1羽
改めまして、こんにちは。シュロです。
容姿も頭脳も家柄も、皆等しく平々々凡々々。
『並』という言葉に、これ以上ない親近感を抱く、
人の何分の一も満たない小さい肝を持った
しがない一人のメイドでございます。
何でも、先ほど案内したあの旅の方々は、国の大預言者様曰く
『国に幸せを運んでくる』とかなんとか。
最近は戦もあったばかりで、国中がピリっとしてましたし、
そういう良い預言が出るのは喜ばしいんですよ。
どうして、その方々の城中案内という大役を、
私が命じられなきゃいけないんですかメイド長!ならびに諸々の上司の皆さま!
それも預言?信じたくないんですけども…
いやはや、なんとか無事に仕事を果たすことができました。
徹夜してセリフを考えた甲斐がありましたけど、
緊張で心臓が止まるかとヒヤヒヤしっぱなしですよまったくもう!
私のチキンさを甘く見ないでください!
上手く品のいいメイドを演じれたかしら…
それにしても、旅の方のおっしゃる「護衛」の方とは、
本当に一体どなただったのでしょう…
私は絶対に関わりたくありませんね。
というか、幸せを運んで来て下さる方々をあそこまで怯えさせて
大丈夫なんですか?
軍の方々にはいつも平和を守っていただいていますし、
直接関わることさえなければ本当に感謝してもしきれない存在であることには間違いないんですけどね。
先の戦も、規模は小さいとは聞いていましたけど、一般人にとっては
規模の大小に関係なく戦とは恐ろしいものです…
軍の方々がお帰りになられて、ようやく不安を抱えることなく
穏やかに日々を過ごせるようになったんですから
何はともあれ、今日の宴の準備は気合を入れていかなきゃ!
フンス!と気合とともに鼻息を吐いたところで、
廊下を歩いている私の目の前に、誰かが苦しそうに壁に寄りかかっている、
あれは、あの方は…
一介のメイドでも、そのが軍の方だということは流石に分かります。
いや、雰囲気とかではなく服装だとかそういう物理的な理由でですよ?
いてもたってもいられずに私は駆け寄りました。
基本肝は小さい私ですが、そんなことは今は気にしていられません。
見るからに弱っている人に怖いなんていってる場合ではないです。
いえ、少し嘘をつきました。怖いことに変わりはありません。
「もし、大丈夫でございますか?」
そう言いながら彼に駆け寄った私は、少々泣きそうになってしまいました。
「・・・いや、問題ない」
そう言った彼のお方の顔が酷く怒っているように見えたからです。
ですがここは引けません!
赤い顔に粗い呼吸、誰が見ても病人のそれです。
恐怖心よりも、わたしのおせっかい心が若干強くなりました。
「いけません!お辛いのでしょう?さあ、医務室…
こちらだと兵舎の方が近いですね。お部屋へ行きましょう。
お医者様を呼んで参ります」
「・・・・・・。」
「もしや、動けないほどお辛いので?大変、すぐにこちらにお医者様を」
「大丈夫だ。まだ、歩ける」
そう言ってこの方は歩き出したので
その背中を支えるようにしながら、私もゆっくりと歩きました。
「ここだ」
入口にかけてある名札も見ることなく、お部屋に到着しました。
それどころじゃなかったのですよ、と誰に言うわけでもない言い訳を
心の中でつぶやいて、彼のお方がベッドに横たわったのを確認して、
さあてお次は急いでお医者の先生をお呼びしてこないと!
この方、病人で弱っているはずなのに、
それを上回るこの威圧感というか何というか
ぶっちゃけ怖いんです。
あまり他人の部屋をじろじろ見るのも失礼ですし、
そそくさとお部屋を出ようとしたところで
まったくもう!!私のおせっかいめ!
その方が酷く汗をかいていることに気づいてしまいました。
ああ、口が、口が勝手にぃぃ
「すごい汗ですね…お医者様をお呼びする際にお湯もお持ちいたしますね」
相変わらず怒ったような顔で私を睨んでいます。怖いどころではないです。
止めてください。泣きますよ。親切にしてあげてその態度は、ちょっとひどい。
ですが、戦帰りの上に熱で汗まみれの彼を、そのままお医者様に渡して
ハイさようなら、というのも気が引けてしまいます。
特に何もおっしゃらないことを良いことに、
私は逃げるように部屋を飛び出して行きました。
何にしたって、先生とその助手の先生をお呼びさえしてしまえば
あとはお湯持って行って、助手の先生にでも渡してばっちり解決なんだものね!
「では、診察した後のそやつの世話は頼んだぞい」
「・・・・・・・・・ゑ゛」
「なんじゃその、カエルを引き千切ったような声は」
「引き千切……あの、助手の先生方は…?」
「皆は先日の戦に同行しておったからの。
今日は慰労の宴もあることじゃし、暇を出しておるのよ」
そんなあ!ふっざけんじゃねえぞ、ですわっ!このっ!皆さまお疲れ様でーす!!!
キャラ崩壊?そんなもの知ったことじゃない。
だいたい、あんな怖い人のお世話なんて
考えただけで泣き叫びながら城下を一周できるわ!
ここは先生には申し訳ないけどお断りしよう。逃げるが勝ちとは言ったものね。
「すまんの、シュロや。今は戦帰りのせいで医務室が満員での。
そやつには悪いがよほど重症でない限りは自室で休んでもらうしかない。
しかし、急に容態が悪くなってもいかん。聞くところによると、
そやつは一人部屋じゃったのだろう?」
「とりあえず今晩だけよい。今晩のそやつの飯の用意と、
そばで様子を見ておってくれればそれで十分じゃ。
もし何かあればワシは医務室におるでな」
ああんもう!そんな申し訳なさそうなおじいちゃんフェイスで喋らないで先生!
それにそんなこと言われたら、私じゃなくても断れないじゃないのよ…負けた…
ちなみに一人部屋だって分かったのはいたって簡単な理由。
ベッドも机も家具も、どれも一つしかなかったから。
「ほれ、お前さん、名前も見てこなかったんじゃあ
誰のところへ行けばいいか分らんからの。案内頼むぞい。」
「はい。先生…」
チキンメイドシュロ。
目指すはあの方のお部屋まで。
泣きたい。