3羽
「シュロ!」
「カ、カメリアぁ!」
今にも魂をどこかに飛ばしそうな私に声をかけた彼女は
同じメイド仲間であり同期のカメリア・ウィンター。
準備に出られないと伝えたうちの一人でもある。
「聞いたわよ!あのフレイモア様の看病だなんて!
そう言ってくれればいいのに、すごいじゃないのー」
「誰も好きで受けてないわよこんな過酷なお役目!ううっ」
「まあ、まさかいきなりほぼ初対面の
しかも軍の隊長をお世話をするんだもんね…あんたみたいな小心者じゃなくても辛いわ」
「代わっ「ああ!早く給仕に戻らないと」 ぐすっ」
「ごめんごめん。でもそれは、あんたの仕事。
というか、こんな所にいていいの?」
「それなんだけどね…」
悩みの原因を話すと、彼女はうーんとつぶやいて、指を鳴らした。
「メイド棟の台所なら、空いてるんじゃない?」
「え、メイド棟の?」
「そうよ」
私たちメイドは基本寝泊りをメイド棟と呼ばれる建物でしていて、
夜食や個人の趣味でお菓子なんかを作ったり、お湯を沸かしたりできるように、
簡単ながら台所が用意されてあって、
調理道具や材料なんかは、皆でお金を出し合って買い置きしてある。
「なんでメイド棟?」
「病人食っていうなら軽めのリゾットみたいなものでいいでしょ?
それくらいなら、あそこで十分作れるじゃなーい!」
カメリアったら!それってすごく名案!…と言いたいんだけど、
「それって私が作る流れなの?」
「あんた以外に誰がいるのよ」
ふぁ?
「いいじゃないの、私あんたの作るリゾット、とってもおいしいと思うし
食べたことのある人はみんな大絶賛じゃない」
「えへへ、ありがとうっじゃなくて!いや、ありがとうなのは違いないんだけど!
それとこれとは話が」
「だってもう、それしか道はないわよ?それともあの厨房に乗り込む?」
「それは無理だって断言できる。でも!」
「私ももう戻らなきゃだし、あんたの方だって、あんまりフレイモア様を
お待たせするわけにもいかないんじゃないの?」
「そ、そうだった…」
「材料はだいたい、メイド共同ので足りると思うけど、何か他に欲しい?
それくらいなら手伝ってあげられるかも」
「」
「シュロ?」
「卵と、鶏肉」
…クスッ
「………。」
「ああもうごめんって!じゃあもらってくるから。
大丈夫、私、あんたのリゾットのなかであれが一番好きよ。
シュロのたまごリゾット」
その後すぐにカメリアは卵と鶏肉、それと、
これはあんたが食べな、と言いながらサンドウィッチをもらってきてくれた。
メイドやその他慌ただしい人に対して出されている、本日のまかないだそうだ。
こういうことをさらっとしてくるから憎めない。
しょうがない、それよりも急いで作らないと時間が!
はしたないとは思いつつも、サンドウィッチを咥えつつ料理を始める。
なぜか人から美味しいと褒められるけど、それは大した手順もない、
いたってシンプルな家庭料理。
あ、いいこと思いついちゃった!
「わざわざ言わなきゃ、誰が作ったかなんて分からないよね、これ」
もう私ったら!それってすごく名案!よね!
出来たリゾットを味見して、念のために人間が食べれるものだと確認。
深皿とスプーンと、小ぶりのお玉と、あー、リゾットはこのままお鍋ごと運ぼう。
ここにはそんな立派な容器なんてないし、変に移し替えて冷めてもあれだし。
それらを一まとめにバスケットに入れて、
「我ながら完璧すぎね」
惚れ惚れしちゃう、なんて考えながらすこし小走りでお部屋に向かう。
途中でわりといろんな軍の方をすれ違ったけれど
皆さんが口をそろえて「お疲れ様」とにこやかに労わってくださったのは
先生がフレイモア様のことをお伝えしたから?
