頭冷えるまでそっとしとこう。」
「そうね。」
遠乃はそう言ったが、遙は心配になってきた。
ダイも少しくらい顔をしていった。
「ただ一つだけ気になることがあるんだ。」
「何?」
「あの・・・ショウが向平を追っかけてった日、あっただろう?」
「うん。」
「向平が言ったように、いつものショウなら向平が誰といようと声をかけてるはずだと思うんだ。」
「どういうこと?」
「ショウには、直感って言うか、危険なものを感覚的に察知する能力があるんだ。もしかしたら・・・。」
「もしかしたら?」
「信哉の母さんが、危険なものに感じたせいかもしれない。」
「えっ?!」
「あくまで推測だけどね。ただ単に忘れていたことに対して怒っていただけかもしれない。」
遙は信哉の母親を思いだそうとした。しかし、顔が思い出せない。見た事があるはずなのに、記憶に残っていないのだ。
「ダイの言ってること、あたってるかもしれない。」
思わずそうつぶやいていた。
「遙まで・・・。信哉のお母さん、すごくきれいな人じゃない。」
「えっ?遠乃、顔が分かるの?」
「当たり前じゃない。この間の授業参観で会った時、しゃべってたじゃない。」
「そう・・・だっけ?」
「そうよ。忘れたの? 」
「ううん。そうじゃないんだけど・・・。」
2人は、隣にいるダイが厳しい顔つきで考えこんでいることに気付かなかった。
「遅いぞ、ダイ。」
「すまん、ハヤト。いろいろあって・・・。」
ハヤトはフロッピーをダイに渡しながら言った。
「それとショウが帰ってきたのはなぜだ?」
「いや、それもいろいろあって・・・。」
ダイがしどろもどろになる。
ハヤトは、ダイと同じくり色の髪に、青い瞳。気の強そうな目鼻立ちは、どこか海斗に似ている。年は、いくつぐらいだろう。少なくとも、ダイより上のはずだ。
「これが、残りの資料だ。気をつけろ。むこうはお前たちに気付いているかもしれない。」
「分かった。そうだ。紹介しておく。この二人が、<ハルカ>と<トオノ>だ。」
「ああ。よく聞いてる。俺は、GSPの幹部のハヤトだ。よろしくな。」
そういってハヤトは大きな手を差し出した。
「あ、どうも。」
遙がおずおずと握手する。
「あの、何歳なんですか?ハヤトさんて。」
「ん?俺は17だよ。それと、俺を呼ぶ時はハヤトでいい。」
「あ、はい。」
ダイ達とちがって、何となく威圧感がある。
「じゃ、俺帰る。ショウは、ほっといてもいいだろう?」
「ああ。あいつならそのうち自分で帰ってくるだろう。」
「じゃあな。」
ハヤトの姿がかすれていく。
完全に消えてから、遙がダイに尋ねた。
「GSPの幹部って、何人くらいいるの?」
「今のところ、8人。俺とショウとハヤトと、あとカイとリュートとコウキとナルアとレーキ。GSPったってこの8人の幹部とあとボスぐらいしかいないんだ。」
「えっ?じゃ、GSPって、9人しかいないの?」
「まあ、そういう事になる・・・かな?でも、いざとなったら普通の警察とも手を組むし、GSPに入っていない弱い超能力を持つ人たちも、たくさんいる。実際はもっと多いんだ。」
「へえ。すごいのね。」
「ねえ、ダイ。」
遙は、前から思っていた事を聞いてみた。
「私達も、未来に行けるの?」
「この間行ったじゃないか。」
「そうじゃなくて…今ダイがここにいるみたいに、未来に行きたいの。」
「…。向平と同じ意見なわけだ。」
「…。」
ダイに見つめられて、遙はうつむいた。
「できるよ。200年の隔たりがあれば、基本的には大丈夫とされている。ほとんど影響はない。歴史を変えることが出来ないように、未来もまた、ほとんど変わらないんだ。」
ダイがにっこりと笑った。遙は嬉しくなった。向平に知らせたい。
「ダイ、遠乃、先に行ってて!」
「遙!どこ行くの?」
「向平の所だろう。行ってきて。俺達は、海斗の家にいる!」
ダイからゴーサインが出る。遙は向平の家に向って駆け出した。
「Good luck!」
「ハア、ハア…。」
息を切らしながら、遙は向平の家に着いた。
「ごめんくださーい!」
「はーい。あら、遙ちゃん。どうしたの?」
「向平くん、いますか?」
「え?さっき遙ちゃんと一緒に出ていったんじゃ…。」
「えっ…。」
「ダイが危ないとかなんとか…。慌てて飛び出していったじゃない。」
「そんな…。私、今来た所なのに…。」
「とにかく、ここに向平はいないわ。」
「あ…。すいません…。」
遙は家を出た。
どういうこと?私が向平と出ていったなんて…。
「どういう事だ?向平はどこに行ったんだ?」
「分からないの。私といっしょに慌てて出ていったらしいんだけど・・・。」
「そんなはずないでしょう?遙はずっと私達と一緒にいたじゃない!」
「でも・・・。」
くちごもる遙。でも、向平のお母さんが遙のことを見間違えるはずがない。
海斗の部屋。もう午後だ。ずっとパソコンに向っていた海斗と信哉も、手を休めた。
「考えられる可能性は3つある。」
信哉が言った。
「可能性その1。遙に似た人と間違えた。」
「それはない。向平がついていくほど親しい人の中に遥に似た人はいるか?いないだろう。その可能性は低い。」
「じゃあ、可能性その2。向平の母親が嘘をついている。」
「向平のお母さんはそんな人じゃないよ!」
「それなら、可能性その3。遙がもう一人いる。」
「えっ?」
視線が一気に信哉に集中した。
「そう考えると、向平はBLACK D に連れ去られた可能性が高いな。そうすると、俺達のことはばれていることになる。」
ダイが言う。
「それなら、可能性その3の線で見ていいな。」
「まってくれ。可能性はもう一つある。」
ずっと黙っていた海斗が言った。
「向平の母親が、暗示をかけられた場合だよ。本人に嘘をつく気がなくても、この間の向平のように操られていたとしたら、分からなくなる。もしくは、催眠術でもいいわけだ。」
「すると、可能性は2つ・・・。どちらにしても、向平がいなくなったことに変わりはない。」
その場の空気が重くなった気がした。遙の気持ちもいっしょに沈んでいく。
「とにかく、ハヤトが持ってきてくれた資料を見よう。」
明るい声でダイがきりだした。遙は少しほっとする。
海斗と代わってダイがパソコンの前に座った。
「ルイケア=ミュウ。BLACK D唯一の女性幹部。コンピューター専門、弱い超能力を使える。右肩に刺青。ここまでは前回の資料だ。」
ダイが次のページをめくる。マウスの音が響く。
「経歴。小さい頃からコンピューターに関する研究。7歳の時、実の両親を射殺。」
「ええっ!」
「刑期を終えた15歳より、GSP勤務。」
「GSP?!」
「17歳、GSPをやめる。数年後、BLACK Dの幹部として1986年に潜入。後、現在にいたる。」
「GSPにいたってのは、本当なのか?」
「ああ。間違いない。ショウの前に一度だけ女性幹部がいた事は聞いていた。そして、17歳、GSPをやめる直前の顔写真か・・・。」
みんなでパソコンの画面を覗き込む。
「うわっ、すげー美人!」
「日本人みたいな顔ね。」
「うん。瞳も髪の色も黒いし・・・。」
「あ、この人・・・。」
遙はふと気付いた。
「信哉に似てる・・・。」
「俺に?!」
「うん。どこが似てるってわけじゃないけど・・・。何となく。」
「そうかなあ・・・。」
信哉はまじまじと画面の写真を見つめた。
