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「お前は悪だ」と断罪された元公爵令嬢、真実を暴く力で全てを覆す  作者: 慈架太子


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第25話:完全逆転

王都中央広場。かつてレイシア・フォン=アルヴェリアが「高慢な令嬢」として、そして「国家の裏切り者」として地に堕ちたその場所は、今、異様な静寂に包まれていた。

空には雲一つなく、太陽の光が残酷なほどに広場を照らしている。しかし、そこに集まった数千の民衆が感じているのは、温かさではなく、背筋を凍らせるような冷徹な「真実」の気配だった。


誰も、声を発することができない。

先ほどまで、この国において絶対的であったはずの力。第一王子の権威、公的に用意された数々の証拠、そして権力におもねる者たちの証言。

それらすべてが――音を立てて、あまりにも脆く崩れ去ったからだ。


「……ば、馬鹿な……そんなはずは……」


石壇の上で、先ほどまで傲慢な口調でレイシアを糾弾していた役人が、その場に膝をついた。

彼の視線は虚ろで、手元に散らばった「偽りの証拠」をかき集める気力さえ失っている。唇は紫色に震え、意味をなさない言葉が漏れ出していた。


「……ありえない……ありえない……ッ!」


彼は信じられないのだ。これまで幾度となく邪魔者を葬ってきた、王室直系の「完璧な手口」が、これほどまでに無惨に、かつ根底から覆されたことが。

一介の平民へと堕ちたはずの女が、かつての自分が持っていた以上の、ことわりを超越した「力」を振るっているという事実を、受け入れることができなかった。


「……」


レイシアは、何も言わなかった。

ただ、静かに、そして冷徹なまでに澄んだ瞳で、足元で崩れ落ちていく男を見つめていた。

その光景は、かつての自分と重なった。学院の講堂で、何の罪もないまま断罪され、守るべき矜持さえも泥にまみれたあの日の自分。

だが、今のレイシアには、あの日感じたような「理解できない」という困惑はない。

違うのは――今、崩れ去っているのが「正義」を装った「嘘」であり、それを執行しようとしていた「相手側」だということ。


「……終わりだ」


背後で、リオが小さく呟いた。彼の声には、驚きというよりは、事の結末を見届けた者の納得が混じっていた。


「……いいえ」


レイシアは、静かに首を横に振った。その金の髪が、陽光を受けてかつての輝きを取り戻したかのように揺れる。


「まだです。これはまだ、表面の皮が剥がれたに過ぎません」


「……?」


「――本体が、まだ残っています。この茶番を書き上げた、真の元凶が」


レイシアの視線が、広場の入り口へと向けられた。

その言葉を合図にするかのように、ざわめきが広場の外縁から波紋のように押し寄せてきた。


「……お通りください! 道を開けよ!」


近衛兵たちの鋭い声。武装した兵士たちが、力ずくで群衆を左右に分ける。

人々は恐怖に震えながら道を開け、そこに現れた人物を呆然と見つめた。


「……ここか。随分と派手にやってくれたものだな」


現れたのは、第一王子、アルヴェイン・フォン=ロストライン。

一分の隙もない礼装を纏い、王族としての威厳を肌から放っている。だが、その端正な表情の裏側には、隠しきれない激しい苛立ちと、信じがたい「不具合」を目の当たりにした不快感が滲み出ていた。


