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「お前は悪だ」と断罪された元公爵令嬢、真実を暴く力で全てを覆す  作者: 慈架太子


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第4話:婚約破棄

王立学院・大講堂。

 数日前、レイシア・フォン=アルヴェリアが「理想の令嬢」としてその頂点を見せつけた同じ場所。しかし、再び集められた群衆が作り出す空気は、前回とは決定的に異なっていた。


ざわめきが止まらない。

 天井のシャンデリアが放つ光は変わらず壮麗だが、その下で交わされる視線には、期待でも称賛でもない、どす黒い好奇心が混じっている。

 ――“何かが起きる”。

 それも、この国の歴史を塗り替えるような、破滅的な何かが。その予感という名の毒が、参列者の間に静かに、だが確実に回っていた。


「静粛に」


短く、だが鋭い王子の声が大講堂の隅々にまで響き渡った。

 それだけで、喧騒は一瞬で凍りつく。水を打ったような静寂。その中心に立つのは、壇上の二人の影だった。


エドワード王子。

 そしてその隣には、いつも通り完璧な姿勢を保つレイシア・フォン=アルヴェリア。

 彼女の顎のライン、指先の位置、背筋の伸び。そのどれをとっても、昨日までの彼女と寸分違わぬ、最高級の芸術品のようだった。

 ……少なくとも、外側から見れば。


「本日、ここに集まってもらった理由は一つだ」


王子が一歩前に出る。彼の表情には、いつもの快活な笑みはなく、仮面のような冷徹さが張り付いていた。


「この王立学院において、そして我が国の未来において。見過ごすことのできない重大な事実を、今ここで公にするためである」


ざわめきが波紋のように広がる。

 レイシアは何も言わない。ただ、静かに前を見据えている。その青い瞳は揺るがず、動じない。まるで自分に向けられているであろう嵐の気配など、存在しないかのように。


――その横顔は、昨日までと同じだ。

 誰にも届かない高い場所にいる、冷たい星。

 だが。


「レイシア・フォン=アルヴェリア」


王子が、愛称ではなく、その忌々しいほどに高い家名を呼んだ瞬間。

 空気が爆ぜた。


「お前には、王家の婚約者としてあるまじき、重大な嫌疑がかかっている」


ざわめきが、もはや制御不能な動揺へと変わる。

 俺――リオは、講堂の末席で、その光景を食い入るように見つめていた。喉の奥がカラカラに乾いている。昨日感じた不協和音の正体が、今まさに目の前で実体を結ぼうとしていた。


レイシアは、ゆっくりと王子へ視線を向けた。その動作一つとっても、非難の余地がないほど優雅だった。


「……嫌疑、ですか?」


声は、変わらない。

 氷の結晶を掌で転がしたような、静かで、透徹した声音。


「説明をお願いしてもよろしいでしょうか。私の何が、殿下をそこまで峻烈な言葉に駆り立てるのか」


――完璧だ。

 これほどの衆目の中で、事実上の告発を突きつけられてなお、彼女は「正しさ」という鎧を脱ごうとしない。その揺るぎなさが、今は痛々しいほどに研ぎ澄まされていた。


だが、王子は冷たく言い放った。


「お前は、自らの地位を利用し、裏で民衆から不当に財を搾取していた。特定の商会と結託し、独占的な権利をチラつかせながら私腹を肥やしていた事実は、すでに調査済みだ」


――は?

 一瞬、意味が分からなかった。講堂内にいる誰もが同じ反応だったろう。

 あの「正論の塊」のような女が、そんな卑俗な真似をする?


