のっぽ令嬢は恋の衣をまとう
「申し訳ない…君は美しいが、女性に見下ろされるのは、僕を下に見られているようで嫌なんだ」
美しい花々が咲き乱れている校舎裏で婚約者から告げられた。
身長180cm超えの侯爵令嬢ベアトリスは5度目の婚約破棄を言い渡された。
「なんていうことなんですの!?身長が己より高いからといってみじめだって?!お前の心がアリンコ程度の小ささなんですよって!!!」
「アリアナ、お口がお行儀悪いですよ。」
私は紅茶を飲みながら諌めた。
「あら、ごめんなさい、御姉様。」
ほほほと笑うビスクドールのような可憐な少女は私の大事な妹アリアナ。
「お父様が選ぶ男は器が小さいものばかりねぇ。もう、お父様が持ってきた縁談は無視していいわ。」
そう言ってくれるのは私のルシアお母様。
その奥で土下座をしているのは私の父である。
「ほんっとうにすまなかったベアトリス!!!今度こそ誠実でいい男だと思った私が馬鹿だった!!!」
お母様に蹴られたのだろう顔に赤い靴跡をつけ涙を撒き散らしている。
「そうですわ!世界一美しい御姉様を何度悲しませるのですか!お父様なんてだいっきらいです!!!!」
ガーーーンという音が聞こえ、父は崩れ落ちた。
「と言っても、もう身分がよくて年齢が丁度良い男はあらかた見合いをしたかしら…。でも年齢層広げて探すのは嫌よね?」
「いえ、お母様が選んだ方ならお受けします。ごめんなさい、お父様お母様。私が旦那様になる方をたてられないのが悪いのです。私が大きく育ってしまったから…」
度重なる婚約破棄は最初は悲しかったけれど、今は家族のために役立てなかったことの申し訳なさが大きい。
「貴方は我が家の優秀で美しい私の娘。相手の方が貴方の魅力を最大限に引き出せる者でないと結婚は許せません。」
「今時女が男を支えるのは時代遅れ!!夫が優秀であるならば支えにまわるのは当然ですが、才能ある方を立てて家を守るのがいいにきまっています!優しいだけでは民のお腹は膨れません!御姉様は悪くないです!」
「もし嫁ぎ先がなかったとしても、一生お前を養ってやるからな。だから安心して焦らず旦那様を選びなさい。」
お父様は泣きながら言ってくださる。
私は素敵な家族に恵まれたものだ。
「そうですわ御姉様!お母様たちに何があっても、代わりに私が結婚して御姉様を養いますわ!!!!任せてください!!!」
優しく母と妹にに抱き締められる。
こんなにも愛してくれる家族がいるなら100人でも1000人でもお見合いを耐えてみせよう。私はこの家族を守りたい。
私の最初の婚約破棄は11歳の時に、当時の婚約者を10㎝超えた身長差だった。
婚約者の方は男の子だからすぐに抜かせるようになると言われていたが、14歳くらいになっても逆転せず、私の学力が彼よりはるかに上だったのが原因で、プライドをへし折ってしまい癇癪を起して婚約破棄となった。
二人目はすぐに決まって、優秀な人だったが私の成長が止まることがなく、後ろを歩かされることがつらくなって向こう側から婚約破棄を言われた。
3人目は公爵家の三男だったが、性格に難ありですぐに婚約破棄となった。
16歳になった私は170㎝後半になって、周りの女の子より頭一つ出る形となっていた。3回目の婚約破棄と思春期真っ盛りであるため、やさぐれてしまった私はスカートで外で出歩くと必ず男たちが二度見してくるのが嫌になって男装するようになった。
すれ違う度私を見てくる女性は多いが、女の子達の視線は痛くない。好意的な視線が増えて、学園の人気者になってしまった。学年の上下関係なくお茶会のお誘いが増えた。
私が淑女たちに優しくすればするほど女子生徒たちは喜び、これしてあれしてと要望が増え、ついには男のようなしゃべり方を強制されることになったが…。
そんなことをしていたから4人目の騎士を輩出する有名な家の婚約者は1か月で男らしさに負けたのが悔しいとリタイアしたのだ。
周りに促されて剣術を学びだしたら彼に勝ってしまったのがとどめだった。
そして先日婚約破棄したの婚約者は、パーディーで踊る際、身長差によってリードできず私がリードしたのだ。そして180㎝を超えていた私とは周りから浮いていた。それが恥ずかしかったのだろう。
何も悪いことだけではない。男装するようになってドレスより軽く動きやすいため、楽に暮らせるようにはなった。女性がズボンを履くのは恥ずかしいと世間から言われているのだ。
