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お金は天下の回り物

卒業制作小説

テーマ「罪の告白」

”お金は天下の回り物”ということわざがある

”金銭は一か所にばかりとどまっているものではなく、常に世の中を巡っている。

今はお金がなくてもいつか手に入れたり、今持っている者もいつか失ったりする。 ”という意味だ

今回はある少年の罪を通してこのことわざを掘り下げようと思う

先日の大雪が嘘のように晴れた本日

白鳩高校の生徒、薄井直哉は寒さに震えながらも放課後、家へと歩みを進めていた

「マジ寒すぎだろ、なあ?」

薄井は一緒に歩いている親友、直木太志へ声をかけた

「そうか?俺は余裕だけど」

直木は何というか・・・いわゆるデブというやつだ

「この時期になるとお前が羨ま・・・ん?」

薄井は足元にふと黒い物体を見つけて立ち止まった

「寒いなら止まるなよ」

直木がせかすと薄井は興奮したような声をあげた

「おいこれ財布じゃねーか!ラッキー!」

薄井は財布を拾い上げると勢いよくそれを開け放った

「おお!一万も入ってんじゃん!」

直木が歓声を上げる

「よし!ゲーセン行こうぜ!なあに俺の奢りだ!」

「よっしゃあ!」

こうして二人は目的地を家からゲームセンターへ変更すると寒さも忘れ再び歩き出した

この場合、善人なら交番に届けるが、罪深い彼は自分の物にしてしまった

お金はこのように望まれない形で世の中を巡ることもあるのだ

さて、このお金の持ち主だが、それを説明するには2日ほど時を戻さなければならない

深夜、終電に乗り遅れ徒歩で帰路についている冴えない中年サラリーマンがいた

彼の名は中村希

寒さと寂しさを紛らわせるためか独りでに愚痴がこぼれる

「森間の野郎、何が残業だ、ふざけやがって」

森間和也は彼の上司だ

「毎日毎日こう残業で帰りが遅いんじゃ、やってられないよ」

ようやく我が家へと辿り着いた希は震える手でポケットをまさぐり鍵を取り出すとやっとの思いでドアを開けた

「ただいま」

言ってはみたものの家は静まり返っている

彼・・・希には妻子がいる

妻の熊子と娘の美乃流だ

熊子は既に寝ているようだが、美乃流の部屋はまだ電気がついていた

こんな夜遅くに何をやっているのだろう

希は声をかけようとしたが思いとどまった

中学生の美乃流はいわゆる反抗期というやつらしく、父親は邪魔者扱いなのだ

ふとカレンダーを見ると明日の日付に丸がつけてあった

「そういえば明日は俺の誕生日か、すっかり忘れてたよ」

今年もどうせ一人寂しく会社の帰りに自分で自分のケーキを買って帰るんだろうな

そんなことを思った希は、唯一虚しさを忘れられる睡眠をとるために、さっさと風呂と食事を済ませると寝室へ向った

翌日

「おはよう」

希は食卓へいくと既に朝食をとってる美乃流に言った

「おはよう」

しかし返答したのは娘の実ではなく妻の熊子だった

当の美乃流はまるで聞こえなかったかのように黙々と朝食を食べ続けていた

「いただきます」

希はそういうとサラダをつついた

「いってきます、お母さん」

美乃流はまるで父親への当てつけのように語尾にお母さん、という単語をつけると鞄を掴み家を飛び出した

「まったく、今日くらい気を使ってほしいよ」

希は呟き、直後に驚愕した

「え?今日なにかあるの?」

妻の熊子は平然と言い放ったのだ

今日は夫である希の誕生日、それを忘れていたのだ

「あえ、ぃや、別に・・・」

「そんなことより、最近あなた風邪引いてるみたいだけど気をつけ・・・」

希は熊子の言葉など頭に入ってこなかった

出社してからも希の頭は、俺の存在とは一体何なのか、このテーマでいっぱいだった

希は、もう数十年サラリーマンをやっているが、やり手というわけではない

そんな彼にこのような重苦しいテーマが課せられてしまった日には仕事が手につくはずがない

いつも以上にミスが重なり、いつも以上に上司の森間に怒鳴られ彼は完全に気力を失っていた

「誕生日なのに・・・何でこんな・・・」

昼休み、希はいつものように弁当を食べようと鞄をあさった

しかし、ブツは見あたらなかった

