第6節 力の秩序──理の支配(下)
「このままじゃ、あなたたち、全員死ぬわよ」
「はっ? 脅しかよ?」
田所が鼻で笑う。
「いえ、警告よ」
真顔に戻り舌打ちする田所。返事はない。
「……この街はもう、理屈が通じない。力こそすべての世界になった。アタシたちはそう思って、ここまで来た」
「上等な世界じゃねぇか。俺の肌に合う。テメェは、その《世界》で生き残る自信があるって顔だな」
「ええ。だから言うの。あなたは強い。……でも、それだけじゃ守れないわ」
威圧しつつも落ち着いていた田所からブワッと怒気が漏れた。
低く凄む唸り声。
「は?」
噛みつかんばかりの圧。
「今、なんつった?」
心臓が高鳴る。美咲は揺れない。ヘルメットに覆われた後頭部を見る。
その表情は分からない。
「聞こえなかった? 言葉通りよ」
田所が鉄パイプを持ち上げる。
鉄パイプの先が床を摺り、ギャリッとわずかに鳴く。
それは明確な脅しだった。
「俺の方が弱いって言いてぇのか? この軟弱なお嬢ちゃんが」
「ええ。あなたは弱いわよ」
その一言で、空気が爆ぜた。
ガンッ。
田所の鉄パイプが床を叩く。硬質な音が静寂を裂く。
「……なんだとッ!!!」
瞬間、美咲の身体が沈む。
腰を落とし、盾を掲げて緩く槍を構えた。
合わせてカバーに入る。
美咲の盾に、盾を重ねるように一歩前に出た。
「彩葉、構えて」
美咲の短い指示。
流れに呆然としていた彩葉が直ぐに反応する。
担いでいた長槍を自然に下し、半身になって槍を構える。
「人を刺すのは、慣れたでしょう?」
彩葉が僅かに笑う音。
「……慣れたくて慣れたわけじゃないっすけどね」
三本の槍の穂先が揃って揺れる。
ピシピシと空気が引き締まる。
これが脅しで止まるか、血を見るか。
美咲の指示と判断を待つ。
三人と一人。
一瞬、怒気が殺気と均衡した。
張り詰めた静寂。
誰も動かない。どちらも動けない。
チチチという蛍光灯の音が、かすかに耳を打つ。
鉄パイプが少しだけ揺れて、田所の口角が歪んだ。
「ハッ! ハハッ!! 面白れぇ。面白れぇなァ。やるな、嬢ちゃん」
額の汗を拭いながら、鉄パイプを肩に担ぐ。
美咲だけを見て、田所が言う。
「……テメェの話、聞こうじゃねぇか」
美咲はその言葉を静かに受け止め、返した。
「あなたは強いわ」
田所がわずかに目を丸くする。
「その力の使い方を、教えてあげる」
「……あ?」
「アタシたちを、あなたの力で守りなさい」
「その代わり」
美咲の声が静かに落ちた。
「アタシが、全員で助かる方法を見つけてあげる」
田所が今度こそ目を丸くして美咲を見つめた。
鉄パイプを握る手がわずかに震える。
そこに宿る感情ははてさて。
美咲が何をくすぐったのか俺にはわからない。
だが、結果は出た。
「……チッ、なんだよ。面白れぇじゃねぇか」
「今までずっと、俺ァ、壊すしか能がねぇと思って生きてきたが……」
「嬢ちゃん」
田所が獰猛に笑う。
「その言い方、気に入ったぞ」
その笑顔は、待ちに待った試合に臨む闘犬のように、嬉しそうな笑顔だった。
「暴れていいってんなら、喜んで暴れてやるぜぇ!」
田所の喉から低い笑い声が漏れる。
「ククッ、守るためにか。いいじゃねぇか。乗ってやる」
鉄パイプを地面に叩きつける。
カァン、と金属音が夜に散った。
「その先に助かる可能性があるなら……言うことはねぇ」
一瞬、静寂。
田所の目が細くなる。
「……嘘じゃねぇだろうな?」
美咲はその視線を真正面から受け止めた。
「本気よ。アタシはこの地獄で、生き残る道を見つけている」
田所がニヤリと笑う。
その笑みは獰猛で、そしてどこか重い鎖を解き放ったような解放感もあった。
「クソ度胸だな、小娘が。ハハッ、こうもしてやられるとはなァ……面白ぇ」
鉄パイプを肩に担ぐ。
「わかったぜ、好きに仕切れ、ボス。ただし、俺が気に入らなきゃぶん殴ってやる」
「いいわよ。殴る暇なんて、与えないから」
彩葉が呆れたように息を吐く。
「マジでバケモンの会話っすね……」
「まぁ、でも、よろしくっす、おっちゃん」
力を抜いて盾と槍を下す。エース営業の交渉力は知っていたが、やれやれ、とんでもねぇ彼女様だよ。
俺はお疲れ様と美咲の肩を叩いたのだった。




