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愛屍の臨界──ゾンビ戦争の英雄、ふたりの恋人の物語  作者: 斉城ユヅル
第1章 さらば愛しき法と秩序の日々
8/15

俺の質問、美咲の発想が、生存の可能性を繋ぐ。

美咲を追って、クーラーの効いた室内に戻る。



重く閉じられたカーテンの隙間からは、さっきまでの修羅場の音も届かない。


快適ないつもの日常だ。



ローテーブルを挟んで、美咲と向かい合う。


彼女は姿勢を正し、冷たい声で切り出した。



「現時点で、アタシたちに生き残る可能性はない」



俺は唇を噛み、頷いた。


美咲は表情を変えず、言葉を積み重ねていった。



「最善の選択は籠城。でも、さっきの女性を見たわね? 顎を殴られても鼻を潰されても、止まらなかった。小柄な女ですら致命的脅威よ。もし大柄な男だったら? 勝てるわけがない」



事実の羅列。希望の余地は削られていく。



「つまり、最善手を打ち続けてもアタシたちは死ぬ。もって……1週間ってところね」



淡々としたその言葉は、絶望を告げているのではない。


ただの事実確認だ。


何故だろう、彼女の顔は、唇を固く結び、《重苦しい覚悟》に染まっていた。



──美咲は何を思いついたんだ



身じろぎすらせず、彼女に言葉を待った。


美咲は俺を真っ直ぐに見つめ、言う。



「そして、アンタの問い。答えは一つ」


「この状況で生き延びる人間は、既に生き延びる準備をしてきた人間だけよ」


「アタシたちが生き延びる方法は、生き延びる準備をしてきた人の保護を受ける、寄生する、または、乗っ取る……。それしかない。他人が作った生存の可能性に相乗りするわよ」


「どんなに卑怯でも、これが残された最後の可能性」



──生き残る準備をしてきた人間



あぁ、なるほど、確かに。


可能性の細い道。


暗闇の中、さっきまでは無かった未来に続く一本のラインが見えた。



生き残る用意をしている人間は、助かりうる。


その人間に助けを求める。



だが、美咲は言葉を繋いだ。



──乗っ取る。寄生する。



助けてくれと言って助けてくれるわけがない。



ならばどうする──



・・・卑怯、か。



胸が引き裂けそうだ。


だが、やらねばふたりとも死ぬ。



──なんだってやってやる



《なんだって》



その残酷さを理解する。



ふたりで生き残る。


それ以外の全てを投げ捨てる。



その果てにようやく手が届く可能性。



やらねば、「一緒に死ぬか?」以外、もう言えないのだ。



──昨夜食べた甘いケーキとその後の甘いひと時



もう、遥か昔の事のように思える。



「……情報収集の方針を切り替えるわ。明らかに事前に準備をしている政府機関、警察、病院、自衛隊、そして個人を探す。そこに潜り込む」


「それが、アタシたちの生存ルートよ!」



確かに生き延びる目が見えた。


だが、笑顔なんて浮かばない。



固く歯を噛みしめて、頷いた。



「了解だ」


「アタシは政府機関から洗い出す、アンタは自衛隊の動きを調べて!」



*



猛然とパソコンのキーを叩く美咲


その後ろ姿を見つめて俺は結論した。



──俺はここで死んだ



ここから先の未来があるのは、彼女のおかげだ。



最善手を選んだとしても、俺はここで籠城し、死ぬ。


自力で助かる可能性がないから、助かる用意をしてきた人間に寄生する?



その発想。



死ぬまで俺には出てこなかったはずだ。



たった今、俺は、美咲に命を救われた。


アイデア、一つ。


だが、今はそれが《命》と同じ価値を持っていた。



俺は、自衛隊関連情報を調べるべく、手の中でスマホを握りしめた。



*



防衛省の公式ページ──更新はない。


暴徒の文字すらない。



土曜の13時。役人は休み。


だから更新できないのか?



調査対象を切り替える。


SNSだ。


検索ワードを打ち込む。



《自衛隊 車列》《自衛隊 訓練》《自衛隊 動員》



画面に溢れる目撃報告。



「珍しい車両を見た」


「迫力あった!」



──ノイズ



ただの軍オタか、暇な通行人の投稿だ。



歯を食いしばり、祈るように範囲を広げる。


「都内駐屯地」でネット検索し、駐屯地名を把握。



朝霞駐屯地、練馬駐屯地・・・



それぞれの名前で調べていく。



──練馬駐屯地



スクロールが止まった。


一枚の鮮明な写真。



道路を埋める車列。


装甲車、トラック、牽引車が次々と基地から出てきている。


撮影者は得意げに「普通科と特化科の混合編成は珍しい!最高の写真が撮れた!」と書いていた。



投稿時刻──昨日の11時。



「昨日?」



ドクンと鼓動が高鳴る。



自衛隊はすでに動いていた?


だが、練馬駐屯地でネットを調べるが、ニュースには何も出ていない。



さらに指を滑らせる。



《基地》で再検索。


──異様な投稿が目に付いた。



『何の訓練だろ?』



別の写真。


駐屯地の司令部本棟。



土嚢が無数に積み上げられ、まるで要塞のように建物の入口を塞いでいる。



投稿時刻──昨日の16時。



画像を拡大するが、どこの基地か分からない。


祈るようにネットからストリートビューを開き、練馬駐屯地を見る。



「……っ!!!」



声にならぬ声が漏れた。


繋がった。



──画像は《練馬駐屯地》の司令部本棟だ。



画像とストリートビューが一致した。


違うのは、土嚢で囲まれているかどうか。



──ここは準備している、明らかに。



これだ!!!


震えが止まらない。



パソコンに向かい、揺れるセミロングの巻き髪を見つめ心の中で呟く。


お前は本当に、得難い完璧彼女だよ



「美咲!」



スマホの画面を向ける手が震えている。


画面を示す俺の震える声に、美咲が飛びつくように身を寄せてきた。



一緒に覗き込む。



「……これよ! 自衛隊が動いてるの?」



食い入るように画面を凝視する美咲。



「いや、他の駐屯地は動いてない。ここだけだ」



練馬駐屯地。


そこだけ。



「独断かしら? ……だとしても、ここは備えてる。防備を固め、部隊を動かしてる!」



美咲の頬が上気し、目に火が宿る。



「悟司、ここに入り込むわよ!」



14時17分。


0%だった生存の可能性に、か細くとも確かな光が灯った。

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