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愛屍の臨界──それは「愛してる」が全ての理由になる世界  作者: 灯野ユヅル@GoodNovel契約作家
第6章 意志こそ武器。そして、武器は使い方
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第7節 子どもが邪魔だ。だから──消えてもらう。

「(子どもが邪魔だな)」



俺の囁き声に小さく頷く美咲。


彩葉はコンビニ奥のスペースに向かわせた。あいつは直ぐに打ち解けるだろう。鉄パイプを手に田所もついていった。俺と美咲は最後に周りを見ておくと田所に告げ、外が見えるガラス沿い、漫画と雑誌が並んだコーナーに移動していた。



「(足手まといになるぞ)」


「そうね。いざというときに叫ばれたら全員が危ない」



口を尖らせてしばし瞑目した美咲が言う。



「足手まといなら、……」


(消えてもらうしかない)



その先は声ではなく、美咲の意味深な視線と引き絞られた唇で理解した。



「……気分は悪いけどね」



・・・美咲のおかげで田所が戦力になった。子どもという重しは有用だ。だが、それ以上に全員をリスクにさらすなら邪魔になる。ゾンビが出てきたからと叫ばれても困るのだ。子どもの無垢な悲鳴が、全員を殺す。


だから──(消えてもらう)。



息が詰まるし、胸は重い。だが、今まで程じゃない。嫌な話だが、この考え方に、慣れている。そう、自覚する。



「まだ、決めないわよ。判断はあの子と話してから」



美咲の言葉にゆっくり、深く頷いた。


息を吸い、意識を集中させるように細く長く吐き捨てた美咲が状況を整理する。



「田所が指揮下に入った。子どもを連れて行くなら6人は仲間よ。……見た感じ近くにゾンビもいない。ここで動きを固めるわ。

 彼は強い。鬼札が手に入った。扱いにくいとしても、有用すぎる。1体ならゾンビを倒せる人間がこちらにいる。一息付ける」



その肩からは確かに重荷が一つ落とされた。


出会えば死ぬ。次はない。あまりにもシビアな綱渡りに、1体までなら撃退しうるというカードが加わった。



「本当に、助けた甲斐があったな」


「……えぇ。それに、2度目の戦闘で分かったでしょ。ゾンビであっても奇襲は有利。こちらから仕掛ける。ほら、あの女ゾンビ……」



美咲がガラスの外を顎で指し示す。額が潰れ、脳みそがはみ出したワンピース姿の死体を見る。



「2人がかりで向かえば危なげなく完封できた。先に見つけて、先に倒す。田所がいるから、攻めるという選択肢ができた。これなら……」


そこで息を詰め、重荷ごと吐き出すように美咲が言い切る。


「練馬まで行けるわ」



その声には、今日一番の希望が込められてた。


無意識に微笑んで拳を掲げる。



──トンっ



拳をぶつけ合った。



「さ、組織化するわよ」



*



「ゾンビは?」


「いない。近くには。しばらく、ここは安全よ」



答えながら、美咲は奥の女子どもに視線を向けつつ、田所に問いかけた。


「それで……田所は父親じゃ、ないわよね? 彼らは親子なの?」



田所が弁当の棚に背を預けつつ太い声を放つ。



「ちげぇよ、独り身だ」



鉄パイプを肩に立てかけたまま、顎で2人をしゃくる。



「こいつらも、親子じゃねぇ」


「……そう、やっぱりね」



美咲が短く返す。


確かに、お母さんと息子というには少し余所余所しさを感じる2人だった。



美咲が2人に向き直り、一直線に子どもへ歩み寄る。



蛍光灯の白い光の中、少年は缶ジュースを両手で持って座っていた。


ズンズン近づく完全武装した美咲に僅かにのけ反り不安げに女性の服を握る少年。



その前で、美咲は片膝をつき、彼の目線まで視線を下げた。



「……どうして1人なのかな?」


「お母さんが、逃げろって……」


「そう……。1人で怖くなかった?」



少し考えて、少年は答えた。



「……怖かった。でも、逃げているときは、必死で、考えなかった」


「……そう」



美咲の声は静かだ。



「……いい? これからアタシたちは、何人も死ぬかもしれない場所に行くの」



少年はその言葉に身を震わせて、それでも美咲の視線から逃げなかった。



「分かる?」


「……分かる」


「もし、誰かが君に助けてって叫んだら、どうする?」



言葉に詰まる少年。


目線が少し落ち、運動靴の靴先が動く。



「どう……って……」


「……そうね」



美咲が少しだけ声を柔らかくした。



「行くな、無視しろってアタシが言ったらどうする?」



僅かに固まった少年は、ゆっくりと顔を上げた。



「……言われた通りに、します」



いい返事だ、と俺は思った。


そして、美咲も頷いた。



「分かった。それでいい」



一呼吸おいて、美咲が尋ねる。



「じゃあ、お姉ちゃんに名前を教えて」


早瀬蒼真(はやせ そうま)、です」


「早瀬君ね、いい、早瀬君。覚えておいて。アタシも、そこのお兄ちゃんも、田所のおっちゃんも、ここにいる大人は、みんな、みんな、あなたを守る」


「だから、あなたは守られなさい。大人から離れず、大人の指示に従って。それがあなたの役目よ。いいわね?」



まだ幼さの残る顔に不安が浮かぶ。



──だが、しかし、いいじゃないか



その少年──早瀬君は精一杯の決意を顔に浮かべ、確かに頷いたのだ。



美咲の横顔が自然に綻ぶ。頭を撫でるかのように手を伸ばしかけ、握っていた槍の重みに気づき、動きを止めたように見えた。


それを見て、少年が首を傾げる。



ほんの短い沈黙。



「彩葉、この子とおやつでも漁ってなさい。……全品100%オフよ」


「了解っす。やったね、少年! ほら、行こ!」



彩葉が明るく言って、手を差し出す。


「うん」と早瀬君は小さく笑い、手を取った。



おやつ探しに旅立った2人を見送り、美咲が田所と女性に向き直る。



弁当置き場の冷却音の低い唸りを、彼女の声が塗りつぶした。



「……ほんと、子どもは《未来》そのものね」



ぽつりと落ちた彼女の言葉に、田所が僅かに驚いたように身じろぎする。


僅かに緩んだ雰囲気を仕切り直すように美咲が女性を見て告げた。



「それで、あなたはどうしてここに?」

「田所。アタシたち全員を守ってもらうけど。敵はゾンビだけじゃないのよ。相手が人間だとしても、あなた動けるの?」



田所が眉をひそめ、ほんの一瞬だけ目を閉じる。



「……ハッ、そんなもん、単純な話だろ。敵か味方か、それだけだ。襲ってきたら、やる。……それが人間なら、少し気分は悪ぃが、手は止めねぇ」


「そう。ならいいわ」


「ただし」



田所が低く続ける。



「俺を動かしてぇなら、『殺せ』とあんたが言え。……それが約束だ」



美咲は「もちろんよ」と頷く。


ならいいと満足げに腕組みをして田所は口を閉じた。




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