「とにかく、これをもとにしてリストを絞ろう。少しは減らせるだろう。」
ダイがそう言うと、海斗はもう一度パソコンの前に座った。
「まず、年齢が・・・。」
「17たす5たす14。35歳ってとこだろう。」
「じゃあ、33ー37ってことで。性別は、女・・・。」
「カタカタカタ・・・タンッ」
キーボードの音。
「できた。午前中の聞き込みと町役場の戸籍から、7人。田舎だから簡単に絞れた。いずれも、14年前、1986年にこの街に来た人物だ。」
それをダイが制止した。
「まて。年齢は、36歳だ。もう一度絞り込んでくれ。」
「分かった。」
もう一度コンピューターに打ち込む。
「4人だ。36歳で、14年前にこの街へ来たのは。データを出す。」
「え、家の母さんじゃないか。」
「そう。信哉の母さんも、一応条件に当てはまる。」
「え、うちの隣のおばちゃんも?」
「一番それっぽいのは、この、松谷由布子って人。13年前ふらっとこの村に来て、町外れの小さな家に住んでる。ほとんど親しい人がいないんだ。」
「もう一人は・・・。え、母さんじゃない。」
遙は驚いた。遙の母も一応条件に入っているのだ。
「それも一応。信哉の母さんも遙の母さんも、条件に当てはまったというだけ。マークするなら、残る二人だろう。」
「でも、隣のおばちゃんがBLACK Dの幹部とは思えないんだけどなあ・・・。」
遠乃が不機嫌そうに言った。
「意外な人がってこともあるだろう。」
「意外すぎよ。ほとんどその松谷って人に決まりじゃない。」
遠乃が文句を言っている。
「よっぽどその叔母さんと親しいんだね。」
「うん…。いい人なの。いつも、朝とか掃除してて…。2年前にだんなさんが亡くなったんですって。」
「じゃ、今は一人なんだ。」
「うん。成人した息子がいるって聞いたけど、今は一人だって。だから、私にはいっつも優しいよ。」
遠乃が笑った。本当に大切な人らしい。
「じゃあ、松谷由布子って人の確認は、遙と遠乃の二人に任せる。」
「えっ?何で?」
「俺達が肩の刺青調べるわけにはいかねえだろう。女性群の仕事だよ。確認でき次第、GSPに報告する。それで任務は終了だ。一応期間は2週間とってあるから、余れば休暇ということになる。」
「よーし!じゃあ、がんばろうっと。」
遠乃が気合いを入れたが、やっぱり遙は気が抜けた感じがする。ショウと向平がいないせいだ。心のどっかに穴が開いたみたいだよ・・・。
「俺達で向平の捜索を行う。」
張り詰めているはずのダイの声もなんだか悲しげに聞こえるのは、気のせいだろうか・・・。
遙と遠乃が去った後、海斗はダイに言った。
「やっぱりBLACK Dなのか?向平はどうなるんだ?」
「今の所は何ともいえない。とにかく、自分で戻ってくることを願おう。向平だって、そのぐらい出来る。それでだめなら、俺が動くしかない。」
「でも、ショウがいないと能力が制限されるんだろう?」
「そうだけど、大丈夫。これでも、GSPの幹部だから。」
「無理するなよ。」
「ショウじゃないんだ、自分の限界ぐらい分かる。」
「そうだな。」
そうは言ったが、ダイは限界を超えていても無理をする。そして、絶対に倒れようとしない。全部を隠してしまう。ある意味で、ショウよりもずっと危ない戦いかたをするのだ。
「がんばろうぜ。終わったら、今度はショウの兄貴を探すんだろ?」
ダイの表情がふっと緩んだ。
「そうだな。ショウのためにも、さっさと終わらせないと。」
窓から夕日が差し込んできた。金色の瞳が遠くを見ている。
光を反射して、きらきら輝いている。太陽の光と同じ色だ。
「本当に…無理するなよ。」
海斗は目を細めてダイの瞳を見つめた。
ショウは未来に帰っていた。キル夫妻の家だ。
「ちくしょう、向平の奴…。」
向平に対して、腹が立って仕方がない。
「ガツンッ」
思いっきり壁を叩いてみた。鉄製の壁が少しだけへこんだ。衝撃が手に伝わってくる。
「いってえ…。」
拳に血がにじんだ。ずきずき痛む。それでももう一回殴ってみる。
「ガンッ」
もっと壁がへこんだ。しかし、手の痛みも2倍になる。骨までぎしぎしいっている。大丈夫、いざとなったヒーリングが使える。
ショウの脳裏に、ダイと出会う以前の思い出が浮かんできた。
「遙。」
「何?遠乃。」
「最近元気ないね。ショウがいないせい?」
遙は答えられなかった。
「やっぱりね。」
「大丈夫。私、元気だよ。」
「ばか。ショウと同じ。遙の大丈夫は、あてにならないよ。何年親友でいると思ってるの。」
「本当だって。」
「それと、向平がいないせいかな?」
「…。」
「遙、元気だしなよ。」
遠乃の声が優しく聞こえる。元気だそう。遠乃に心配ばっかりかけてられない。
「明日、行こうか。松谷さんの所。」
遙が笑っていった。遠乃も笑って駆け出した。
「うん。またね、遙!」
「Good luck!」
次の日は学校があった。
「おはよう信哉。…眠そうね。」
「ああ?遙か。昨日俺の家、停電してさー。調べたら電気の使いすぎ!ブレーカーのとこの線が切れちゃってて、直ったのが夜の1時だったんだよ。だから今日は寝不足。」
「大変ね。」
遙は苦笑した。向平はまだ来ていない。
「ショウ君は結局帰っちゃったのか。」
「うん…。」
「それって俺のせい?まずいことしたなー。」
「大丈夫。悪いのは本人達なんだから。それより向平は?」
「まだ来てない。」
「そう。ダイは?」
「先生と一緒に来るんじゃないか?」
信哉がそう言ったときチャイムが鳴って先生が教室に現れた。案の定ダイといっしょだ。
「きりーつ。きょうつけー。れいっ。」
クラス委員の海斗が号令をかけた。
「今日は、留学生を紹介します。ダイ・ヴァンドルくんです。川上小学校の人は、以前に一度会っていると思います。」
「こんにちは。ダイ・ヴァンドルです。よろしく。」
信哉の隣の席の奈津美が叫んだ。
「えっ。日本語しゃべれるの?!」
「まあ・・・。」
ダイが答える。
「えっ?なに人?アメリカ?イギリス?」
「・・・。」
ダイが困っている。そこまで決めていない。
「イギリス。日本人とのハーフだよ。」
代わりに海斗が答えた。
「何で穴島君(海斗)が知ってるの?」
「俺の家にホームステイしてるんだ。」
「えーっ、いいなあ!今度遊びに行っていい?」
「暇ならね。」
さすが海斗。うまく話をはぐらかした。
「さあさ、授業を始めますよ。」
先生が手を叩くと、生徒は黒板に集中した。
「ハルカ…。」
ショウはゆっくりとそうつぶやいた。ダイに対する、唯一の隠し事。ダイと出会う前の、たった一人の友達…。
ベッドにごろんと横になった。景色がぼんやりと見える。机の上の写真立てには、ダイといっしょにおおくすの前で撮った写真。その隣においてある箱には、銀色のペンダントが入っている。
「会いたいよ…。ダイ…ハルカ…。」
ショウはふらふらと立ち上がって箱を開け、ペンダントを取り出した。不気味なくらいの光を放つ銀色は、ますますショウの心を重くさせる。
「行ってこよう。」
銀のペンダントを首にかけ、ショウは決心して、ある場所にテレポートした。
… ハルカ …
「ショウ?」
「え?」
前にいた遠乃が振り向いた。
「あれ…?今ショウに呼ばれた気がしたんだけど。」
「まさか。ショウはまだ未来にいるわよ。」
「でも…。」
遙は気付いた。前にも、同じような事があった気がする。いつだっけ…?
