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愛屍の臨界──ゾンビ戦争の英雄、ふたりの恋人の物語  作者: 斉城ユヅル
第1章 さらば愛しき法と秩序の日々
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さらば愛しき法と秩序の日々。

パソコンを閉じ、美咲もローテーブルに座る。



「駐屯地に受け入れてもらえるか……これは賭けね。フェンスを乗り越えて入る。保護されている内に役割を見つけて軍内で価値ある人材になる」



駐屯地に潜り込む算段を練る美咲。



「今の時点で、自衛隊がアタシたちに危害を加えるとは思えない。保護される可能性は十分にあるわ。入れてもらえないかもしれないけど……そのときはそのときね。諦めず侵入する手を探しましょう」



──もし断られたら?



そのリスクを指摘しようとして、だからなんだと言う答えを自分で得る。


ここに残っても、受け入れられなくても、死ぬだけだ。



動いて、受け入れてもらえるなら生きる可能性が繋がる。


もはや、0ではないという可能性に縋るしかない。



「問題はどう行くかだな」



練馬駐屯地の最寄り駅『平和台』まで電車で15分。


一瞬で行ける。動いていればな。



最新の情報で運休が確定している。ダイヤ調整は諦めたらしい。



「徒歩で行く」


「護国寺から練馬までか?」



頷く美咲。



「それしかないわよ」



──ゾンビがいる中、歩きで延々と?



唇を痛いほど噛む。正直怖い。危険すぎる。心はそう言っている。



「幹線道路は渋滞。車は無理。音が出るバイクもダメ。自転車はいいけど、警戒が疎かになる。タックルされたら転倒して死ぬ」


「だから、静かに偵察しつつ移動できる徒歩移動しかない」



しかし、美咲の言葉を頭で《理解》してしまう。


それしかない。



ならば、問題はいつ動くか?


そして、どうゾンビと戦うか?



スマホを傾ける。


勝ち気な美咲の待ち受け画像に時刻が出る。



──14時38分



まだ明るいが、もうすぐ夜になる。



「駐屯地が保護するつもりでも、人が集中すれば、定員オーバーになるだろ。なら、早く移動しないと!」


「あ、でも、今から行くと途中で夜になるな」


「……美咲、動くなら昼と夜のどっちがいいんだ?」



聞いて思うが、ゾンビの性質次第か?



「いえ、夜に動くわ。今夜! そして、決行は《サイレン》次第ね」


「サイレン?」



なんでと疑問を浮かべた俺に美咲が説明してくれる。



「まだ警察の機能が飽和しつつも残っているわ。さっきの男も女も遅れたとはいえ、パトカーと救急車で運ばれていった。でも、このまま暴徒が増えれば機能不全になる」


「サイレンが減ってくるのは、治安が回復したからではなく、執行機関が破綻したからよ。それが合図になる」



──警察が破綻したら合図?



その論理の先が脳裏に浮かび、鳥肌が立つ。



「次に外出するとき、アタシたちは日本の法制度から《逸脱》する」


「出来る限り武装する。銃刀法違反になるわ。生きている可能性のあるゾンビを殺す。これは殺人罪になる。でもやるのよ。アタシたちは法を破る《犯罪者》。警察は《敵》。なら、警察がダウンしてからじゃないと。捕まりそうになったら、警官を殺してでも逃げるしかないわね」



頬がピクピクと痙攣する。



──法を破る。



そんな、それすらも、条件の一つとして語る美咲が分からない。


だが、頭は理解している。これは合理的である、と。



じゃあ、俺は、撃たれて死ぬかもしれないんだな。


喰われて確実に死ぬ未来を避けるために・・・。



──クソッタレの選択肢だ



「俺たちは犯罪者になるってことか……。そうじゃなければ自衛すらできないもんな。でも、警察に見つかれば逮捕される。ゾンビを倒せば殺人か。これは……参ったな。いや、お前の結論は理解できている」


「そうよ、だから、見られにくい《夜》に動くべき!」


「もう一つあるわ。警察がダウンして、法執行機関が沈黙する。でも、まだ法律の残り香があるその一瞬がチャンスなの」


「どういうこと?」


「法律がなくなって、生存者が警察はもう存在しないと思って、アタシたちと同じように合理的で決断力のある個人が、生存のために動き始めたら、生き残り同士の殺し合いになる」



真顔で美咲が告げる、犯罪者になる俺たちが直面する次なる地獄。



──法も秩序もない、生存闘争。



「美人で若いアタシなんてきっとつかまって死ぬより酷い目に遭わされるわね……」


「そして、それが違法ではない世界になるの。そうなってから外出して移動するのはゾンビだけでなく、人間との接触がリスクになる。でも、今夜なら……まだそこまで思い切っている人間は殆どいないはず」


「だから、今夜しかない」


「まだ電気が生きていて、警察がダウンした直後で、法律を破ってサバイブする覚悟を持つ民間人がいない。この三重点が、アタシたちの生存確率を最大化するタイミング」



──ゴクリ



どこまでも合理的に納得した。


もはや、犯罪者になることも、警察を敵として扱うことも、それに納得した自分も恐ろしい。



急速に日常が壊れていく。



──だが、俺たちはそれよりも早く壊れた



狂ったのではない。美咲は狂っていない。


どこまでも生き残るための合理を突き詰めた結果、壊れた。



そうでなければふたりで生き残れない。



それだけの理由で、俺たちは国家システムの外に飛び出す壊れた《犯罪者》になることを決めたのだ。

第1章完結です。


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