第6章エピローグ おいおい、そんな顔してたのかよ。こりゃ、まいったなァ!
ぽつりと落ちた彼女の言葉に、田所と女性が僅かに驚いたように身じろぎする。
僅かに緩んだ雰囲気を仕切り直すように美咲が女性を見て告げた。
「それで、あなたはどうしてここに?」
その美咲の問いに、俺は女性に視線を向ける。
若く綺麗な人だ。とはいえ、年齢を予想するのは得意じゃない。30代前半くらいだろうか。
俺たちより年上だと思う。
背は並みだが、胸の盛り上がりもほとんどなく、身体の線も細い。彩葉は元気な奴だが、この人は大人しそうだ。視線も合わない。だが、不思議と儚さは感じなかった。
髪は肩にかかるくらいのボブカット、淡いブルーグレーの小さな雫型イヤリングが耳元に覗いた。
服装が紺色のブラウスに膝下丈のスカート、靴はローファー、背中にはビジネスリュック。おそらく、仕事帰りだ。
この時間に?と0時を過ぎている店内の時計に目をやるが、電車が止まっていることを思い出し、なるほとと理解する。
女性が美咲の視線を避けるように下を向く、青いイヤリングがさらりと揺れた。
背負ったリュックの肩紐を握り直して彼女が言う。
「……仕事場から帰る電車が、止まっていたので、私、歩いてきたんです。そしたら、あの子が一人で道端に座っていて。泣いてはいなかったけど、あまりにも小さく見えて……」
彼女の声がかすれる。小さな声。耳を澄ます。
「塾講師……なんで、あの年代の子どもは生徒に見えて……。どうしても放っておけなくて。家に連れて帰ろうと一緒に歩き出したところを、彼らに……襲われました」
その先を田所が引き取った。
「そこを、俺が助けた」
鉄パイプの位置を調整する田所。
「ニュースを見て、外がどうなってるか確かめたくてな。……仕事道具を担いで出たんだ」
顎でしゃくって、女性を示す。
「で、コイツに会った。そこで1体ぶっ壊して、近くのコンビニまで逃げてきた。……そこで囲まれたが、オメェらに……助けられた」
美咲は黙って二人を見つめていた。
ほんの数秒、冷却機の低い唸りだけが流れる。
やがて、美咲が静かに言った。
「放っておけなかった──いい言葉ね。名前を教えてくれるかしら?」
「……三浦です」
その声は柔らかく、控えめに響いた。
「三浦さん。あなたみたいな人が必要なの。だから、一緒に来て。……1人になったら、助からないわ」
女性──三浦は戸惑いつつ受け入れた。
「……わかり、ました。ご迷惑じゃなければ、お願いしたいくらいです」
「決まりね!」
「なァ、ちょっといいか、嬢ちゃん」
低く田所が口を挟む。
おもむろに立ち上がり、背を伸ばし外を見て、続けた。
「助かる方法って奴をよ、詳しく教えろや」
「外に出たら、話す余裕もねぇだろ」
道理だった。
美咲も頷いて、話し出す。
「そうね。助かる方法がある。これはアタシたちが助かる唯一の可能性。そもそも……」
*
「……なるほどなァ。筋は通ってやがる。ゾンビ共に、練馬駐屯地だけは備えている・・・か。頭いいな、嬢ちゃんよォ」
「褒めても何も出ないわよ」
「ハッ!!」
田所は笑った。その笑いに、もう迷いはなかった。
「いいじゃねぇか……筋は通ってる。だったら、俺は戦うだけだ」
「あの、私は……何をすれば?」
おずおずと聞いてくる三浦に、美咲が即答した。
「早瀬君を守って。最後まで。それがあなたの役目よ。最低限の武器を持ってもらう。あなたが死ねば、次はあの子よ」
「……っ……武器……」
彼女はほんの一瞬だけ眉を寄せたが直ぐに答えた。
「分かりました。……あの子を、守ります」
「お願いね」
「ここで少し休みましょう。30分くらい。そしたら、出発よ」
田所が鉄パイプを床に置く。
美咲もヘルメットを外し、額の汗をぬぐった。
俺もそれにならって、盾と槍を降ろし、ヘルメットに指を掛ける。
「おいおい……ヘルメットの下、そんな顔してたのかよ。こりゃ、まいったなァ!」
「……だから、褒めても何もあげないわよ」
「ハッハッハッ!!」
その底抜けた笑いに、つられるように俺も笑ってしまったのだった。