「とにかく、分かった?遙。」
「あ、うん…。」
遙は今松谷由布子さんの家の前にいることに気が付いた。
でもやっぱり、前にもこんなことがあった。確かあれは…。
「ショウがここに来る日の前日…。」
「ねえ、遙?さっきから変よ?大丈夫?」
「う、うん。大丈夫…。」
そうだ。ショウは、未来から私に呼びかけていたんだ。さっきの声も、きっとショウの声だ。なぜかは分からないけど、ショウのテレパシーが伝わってきたんだ。
「ねえ、遠乃…ショウって、テレパシー使えたよね。」
「うん、多分…。そんな事、私じゃなくてダイに聞いてよ。」
「ダイ!そうだ、ダイに聞けばいいんだ!」
遙は気付いた。
「ごめん、遠乃!」
「ちょっと!遙!」
遠乃が叫んだ時にはもう遅い。遙はとっくに駆け出していた。
「ごめん!私、今日はパス!Good luck,遠乃!」
「遙ー!」
遙の姿はすぐにみえなくなった。一人取り残された遠乃。
「何なのよ!もう!」
ダイは海斗の家にいた。海斗は信哉と一緒にどこかへ出かけたらしい。
「ダイ!」
「遙。どうしたんだ?」
「お願い、ダイ…ショウのこと教えて!」
「どうしたんだ?急に。」
「私ね、聞こえるの!ショウの声!」
「ショウの…声?」
「そうなの。いつも呼んでるの。<ハルカ>って。さっきも聞こえた。何でなの?何でショウの声が聞こえるの?」
「…。きっと、ショウが遙のことを特別な存在だと思ってるからだ。」
ダイが言った。
「俺にも、ショウの声が聞こえる。ショウが俺のことを心の底から呼んだ時だ。逆に言えば、ショウに俺の声も聞こえる。俺にとってショウは、特別なんだ。俺はショウに救われたから…。」
「救われた?ショウに?」
「うん。あいつのおかげで俺は立ち直れた。今俺がGSPの幹部として働いてるのも、あいつのおかげさ。」
「そう。じゃ、私もショウの特別な人になれたのかなあ。」
「きっとそうだよ。ショウって、結構ガードが固いから、あんまり人になじまないんだけどね。よっぽど遙のことが気に入ったんだろうな。」
「そうなの?嬉しい。」
「よかった。ショウに大切な人が出来て。」
「ダイはショウの友達?」
「俺とショウは、友達程遠い距離にはいない。恋人とも違うし、兄弟ではない。唯一のパートナーだよ。」
ダイはそういって照れくさそうに笑った。
「あ、でもこの話、ショウには内緒な。」
「何で?」
「ばか、恥ずかしいからだろ。」
ダイはそう言うと遙の頭にぽんと手を乗せた。
「それよりも、いいのか?遠乃といっしょに調べてたんじゃないのか?」
「あっ。」
「ショウは無断でパートナーを裏切ったりはしないぞ?任務を途中で抜けることはあっても、な。」
「…。」
「行っておいで。遙のパートナーが待ってるよ。」
「うん。」
遙は遠乃のもとへ向った。ダイと話したことで、少しだけ気持ちが軽くなった。
「松谷由布子は、BLACK・Dじゃないわ。」
遥と遠乃がそういう結論に達したのは、3日後のことだった。
「やっぱりな。最初から違うと思ってたぜ。」
信哉が言った。
「なによ、この間はそんな事、一言も言わなかったじゃないの。」
「思っただけ。言ってねーもん。」
「で、このあとの動きだが。」
ダイが打ち切って話し出した。
「残りは、3人。ただ、どの人も考えられない。とにかく、3つのチームに分かれる。」
「でも、5人しかいない。どうするんだ?」
「俺は一人でやる。残りの4人で担当を決めるんだ。」
「じゃあ、俺達で分かれよう。」
すぐにきまった。遙と海斗、信哉と遠乃のペアだ。
「決定だ。」
「向平はどうする?」
「…。今回は、外れてもらおう。まだ怒ってるみたいだったし。」
実は2日前に向平は戻ってきた。1日だけ家出をした、と言っていたが…。
「怒っているというより、無表情だった。何も考えていない感じがした。」
海斗が言った。海斗は向平に話しかけてもつっけんどんにされ、少し落ち込んでいるため、口数が少ない。
「…。そのことで、ちょっと気になる事があるんだ。調べておく。」
「じゃあ、俺達は、どの担当だ?」
「そうだな…。自分の母親ってのも嫌だろう。遠乃と信哉は、遙の母親。遥と海斗で遠乃の隣の家の女性を頼む。」
「O.K.」
「じゃあ、明日も放課後に、ここに来てくれ。」
ダイはそう言った。
ショウが行き着いた先は、墓地だった。白いお墓がいくつも並んでいる。
ショウは一つの墓地の前で立ち止まった。
「ハルカ…。元気か?」
静かに風が通り過ぎていく。
「なあ、ハルカ…何度言っても、お前は俺の事許さねえかもしれねえけど…ごめんよ。」
ゆっくりとしゃがんで手に持っていた白い花をそっと墓前に添えた。
「もう少し、ここにいていいか?」
トン、と腰を下ろしたショウは遠い目をした。
ずっとずっと遠くを見つめる黒い瞳に、ゆれる花びらを映しながら…。
「ショウ…。」
ダイはショウに呼びかけた。もちろん、返事はない。
きっとショウは今、遠い所へ言っている。俺さえも知らないような遠い所へ…。
「ダイ。」
いつのまにか海斗が隣に来ていた。
「ショウ、帰らないな。」
「もうすぐ戻ると思うんだが…。今は、遠いところにいるんだ。俺には、届かない。」
「向平もだ。帰って来たけど、ここにはいない。あれ、向平じゃない。」
「…。」
海斗はやっぱり傷ついたみたいだった。向平から冷たくされるなんてことは、今までになかったんだろう。いつもは勝ち気な瞳に、悲しみの色が浮かんでいる。
「パートナー置いてかれた者同士、相手を信じてみよーぜ。絶対、ショウは帰ってくるって、俺はいつでも信じてるから。」
「そうだな。向平もそのうちにひょっこり帰ってくるよな。」
二人は笑いあった。
「でもやっぱり、悲しいよな。」
「ああ。」
「向平。」
「何だ?」
何となく生気の抜けたような向平がいた。学校に来てはいるものの、家出したいう日からもう3日。ほとんど誰ともしゃべろうとしない。
「向平、今日、海斗の家に来て欲しいの。絶対!」
「なぜだ?」
向平の無感動な目。遙は思わずぞっとした。
「おねがい、来てよ!」
無理矢理向平に約束を押し付けると、遙は席に戻った。ショウが座るはずだった、教室の後ろの空席。
戻って来てよ、ショウ!
