2羽
お部屋に向かう前に、お湯と手ぬぐいを用意して
メイド長にはどうやら先生が話をつけてくださったようなので
同僚のメイド数名に、宴の準備に出られないことを話して
いざ参らん、我が戦場へ!うっ!胃が悲鳴をあげる…
コンコン
「失礼いたします。お医者様をお連れいたしました」
かすかに「入れ」と聞こえたのでドアを開けます。
あ、また名前見るの忘れちゃってた。
「ほぉ珍しいこともあるもんじゃ、お前さんが寝込むとは。
さて、いっちょ診察を始めるとするかの」
先生はこちらの方と面識があったようです。
この城で長年医師長を務めているだけのことはありますね。
てきぱきと診察を終え、先生が下した結果は
「過労で熱が出たようじゃな。要は風邪じゃ。
お前さん、どうせロクに寝もせんと働き詰めじゃったのだろう?
大事をとって、明日は休養をとるように。
軍の方にはそのように伝えておこう」
そりゃ、戦場で戦って、そのあとは戦後の処理もされていて、
軍のほとんどの方は先日ようやくお帰りになったのだ。
しかもこの方、その上で寝てないって…。
ですが、厄介な病気でもなくただの風邪だと分かって、私もほっとしました。
ほっとはしましたけど、一方で背筋がひんやりしてくる。
そうだ、私は、ここに一晩いなくてはならない。
「ベルギアや、ワシは医務室に戻らなければならぬ。
助手の皆も出払っていてな、このシュロに世話を頼んでおる。
何かあれば彼女を頼るといい」
「ご足労頂きありがとうございました。
君も、世話になりっぱなしですまない。
そういえば名を言っていなかったな。ベルギア・フレイモアだ。
悪いが、よろしく頼む」
「とんでもございません。
こちらこそ、誠心誠意お世話させていただきます。…ん?」
「つかぬことをお聞きしますが」
「ん?」
「フレイモア様というと、あの…一番隊の隊長様でいらっしゃる?」
「おう。そうだが?」
「シュロや、お前さん、何をそんなに驚いておるんじゃ?
扉の名札にもそう書いてあったであろう」
うっわーまじかー
な ん と い う こ と で し ょ う
「いえ、あの、お名前と武勇は大変よく耳にしておりましたが、
その、お顔のほうは存じ上げておりませんで…
それで、その、私、扉の名札を見ずにこちらへやって来てしまいまして…」
そんなすごい方のお世話をするとか、いやいやいや、あとお顔怖いし
耐えろ、耐えろ涙腺!お願い!頑張って!!もうやだぁ泣きそう…
こんなことになるとはさすがに考えてなかった…
「ベルギア、お前さんもたまには表に顔を出さんか。
そんなんじゃから今のように名前だけが一人歩きしてしまうんじゃ」
「俺はああいった華やかな場が苦手なんですよ。そんな柄でないし。
第一、俺の仕事はそういった場を守ることであって」
「分かった分かった。昔からそういうところは変わらんの。
もういいから、ほれ、病人はもう寝ろ」
「…はい」
1番隊隊長でいらっしゃるフレイモア様は、滅多なことでは
表舞台に出ないことで有名だ。
おかげで、先生の言う通り名前だけが人々に知れ渡っていって、
そのお顔を知っている一般人はかなり少ない。私も今まで知らなかった。
うん、知ろうとも思わなかったしね。
でも…ここまでの強面だとは誰が思おうか。
「それではシュロや、こやつを頼んだぞ」
そういって先生は私にいくつか薬を渡して部屋を後にしていった。
唯一助かったことといえば、フレイモア様のお着替えは
先生がお世話してくださったこと。
そこ!もったいないなんて言わない!
あんな強面の方と至近距離で、しかも裸を見るなんて!!
いろんな意味で私には無理でしたから、先生には感謝です。
でも、私を世話役に命じたのは絶対に許しません。絶対に。
こんな強面の方と一晩過ごすなんて、考えただけでも泣きそうです。
しかし、先ほどあんな会話をしておきながら
やっぱり帰るなどと、あまりにも恐ろしくて口に出せません。
ここは腹を括ることにいたしましょう。
「改めまして、シュロ・グリュンと申します。
明日までの短い間ではございますが、よろしくお願いいたします」
人に見られては寝にくいだろう。というのを言い訳に、
ベッドから離れようとしたところで
「なあ」
話しかけられました。
ビクっと肩が跳ねたのを見られていないか、すこし不安になります。
「いかがされました?」
「いや、すまんな…まさかここまで迷惑をかけさせて」
さっきとは違う意味で驚きました。
もしかしたら、これは私の見間違いかもしれませんが、
フレイモア様のお顔が少しだけ、申し訳なさそうに微笑んでいました。
「いいえ。
夕餉の際には声をお掛けしますので、どうぞ、今はお休みくださいませ」
「ああ」
そっとベッドから距離を取って、ふと窓の外を見れば
深い紫色の空に星が瞬くのが目に留まる。
そういえばそろそろ宴が始まる時間だったとなと思い出しながら、
部屋を出る訳もいかず手持ち無沙汰な私は
ぼんやりと、星を眺めていました。
◇
星空の旅行を満喫して、気付けばそろそろ夕餉の時間。
視線を感じてふとフレイモア様を見ると、こちらをじっと見ています。
今回はお部屋が暗かったのが幸いして、そこまでひどく驚くことはありませんでした。
普通は逆なんでしょうけど、私にとっては
フレイモア様のお顔が見えない方がよっぽど安心です。
「お目覚めでしたか」
「…久しぶりに、ゆっくり眠りにつけた」
「それはようございました。
もし食欲がおありでしたら、夕餉を用意いたしますが?」
「そうだな…頼んでもいいか?」
「かしこまりました。」
相変わらずお顔は見えませんが、それでもそのお声から
だいぶよくなられたのが分かります。
それにしても、ゆっくり眠ったといってもほんの1、2時間程度です。
どれだけまともに眠っていなかったんだこの方は…
「それでは、1度失礼いたします」
ふぃー、やっとこの空間から逃げられる…
戦いはこれからが本番だけど。
「ああ、そうだ」
「?」
「君が自分の飯を食ってから、
俺の飯はそれから持って来てくれればいい」
そういえば、自分のご飯なんて頭から抜けてました。
というよりもこの方…流石としか言えません。
なんですかこの絶妙な気の配り方!
なるほど、確かにこれは人の上に立つに相応しい人物ですね。
「お気遣いいただきありがとうございます。
では、お言葉に甘えてお先に頂いてきます」
「ああ、気にしないでくれ。ゆっくりでいいからな」
お顔に似合わず優しいのですね、とも言えず
そそくさと部屋を後にしました。
そして私は、また一つ失態を犯してしまった。
「ソテーが切れそうです!」
「すみません!フルーツ盛り3つ!急ぎでお願いします!」
「パスタ、茹で上がりました!ソースできましたか!?」
「おーい、ドリンクは上の棚から持っていってくれ!」
そうだ、なぜこんな常識を私は忘れていた。
宴とは、厨房と給仕の戦争と読む。
普段ならともかくこの様子じゃあ、
何か作ってくれなんて言ったら瞬間に、間違いなく私が料理の具材にされてしまう。
なんたって私チキンだもんね、あはは、おもしろーい…
困った…。
チキンメイドシュロ。
決して私は食用鶏ではありません。
ずっと鳥肌立ちっぱなしだけど!違うんだってば!