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「お前は悪だ」と断罪された元公爵令嬢、真実を暴く力で全てを覆す  作者: 慈架太子


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第2話:理想の令嬢

王立学院・大講堂。

 そこは、この国において「選ばれた者」だけが呼吸を許される場所だ。

 天井には壮大な神話を描いたフレスコ画が広がり、巨大なシャンデリアから注がれる魔導光が、磨き抜かれた大理石の床を鏡のように照らし出している。

 今日は、王族臨席の式典が行われていた。

 重厚な空気、香油の匂い、そして参列者が纏う絹の衣擦れの音。すべてが平民の日常とは乖離した、高純度の「特権」で構成された空間だった。


上級貴族、学院の重鎮、そして成績上位の極一部の生徒。

 奨学生という身分で、かろうじて末席に滑り込んだ俺――リオにとって、この光景は現実味を欠いた絵画のようなものだ。周囲の貴族たちは、俺の古びた制服を視界に入れないよう、巧妙に目を逸らしている。


――だが。


「……すげぇな」


場違いな呟きが、俺の喉から漏れた。

 周囲の冷淡な空気も、場を支配する重圧も、すべてを忘れさせるほどの「存在」がそこにいた。壇上に立つ一人の少女。その姿に、会場にいる数百人の視線が、まるで磁石に吸い寄せられる鉄屑のように奪われていた。


レイシア・フォン=アルヴェリア。


昨日、中庭で俺を虫けらのように見下し、冷酷な言葉で切り捨てた女。

 そのはずなのに――。


今の彼女は、まるで「別物」だった。


「本日はお招きいただき、光栄に存じます」


澄んだ、鈴の音を転がしたような声が講堂に響き渡る。

 昨日聞いた刺すような冷気はない。そこにあるのは、聴く者すべてを包み込み、納得させるような知的な響きだ。

 淀みがまったくない。

 数分に及ぶ演説の間、一度の言い淀みも、視線の迷いも、呼吸の乱れさえもなかった。


「我が国の未来を担う者として、誇りと責務を胸に、私たちは学びに邁進すべきなのです。それは血筋に与えられた権利ではなく、国を支えるための義務であると、私は信じております」