「……」


広場の空気が、再び針を刺すような緊張感に支配される。

国の頂点に立つべき男の降臨。民衆にとって、それは逆らえない絶対的な壁であるはずだった。

だが――以前とは決定的に違うことがあった。

人々の間に漂うのは、かつてのような盲目的な畏怖ではない。

「彼は本当に、我々の導き手なのか」という、冷たい疑念のおりが、広場全体を重く湿らせていた。


「……随分と騒がしいな、レイシア。下層区の鼠たちと共謀して、何のごっこ遊びだ?」


王子が周囲を冷ややかに見渡し、その視線をレイシアに固定する。


「……まだ生きていたか。泥にまみれてもなお、かつての栄光が忘れられずに足掻いているとは、見苦しい限りだ」


「……ええ」


レイシアは、静かに答えた。

声は低く、だが広場全体に響き渡る。


「ご期待に添えず、息災にしております。殿下」


それは、皮肉や嫌味ですらなかった。

ただの揺るぎない「事実」の提示。それが、アルヴェインの肥大した自尊心を、鋭利な刃物で削ぐように刺激した。


「……ふん。多少、奇術紛いの力を見せて民衆を惑わせたところで、何が変わると思っている」


王子は傲慢に顎を上げ、散らばった書類を冷たく一瞥した。


「公的な証拠はある。信頼に足る証言も揃っている。一介の没落令嬢が、言葉一つでそれらを覆せると思うな」


「――すでに覆っています、殿下」


レイシアは、王子の言葉を冷酷に遮った。

一切の迷いもなく、かつて自分が跪いていた相手の言葉を、文字通り切り捨てた。


「……何だと?」


王子の眉が、わずかに跳ねる。


「すべて、虚偽でした。証人も、証拠も。あなたが丹念に積み上げたそれらは、今、白日の下に晒されたのです」


「……」


「これらはすべて、あなたの側の独善が作り上げた『幻想』です。あなたは民を欺き、私という存在を消し去るために、真実を売った」


一瞬。広場全体から、呼吸の音が消えた。

アルヴェイン王子の表情が、凍りついたように止まる。


だが、彼はすぐに冷酷な笑みを浮かべ、姿勢を立て直した。


「……証明できるのか? その身勝手な戯言を。お前が何らかの術を使い、証人たちを操っているのではないと、どうして断言できる?」


「……ええ」


レイシアは深く頷き、ゆっくりと、泥に汚れた右手を掲げた。


「――裁定ジャッジメント


その瞬間、広場を包み込む空気が一変した。

淡く、だが世界の根源を照らし出すような清冽な光が、広場全体を、そして王子を包み込んだ。


「……っ!?」


アルヴェインの瞳が、驚愕に見開かれた。

感じたのだ。魔導回路を通した「魔法」などという生易しいものではない、自らの魂の深部を直接鷲掴みにされるような、異質な威圧。


「……これは……何の、真似だ……体が……ッ!」


王子は後ずさろうとしたが、その足は既にレイシアが展開した「断罪領域」の中に囚われていた。真実の光の下では、いかなる虚飾も、いかなる王権の威光も、その盾にはなり得ない。


「……あなたは、知っていたはずです」


レイシアの声が、王子の脳内に直接響く。


「この断罪の場が、最初から偽りであることを。私の潔白を、誰よりも理解していたはずだ。違うか?」


「……違う。貴様が……貴様が横領を働き、国を裏切ったのだ……!」


王子は即座に否定しようとした。

だが、その声は――真実の光に焼かれ、無様に裏返っていた。


「……命じた」


「……っ……ぁ……」


「自ら偽りの書類を作り、忠実な臣下に偽証を強いた。自らの権力を絶対のものにするために、婚約者を邪魔者として排除した」


「……!」


王子の唇が、意思に反してガタガタと震え始める。

光に曝された彼の内側から、隠蔽していた黒い欲望と記憶が、泥のように溢れ出していた。


「……あなたが、このすべての不条理の元凶です。アルヴェイン」


「……違う!! 私が……私が、そんな……ッ!!」


アルヴェインは絶叫した。

だが、その瞬間。広場を埋め尽くす民衆、そして彼を守るはずの近衛兵たちの全員が、魂の底で理解してしまった。


――今のは、否定ではない。

真実に焼かれた者の、無様な「自供」なのだと。


「……っ……ぁ、ぁあ……!」


王子の端正な顔が、屈辱と恐怖に歪んだ。

完璧だった統治者の仮面が、内側から爆発するように崩れ落ちていく。

彼は自分の口を必死に押さえたが、真実の領域の中で、隠し通すことなど不可能だった。


「……」


レイシアは、その無様な姿を、ただ静かに、哀れみさえも持たず見つめていた。

もう、言葉を重ねる必要はなかった。

裁定は下された。法廷の判決でもなく、一通の書類でもなく。

広場に集まったすべての人々の「目」という、最も残酷で確かな法によって。


「……」


群衆のざわめきが、急速に色を変えていく。

王子へと向けられるのは、敬意ではない。

拭い去れぬ不信。剥き出しの軽蔑。

そして――自分たちを駒として利用しようとした支配者に対する、静かなる怒り。


「……」


王子が何かを叫ぼうとして、言葉に詰まった。

もはや、彼の言葉に耳を貸す者はこの広場に一人としていなかった。


「……終わりです、殿下」


レイシアが、静かに宣告した。

それは、彼女を縛り付けていたすべての嘘が霧散した音であり。

一つの傲慢な時代の終焉を告げる、弔鐘のようでもあった。


そして――。

新しい「理」の始まり。


かつて、衆人環視の中で断罪され、すべてを失った女は。

今、同じ広場で。

自らを裏切った世界を、真実の名の下に断罪する側へと、完全に立っていた。


夕闇が迫る広場に、新しい「正義」の形を予感させるような、冷徹で清浄な風が吹き抜けていった。






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