私がズボンを履きだして周りの女性も履くようになり、男性たちから非難の嵐だったが、次第に定着しだした。
服装のお洒落と機能性の幅が女性に広がったのだ。
今日も男装の注文を快く受け入れてくれた、いきつけの仕立て屋に足を運ぶ。新しい男装のデザインを考えるのが私の楽しみになっていた。
「店主!頼んでいた服を確認しに―――」
「いらっしゃい」
扉を開けて目に入ってきたのは肌が黒く、艶のある黒髪を後ろでまとめあげていた男が出迎えた。見慣れない店員だ。
そしてでかい。私よりも身長が少し大きな大男だった。
「だれ…?」
「俺は昨日から見習いに入った者です!お嬢さん《・・・・》新しい服を仕立てに?」
……お嬢さん?お嬢さんって言った?この男は。最近じゃ街を歩いても、本当にただの美形な優男と間違われるくらいになったのに。
ポカンとしていると奥からなじみの店主が出てきた。
「ああ、ベアトリス様ようこそおいでました。頼まれていたものできていますよ。おい!あの箱を持ってこい」
「あ、はい!」
大男は慌てて奥の部屋に行き、箱を持ってきた。
「服を見たときシルエットがおかしい服を注文する男性がいたもんだと思っていましたが、男装なんて珍しいですね。とても似合っています。」
「アラン!失礼な態度はやめろ!この方は侯爵家の方だ!」
私が貴族と知ってすぐさま平謝りをしている。
話を聞くとアランと言う男は海外から各国の伝統的なデザインや流行りを学ぶために修行に来たと言う。海外の衣装とは気になる。
「ミスターアラン、異国の服のデザインなど見せてくれないか?新しい服に取り入れてみたい。あと、小難しいなら敬語も多少砕けていてもいいぞ。」
「え…あ、えと。」
驚くアランに店主は私の新しいデザインを担当してみろと提案した。
アランは大喜びし、私の手を握ってきた。
「全力で貴方を格好良く、美しく見せる物を作らせていただきます!」
握った手をブンブンと振り回すアランに、またもや店主が雷を落とす。
彼の出会いは面白いものだった。
それから私はアランと話し合うために頻繁に店を訪れた。本当は仕立て屋を家に呼ぶのが貴族として普通だが、1秒でも早く仕事を進めてほしかったから私の方から伺っているのだ。
「私はドレスに無頓着だったが、男装を始めて服を考えるのが好きになったんだ。もしよかったら他国の伝統的な服を作ってくれないだろうか。それか、輸入ルートなど教えてくれたら嬉しい。たくさん購入したい」
「ベアトリス様のサイズはありませんがサンプルなら!」
アランはすぐさま喜んで自室からたくさんの生地や自作の服を持ってきてくれた。
各国の美しい刺繍、染色、模様、つける宝石などなど、歴史や含まれる意味などをたくさん教えてもらった。
気に入ったものを指示して待つこと1週間たったとき、店から連絡があった。
「ベアトリス様、申し訳ありません。先日お願いされた東方の衣装ですが染料がとどかなかったのです。商業ルートに盗賊が現れるようになったとかで…すみません。」
デザインが好みのものに決まり、これから制作に取り掛かろうとした矢先の話だ。
アランと店主が申し訳なさそうに頭を下げている。
アランと店主に異国の服を作るための生地や糸を仕入れるための時間がかかるのを聞き、急いで家に帰り、行商ルートの整備などしたいと父に頼み込み、共に仕事をするようになった。
国境に足を運び行商人と交渉をした。
何度も頼み込み美しい世界中の生糸や生地、装飾のためのガラスビーズなどがはいってくるようになった。
輸入は割高になってしまうため、紡績業を計画し始めると、父も後押ししてくれて、本格的に商売の専門家を呼んで勉強しはじめた。
のちに安定した収益となり、我が家業となり、家の名声も上がっていくのだった。
ただ、自分の服のためだったのが、アランとの出会いによって大きく変わった。
そんなことがあって、服ができたと連絡を受けて急いで店に行くと、仕立て上げられた鮮やかな刺繍の服がトルソーに着せられ異彩を放っていた。それを見た時、とても感動した。
「ベアトリス様の家の紋章やお好きな植物を混ぜてみました」
「白い生地にいろんな色の刺繍…まるで絵画のようだ…。アラン、貴方をお抱えのテーラーにしたいな…」
「えっ…それは光栄ですが、まだ俺は未熟なので…」