「さらに、それを隠蔽するため、反対する者や事実を知った者に不当な圧力をかけ、沈黙を強いていたとの証言もある。アルヴェリアの名を盾にした、最低の所業だ」


ざわめきが爆発する。

 「嘘だろ」「レイシア様がそんなことを」「でも王子殿下が仰るなら……」。

 疑念の声が雪崩のように押し寄せる。当然だ。あの女がそんな非合理で醜い汚職に手を染めるはずがない。……普通に考えれば。


レイシアは、わずかに目を細めた。

 驚愕でも、動揺でもない。ただ、論理的にあり得ない事象を目の当たりにした学者のような、深い拒絶の眼差し。


「――事実無根です」


即答だった。コンマ一秒の躊躇もない。


「そのような行為、私は一切行っておりません。アルヴェリアの名に誓って、私は常に公明正大であり続けました。殿下、その言説は誰の差し金ですか?」


迷いがない。断言だ。

 彼女の言葉には、積み上げてきた人生そのものが乗っていた。

 だが。


「証人を出せ」


王子が冷酷に指を鳴らす。

 壇上の袖から、数人の若手貴族たちが、うつむきながら前に出てきた。


「……っ」


レイシアの瞳が、初めて大きく揺れた。

 そこにいたのは、昨日まで彼女の足跡を追い、その教えを請うていた「側近」と呼ばれる令息、令嬢たちだった。


「レイシア様は……確かに、指示を出していました。商会への帳簿操作を指示したのは、私です」

「逆らえば家を潰すと脅されました。あの冷たい目で睨まれるのが、恐ろしくて……」

「私は、ただ、従うしかなかったのです。彼女の『正しさ』には、逆らえないから……」


口々に語られる、血の通わない“証言”。

 ――全部、嘘だ。

 リオには直感で分かった。彼らの声は震え、視線は泳いでいる。だが、彼らは「筋書き」を知っている者の顔をしていた。


しかし、それが分かるのは当人だけだ。

 第三者の目には、被害者たちが勇気を持って告発しているようにしか見えない。


「……あなたたち」


レイシアが、かすかに息を呑む。その白い喉が、激しく上下した。


「なぜ、そのような虚偽を。あなたたちは、私と共に学んだ仲間ではなかったのですか?」


「虚偽ではない」


王子が、冷徹な一太刀で彼女の言葉を遮った。


「証拠も揃っている。お前の印章が押された密約の書状、そして不自然な金の流れを記した裏帳簿だ」


高く掲げられた、一束の書類。

 そこには確かに、アルヴェリア公爵家の正式な魔導印章が鮮やかに刻印されていた。


……本物にしか見えない。

 いや、あれは「本物」なのだ。本物であるように作られた、完璧な偽物。


周囲の空気が、一気に、そして絶望的な速度で傾いていく。

 「まさか……本当なのか」「でも、あのレイシア様がそこまでするか?」「いや、でも側近があそこまで言うなら、裏の顔があったんだ」。

 疑いが信じられない速さで、確信へと変わっていく。

 人は、「完璧なもの」が泥にまみれる瞬間を、心のどこかで期待しているものだ。その下劣な本能が、大講堂を埋め尽くしていく。


「……殿下」


レイシアが、必死に声を絞り出す。

 それでもまだ、彼女の言葉は理知的だった。


「これは、何かの間違い、あるいは巧妙に仕組まれた罠です。私の印章が盗まれた可能性も含め、再調査を要求いたします。私は潔白です」


「必要ない」


即座に、容赦なく切り捨てられた。


「すでに陛下と公爵家当主との話し合いもついている。お前の罪は、もはや覆しようのない事実だ」


王子の瞳には、かつての慈愛の欠片もない。

 ただ、目障りな不純物を排除しようとする、冷酷な義務感だけがそこにあった。


「レイシア・フォン=アルヴェリア」


講堂中に、断罪の雷鳴が響く。


「お前は、この国の法を弄び、弱者を踏みにじった『悪』だ。その傲慢な正義の化けの皮が、ようやく剥がれたというわけだ」


――断罪。

 弁明の余地も、再起のチャンスも与えない、完璧な宣告。

 王子は大きく息を吸い込み、とどめの一言を放った。


「よって――。お前との婚約を、本日この瞬間をもって破棄する」


完全な、否定。

 空気が、一瞬で凍りついた。


誰も動かない。

 誰も声を出さない。

 かつて彼女を称賛した口は、今は醜い噂話を吐き出すための準備をしている。


ただ一人、レイシアだけがその場に立ち尽くしていた。

 膝を折ることも、泣き叫ぶこともない。

 崩れない姿勢。震えない声。

 ……だが。


その瞳の奥に、俺は初めて見た。

 「理解できない」という、絶望の色。

 世界そのものが反転し、昨日までの「正解」がすべて「間違い」に書き換えられた衝撃。


「……なぜ、ですか」


それは、絞り出すような、か細い声だった。


「私は……常に、正しい道を歩んできました。国のために、殿下のために、自分を律して……」


言葉が、続かない。

 完璧だったはずの女が。

 自分を裏切ることなど万に一つもあり得ないと信じていた世界から、放り出された。


その瞬間。

 レイシア・フォン=アルヴェリアという、黄金で築かれた「頂点」は、音もなく、無様に、そして徹底的に崩れ去った。


俺は、彼女の瞳から光が消えていくのを、誰よりも近くで……いや、誰よりも残酷な特等席で見つめていた。



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