向平は海斗の家にやってきた。
「向平!よかった、来ないかと思った!」
遠乃が出迎える。久しぶりに4人がそろった。
「何か用なのか?」
「ばか、お前まで任務を抜ける気かよ。」
「お前までって?」
「は?何言ってんだ?ショウが帰っちまっただろ?」
「ショウは帰ったのか。」
「そうだよ。お前と喧嘩して、腹立てて出て行ったじゃねえか。」
「へえ。」
「へえって…。お前大丈夫か?」
「だまれ。お前に心配されるほど落ちぶれちゃいない。」
「…!」
向平の瞳から光が消えた。海斗は呆然としている。
遙は思わず叫んでいた。
「あなたは、向平じゃない!」
「は、遙?!」
「向平だったらいくら自分が怒ってても海斗にそんな事言ったりしない!あなたは、向平じゃない!」
「俺は…。」
「誰?!あなた、誰なの?!向平は、どこに行ったの?!」
「俺は、向平だ。」
「違う!」
遙を無視して出て行こうとした向平の手がドアのノブにかかった…と思った瞬間…!
「!」
「な…!」
「向平?!」
手がドアノブを通り抜けた。映画とかに出てくる、お化けと同じだ。
「あ…。」
向平は小さくそう言ってもう一度ドアに手をかけた。今度はしっかりドアノブをつかんだ。
「まて!お前誰だ?!」
海斗と信哉が追いかける。
「立体映像!」
ダイも後を追う。
「海斗!信哉!その向平は、ホログラムだ!空気に映しているだけの、立体映像なんだ!」
「何だって?!」
ホログラムの向平が消えかかっている。
「この方角…。」
向平が向かっているのは…。
「まさか!」
信哉の家の方角だ。まさか、そんなばかな…。
信哉が唇を噛み締めた。
「…。」
信哉の母親がBLACK・Dの幹部?!すると信哉は未来人という事になる。
「信哉!大丈夫か?」
「あ、ああ…。」
信哉の顔色が悪い。
「…。」
ホログラムの向平が完全に消えた。信哉の家の前だ。
「信哉。ここでまってろ。」
ダイはそう言うと海斗と共に中へ入っていった。
「こんにちは。」
海斗は家の奥に声をかける。返事はない。
「勝手に入りますよ…。」
2人はそっと上がり込んだ。2階の方から音がする。
「カタカタカカッ…」
「…?」
2人は階段を上がって、一番奥にある部屋へ近づいた。
「…。せーの…。」
「ガチャッ」
「!!」
目の前に機械の山があった。その中央に座る、一人の女性。
「ダイ…か。やっとここを見つけたか。ま、思ったよりは早かった。」
「ミュウ…お前がルイケア=ミュウか?」
「そうだ。信哉の母でもある。」
その女性はゆっくりとダイを見た。
「信哉より、1つ2つ年上と言った所か。お前がGSPの幹部とはな…。」
「お前の立場は分かっているのか?」
「まあ、座れ。私は、BLACK・Dにいたいわけでも、GSPに入りたかったわけでもない。」
「…。何が言いたい?」
「私は、競わせてみたかったのだ。私のコンピューターと、超能力とを。ただそれだけだ。」
「…。」
「お前ともう一人…。ショウとかいう小僧が最強だと聞いた。どうだ?ゲームをしないか?」
「断る。俺の任務は、2000年に紛れ込んだお前を探す事…お前と遊んでいる暇はない。」
「向平というお前の仲間は…どこにいるか分かるか?」
「?!」
「交換だ。私のコンピューターと勝負する代わり、向平を渡そう。そして私が負けたらおとなしく捕まろう。もしも私が勝った時は、私はさらに過去へさかのぼる。どうだ?」
「ダイ、かまうな!向平は何とか助け出す。ショウもいないのに…。」
「分かった。受けよう。」
「ダイ!」
海斗が止めたが、無駄だった。
「それでは、明日の夜、もう一度ここで。」
「分かった。」
ダイの声は穏やかだった。
「ミュウ…。一つだけ聞く。」
「なんだ?」
「信哉のことだ。信哉は…未来人なのか?」
「…。そうともいえるが、そうとは言えない。」
「…?どういう事だ?」
「信哉の父親は、この時代の人間だ。今はもういない。」
「…。」
「事故だった。私の責任なんだ。コンピューターが、暴走して…。まあ、いい。信哉は…私の事を知っているのか?」
「ああ。」
「そうか…。今日は、家に帰らないように言ってくれ。」
「…。承知した。」
ダイと海斗は複雑な気持ちで家を出た。そこには、信哉の姿があった。
「ダイ…。」
「信哉。今日は、海斗の家に来い。」
「…。」
3人は黙って海斗の家へと戻った。
部屋では遙と遠乃が静かに座っていた。
「ダイ…。」
「…。」
ダイは無言で首を振った。遙も予想はしていたが、事実となった今では、さすがにショックの色を隠せなかった。
「ダイ。」
「なんだ?」
「これで、任務終わりなの?」
「ああ。一応未来に結果を送る。」
「ダイはまだここにいられる?」
「ああ。出来る限りここにいるつもりだ。それに、まだやりのこしたことがある。」
ダイの表情が張り詰めた。いつかのショウのような表情だ。でも、ショウよりずっと穏やかだった。
「やり残したって?なに…。」
聞こうとした遠乃を遙が止めた。
「無理しないでね。ダイ。戻ってきて。」
遙はなぜか聞いてはいけない事のような気がした。微笑んだダイの瞳はいつもと変わらず優しいのに、どこか思いつめた感じがした。
「ダイ…戻ってきてね。」
遙は念を押すようにもう一度言った。
「遙!何で聞かないの?知りたくないの?」
「聞かなくても分かるじゃない。向平の事でしょう?」
「あっ!」
「きっとダイは、ショウがいないぶん、一人で背負う気なの。だから、止めないの。」
「何で?それなら、私達もいっしょに…。」
「だめ。何となく、何となくだけど、私達は邪魔なのよ、今回は。」
「遙?」
遙には何だか分からない気持ちがあった。言葉に表すのは、難しい。
「何て言うか…。私達とは別の次元なの。やっぱり、一年で私達は変わっちゃったのよ。海斗とも、ダイとも。ほら、この間の話、覚えてる?」
「この間?」
「ほら、私達は海斗と向平がかわったって言ったけど、海斗と向平は私達が変わったって言った。」
「ああ、ショウたちが来る前の…。」
「私達は、変わったんじゃなくって、離れてしまっただけだったの。別に、変わったわけじゃなかった。離れてしまった事でお互いが変わったように感じたのよ。」
遠乃はいくぶん声を和らげていった。
「そうね。あいつらと私達は、離れたかもしれないわね。確かに、遙の言うとおりよ。」
遙はほっとした。遠乃が怒るのではないかと思っていたからだ。
「あのね、遠乃。」
「なーに?」
「海斗が言ってたの。ダイは、ショウの事、心の底から信じてる。だから俺も向平の事、信じてみる事にしたんだって。だからさ、私達も信じてみようよ。ダイのこと。」
