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「お前は悪だ」と断罪された元公爵令嬢、真実を暴く力で全てを覆す  作者: 慈架太子


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第26話:ざまぁ完遂

王都中央広場を支配していたのは、耳の奥が痛くなるほどの、重く、粘り気のある静寂だった。

 陽光は変わらず石畳を白く焼き、時計塔は無機質な時を刻み続けている。しかし、そこに集まった数千の民衆は、ただの一人も身じろぎすることさえ忘れたかのように、中央に立ち尽くす二人の姿を凝視していた。


第一王子、アルヴェイン・フォン=ロストラインが――崩れた。


それは、この国の歴史において、そしてこの場にいる全ての者の常識において、決して起こり得ないはずの光景だった。

 常に正しく、常に優雅で、常に世界の中心に座るべき王権の象徴。その絶対的な軸が、今、泥にまみれたはずの女の、たった数言の真実によって根底から打ち砕かれたのだ。


「……」


アルヴェインは、かろうじて両足で立っていた。

 だが、その姿は先ほどまで広場を威圧していた高潔な支配者とは、もはや別人だった。

 一分の隙もなく整えられていた端正な表情は、内側から溢れ出す焦燥と屈辱に無様に歪み、何者をも見下していた鋭い視線は、行き場を失って虚空を彷徨っている。

 彼を支えていた「王子」という強固な自負が、音を立てて瓦解していた。


「……違う……そんなはずは……」


唇から漏れたのは、幽霊の鳴き声のような、か細く、掠れた言葉だった。


「これは……何かの間違いだ……。私が、私がそのような不徳を働くはずが……ッ!」


必死の否定。

 だが、その叫びは広場に集まった民衆の誰の胸にも届かなかった。

 真実の領域の中で暴かれた、彼の醜悪な自己保身と欺瞞。その残像は、もはやどれほど言葉を重ねようとも拭い去ることはできない。


「……」


レイシアは、その無様な崩壊を、ただ静かに見つめていた。

 かつて。一月前のあの日、同じ広場、同じ断罪の場で、自分もまた同じように否定した。

 「私はやっていない」「何かの間違いだ」と、血を吐くような思いで叫び続けた。

 

 だが、あの時は誰も聞かなかった。

 誰も信じず、誰も助けず、ただ彼女が奈落に落ちるのを娯楽として眺めていた。

 

 今は――逆だった。

 彼女の語る言葉だけが重みを持ち、王子の叫びはただのノイズとして消えていく。


「……っ……ぁ……!」


王子の拳が、指の間から血が滲まんばかりに強く握りしめられ、震えていた。

 怒り。屈辱。底知れぬ恐怖。

 そして何より、自分が積み上げてきた偽りの城が、完全に包囲されたという絶望的な理解。

 それらすべてが混ざり合い、彼の理性を内側から焼き焦がしていく。


「……貴様……ッ!」


アルヴェインは、毒蛇のような執念を込めて、ゆっくりと顔を上げた。

 その視線は、かつての婚約者、そして自分がゴミのように捨て去ったはずの女――レイシアを、憎悪の色を剥き出しにして捉えた。


「……どういう、つもりだ……。このような真似をして、ただで済むと思っているのか……!」


掠れた声。だが、そこにはまだ、捨てきれない「支配者としての意識」が、泥沼に沈みゆく者が藁を掴むような必死さで残っていた。


「……何が、ですか?」


レイシアは、静かに、そしてあまりにも透明な声で返した。


「……私に、逆らうつもりか! この私、王位を継ぐべきアルヴェイン・フォン=ロストラインに……牙を剥くというのか!」


その言葉。

 広場の空気が、物理的な震動を伴ってわずかに揺れた。

 かつてなら、この一言だけで全てが決まった。王族の怒りは神の裁きと同義であり、抗うことなど死を意味する。民は平伏し、罪人は自らの愚かさを呪って首を垂れる。それが、この国の絶対の法だった。


