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愛屍の臨界──ゾンビ戦争の英雄、ふたりの恋人の物語  作者: 斉城ユヅル
第1章 さらば愛しき法と秩序の日々
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絶望という感覚を、生まれて初めて俺は知った。

「おはよう、悟司」



ぼんやりと微笑んだ可愛い美咲。


その可憐さは、すぐに消える。



「今何時!」



叫びながら飛び起きると、カーテンを開け放ち、外を確認する。



差し込む朝の光。


遠くで小鳥の声、信号待ちの車、子どもの笑い声。



「10時。外は平和だよ。見える範囲では」



俺の返事に、美咲がこちらを振り向いた。


その目は問う──《見える範囲では?》。



息が詰まる。胸が痛い。


それでも首を横に振り、言葉を絞り出した。



「状況は最悪だ。調べた限り、明確に悪化している。俺にはこれからどうなるか、もう分からない」



俺の話を聞きながら、美咲は冷蔵庫から昨夜の弁当を取り出す。



電子レンジにかけながら、ぼそりと呟いた。



「しっかり食べて、生活を崩さない。サバイバルの基本・・・って聞いたことがある。守りましょう」



ご飯を口に運び、着ていたパジャマを脱ぎ捨て、黒いジャージに着替える。


美咲はもう戦場モードに切り替わっている。



「さて・・・」



テーブルに腰を下ろすと、開口一番。



「これは現実かどうか。その判断は終わり。これは現実よ!」



その言葉に頷く。



「手当たり次第に調査するのは時間の無駄。最優先は安全な生存手段の確定!まずは政府対応と公式発表を探すわ。生き延びるための避難指示や対処指針を拾いましょう」



その方針に沿って、俺は、美咲と手分けして政府系のサイトから《生存のヒント》を探していく。


厚労省、内閣府、警察庁。



・・・何もない。



あるのは、危機管理局が出した「自宅待機」の指示だけ。



「そっか。今日は土曜日。政府の対応力は下がっている・・・国会も、省庁も休み」



画面をスクロールする手が止まる。



「あ、運休。そもそも役人の人たち、省庁に出勤できないんじゃないか?」



──政府の機能不全。



「物理的に会議を開けない。決められない?そういうのはリモートで・・・手軽にできるのかしら」



美咲の呟きは、虚空に溶けた。



「避難所開設の公式発表はないな。護国寺の近くに学校ってあったか?体育館だろ?」



俺の言葉に、美咲の瞳が揺れる。



「災害時はね。でも、これは違う」



美咲が珍しく迷っている。



「悟司、どうしたらいいと思う?」



頼られると頑張りたいが、俺の凡人発想力じゃあなぁ。



うーん。カンニングするか。



「……幸い、先行事例は多い。大抵の場合、避難所、ショッピングセンター、自宅籠城、自警団の結成でマンションごとや区画ごと、あとは田舎への脱出、孤島や船は羨ましいパターンだが・・・」



美咲がそのアイデアを咀嚼していく。



「学校は防犯面で弱いわよね。乗り越えられるフェンス。あれ、自衛隊や警察が防衛しないと成立しないけど、その防衛命令はいつ出るんだろう。軍が動いて学校を守る?なぜ学校?国家中枢や皇居でなく?命令外の独断なら補給はない。そうなると物資が持たない。食料……。学校に備蓄があった記憶ないんだけど……」



少し考えて、美咲が結論を出す。



「護衛がいない学校に集まる民間人。発症者が紛れていたら?または、体育館の扉を閉めて、周りがゾンビに囲まれたら?……その時点で死ぬわね」



その言葉がリアルに重い。


容易に想像できるからだ。



「ピーポーピーポー」



窓の外を救急車が走っていく。


また、走っていく。音が、過ぎ去った。



あの救急車が到着する病院・・・今、どうなっているんだ。



さっきから病人か暴徒が運び込まれ続けているだろ。


分からない。想像できない。



頭を振って、美咲との話に意識を戻す。



「ショッピングセンターや自警団は、内部崩壊のお約束がある。だがなぁ、ショッピングセンターを要塞化って……難しいだろ。今から俺たちが店舗に乗り込んで、店員とか、中にいる人間を追い出すのか? 呼びかけて、入り口を封鎖?警察呼ばれるな。営業妨害だし」