「そうね。」
遠乃がふっと笑った。
「信じてみようか。遙。私達の仲間を!」
「うん!」
遙は大きくういた。
次の日は、休みだった。遙は海斗の家に行くわけにも行かず、家でボーっとしていた。
信じて待つ、とはいったもののすごく心配だ。
「帰ってきてね。みんな、ショウも、ダイも、向平も。戻ってきて…。」
みんなの顔が脳裏をよぎる。今、どこにいるんだろう。
「ショウ…!」
… ショウ …
「ん?」
ショウは目を覚ました。目の前には<ハルカ>のお墓。どのくらい眠ってたんだろう。
ショウは立ち上がった。何かを忘れている気がする。
… ショウ! …
「ハルカ?…遙…。」
思い出した。戻らなくてはいけない。
「ダイ。向平。遙。悪かった。すぐ戻るよ…。」
ショウはゆっくりと歩き出した。2000年に戻るため。向平とダイに謝るため…。
その時ダイは海斗と共に信哉の家にいた。
「ミュウ。どこでなにをさせる気だ?」
「どこへも行かない。しいて言うなれば…コンピュータの中だ。」
「コンピューターの?」
「私はこの時代に潜入していた13年間の間に、人間の細胞を情報化するプログラムを開発した。お前には、私の作ったゲームの中に入ってもらう。もちろん、ゲーム内で超能力を使う事は可能だ。」
「わかった。ゲームのクリアが俺の勝利条件だな。」
「そうだ。ただし、ゲーム内に入るわけだから、受けた衝撃やショックは本物だ。また、海斗…お前は、外で操作をしなくてはならない。」
「…?」
「ゲームの中にはいくつかのパズルのピースが隠されている。そのピースを組み立てる事が向平のいる部屋への鍵となる。時間制限有だ。あまりのんびりとはしていられない。」
「分かった。」
ダイは軽く返事をして、ミュウの指示した台の上へと上った。
「がんばれよ、海斗。」
「ああ。」
「Good luck!」
ダイの姿が消えた。海斗はコンピューターに向かうと、ヘッドホンをつけた。ダイの声が聞こえてくる。
「海斗?聞こえるか?」
「ああ!ばっちり!」
「じゃ、進むぞ。」
ゲームの中のダイは一歩ずつ歩き始めた。
ショウはおおくすの前に戻っていた。もう一度過去へ戻りたい。ダイや、遙や、海斗、向平、遠乃、信哉のもとに…。
「ダイ…。悪かった…。」
ショウは2343年のおおくすの前から2000年のおおくすの前までテレポートした。
… ダイ 悪かった ごめん …
「ショウ?」
ゲームのなかにいたダイの耳にショウのテレパシーが届いたのは、ダイが二つ目のピースを見つけ出した時だった。
「残りのピースはあと8つ!時間内に見つけられるか?」
「もちろん!」
海斗の耳に元気なダイの声が響いた。
「ダイ。さっきの…ショウの声が聞こえたのか?」
「ああ。もうすぐ戻ってくるだろう。その前に終わらせるぞ。」
「O.K.」
海斗はさっきよりずっとダイの声が元気なのに気付いた。
「もうすぐ向平も戻ってくるぞ!」
「ああ。頼むぞ、ダイ!」
「ただい…ま。」
退屈していた遙の耳に、聞き覚えのある声が飛び込んできた。
「ショウ?!」
慌てて階段を駆け降りる。
「おす、遙。」
「ショウ!」
「あの…悪かったよ。勝手に帰ったりして。ほんと、ごめん!」
ショウがぺこっと頭を下げた。遙は嬉しくなった。
「あれ?遙?何で泣いてんだ?俺、悪いことしたか?したけど。」
「違うよお!嬉しいの。ショウが帰ってきてくれたから…。」
「何だ。よかった。」
ショウは部屋に上がり込むと、さっそく聞いた。
「でさ。どうなった?」
「あっ!それが…。」
遙はBLACK・Dの幹部が信哉の母だった事、向平が捕らえられている事、ダイと海斗がその救出に向かった事を話した。
「なに?!じゃ、ダイと海斗は2人で幹部のとこへ行ったのか?!」
「多分…。」
「あほ!早く言え!今すぐ行くぞ!」
「え?どこに?」
「信哉の家以外、どこがあるんだよ!」
ショウの瞳が怒りをはらんだ。
「でも、ダイは、来なくていいって…。」
「ダイが言ってたからどうだっていうんだ!俺は俺のやりたい事をやる!あいつに指図されない!」
「え…。でも、信じて待ってれば…。」
「待ってるなんてこと俺には出来ね―よ!助けれる時に助けなきゃ、後悔するんだぞ!」
ショウの青い瞳が遙を見つめた。
そうだ。ショウは、そうなんだ。
「さ、行くぞ!」
「うん!」
二人は信哉の家に向かって駆け出した。もちろん遙は、遠乃の家に電話する事も忘れなかった。
ゲームはロールプレイング形式で、ゲームの世界の中央にある魔王のもとへ行かなければならなかった。ただし待っているのはお姫様ではなく、向平だが。
ダイは7個目のピースを手に入れるのに苦労していた。敵を倒し、その裏の扉を開けなくてはならない。
「ちっくしょう!」
いくら攻撃しても倒れることがない。ダイの体力も限界に近づいて来た。
「がんばれ!ダイ!」
海斗にはただ声援を送る事しか出来ない。
「くそっ。あ!そうだ!」
5つめのピースを手に入れた時村人にもらったビンの事を思い出した。たしか魔獣が召喚できるはずだ。
ビンを思い切り地面に叩き付けた。
「パーン!」
ビンの割れる音と共にダイを光が包んだ。シードラゴンの召喚。敵のボスキャラは耳をつんざくような悲鳴と共に砕け散った。ダイの勝利だ。
ダイはあらわれた扉に駆け寄った。
「どうやって開けるんだ?ん?」
ダイの目の前にボタンが現れた。ダイはすかさず押してみた。
「カチャッ」
何かの音がして、海斗が向かっているパソコンの画面に、二つのアイコンが現れた。その下には、文字が書いてある。
「どちらかが本物だ。正しい方を選んで、PLAYERに送信せよ?できねえよ!」
「海斗!俺が指示する。やってみてくれ!まず…。」
ダイが言いかけた時、部屋のドアがガチャっと開いた。
「ダイ!海斗!」
「ショウ?!」
ショウは海斗のパソコンに近づいた。
「どうなってんだ?!」
「向平を助けるためにゲームに勝たなくちゃいけないんだ!」
「そういうことか。で、ミュウは?」
「隣の部屋だ。このゲームの操作をしている。」
「ダイは?」
「ゲームの中だ。あ、今変わる。」
海斗はショウにヘッドホンを渡した。
「ダイ?」
「ああ、そうだ。ショウ、戻ってきたんだな。」
「悪かったよ、ダイ。ごめん。」
「…。」
ダイが微笑ったのが分かった。
「ところで、向平を助けるために、そのアイコンのうち一つを選んで欲しいんだ。正しい方を。」
「どっちか?」
「ああ。頼む。」
「海斗!ここに座れ!」
「ショウ、お前がやれ!俺はそこのコンピューターでパズルを組み立てる!」
「パズル…?」
「向平を助けるための鍵なんだ。」