だが。


「……」


レイシアは、微動だにしなかった。

 視線を逸らさず、眉一つ動かさず、ただ静かに、その王子の執念を受け止めた。

 そして。


彼女は、ゆっくりと一歩、前へと踏み出した。


距離にして、わずか数十センチの移動。

 だが、その一歩は、アルヴェインが築き上げてきた特権階級の結界を、音を立てて踏み砕く決決定的な一歩だった。


「……私は」


ゆっくりと、口を開く。

 声は、震えていない。かつての傲慢な高音ではなく、大地に根ざした一人の女性としての、重く、確かな響き。


「……もう、あなたに従いません。あなたの言葉に、私の人生を委ねることは二度とありません」


はっきりと、断罪の広場に響き渡る声で言い切った。


「……っ!?」


空気が、一瞬で張り詰める。

 それは単なる拒絶ではない。「支配という名の呪縛」の完全な否定。

 王子という絶対的な偶像と、それに跪く臣下という、何百年も続いてきたこの国の不文律が、今この瞬間、明確に断絶されたのだ。


「……何を……お前のような、何も持たぬ女が……!」


王子の目が、激しく揺れる。

 理解できない。理解したくない。

 自分が信じていた「世界の理」が、目の前の泥だらけの女によって上書きされていく恐怖に、彼は精神の均衡を失いかけていた。


「……あなたは、私を断罪しました」


レイシアが、淡々と続ける。


「虚偽を並べ、強大な力を用い、自分の都合だけで一人の人間の尊厳を泥に沈めた。……そして、私は、それを受け入れてしまっていた」


静かに、自らの過去の過ちを認める。

 地位を失うことを恐れ、誰かに守られることでしか自分を定義できなかった、かつての弱かった自分を。


「……」


広場は、静まり返っている。

 兵士たちさえも、武器を構えることを忘れ、その対峙を見守っていた。


「……ですが。今は違います」


レイシアは顔を上げ、まっすぐに、射抜くような強さで王子を射すくめた。


「私は、自分で立つと決めました。泥にまみれ、パンの一片に涙し、路地裏の風に吹かれながら……私は、自分自身の足のつき方を学んだのです」


言葉が、熱を帯びて強くなる。


「自分で選び、自分で進み、自分の正しさを、私自身で証明すると決めた。……今の私にとって、あなたの権威など、私の歩みを止める一片の石ころにも満たない」


「……」


アルヴェインは、何も言い返せなかった。

 その言葉を、戯言だと切り捨てることは容易い。だが、目の前で起きた奇跡――真実を白日の下に晒し、一国の実行部隊を沈黙させた圧倒的な力が、彼女の言葉が真実であることを証明していた。


「……だから。殿下」


最後に。

 慈悲すらも削ぎ落とした、絶対的な宣告を彼女は放った。


「――もはや、あなたに従う理由も、あなたの裁きを仰ぐ必要も、どこにもありません。私の正しさは、私が決める」


断ち切った。

 過去。役割。義務。そして、かつて愛したかもしれない男との、すべての繋がりを。


「……っ、ぐ……ぁ……!」


王子の顔が、言葉にならない屈辱と敗北感に激しく歪んだ。

 怒りで叫ぼうとしても、声が出ない。

 剣を抜こうとしても、腕に力が入らない。

 

 なぜなら、彼自身の魂が理解していたからだ。

 レイシア・フォン=アルヴェリアという、自分が作り出した「悪女」はもうどこにもおらず。

 そこにいるのは、何者も支配することのできない、独立した強靭な「真理」そのものであることを。


「……」


レイシアは、ゆっくりと王子の姿から視線を外した。

 もう、終わりだ。

 崩れ去った権威の残骸を見続ける必要など、どこにもない。

 彼女の「復讐」は、相手を殺すことではなく、相手を「自分の人生に不要なもの」として完全に切り捨てることで、完遂されたのだ。


「……行くぞ、レイシア。ここはもう、飽きただろ」


背後から、リオが声をかけた。その声は、いつも通り不愛想で、どこか楽しげだった。


「……はい、行きましょう」


レイシアは深く、満足のいく頷きを返した。


二人は、並んで歩き出した。

 石畳を叩くレイシアの靴の音は、かつて王宮の絨毯を歩んでいた時よりも、遥かに高く、力強く響いた。


広場を抜ける。

 数千の民衆の間を、堂々と通り過ぎる。

 誰も、彼女を止めることはなかった。

 誰も、彼女に罵声を浴びせる者はいなかった。

 ただ、人々は道を開け、畏怖と羨望の入り混じった眼差しで、その背中を見送っていた。


かつての「高慢な令嬢」ではない。

 新しい世界の、新しい「理」の体現者。その誕生を、誰もが肌で感じていた。


「……」


広場の出口で、レイシアは一度も振り返らなかった。

 過去は、今、この瞬間に完全に終わった。


彼女は前だけを見つめ、夕焼けに染まり始めた王都の空の下を歩む。

 そして。

 隣を歩く少年にだけ聞こえるような、小さな、だが確かな声で呟いた。


「……終わりましたね。すべて」


それは。

 一人の少女が、世界に押し付けられた偽りの物語を完結させ。

 自分自身の手で描く、新しい物語の最初の一頁を開いた瞬間だった。


レイシアとリオの影は、長く、どこまでも続く道へと重なり合って伸びていた。






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