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「お前は悪だ」と断罪された元公爵令嬢、真実を暴く力で全てを覆す  作者: 慈架太子


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第21話:陰謀再燃

王都の中心区。白亜の石造りの建物が整然と並び、権威と秩序を象徴する一角。

 その中でも、ひときわ重厚な石壁と、天を突くような尖塔を持つ建物――王城。

 下層区の喧騒が届かぬその最深部、豪奢な調度品で整えられた一室には、冬のような冷たい静寂が漂っていた。


「……例の女は、まだ生きているのか」


低い声が、壁に掛けられた重厚なタペストリーに吸収されるように響いた。

 部屋の主――第一王子、アルヴェイン。彼は彫刻のように整った顔立ちを、窓から差し込む陽光に晒していた。だが、その瞳には光を撥ね付けるような、底知れない冷たさが宿っている。


「はい、殿下。密偵からの報告によれば、間違いございません」


傍らに控えていた男が、深く頭を下げる。


「確認されております。現在は……下層区の端、薄汚れた食堂に身を寄せ、その日暮らしの生活を」


「……ほう」


アルヴェインの口元が、わずかに、獲物を追い詰めた猛獣のように歪んだ。


「随分と落ちたものだな。あの、汚れ一つ許さぬと豪語していた高潔な花が、泥水に浸かって息をしているとは」


彼の言葉には、隠しきれない愉悦が混じっていた。


「……」


部屋の温度が、王子の不機嫌さとは別の、殺気を含んだ冷気によってわずかに下がった。


「……一度、手続き上は完全に『処分』したはずだが? 学院を追放し、籍を剥奪し、誰からも見捨てられるよう仕向けた。それで終わるはずだった」


淡々とした、事務的な確認。だが、それは失敗を許さぬ者の声だ。


「手続き上は、すでに完了しております。ですが、完全な物理的排除には至っておらず……。あのような環境に放り出せば、数日と持たず自ら命を断つか、野垂れ死ぬものと」


「詰めが甘いな」


短く、氷を叩きつけたような拒絶が部下を貫いた。


「……申し訳ございません」


「まあいい」


王子は、興味を失ったように軽く手を振った。


「どうせ、時間の問題だ。名前も、金も、帰る場所もない。あのような温室育ちの女が、下層区という名の吹き溜まりでいつまでも誇りを保てるはずがない」


そう言いながらも、アルヴェインの目はわずかに細められた。その瞳の奥には、計算高い狡猾さが光っている。


「……だが。ただ死なせるだけでは、面白くない」


彼は豪奢な椅子に深く座り直し、指先を絡めた。


「“元”公爵令嬢、だったか。私は、あの女のあの目が気に食わない。すべてを奪われ、泥にまみれてもなお、自分が正しいと信じているような、あの傲慢な瞳だ」


王子はあえて、彼女の名前を口にしない。名前を呼ぶことさえ、今の彼女には不相応だと断じるかのように。


「……あの女には、もう一度、真の絶望を与えてやらねばならない。自分がどれほど無価値で、存在そのものが罪であるかを、“証明”してやろう」


「……排除ではなく、追い込みを?」


「ああ」


アルヴェインの口元に、歪んだ笑みが浮かぶ。


「噂を流せ。今度は、学院内の小競り合いなどという可愛いものではない」


「は?」


「簡単だ。汚職、横領、そして他国との密通。国家反逆の罪だ。証人、証拠、すべて好きに混ぜろ」


「……ですが、殿下。それはすでに前回の追放の際にある程度……」


「足りない。それでは、彼女を支持していた層に『疑念』を抱かせる程度でしかなかった」


王子は、机を指先でリズミカルに叩いた。その音が、誰かの命を削るカウントダウンのように響く。


「今回は違う。徹底的に、逃げ場がないように仕組め。王都の隅々、下層区の端の浮浪者に至るまで、『あの女は国を売った罪人だ』と認識されるように。彼女が縋ろうとする全ての者に、彼女を石で打たせるのだ」