「でも、お前がやってたのに…。俺が横入りするわけには…。」
「ばか、ダイのパートナーはお前しかいない。それに、お前がやった方がずっと速いだろう!」
「…分かった。今、集まっている6個のピースをそのコンピューターに送る。」
ショウはキーボードをたたき始めた。
「カタカタッ」
隣のコンピューターにパズルの画面があらわれる。
「頼んだぞ!」
ショウは2つのアイコンの解析を始めた。
「分かった、こっちだ!」
ショウがアイコンをダブルクリックした。
「ギイイ…」
ダイの目の前の扉が開いた。
「サンキュー、ショウ!」
ショウは7つめのパズルのピースを海斗のコンピューターに送った。
「ショウ、時間がない!」
「テレポートしろ!魔王の城らしいぞ!」
ショウが画面を見ながら言った。
「分かった。」
ダイの力が上がった。ショウが来たせいだ。ダイが映っている画面を見ながら、遙はそう思った。
「ショウ!この城の解析を頼む!向平がいるのは、どこだ?」
「ちょっと待ってくれ。」
ショウは画面を見ながらキーボードをたたき始めた。
「あ!ちくしょう!キーが足りねえ!」
ショウはそう叫ぶと、キーボードの裏のふたをひっぺがした。
「何やってんだ?!ショウ?!」
「ないもんはつくるしかねえだろ!遙!そこのあいてるキーボード、取ってくれ!」
「あ、うん!」
遙はパズルの組み立てをしている海斗の横にあったキーボードの線を外してショウに渡した。
「カチャカチャ…」
ショウはあっという間にキーボードを2つくっつけてしまった。
「…!」
あっけにとられる海斗と遠乃。
そんな海斗達には気付かないかのようにショウは二つのキーボードの上で手を躍らせる。
「ダイ、もう少しかかる。先にゲームを進めててくれ。」
しゃべっている時も手の動きは止まらない。
お前、本当にすごいよ。
海斗はつくづくそう思った。
「ショウ!海斗!残り5分だよ?!」
「ショウ、まだか?」
「もう少しだ。後少しで魔王が倒れる…。」
遙はダイが映る画面に目を移した。HP残り12。ダイは25。ぎりぎりだ。
「ダイ!」
ダイの超能力で、魔王は地面に叩き付けられた。K.O.(ノックアウト)。魔王のヒットポイントは0になった。
「ショウ!海斗!最後のピースだ!」
「海斗!組み立ては出来たか?!」
「ばっちり!後は最後のピースだけだ。」
「送るぞ。」
海斗のパソコンの画面上で、パズルが組みあがった。
「よし!ダイ、パズルを送る!」
「あと2分!」
遠乃が叫んだ。
「ショウ!向平はどこだ?!」
「真っ直ぐ行け!突き当たりの部屋だ!」
画面の中のダイが駆け出した。
「残り1分!」
画面の中のダイがパズルを扉のへこみにはめ込んだ。
突然画面が光りに包まれて、次の瞬間にはダイと向平が情報化の機械に戻っていた。
「ダイ!向平!」
ショウが真っ先に駆け寄った。
「ショ、ショウ…?」
向平が困惑している。
「海斗…遙…。何で…?何があったんだ?」
「向平、お前、ルイケア=ミュウに捕まってたんだぞ?」
「えっ?俺、信哉の母さんと…。」
「その信哉の母さんが、ミュウだったんだ。」
海斗が淡々としゃべる。
「向平。戻ってきたら、謝ろうと思ってたんだ。悪かった。ほんとに、ごめん。」
「別に、いいだろ。俺こそ、いつのまにかミュウに捕まってた。助けてくれて、ありがとう。」
「それこそ、別にいいよ。俺が助けたわけじゃねえし。」
久しぶりにショウが笑った。遙は心の底からほっとした。
「海斗。ありがとう。ゲームがクリアで来たの、お前のおかげだ。」
ダイが笑って手をさしのべた。
「違う、ダイのおかげだろ。ほんと、ありがとう。」
海斗がダイの手を握って握手した。
「なんかよく分かんねえけど、解決したのか?」
「ああ。だいたいな。」
海斗が向平に今までの事を話そうとした時だった。戸が開いて、ミュウが入ってきた。
「お前達の勝ちだ。私は約束通りGSPに捕まろう。」
「ああ。それより、信哉は…。」
どうする気だ…と聞こうとしたダイの言葉をショウの声がさえぎった。
「ハルカ…殺した…。」
「ハルカ?殺した?」
ダイがショウの方を振り向くと、ショウは今までにないような冷たい目をしていた。
黒い瞳も青い瞳も怒りをはらんでいて、大きな瞳でミュウをじっと睨み付けている。
「ショウ?どうしたんだ?」
「遙が殺されたって?どういう事?」
誰の声も聞こえていない。ミュウの方もたじろいだ。
「ショウ…?」
「お前、ハルカ、殺しただろ。覚えてるぞ。その顔。」
ショウのものとは思えないような低い声がした。
「おい、ショウ。ハルカを殺したって、どういう事だよ。聞いてんのか?ショウ?」
向平が声をかけるが、反応はない。
「パシンッ」
静電気のような音がした。遙は思わずぞくっとした。
ショウの髪が逆立った。大きな力が、膨れ上がっている。
「お前…ルイケア=ミュウっていうのか。」
「ショウ!」
ダイの声すらも届いていない。
ダイの表情に焦りの色が浮かんだ。
「…しまった。遙!遠乃!海斗!向平!急いでおおくすのところへ行って、ハヤトに会うんだ!」
ダイが切羽詰まった声で叫んだ。
「えっ?どうやって?」
「大丈夫だ。呼べば来る!それから、こう伝えるんだ。<ショウが暴走した>と。」
「ぼ、暴走?!」
「早く!俺が止めておくから!とにかく急いで!」
ダイの声に後をおされて、4人は駆け出した。部屋の壁が、天井が、近くの機械が、みしみしゆれている。
「本当に…急げよ。」
ダイはそうつぶやくと、ゆっくりと神経を集中させた。
ゲームの後だから、体力が完全とは言えないが、やるしかない。
「何だ?ショウ?お前…?」
「覚えてるか、お前は。ハルカの事…。」
「ハルカ…あっ!」
「思い出したか?」
「お、お前、あの時の…。」
「今度は俺がお前に…天罰を下してやるよ。」
ショウの目がいっそう鋭くなった時、ダイはかっと目を開いた。
「う…わあああ…!」
雷が落ちたようだった。ショウの周りを金色の光が包んだ。ダイのバリアでショウを囲んだのだ。
「いつまで…持つかな。」
ダイは小さくそうつぶやいた。
「ハヤト!お願い!すぐ来て…!」
ハルカはおおくすに向かって叫んだ。
次の瞬間、一人の青年が立っていた。
「あ、<ハルカ>か。どうしたんだ?」
「ハヤトさん!大変なんです!ショウが!すごく怒ってて…。」
「ミュウとゲームで対決して…。」
「何かミュウの顔見たら、突然ショウが…。」
「一人だけしゃべれよ!わけ分かんねえ!」
「暴走した。」
「?!」
海斗が冷静に言った。
「ダイからの伝言です。<ショウが暴走した>。以上です。」
「暴走?!」
ハヤトの顔色が、一瞬にして豹変した。
