3人目の戦士を仕上げるための・・・
彩葉がTシャツを脱ごうとして、こちらをチラリと見て言った。
「……あ、ちょっと、出ていってくれます? これ着替えっすよ?」
俺は咄嗟に顔を逸らす。
「……あ、悪い」
「どのみち外でゾンビと人間に血まみれにされるんだから、今さら裸くらいどうでもいいでしょ」
「ちょ、先輩! それ言い方ひどくないっすか!」
少し笑いが混ざり、重苦しい空気が揺るむ。
冗談だよな、美咲・・・
「どうでもよくないから俺は廊下にいるよ」
彩葉を見ないように、リビングのドアを閉める。
男を引きずった血の跡が黒ずんでいるのが見える。
ふと思いついた。
浴室に続くドアを開ける。換気扇のおかげで匂いは薄い。
浴室のドアを慎重に開ける。
──動いていない
浴槽の中に落としたときのままだ。
血が流れて真っ白になっているくらいか。
あの頭、踏みつぶせば潰れるだろうか。
首はどうだ。漫画みたいにボキッと折れるか。
手足はどうだ。フライパンで殴れば折れるだろうか。
分からない。人を壊したことなどないから予想すらできない。
出来そうな気もするし、出来なそうな気もする。
──俺たちの武器はどのくらいゾンビに有効なんだ?
流石に浴室内は濃密な鉄さび臭がする。
気分の問題ではなく、生理的に吐き気がするため、浴室のドアを閉めた。
鼻に匂いが残る。
廊下に戻ると声が聞こえてきた。
「うっ……肩まわり重いっす。腕が振りにくいし……」
「我慢しなさい。死ぬよりマシよ」
「いやぁ……夏にコートはキツいっすねぇ。ちょっと動くだけで汗だく……」
「快適な装備なんて存在しないの。黙って慣れなさい」
「……こんなんで走るとか無理ゲーっすよ。鎧着て走ってるファンタジーの人たちって、マジで超人っすね!」
「フィクションと現実は違うのよ」
しばし、すりガラスの向こうの影と衣擦れの音だけを聞く。
どうするか。やるべきか、否か。
「……終わったわよ。入ってきなさい」
その言葉にドアを開いた。
案の定な光景が広がっている。
*
案外ある胸を見れば小柄な女性だと分かる。
だが、到底近づきたいとは思わなかった。
ゴーグルの奥で光る瞳は確かに彩葉なのに、纏うものがすべて違う。
見慣れた後輩が、別の生き物に変わっていた。
頭にはスキー用のニット帽。
その上からゴーグルを締め付けて、顔の半分を覆っている。
紺色の無地Tシャツ。その上から肩から腕先まで、茶色のピーコートを切り裂いた残骸を掛けていた。切断面はほつれ、布が層を作っている。
だが、いくら噛んでも歯は通らないだろう。口元や鼻先を噛まれるのが致命的なリスクか。戦時はタオルで口元を隠すように言っておこう。
下は黒いチノパン。リュックは荷物で膨らんでいる。
そして、両手に握られているのは、身長を超えるアルミの物干し竿。
先端に括り付けられた包丁が光を反射している。竿と刃を繋ぐガムテープは黒く締まり、無理やり固定した雑さが剥き出しだ。
「戦士のコスプレ」と呼ぶには程遠い。
ゾンビを念頭に組み合わせた結果、人間離れした異様な軍装が立ち現れていた。
*
お気楽で可愛い後輩がこうも変わると、衝撃を感じざるを得ない。
「いい感じじゃない?少なくとも近寄りたくはないわよね」
自信作というように彩葉を眺める美咲。
「そうだな。これはお近づきになりたくないな」
「いやいや先輩、褒めてんのかディスってんのか分かんないっすよ」
彩葉がゴーグルの下でジト目を作り、竿をちょいと揺らして抗議する。
槍をアピールされるとドキっとするな。
彼女が俺を殺そうと思えば一突きで殺せるわけだ。
俺は「褒めてんだよ」と苦笑し、息を整えた。
これから提案する合理の重さを確かめる。
「美咲、ちょっと提案があるんだが」
「何?」
彩葉に聞こえないように美咲に顔を寄せる。
「浴室の男。壊してみるのはどうだ。手足首頭。持っている武器でどれだけ破壊できるか。ゾンビと出会って効きませんでしたは避けた方が良いだろ」
身体を起こし、強張った美咲の顔を見る。
口元が引き絞られているが、逡巡はわずかだった。
「彩葉に刺させる。実戦で動けるようになるなら有益ね。アタシも人間の頭をフライパンで叩き割れるのか分からない。死体があるなら試すべきね」
「アンタもいうようになったわね。流石、やる時はやる男」
笑えないが美咲に一つ頷いた。
「よし、やろう。ゾンビが転倒したとき手足や首、そして頭を踏みつぶして無力化できるのか。知っておきたい」




