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第6節 絶望の中でも選べる選択肢。

美咲の血の気の失せた白磁のような頬を涙が伝う。


無表情の中、目だけが僅かに揺れていた。



彼女は考えて、《死》という結論を得た。


今、感情が追いついてきたんだろう。



俺は警官のいない交番を見て、ゾンビが増えることを考えて、頭で《死》を理解した。


でも、まだ、感情が追いついていない。



「何とかなるさ」というカラ元気も、「きっと政府が何とかしてくれる」という希望的観測も、今は何の役にも立たない。そんな小手先の言葉では、美咲の明晰な理性の前で、慰めにすらならない。



──あまりにも無慈悲だ



美咲が見せる絶望の涙。拭くことも、顔を覆うこともなく。俺を見ているようで、何も見ていない。


・・・美咲のこんな表情、見たくはなかったなぁ。


慰めたい。でも、言葉なんて思いつかない。



だから、そっと美咲を抱き寄せる。



「……助からない」



力なく引かれるままもたれ掛かる美咲を、ギュッと強く抱きしめる。



「どこにも可能性がない」



こんなに熱くて柔らかい美咲の身体が、冷えて硬くなるなんて、俺には信じられなかった。


でも、頭では理解している。どう動いても、死ぬ以外の選択肢が見つからない。



ゾンビに齧られて、激痛の中、息絶えるのか。


停電になって冷房が無くなった部屋で渇き死にするのか。



選べるのは死に方だけだ。



──美咲だけでも助けたい



だが、状況は俺の命を使ってどうこうできる領域には、ない。



どうせ死ぬなら・・・



「一緒に死ぬか……」



覚悟もなく、考えもせず、ただ、想いが口から漏れる。俺の腕の中で、美咲がビクリと震えて止まる。言っていてなんだが、悪くない選択肢に思えてくる。昨日まで自殺願望などなかったんだがな。


ゾンビにならず、あまり苦しまずに、一緒に逝けるなら。


飛び降りで即死するには何階以上に登ればいいんだろう・・・?



俺の頭が死に逃げ始めたとき、美咲の声が引き留めた。



「死にたく、ない。アンタに死んでほしくない。アタシも、まだ生きていたい」



絶望の中で美咲が呟く「生きたい」。その言葉が、どうしようもなく胸を揺らす。


思わず、歯を食いしばった。視界が滲んでくる。死のうかと言ったときには出なかった《涙》が今更に込み上げる。



俺だって生きたい。


まだプロポーズすら・・・できていないのだ。



生きたいと言い、強く俺にしがみ付く美咲の肩に顔を埋めた。涙が零れていくが気にもならない。



「お前には生きてほしい。俺もまだ死にたくない。なら・・・生き延びるしかない」



意志が固まっていく。顔を上げ、美咲の瞳を見つめて、俺は告げる。



「無理でも無茶でも、生きよう。生き抜こう。俺と一緒に、最後まで」



その言葉に、美咲の見開かれた目が、力を宿していく。


あぁ、決意に染まる彼女の瞳は、美しい。



──この目が俺は好きなんだ



「……ホント、やるときはやる男ね。そうよ、死ぬと分かったから死ぬなんてアホらしい。死ぬと理解して生き抜く意志にこそ価値がある! 悟司、生きるわよ。何としても。いいわね?」



胸の内に抱くこの暖かさを守るためなら、俺は・・・。



「なんだってやってやる。やらなければ死ぬんだ。美咲、やるしかないぞ」


「……で、どうする?」



ここで名案が出ないのが凡人の限界だ。



「・・・」



美咲も動かない。



うーむ。


どう考えても死ぬし、死ぬしかないと納得もしている。俺たちに希望はない。



──どうすりゃいいんだ



仮定してみる。



「なぁ、美咲、この状況で生き延びることができる人間ってどんな人間だ?」



知性や体力だろうか。


いや、それなら美咲は高水準だ。


体力では無理なのはさっきの大男が証明している。



はてさて。



抱きしめていた美咲がふらりと身体を起こす。


その目が爛々と光っている。



「悟司、アンタ、天才よ!」



そういって、迫る美咲が俺の唇を奪う。



──天才?柔らかい?



混乱に、俺の意識が溶けて行った。

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