「何だって?!で、ダイは?!」
「止めてるからとかなんとか…。」
「あのばか野郎…。」
ハヤトは舌打ちすると、姿を消した。…と思ったら、すぐに戻って来た。
「リュートはもうすぐ来る。ダイの体力が心配だ。先に行こう!」
「分かった、案内する。」
海斗は駆け出した。
ハヤトは走りながら説明しはじめた。
「なぜかは分からないんだが…。ショウは、何かきっかけがあると力の歯止めが利かなくなって…暴走する。力のセーブが一切きかなくなるんだ。」
「!じゃあ、どう、やったら、とま…る?」
「無理にしゃべるな。苦しいだけだ。…止められるのは、リュートしかいない。リュートは、人の心の中に入る事が出来るんだ。」
「人の…心…?」
海斗が息を切らしながら言った。
そういえば、ハヤトは全力で走って、しかもしゃべりながらなのに、一つも息を切らしていない。
「ハヤト!」
後ろから誰か駆けてきた。
「リュート!すまん、ハルカ、トオノ、先に行く!すぐに追いついてくれ!」
ハヤトはそう言うと、リュートと共にものすごいスピードで駆け抜けていった。
「う…あ…。」
ショウはバリアの中で苦しんでいる。
本当に、ごめん。ショウ、苦しいだろうけど我慢してくれ…。
「ダイ、お前…。」
ミュウはどうしようもなく突っ立っている。
「ミュウ…とにかく、ここから離れろ。もう…やばい…。」
ダイの体力が限界に近づいた。だが、もしバリアをとけばショウの力が一気に爆発してしまう。
ショウとダイの力が反発して、火花が散った。
「ダイ!」
そこへ、ハヤトとリュートが駆けつけた。
「おせーよ。」
ダイはバリアを支えるので精いっぱいだ。リュートとハヤトがショウの左右に付いた。
「は!」
ハヤトの一喝で、部屋の空気がびりびり震えた。ダイのバリアは消し飛んだ。同時にショウはその場に崩れ落ちた。
ダイもどっと倒れ込む。
「ダイ!」
4人が駆け寄った。
倒れ込んだショウには、リュートがかけよる。
「頼むぞ、リュート…。」
リュートはハヤトの声にこっくりとうなづいて、ショウの手を取った。と、リュートまでもが倒れてしまった。
「リュート!」
慌ててかけよろうとした向平に、ハヤトが言った。
「大丈夫だ。ショウの心の中へ行っただけだ。それより、ダイは?」
「眠ってるだけみたいです。」
「そうか。よかった。」
ダイのまぶたは固く閉じられていたが、呼吸は穏やかだった。
「ふー。リュートが行ったなら、これで一安心。」
「ねえ、ハヤトさん。説明してくださいよ。リュートさんは、どうしたんですか?」
「うーん…。ショウの心の中に行った…が一番近い表現だろう。テレパシーより、もっと強く心の中に呼びかけていると思ってくれ。リュートは、ショウの理性に呼びかけているんだ。」
「そうか。」
海斗は理解したようだったが、向平は分かっていない。ハテナマークをいっぱい飛ばしている。
「う…。」
その時リュートが頭を押さえて起き上がった。
「リュート、ごくろうさん。」
「…。すまん、ハヤト…。」
「え?」
リュートが苦笑いしながら顔を上げた。
「止めらんなかった。」
「なにぃー?!」
ショウの瞳がバッと開かれた。
「!」
「バシーン」
「うわっ。」
ショウの近くにいたリュートとハヤトが跳ね飛ばされた。反対側の壁にぶち当たる。
「リュート!ハヤト!」
「ちっくしょう!どうすりゃいいんだよ、リュート!」
「俺に聞くなよ!」
二人はさっと立ち上がった。ショウは上体をおこしてこっちをみている。
ショウの瞳とは思えない。何も考えていない、何の感情もない色だ。
「ショ、ショウ…?」
遙が声をかけても、何の反応も示さない。
「そこの!とにかく、ハルカとトオノを連れて逃げるんだ!」
「お、俺?」
「ああ、そうだ。おおくすのところにでもいてくれ。早く!」
ハヤトが叫んだ。
「ダイは?」
「ここに…残る。」
ダイが遙の腕の中で目を開けた。
「ダイ!大丈夫?」
「早く行け。ここは何とかする。海斗、向平、急げ!遙や遠乃まで巻き添えにしたいのか?!」
「わ、わかった。遙!遠乃!いくぞ!」
海斗と向平は二人の手を引いて、部屋を抜け出した。
遙はどうしても逃げる気になれない。手を引いて走る海斗に向かって叫んだ。
「海斗!戻ろうよ!」
「ばか!俺達がいた方がじゃまなんだ!」
いつもは冷静で穏やかな海斗が遙を怒鳴りつけた。
「分からないのか?俺達がいたら守らなくてはいけないやつが増えるだけだ!」
「…でも…。」
「ばかやろう!」
とうとう海斗は立ち止まった。
「さっきのゲームでも分かったろう?ショウは、ものすごい力を持っている。ダイもだ。ハヤトも、リュートも、みんな<能力>を持っているんだ。俺達とは、住む世界が違うんだよ!俺には、正しいアイコンを選択する事も、城の中を解析する事も出来ない。でも、あいつなら…ショウなら出来るんだ!あいつだったら一瞬でキーボードを改造する事も、向平の居場所を探し出す事も、どうって事ないんだ。俺達には無い物を、あいつらは持ってるんだよ!」
海斗の瞳に少しだけ涙がにじんだ。
海斗も、悔しいんだ。自分が何の役にも立てない事が。昨日の私と同じだ。でも、今は…。
「海斗。私もそう思うよ。」
遙の言葉に、海斗は少し驚いたようだった。遠乃と向平も二人が止まったのを見てかけ戻ってきた。
「でもね、ショウは言ったの。<助けられる時に助けなきゃ、後悔するんだぞ>って。だから、私は、今出来る事を精いっぱいやりたいの。海斗もさっき、パズルを解いたでしょう?絶対役に立ってる。それに、ショウだってダイだって、行っても怒らないはずよ。私達が邪魔なら、最初から任務をくれたりしないでしょう?」
「遙…。」
「それに、ショウは<ハルカが殺された>っていってるの。それが私なのか他の誰かなのかは分からないけど、やっぱり、行かなくちゃいけない気がする。」
遙は正直怖かった。さっきのショウは、何の力も持たない遙にさえ、ものすごい力だと感じ取る事が出来たくらいだ。それに、リュートとハヤトを部屋の端まで軽くふっ飛ばすぐらい…。
「私は、行ってくるよ。ショウの言葉を、信じたいから…。」
そう言って遙は身を翻した。
「待てよ。」
海斗が遙を止めた。
「海斗の言うとおり。待てよ。」
向平も言った。
「俺達も行く。」
「えっ?」
「そんな不思議そうな顔すんなよ。当たり前だろ。遙一人じゃ行かせねえよ。」
遠乃も笑っている。
「ほら、行くんだろ?」
海斗がトン、と背中を押した。遙はものすごく嬉しくなった。
「策無しって事。」
「早い話がそう。」
「全く…。」
ダイは舌打ちした。どうやったらショウは戻ってくるんだ?!