「……承知いたしました」


部下の背筋が、恐怖でわずかに伸びる。


「……あと一つ」


王子が、思い出したように付け加えた。


「今、あの女は誰といる?」


「……報告によれば、男が一人。名はリオ。身元は不明ですが、下層区の雑用人のようです」


「どうでもいい。そのゴミも巻き込め。共犯だ」


興味なさそうに、だが残酷な一言を放つ。


「匿い、支援し、共に反逆を企てた。それで十分だろう。まとめて地獄へ突き落としてやれ」


「……承知いたしました」


部下は深く、最敬礼をして退出した。

 残された部屋で、王子は窓の外、広がる王都を見下ろしながら、静かに、だが確実な殺意を込めて呟いた。


「……潰せ。今度こそ、魂の欠片も残さぬように」



同じ頃、王都の影に隠れた薄暗い酒場の片隅。

 油と埃の匂いが漂う中、リオは手元の汚れた羊皮紙を睨みつけながら、苛立ちを隠さずに吐き捨てた。


「……くそ、最悪だな。想像以上にタチが悪い」


「……何があったのですか。そのような顔をして」


レイシアが、カウンターに水の入ったグラスを置きながら問う。彼女の瞳には、かつての傲慢な光とは違う、静かで鋭い知性の光が宿っていた。


「お前の話だ」


リオは無造作に、その紙をレイシアへと突き出した。


「……」


レイシアは無言でそれを受け取り、内容に目を通した。

 そこに書き殴られていたのは、目を疑うような毒々しい見出しの数々だった。


――“元公爵令嬢、国家資産数万金貨の横領疑惑確定”

 ――“隣国スピアとの密約。王都壊滅を企てた売国奴の正体”

 ――“逃亡中のレイシア、下層区の凶悪犯と合流し反撃を画策中”


「……」


言葉が、喉の奥に張り付いて出てこなかった。

 どれ一つとして、真実はない。そもそも彼女にそんな大規模な横領ができる権限などなかったし、スピアの言語すら話せない。

 だが、文章は異常なほど巧妙だった。一部の事実……例えば、彼女が下層区に潜伏しているという事実を織り交ぜることで、全ての虚偽に真実味を持たせていた。


「……広まってるぞ。もうこの広場の周辺でも、連中がお前の噂でもちきりだ」


リオは低く、警告するように続けた。


「お前を潰した連中。……連中は、お前を単に追い出すだけじゃ満足しなかったみたいだな」


「……ええ」


レイシアは静かに目を閉じ、深く呼吸した。

 かつて自分が仕えていたはずの王家。守ろうとしていた秩序。それが、今度は牙を剥き、自分をこの世から抹消しようとしている。

 

 震えは、なかった。

 胸の奥にあるのは、冷たい怒りと、そして第20話で感じていたあの「歪み」の正体に辿り着いたという、奇妙な納得感。


「これは……私を終わらせるための動きではありません。私という存在を、歴史から、人々の記憶から、徹底的に『悪』として葬り去るための儀式です」


「だろうな。……それに、巻き添えを食う俺のことも、しっかり『共犯』として名前が載り始めてる」


リオは肩をすくめたが、その目は笑っていなかった。


「……来るぞ、レイシア。今度は、あの路地裏の暴漢のような雑魚じゃない。国家という名の巨大な怪物が、本気でお前を噛み殺しに来る」


「……」


レイシアは手に持っていた紙を、静かに握りしめた。

 クシャリという乾いた音が、静かな酒場に響く。

 

 彼女はゆっくりと顔を上げた。


「……ならば。受けて立ちます」


静かに、だが鋼のような強さを持った宣言。

 かつての彼女なら、プライドのために戦っただろう。

 だが今は、隣に立つ男、自分を救ったパン、そして自分が生きると決めたこの「泥だらけの人生」を守るために。


「逃げないと、あの日誓いました。私は、私の正しさを、私自身で証明してみせます」


王都の空は、皮肉なほどに晴れ渡っている。

 だが、その陽光の下で、目に見えない巨大な嵐は確実に二人を飲み込もうと、渦を巻き始めていた。





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