「そうね。でも、ゾンビが増えるのを待っていたら、そこまで移動するリスクが大きくなる。ショッピングセンターに入って、潜伏する?頃合いを見て動く?シビアなタイミングよね。動く前に感染者が入ってきたら籠城にならない。最悪、逃げられない」


「……そういえば、ショッピングセンターが要塞に変わっていくシーンは見たことないな。要塞になっているシーンはよく見るが。今はまだ無理だ。中に感染者が入ったらもう遅い。いつならできる?」


「店長や店員が店を放棄したらできる。または、本部の指示を無視して、店長やスタッフが封鎖に協力してくれるなら?どう考えても無理筋ね。バックヤードに押し入って、スタッフを捕まえて、店長に繋いで、封鎖を説得する?無理よ。試すことすら、無理。警察を呼ばれたら捕まる。そして、警察署へ。そこは暴徒の溜まり場だわ」



無人になった警察署の檻の中。


ゾンビ警官に囲まれるイメージにブルリと背筋が震える。



檻の鍵を開けられる人間はもういない。


・・・餓死するしかない。



「俺としては物資満載の船や自給自足可能な無人島がベストアイデアだと思う。実現できるならな」


「船、それはいいわよね。でも、これもショッピングセンターと同じジレンマがあるわ。今から行って船を強奪するわけにはいかない。運転もできないし。小さな漁船ならワンチャン?」


「待ってくれ、美咲、海上じゃ、補給が不可能だ。補給面で言えば、無人島で自給自足の方がいい。けど、どの無人島に行く?そもそも今から行けるのか?鉄道は動かない。幹線道路は渋滞。多分、もう戻らない。……移動できないぞ」



話してて思うが、移動できないんだよな。



「移動できないなら、田舎に逃げるのも無理。色々考えても、結局、自宅待機と可能な限りのシェルター化しかないわね。そして、この災害が収束するのを祈る?これが選べる最適解かしら。もし、収束しなければ、数日で水が尽きる。お風呂に溜めた水だって……無くなる。生きるためには、継続的な補給が絶対に必要。でも、どこから?」



「・・・」



答えられない。


未来が収束していく。



──遅かれ早かれ、美咲も俺も死ぬ



『死』



認めたくない現実から俺は必死に目を逸らす。



「だから、小説でも移動するんだな。ゾンビと戦いつつ、物資を集めながら点々とする。外に出るなよ危ないって思っていたけど、切実な理由はあるわけだ」


「美咲、ゾンビと戦うリスクは理解しているが、準備を整えれば戦えるだろうか?」


「物理的に無理よ。でも、知恵を絞りましょう。生きるためにゾンビを排除する方法論が必要。なら、次はゾンビの生態について調査して、アタシたちが取れるゾンビの壊し方を考える。見つかれば、生き延びる目が出る」



無言で美咲がPCを叩き始める。


俺もスマホで調査を再開する。



休日ということもあり、政府の動きは遅い。


未だ公的な避難所はない。



自宅待機と要塞化が現状では唯一解。



その場合、食料と水の継続的な補給が必須。


外出を繰り返すなら、ゾンビとの戦闘を生き残る手段が死活的に必要だ。



それがない場合・・・



あぁ、この部屋が俺たちの墓場になるのだろう。


もしくは、移動中にゾンビに喰われるか・・・。



目頭が熱くなる。


掌のスマホに無性に縋りつきたくなる。



生まれてこの方、初めての感情。



──これが、《絶望》って奴なのか?



俺は泣きそうになりながら、ゾンビの弱点を探して、暴徒の映像を調べ始めた。

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