彼は目じりを赤らめながら嬉しそうに笑った。その顔に私はきゅんとときめいてしまった。
彼との会話はとても楽しかった。私の男装を奇異な目で見ることなく、身長が高いと服が映えるとどんな服装も褒めてくれる。愚かにもこんな男性が婚約者にいてくれたらと思ってしまった。
それからというもの新しい形の服を作る度、彼の大きな手が私の身体を採寸するためメジャーを回し、数字をメモするとき、調整をするときの待ち針を丁寧に刺す時、相手にすべてを知られてしまったようで、どうも恥ずかしい気持ちになった。
・・・
「お姉様最近とっても楽しそう。何かありましたの?」
一緒にお茶をしていた妹から質問された。
「ふふっ、ただ男装のお洋服を考えるのが楽しいのよ」
「え~?」
「本当よ」
本当だ。婚約者と一緒にいる時よりもずっと楽しい時間を過ごしている。本当はいけないことだけれど、でも婚約破棄で男性が苦手になりそうだったから許してほしい。
妹と楽しくおしゃべりをしていると、母が入ってきて告げられた。婚約したいと申し出た家があると。
「嫌なら強制はいたしませんが、一度会ってから考えるのがいいわ。」
「いえ、大丈夫です。すぐにお会いいたしますわ。」
婚約の話を聞いたとき、ちらりとアランの顔を浮かべたが、すぐに消し去った。
心配する母をなだめるように笑顔で返した。
婚約破棄が多い令嬢だと公然の事実で、男装令嬢として男性側からの悪評があるのに婚約を望んできたのだから、きっと次は大丈夫だろう。そう思いたい。
私は貴族の生まれの女なのだから、役目を果たすためチャンスは逃してはだめだ。
3日後、私は6人目の婚約者と面会した。
「はじめまして…ではないからね挨拶はいいか。この度の婚約受けてくれてありがとうベアトリス。」
「まさか貴方とは思いませんでした。フィリップ様」
フィリップ様は公爵家の次男坊。実は私の三人目の婚約者のお兄様なのだ。学園に入学して生徒会に入った時お世話になった方だ。整ったお顔の男性で成績優秀将来有望とあって、女子生徒から大人気だった。
「愚弟が申し訳ないことをした。」
「その謝罪はすでに頂いておりますから大丈夫ですよ」
3人目の元婚約者は勝手に他の女性と懇ろな関係となり、私を悪役にしたて大勢の前で婚約破棄を宣言した阿呆であった。
今は辺境の土地に浮気した女性と細々と暮らしていると聞いた。
「今日は男装をしていないのだな。私が卒業してから初めて、大好評という話を聞いた。」
「婚約者となる方の前でそんなお遊びの格好はできませんよ。それに私より身分が上の方なのですもの」
「なら今度見せてくれないか。本物の男よりも視線を奪う美麗な貴方を。」
「……気が向きましたらね」
そんなことを公爵家でしたらさすがに両親に怒られる。両親は男装のことを反抗期でグレた姿だと今でも思っているのだ。
学園生活や仕立て屋に行くときは男装姿で過ごしているものの、パーティーなどはちゃんとドレスで参加していたのだ。(女性たちが残念がる視線はあった)
「もうすぐ卒業パーティーだな。ドレスを着るのか?」
「もちろんですよ。」
「私は男装でもいいぞ。男装した君と踊る思い出を作るのは悪くない。いや、すごく見たいな」
これは命令か。いや命令だろうな。身分が下の私では断ることができない。
「貴方がそうしたいのであれば、お抱えの仕立て屋にお願いしますわ」
「そうか、楽しみだ!」
フィリップ様は変わったことを好まれる方だから、偏見など持たず接してくれるとても良い人ではあるが、自分が満足するために相手の都合を考えないところがあるのがよろしくない。
それでも婚約者として馬鹿にしたり劣等感を感じないのであれば、結婚するのにこの上なく条件がいい相手だろう。ようやく実を固められるのかと思ったが、その瞬間胸がチクリと痛んだ。
・
・
・
「卒業パーティーのドレスを男装衣装に変更ですか?」
アランは私の卒業パーティーの服を調節していた手を止めて、驚いた顔でこちらを振り返った。
「突然の変更で本当にすまない。今仕立ててもらっているドレスは別の機会に着るから。」
「そうですか…」
アランはドレスをじっと見ながら何か言いたそうである。余裕を持った納期で頼んでいたのに、急ぎの変更になってしまったのだから愚痴でも悪態でもつきたいだろう。