情報が回るのが早いですね。
変な誤解や疑いをかけられなくてとっても助かりました。
「シュロでございます。夕餉を持って参りました」
「ああ、入ってくれ」
「失礼いたします」
「遅くなり申し訳ございません…リゾットをご用意いたしました」
「リゾットか。ありがとう、久しぶりに食うな。」
お部屋にはほのかに明かりが灯されていました。
あたたかな色に照らされているフレイモア様のお顔は
…相変わらず、怖いです、はい。
「君はちゃんと食ってきたか?」
「はい。ありがとうございます」
声だけ聞けば、なかなかにお優しい方なんだとは分かるんですけどね?
お鍋からリゾットをよそって、こちらになります、と差し出せば
瞬く間に無くなるお皿の中のリゾット。
良い食いっぷりです。食いっぷりというより、吸い込みっぷり?
「美味い!」
「それはなによりです。もう一杯召し上がられますか?」
「一杯と言わず、その鍋三杯はいけるな」
こんなにうれしい反応をされると、作り手としては
ついつい笑みがこぼれてしまいます。
「まあ!ふふっ」
「なあ」 「はいっ」
「明日の朝も、これを作ってもらいたいんだが」
頼んでもいいだろうか、なんて声がその後聞こえましたが
思わず、受け取ったお皿を落としそうになりました。
どうして。思わず言葉が出てしまう。
「えっなっなんっで!?」
「ん?」
「私、私が作ったなんて一言も…」
束の間、沈黙と冷や汗が流れたかと思うと、
今度はいきなりフレイモア様が笑い出された。
何が起きてる?
「え?え?」
「ははっ…はあ、すまん、カマをかけた」
「カマ?え?…んんっ?」
「なんだ、気が付いていないか。
もし君が作っていないのなら、さっきの質問にはこう答えるはずだ
『ではこれを作った者に伝える』と」
「…ああ、」
「ただな、城の厨房に頼んだとして、鍋ごと出されるとは思えんし
少なくともこんな家で使うような鍋は置いてないだろう?」
そう言われて、私はリゾットの入ったお鍋をちらっと見る。
確かにこれは、私たちメイドがお金を出し合って買ったもので
なんの変哲もない、そこらのお店で普通に買えるような家庭用品だ。
しかも結構ファンシーな柄だし。
「おまけに、今晩は戦勝を祝う宴だ。
人手がいくらあっても足りないあの状況で、
わざわざ違うものを作るなんざ、そうそうしてもらえることじゃねえ。
そうなると…だいたい予想はつく」
完っ敗。
隊長、あなたのその頭の回転の速さに乾杯です。
つまり私はずっと、自分のお墓を掘っていたというわけですか。
「それ、くれねえのか?」
「あの…」
「せっかく戦から帰ってきたんだ。熱い飯は熱いうちに食わせてくれよ」
驚いた私は、右手にお皿、左手にお玉をそれぞれ握りしめていて、
この間フレイモア様はずっとこちらにお顔を向けたまま。
この場を切り抜けるにはリゾットを出すしか無い。
そのあとしばらく私は、リゾットを一瞬で吸い込むフレイモア様と
バケツリレーならぬお皿リレーで戦うしか無かったのでした…
「申し訳ありません。これで最後になります」
「なんだ、もう無いのか」
「ひぇ」
「まあ、明日の朝も食わせてくれればそれでいい。もう少し多めにな」
「え」
「後からにはなるが、材料費は払うぞ?
これってあれだろ、メイド共同のってやつ」
「よ、よく、ご存じでございますね」
「情報は軍の大事な命だからな」
「さようで…」
で、どうなんだと言わんばかりにこちらを見るフレイモア様。
もうだめだ、相手は戦いのプロ。最初から私に退路は存在しない。
怖いからこっち見ないでください…
「鶏肉は、手に入るか分かりませんが。
…それでもよろしいのであれば」
「そうか!」
チキンメイドシュロ。
Noと言える人になりたい。
でもやっぱり、怖いから無理。