妻の言葉に気を取られ弁当を入れ忘れていたのだ

「くそ・・・」

うなだれた希にさらに追い打ちが掛けられた

上司の森間から今日も残業を頼まれたのだ

今日くらい断ろう、頭の中ではそう思っても口に出せるわけがなかった

この世界は上司に逆らったらそれが最期だからだ

窓の外を見ると雪が降り始めていた

「やっと終わった・・・」

残業を終わらせた希は伸びをすると目頭を押さえた

ふと時計を見ると既に九時を回っていた

「しまった!」

慌てた希は急いで退社すると商店街へと向かった

「遅かったか・・・」

目的地のケーキ屋は既に閉店していた

「あ、あれ?」

ふとポケットに手をやるとそこにあるはずの財布の感触がない

希は慌てて全身はもちろん、鞄の中も調べたが財布は見つからなかった

「どっちにしろ買えなかったってわけか、はは・・・」

唯一の楽しみだったケーキさえ買えず、財布まで落とした希は肩を落とし駅へと歩き出した

降り注ぐ雪とその寒さが身に沁みた

「ただいま」

言ってはみたものの家は静まり返っている

まあいつものことさ

さっさと飯と風呂を済ませて寝よう

それから会社に行って、同じことを繰り返すんだ

それが俺の存在理由だ

希がリビングへ入り電気をつけた

その瞬間だった

『ハッピーバースデー!!』

パンパンッ

クラッカーが鳴り響き、紙吹雪とキラキラ輝くテープが希へ頭上から降り注いだ

「え」

唖然とする希の前には妻の熊子と娘の美乃流がいた

「誕生日おめでとう、あなた」

妻の熊子が頬にキスをする

「おめでと、お父さん」

そう言った美乃流が差し出した手にはマフラーが乗っていた

「あなた最近風邪引いてるみたいだから、気をつけるようにって、毎日夜遅くまで編んでいたのよ」

熊子が美乃流の頭を撫でる

「ち、ちょっと!お母さん!それ言わない約束でしょ!」

美乃流は照れ隠しなのか軽くうつむきながら言った

「ほ、ほら、受け取ってよ」

「あ、ありがとう」

希はそれを受け取ると、こみ上げる何かを押し殺し礼を言った

「みて」

それから熊子がテーブルの上を指差した

「二人で作ったのよ」

そこには”おたんじょうびおめでとう”と書かれたプレートが乗っている特大ケーキがあった

「ほら、早く食べよ」

美乃流はそういうと熊子と共に席についた

「ああ、・・・ありがとう」

再びそう言った希は目頭が熱くなるのを感じた

そして悟った、俺は家族を幸せにするために存在しているんだ、と

希は目頭だけでなく心も温まったような気がした

翌日

財布を拾った二人の高校生はゲーセンへ辿り着いた

「ゲーセン飽きたら飯食うか!」

直木がスキップをしながら叫んだ

「いいねえ!今日はパーティーだぜ!」

薄井もノリノリのようだ

「さて、今日はどのゲームから・・・」

薄井がゲームの品定めを始めたその時だった

後ろから二人を呼ぶ声がした

「おう、ノッポとデブじゃねえか」

二人が振り返るとそこには同じクラスのヤンキー、高山剣がいた

ノッポは薄井、デブはもちろん直木のことだ

「あ、高山君、偶然だね」

直木が引きつった表情で応答する

「おう、ところでよ、お前ら金持ってねえか?」

高山が直木の胸ぐらを掴む

「ぶひっ・・・うっ薄井がっ」

直木はそう言って薄井を指差す

「おまっ・・・」

薄井は後ずさった

「ちょっとでいいからよ、貸してくれや」

高山が薄井に詰め寄る

「で、でも今まで貸した分がまだ・・・」

「ああ!?」

「ど、どうぞ」

薄井は高山に財布を差し出した

「おう、一万も持ってんじゃねーか、じゃまたな」

高山はそう言うとゲーセンの奥へと消えていった

お金はこのように望まれない形で世の中を巡ることもあるのだ

”お金は天下の回り物”

”金銭は一か所にばかりとどまっているものではなく、常に世の中を巡っている。

今はお金がなくてもいつか手に入れたり、今持っている者もいつか失ったりする。 ”

実際の自分の罪を告白するというテーマで、内容は脚色しても構わないという指示だったが本作はオールフィクションで成り立っている

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