言葉が整っている。

 姿勢が整っている。

 指先の動き一つ、扇を持つ角度一つ、そのすべてが「美」という定義を形にしたかのように完璧だった。


ただのスピーチだ。内容だって、建前を並べただけの退屈なものかもしれない。

 なのに、誰も目を逸らさない。

 ――いや、逸らせないのだ。圧倒的な「正しさ」を具現化したような彼女の姿に、人々は跪くことしか許されていないかのように見えた。


「……完璧だ」


すぐ隣の席に座っていた、鼻持ちならないはずの若手貴族が、恍惚とした表情で小さく呟いた。


「礼儀、教養、品格、そしてあふれんばかりの魔力量……。すべてにおいて、彼女は頂点にいる。アルヴェリア公爵家の最高傑作だ」

「王子殿下の婚約者として、これ以上の人材は他にいない。彼女こそが、この国の王冠を支える真珠だ」


あちこちから、抑えきれない賞賛の溜息が漏れ出す。

 それはお世辞や社交辞令ではない。彼らは心から信じているのだ。彼女という存在が、この国の秩序の象徴であることを。


それも当然だ。

 彼女は、「努力で積み上げた完璧」そのものなのだから。


公爵令嬢として生まれた瞬間から、彼女には過酷な運命が課されていたはずだ。

 幼い頃からの英才教育。

 喉が枯れるまで繰り返した礼儀作法の訓練。

 頭が割れるほどの知識を詰め込んだ政治学。

 魔力が尽きて倒れるまで続けた魔法実習。

 そして、令嬢らしからぬ剣術の研鑽。


どれ一つとして妥協せず、すべてにおいて「最高」という成果を叩き出してきた。

 彼女が今日見せているこの姿は、血筋という天賦の才以上に、気の遠くなるような時間の積み重ねが作り上げた、狂気的なまでの完成品だった。


そして――。


「レイシア」


壇上の袖から、一人の青年が歩み出た。

 その瞬間、講堂の温度がさらに数度上がったかのような錯覚を覚えた。


エドワード王子。


整った顔立ち、洗練された立ち振る舞い。王族としての威厳を纏いながらも、どこか親しみやすさを感じさせるその姿。

 そして何より、レイシアの隣に立つことが、世界の摂理として「当然」であるかのような空気。


「見事な挨拶だった。君が私の隣にいてくれることを、誇りに思うよ」


「ありがとうございます、殿下。身に余る光栄です」


レイシアは、ほんのわずかに微笑んだ。

 それは、昨日の俺を凍りつかせた無機質な表情とは違う。

 柔らかく、上品で、それでいて一寸の隙もない完璧な微笑み。


それは、国民が望む「理想の王妃像」そのものだった。

 誰もがその光景に酔いしれていた。


「やっぱりお似合いだな……」

「絵画から抜け出してきたような二人だ」

「理想の婚約者。将来、彼女が王妃になれば、この国も安泰だな」


周囲の声は、一方向に向かって加速していく。

 誰も疑わない。

 この二人が結ばれ、祝福に満ちた未来へと歩んでいくことを。

 この女が、生涯「頂点」に君臨し続けることを。


俺は、熱狂する観衆から少し離れた陰で、冷めた目でそれを見ていた。

 昨日、中庭の石畳の上で俺を拒絶した彼女と、今、壇上で王子に微笑む彼女。


「……昨日とは別人だな」


思わず、嘲笑に近い呟きが口をつく。

 あの刺すような言葉も、感情の死んだ視線も、今は欠片も見当たらない。

 彼女は今、この場にいる全員が求めている「役」を完璧に演じている。


代わりにあるのは――。

 「誰もが認める理想像」。

 公爵令嬢として、婚約者として、そして次期王位継承者のパートナーとして。


そのとき、不意にレイシアの視線が、吸い寄せられるようにこちらへと動いた。

 何百人もいる聴衆の中から、なぜか俺のいる末席を掠める。


――冷たい。


ほんの一瞬。瞬きをするよりも短い時間だった。

 だが、俺にははっきりと分かった。

 あの王子に向けている微笑みの裏側で、俺を捉えたその瞳の温度は、昨日と同じ「絶対零度」だった。


壇上では、万人に愛される完璧な令嬢。

 だが、その内側には――。

 依然として、はっきりとした「線引き」がある。


自分と同等の価値があるか、ないか。

 世界を構成する「部品」として機能しているか、いないか。

 そして、俺のような平民は、彼女の辞書においては間違いなく「価値なき者」に分類されている。


レイシアはすぐに視線を戻し、何事もなかったように王子の隣で、再び優雅な仕草を見せる。

 その姿は、やはり美しかった。

 非の打ちどころがない。

 彼女を批判する余地など、この世界のどこにも存在しないように思える。


――だからこそ。

 “完成されすぎている”。


誰もが憧れる、太陽のような存在。

 誰もが認める、揺るぎない正解。

 誰もが疑わない、黄金の未来。


だが――。


「……つまらねぇな」


拍手の渦の中で、俺の声は誰にも届かずに消えた。

 完璧すぎるものは、それを支える柱の一つが折れただけで、修復不可能なほど無様に崩壊する。

 高ければ高いほど、墜落したときの衝撃は凄まじいものになる。


あの女は、まだ知らない。

 自分がどれだけ「高い場所」に立たされているのかを。

 そして、その高さが、誰かの悪意や、気まぐれな運命一つで、奈落へと繋がる崖っぷちに変わるということを。


――落ちたとき、どれだけ痛いかを。


俺は、拍手することさえ忘れ、王子の隣で光り輝く彼女の背中を見つめ続けていた。

 その完璧な輪郭が、いつか血を流して歪む瞬間を、予感という名の呪いのように胸に抱きながら。




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