「邪魔だ。どけ。」
立ち上がったショウは、ミュウの前に立ちはだかるハヤトを睨み付けた。
「だめだ。お前が人を傷つける事は許さない。」
「だったらお前も…。」
ショウの指がハヤトに向けられた。
「ショウ!やめろ!」
「やめろだと?なぜお前が命令する?」
止めようとしたダイを衝撃波が襲った。ショウが放ったのだ。
「う…。」
「ダイ!」
膝をつくダイ。
「邪魔するな。俺の目的はあいつを倒す事だけだ。」
部屋にいた3人に重い圧力がかかった。
「ダン!」
「ぐっ。」
3人とも部屋の壁に叩き付けられる。
「ミシミシ…」
壁が崩れそうだ。3人とも、必死で重圧に耐えている。
「あ…。」
部屋の中心にいたショウは気付いた。
「あいつ…いない。」
ミュウはすでに部屋を出ていた。部屋の中の圧力はすでに天井を破壊し出している。
その時、突然部屋の戸が開いた。
ショウが反応した。
「ギシッ ミシッ」
「ハル…カ…?」
そこに現れたのは、まだ10歳にも満たない少女だった。
「ショウ?何で怒ってるの?」
「ハルカ…生きて…た…。」
「怒らないで。私はいつも、ショウのとなり…に…。」
その少女がショウに手を差し伸べた時、少女の面影は消え去っていた。
「ハルカ…?どこ行ったんだ?ハルカぁ…。」
ショウはぽろぽろ涙をこぼしながら何かを探すように床をなでた。
ダイ達には何が起こったか分からない。ただ、ショウの力から開放されたのは事実だ。
「ショウ…。」
ダイは足を引きずりながらショウのもとへ行った。
「ショウ。」
「ハルカ?」
ダイが呼ぶと、ショウは顔を上げた。目にいっぱい涙を溜めている。
「ショウ。俺は、ハルカじゃない。ダイだ。戻ってこい、ショウ。」
「ダ…イ…?」
「もうそろそろ目、覚ませよ。」
ショウの瞳はうつろだ。ダイは首にかかっている銀色のペンダントに気付いた。恐ろしいような鈍い光を放っている。
「ブチッ」
ダイはそのペンダントの鎖を引き千切った。ショウの目の焦点が少しづつ合い始める。
「ショウ。」
ダイはもう一度呼びかけた。
ショウは今度こそはっきりとダイを見た。
「ダイ?」
「ああ。」
いつものショウの瞳に戻った。よかった。
ダイは後ろのハヤトとリュートに向かってVサイン。
「やれやれ。」
2人も立ち上がった。
「これで任務終了…か。」
「お疲れ様です。」
ドアの向こうから海斗達が現れた。
「海斗!遙!向平!遠乃!それに…信哉?!」
「本当に大変だったね。」
遙たちは、今起こった事の説明をした。
やっぱり戻ってしまった事。戻る途中で信哉に会った事。ミュウの機械で<ハルカ>のホログラムを出してもらった事…。
「ホログラム…?」
「そう。信哉のお母さんの記憶からハルカのホログラムを作ったの。きっとショウをとめられるのは、ハルカだけだと思ったから…。」
遙は照れくさそうに笑った。
「そうだったのか。ありがとう。」
「ほんと、今回は<ハルカ>たちに助けられたな。」
「どっちのハルカ?」
「どっちもだ。」
ハヤトとリュートはそういって立ち上がった。
「ダイとショウにボスからの伝言。<ルイケア=ミュウを捕まえたことにたいしての褒美として休暇を与える>だそうだ。ゆっくりしていきな!」
ハヤトは去り際にそう言い残すと、ミュウを連れて出ていった。
「シンヤ…だったか?」
「あ、はい。」
「君はどうする?未来人として籍を取る事も出来るが…。」
「あ…。もう少し、考えさせてください。それまでは、ここにいます。」
「わかった。そう伝える。」
リュートも出ていった。
「さあ、片づけるか。」
リュートを見送った後、ショウが言った。
「お前一人でやれよ!お前が散らかしたんだぞ!」
「う、うるせーっ。あん時は頭ん中がぐちゃぐちゃだったんだよ!」
「とにかく、俺はまだこの家に住む気でいるんだからちゃんと片づけろ!ついでに屋根と天井の修理もな。」
信哉がショウに向かって言う。
「げーっ。ひでーっ。」
「休暇なんだろ?」
「うーっ。」
ショウはしぶしぶ片づけを始めた。
6人は外へ出た。
「うわ、晴れてる!」
「気付かなかったなあ…。」
「そう言えば、昼飯もまだだぜ。」
「あ、私、作ろうか?」
「あ、私も!」
「さすが女の子。よし、信哉の家に戻るぞ!」
「はーい。」
6人はそろって家の中へと戻る。
久しぶりに7人ともそろった…。遙は嬉しくて仕方がない。
「あれ?何で戻ってきたんだよお。手伝ってくれんのか?」
「ちがう。ご飯食べるの。」
「あーっ!俺も、俺も!」
「だめ。ショウは屋根の修理が終わるまで、おあずけ!」
「ひでーっ。」
「自業自得。」
向平がショウに向かって舌を出す。
「向平!このやろ、殴られてーのか!」
「まあ、まあ。」
なだめる遠乃の声も、ぶつくさ言いながらも修理に向かうショウの後ろ姿も、何もかもが懐かしい。
「Good luck!」
ショウのうしろ姿に、ぴっとサインを送った。
それから1週間、ダイとショウとのあわただしい日々はあっという間に過ぎていった。
そして今日はダイとショウが帰る日。1年生でレギュラーになった向平の初試合。
「俺、野球のルール知らねえんだよ。」
とぶつくさいいながらも、ショウは試合に来ていた。
「かっとばせーっ、こ・う・へ・い!」
向平の初打席。思いっきり空振り。
「ストライーク!」
「ばーか!」
ショウのやじが飛ぶ。
「くっそお…。」
向平は一瞬ショウを睨むと、またピッチャーに集中した。
いつのまにか来ていたダイが、ショウの肩をたたく。
「行くぞ。」
「ああ。」
ショウがその場を離れようとしたその時だった。
「カキーン」
「おおっ。」
観客からざわめきが起こった。
ショウはふっと笑うと、思い切り叫んだ。
「がんばれよ!向平!」
その言葉を最後に、2人は未来へ帰っていった。
「二人とも、帰っちゃったね。」
「うん。あ、そう言えば…。」
遙はショウが残していった手紙を思い出した。
「なんか、ショウの部屋に残してあったんだけど…。」
遙は手紙を開いた。そこには大きな字で、こう書いてあった。
<すぐ戻る。Good luck、遙! ショウ>
「何かショウらしいね。」
「まあね。」
遙はその文面を何度も読みかえした。
すぐまた会えるよね、ショウ!