ゾンビより先に人が敵になる。が、人はゾンビと違って必ずしも襲ってこない。
「金なんか払うかよ、バカじゃねーの」
止めようとするコンビニ店員を突き飛ばしながら出てくる2人組の男。
ガラの悪い連中だ。
平時なら目を合わせたくない存在。
服装はジャージにサンダル。
片方の男がバットを担いでいる。
それがコンビニの青白い光に照らされて鈍く光っている。
もう一方の男は、酒瓶を煽りながら、袋を下げている。
袋から覗いているのは酒と菓子だろうか。
「あれ、女じゃね」と呟くバット男の声に、手の内で槍を抱え直す。
こちらを見ている。
嫌な視線だ。
「構えて。彩葉は後ろへ」
美咲の声に盾を構えて脇に並ぶ。
──カツン
と盾と槍が触れ合った硬い音が響いた。
バイザーを下ろし、バットを持つ男の腹部を狙い、槍を構える。
タララランとコンビニの入退店を知らせる陽気なメロディーが場違いに流れていく。
彩葉が俺と美咲の間に立ち、いつでも槍を突き出せるように備えた。
「ふぅ、ふぅ」と息の音が後ろから響く。
空気が粘っこい。心臓の鼓動が早まっていくのを感じる。
左にいる美咲は動かない。
穂先は真っすぐ前に向けられて微動だにしていない。
距離は5メートル。走れば直ぐ。
だが、向かい合ったまま、互いに動かない。
空気が凍る。息が詰まる。
意識的に深く呼吸をする。
「何だよコスプレか?ゾンビ映画ごっこか?」
「おい、やめとけ。あの恰好ヤベェ匂いしかしねえ」
風に乗って声が聞こえてくる。
「バットが欲しいわね」
「え?」と背後の声。
確かにバットが欲しい。
が、そこそこ体格のいい男2人だと万が一もある。
惜しいな。
「ふたりだとリスクが大きい。一人ならよかったんだがな」
「そこ!?……マジかよ先輩たち」
「チッ」
舌打ちをしてバット男がバットを担ぎ直し、横に逸れた。
酒瓶男も視線を逸らしてその後に続いていく。
その背を見送り、美咲が槍を下ろす。
ほっと俺も肩の力を抜いた。
空気が元に戻る。
「今は見逃しましょう」と歩き出す美咲を彩葉が追う。
「ヤンキーイベント発生かと思いきや……絡んだのはあたしたちだったってオチっすか」
美咲だけじゃない。
彩葉も魅力的な女性だ。
武器もないただの3人連れだったら危なかった。
思うままに女を襲う。
そんな悪意から守ってくれる存在はもういないのだ。
逆もしかり。
バット男が1人だったら、何事も無く終わったかどうか分からない。
跳ねる心臓に大丈夫だと言い聞かせつつ、明るいコンビニの前を通り過ぎる。
店員が電話を掴んでいるのが見える。
警察に通報しているのだろう。
それはあまりにも滑稽に思えた。
正直、この状況でレジに立っている店員が俺には理解できない。
だが、向こうからしたら、チンピラを殺してバットを奪うか検討する俺たちが理解できないだろう。
大通りがゾンビに堕ちたとはいえ、裏道側ではまだ日常の香りが残っていた。
いずれは消える日常の揺らめきを背に、俺もコンビニの明かりから暗がりに潜り込んだ。