「わかりました。男装パターンのもベアトリス様に似合うものをご用意いたします!」
こぶしで胸を叩いて笑顔で受けてくれたアランに、私は申し訳なさでいっぱいだった。
すぐさまデザインを考え、アランに任せて2か月が経ち、1週間後に卒業パーティーが控えている時間になった。
「すみません!!!もう少しお時間をください!!」
そろそろ卒業パーティーの衣装が出来上がったころだろうと、店に顔を出したらまだできてないと頭を下げられた。
「ベアトリス様の衣装、もっと素敵にしたいんです!卒業パーティーで貴方が一番素晴らしくて素敵な女性だと見せつけたい!!婚約破棄したこと後悔するくらい!」
そう熱く言われてしまえば怒ることはできない。私はここで婚約破棄のことを愚痴ったことがあるので、それを覚えていたのだろう。優しい人だと思った。
「楽しみに待っている」
私は笑顔で答えると、アランはさらに気合を入れた顔ですぐさま工房に帰っていった。
店主にも頭を下げられたが、彼をなだめ、アランの思いを信じたいと思ってぎりぎりまで待つことにした。
卒業パーティー当日。
アランは早走らせ馬車に乗って服を届けに来た。
それは取りやめたドレスのデザインと似たものだったが、この国では知られていない豪華な柄の男装用の衣装だった。
「俺の国の民族衣装をもとにした服なんです。いろんな国の伝統衣装から貴方が一番好きだと言ってくれたもので、嬉しくて、この国でおかしいと思わないデザインに直しました」
私は侍女たちに手伝ってもらいながらその服を着た。
装飾で少し重いと感じるところがあるが、許容範囲だ。ダンスも問題なく踊れるだろう。
「アラン、素敵な仕事をありがとう。今日はとても幸せな気分で卒業を迎えることができるよ」
彼の前でくるりとターンをして見せたあと、笑って言った。
しかし彼は、どこか嬉しそうではなかった。職人魂でどこか妥協をしてしまったのだろうか。それなら申し訳ないと思う。
アランに上乗せした代金を執事から渡してもらい、私は卒業パーティーの会場に向かったのだった。
「ああ、すごくいいねその男装衣装。留年していれば堪能できたのか…おしいな。」
「馬鹿なことをおっしゃいますことを」
「口調も令嬢を喜ばすもので構わないぞ?」
ご卒業はとっくにされているが、私のパートナーとして参加したフィリップ様は私の姿を見て大興奮のご様子だ。
「それでは行こうか」
手を引かれて中に入ると、途端に視線をかっさらった。フィリップ様が格好いいだけではない、いつもの女性陣の喜ぶ視線が私にもあることがまざまざとわかった。
フィリップ様のダンスは楽だった。男装で踊ったのでコルセットの苦しさもなく、スカートに足が当たると重くて広げにくいこともなかったから、3曲も立て続けに踊らされても大丈夫だった。
ダンスが終わるといろんな人がフィリップ様が婚約者になった祝いやら、服がすごい(これはとても嬉しかった)やら令嬢たちからのダンスのお誘いやらで大変だった。
疲れ果ててパートナーを置いて逃げるように会場の外に出て、一息をつく。
「(これで男装生活も終わりか…)」
フィリップ様は家を継がないが、有能さを買われて王家の人間の側近として仕えている。彼が笑いものにならないように公式の場でもプライベートでも律した生活をしなければならない。
フィリップ様は別に男装をしていいとおっしゃるだろうけれど、披露するところが無い。家でこっそりしたとしても急な訪問客に対応しなければならない時を考えるとやらない方がいいとわかりきっている。乗馬はドレスよりも安全だから着るかもしれない。
というよりも、男装にこれと言った執着がない。ただ周りから言われるまま続けてきたものだから。
どうしてだろうか。理解ある婚約者ができて、男装を皆に褒められたのに、もやもやするのは。
「ベアトリス様」
ここにいるはずのない声が聞こえてきた。
暗く茂みの方を見ると、そこには大きな箱を抱えたアランが立っていた。
「パーティーは終わってしまいましたか!?」
「いや、まだだよ。疲れたからここにいただけ。どうしてここにいるの?」
「そうですか!よかった。これをお渡ししたくて…」
よかったとは何だろうかと思いながらアランの服装を見ると、とても良い仕立てのフォーマルコートだった。自分で作ったのだろうか。
アランは箱を地面に置き、取り出したものを広げた。大きくて美しい…羽織?
