10/18 トウラ様が来てる
日付:10/18
担当:佐藤
内容:
備考欄;
今日一日、私だけで対応しています。
すべて、トウラ様からの電話です。
他の人は、今日の朝から見てません。
私以外、センターには誰もいません。
向こう側から名前を呼ばれても、誰か知りません。
気が付いたら責任者がいなくて、私以外のオペレーターもいなくて。
こんなに人がいなかったことはありません。
コールセンターは自転車操業で、今日来ていた人が次の日には退職していることがあります。
ですが、私以外がいないのは異常だと思います。
後ろに人の気配を感じます。
トウラ様が出てこられました。
まだ、実体ではないはずです。
人がいたはずです。業務日誌に残っている人たちは、私の同僚や上司だったのでしょう。
思い出しました。
情報システム部や総務部の人たちは、早めにいなくなりました。
中田さんは、怯えたようにセンターから出ました。今どこにいるかわかりません。
大久保さんは、気が付いたらいませんでした。
河合さんは、車を気にしていました。なぜかはわかりません。
相原さんは、寝不足だと話してました。ここ最近はよく眠れると話してくれていたはずです。
田中さんは、センターで一番の古株でした。いろんなことを知っていた長老のような人です。
高橋さんは、寿退社の予定でした。玉の輿と楽しそうに話していた様子が目に浮かびます。
上田さんは、引っ越しの予定が入っていたと話していました。ローンを組んで思い切って新築にしたと誇らしげに話してくれました。
内藤さんは、のんびりとした方です。何度もフォローに入っていただきました。
川原さんは、わかりやすい資料を作る人でした。何度も読んだ記憶があります。
上村SVは、しっかりとした人です。緩い話し方でしたが、芯のある方です。
仲間SVは、厳しい人です。自分を律して、責任を取ってくれる人です。
市川SVは、柔らかな話し方をする人です。引継ぎの際には、その声に励まされました。
井上SVは、部署が違うのであまり話すことはありません。ただ、オペレーターをよく見ているのか「体調どう?」と話しかけてくれます。
中口SVは、ひょうきんな人です。ただ、いつもふざけているわけではなく、空気を読んで励ましてくれたりもします。
周りには、だれもいません。
後ろに誰か立っている気配を感じます。
複数人のような気がします。
一人のような気がします。
コール音が鳴っています。
電話のコール音ではありません。
後ろから聞こえてきます。
取らない選択肢もあります。
ここから、どうやって逃げればいいんでしょうか。
私の名前は既に知られているかもしれない。
どうしたらいいでしょうか。
名前を言えば、楽になるんでしょうか。
業務マニュアルにもあったじゃないですか。フルネームを話すのは禁止と。
どこかで「トウラ様に委ねたほうが、いいのでは」という気持ちもあります。
怖いんです。
なぜ怖いかなんて、わかりません。
他の人の業務日誌を見ました。
彼らの悩みは、トウラ様が解決した。
私には悩みがないんです。
ずっとトウラ様が、私の名前を呼んでいます。
知ってはいるけれど、私の口から言わないとだめなのでしょう。
「佐藤いお……さん?でしたよね」
返事をしたらどうなるのでしょう。
返事をしたいです。トウラ様のもとに行けるなら。
帰りたいです。家に。
私に執着する理由もわかりました。
今までは電話です。声しかわからなかったからです。
出ようとしています。
形をとろうとしています。
私は、トウラ様の「形」に選ばれました。
私は、出られません。ごめんね。お父さん、お母さん。
どうしたら、よかったんでしょうか。
「佐藤いおさん」
わかりました。ありがとうございました。