「上着を脱いでください。ちょっと失礼しますよ。」
アランはそう言って羽織みたいな大きな布を持って、抱きつくように私の腰に両腕を回した。
「ちょっ何を…!」
「動かないでください」
パチパチとボタンを留めるような音。アランは私の周りを少しずつ移動しながらリボンを結んでいる。
アランが離れて、自分の服装を見ると、男装服から美しいドレスに変貌していた。
「本当はドレスで出たかったように見えたんです。店に来るたび置いてあったドレスを何度も見て笑っていたから、取り外しができる服にしてたんです。」
アランはドレスに似合う靴を差し出す。
「どうして…?」
「だって貴方は男性になりたいわけじゃなくって、ありのままの身長が高い女性として見て愛して欲しかったんでしょう?」
そうだ。私は別にドレスが嫌いなわけじゃない。妹のようにフリフリの甘いお洋服だって好きだ。でも着ると身長のせいで全体重量が大きいから疲れるって着なくなってしまった。
気の迷いでした男装を周りにもてはやされて、まんざらではない気持ちもあって、やめるにやめられなくて、機能性がいいって自分を納得させて続けていただけだ。
「お綺麗ですよ、ベアトリス様」
その言葉に涙が零れ落ちた。
家族以外の男性にずっと貰いたかった言葉だったのだ。
「えっと!嫌でしたか!?勝手に想像して決めつけて申し訳ございません!!」
「違う、嬉しいの…」
手袋で涙を拭い、段差に座ってブーツを脱ぎ、靴を履かせてもらう。
アランはスカートの部分だけでなく、髪飾りもレースの手袋も全部用意していた。
私は促されるままアランに服を着させてもらった。
私は立ち上がり、スカートをひらめかせてみる。
とてもきれいだ。
「装着型のドレスなので激しい動きには布が耐えられないかもしれません。用意に数日しかなかったので…」
仕立てがぎりぎりになっていたのはこれを同時に作っていたからなのか。すごい仕組みがされていることにまた感動したのだった。
職人魂が見えるこの服と彼の誠実な態度に胸が熱くなる。
「ゆっくりなダンスならいい?」
「ええ、裾を踏まぬように気を付けるようにしたら…」
「じゃあ、気を付けてくださいな」
私は男口調ではなく、いつもの口調でアランに手を差し出した。
「…ええと?」
アランは私が何をしたいのかわかっていないようだ。ただそこで突っ立っている。
「ダンスのお誘いは男性からするものだと知らなくって?」
「俺なんかが誘ってもいいんですか?」
アランは目を開いて驚いている。私がうなづくと、彼は恐る恐る私の手を取った。
会場からかすかに聞こえる音楽に合わせ一緒に踊った。
アランは少し変わったステップだったが、リードがとても上手く、踊るのが楽しかった。
くるりと一回転回されたとき、肩に流していた布がアランの腹をぱしんと叩いた。
あって言う顔をしたアランは足を止めようとしたが、私は引っ張って中断させまいと大きくステップを踏んだ。
「見栄えと歩きやすさを重視してましたが、ダンスに困らないデザインを勉強できていませんでした…。」
「激しい情熱的なダンスは確かにダメでしょうね」
踊りながらターンの時衣装に少し振り回されるなど、ここに装飾はなかった方がいいなと、服についての話になってしまい、男女のときめく時間ではなくなってしまった。フィリップ様が私を探しに来るまで議論は続いた。
おかしな時間だったが、それでも私にとって最高の時間だったのは確かなことだ。
卒業した後、私はフィリップ様の家に伺った。
「婚約破棄をお願いいたします。フィリップ様」
「…理由を聞いても?」
「やりたいことができたのです」
フィリップ様は大方察していたようで、快く婚約破棄を受け入れてくれたのだった。
私は家に戻って準備していた荷物を持って馬車に飛び乗った。
たどり着いた場所は海外と大規模に貿易をしている港町。
そろそろ新しい国に移動しようと思っているんだと言ったアランに付いて行きたくて、事業の研究をしたいと父にお願いしたのだ。1年の留学という形で他国に勉強に行くのだ。
「ベアトリス様!」
停泊所でアランが手を振りながら待っている。
「様付けで呼ぶのは金持ちと思われて狙われるからだめだと言ったでしょう。」
「あっすみません。ミス・ベアトリス。…それでは行くか!」
私たちは潮風に全身を撫でられながら、新たなる服飾のアイデアを求めて旅立った。
のちに留学先で知ったのだが、卒業パーティーのドレスの刺繍は、アランの故郷の花嫁衣装に入れるものだと知った。
彼が何を意図して入れたのかはまだ私は知らない―――――。




