俺たちは小柄な彩葉を手際よく戦士に仕立て上げた。
動揺が静まる。
悩んでいたことが嘘みたいに頭がクリアになった。
自分がなぜ殺したのか、腑に落ちた。
これからやる全てのことを背負う覚悟ができた。
覚悟・・・だろうか。そんな重いものじゃない。
殺すことすら含めて、今の俺には、当たり前になっただけだ。
「さて、彩葉の武器と防具を作らないと」
そう言って美咲が立ち上がる。
その口調は淡々としている。
すべきことをするリーダーだ。
──完璧ではないの
そういった美咲の言葉が浮かぶ。
ひとりで無理をさせてしまった。
生き延びる最善を尽くさなかったことを謝らねば。
言葉ではなく、行動で。
ふたりで生き延びる。
そのために彩葉を活用する。ならば・・・
「美咲、彩葉の装備だが、小柄な彼女に盾を持たせても効果が薄い。それなら長槍を持たせて、後ろから刺した方が戦力として活用できるんじゃないか?」
俺の意見に、クローゼットを覗き込んだ美咲が振り返ってくる。
「……へぇ。言うじゃない。お通夜は終わったの?」
お怒りモードなのは仕方ない。
遅かったのは自覚している。
「待たせてすまない。もう、大丈夫だ」
美咲はじっと俺を見てくる。
「ホントね。死人が生き返ってるじゃない」
片眉を上げて試すように短く問われた。
「ようやくわかったのかしら?」
その問いに、胸を張って答える。
「あぁ。愛してる。それで良かったんだ」
「はぁ……またしても遅い!……でも、間に合ったわね」
美咲はそう言って微笑んだ。
ため息と共に、美咲の肩の力が抜けたように俺には見えた。
満足そうに、クローゼットを漁り始める美咲。
焦った彩葉の声が届く。
「え、え? ちょっと待ってくださいよ。愛してるって……この状況で? ……なにそれ、全然わかんないっす」
ふざけているのではない。本当に理解できないのだろう。
美咲だから理解できた。俺も今は理解できている。
「分からなくていいのよ。彩葉は彩葉で、可能性に賭ければいい」
美咲に伝わったなら、それ以上何も言うべきことはない。
肩をすくめて、俺も美咲の言葉に頷いた。
「……うーん、やっぱピンと来ないっすけど。ま、先輩たちがそれで動けるなら、オッケーっすよ。あたしはついてくだけっすから」
細かいことを気にせず進める彩葉らしい答えに、今はクスッと笑えた。
「コートはあるわね。布は厚いし、噛みつきは防げる。……でも頭は無防備。ヘルメットはないのかしら?」
美咲の声に、彩葉は慌ててクローゼットの隅を探る。
スキー用のゴーグルやニット帽を引っ張り出してきた。
「……これくらいしかないっす」
ヘルメットより脆いが、後衛をやるなら許容範囲か。
「ないよりマシ。頭部は守りたい」
一度作った装備だ。手分けした方が早いだろう。
「防具は俺が作ろう。武器を頼む」
頷いた美咲から、コートを受け取る。
「武器は……長槍ね。物干し竿はある?」
「竿ならベランダにありますよ。干してるやつ」
「取ってきなさい。武器になる」
窓が開き、しばらくしてアルミの軽い竿がカランと床を転がる音がした。
振り返れば、美咲は淡々と作業を進めている。
包丁とガムテープを取り出し、竿の先端にしっかりと括りつける。
手慣れたもんだ。
中央に補強を加え、完成した長さ2メートル前後の槍を彩葉に手渡す。
「持ってみなさい。両手で。突き出す動作をやってみて」
彩葉は恐る恐る構える。竿の先がわずかに揺れる。
「……うっわ、長い……ちょっと重い……」
「突くのに力は要らない。相手が止まっているなら、構えて近づくだけで刺さる」
「……マジっすか。あたしでも……?」
「ええ。小柄でも殺せる。それが武器。手をつき出すより、先端を敵に向けて身体ごとぶつかるイメージよ」
淡々とした断言に、彩葉は顔を引きつらせながらも、何度か突きを繰り返す。
最初は弱々しかったが、三度目には腰を入れて竿を押し出した。
その様子を見て、美咲は小さく頷く。
「そんな感じね」
その言葉に、彩葉が一瞬だけ息を呑む。
だがすぐに肩をすくめ、苦笑を浮かべた。
「……部屋で物干しざお振り回して人殺しの練習……現実って怖いっすね」
その声を聞き、俺は自分の仕事に戻る。
茶色のピーコートを床に広げ、ハサミを入れる。
余計な部分を切り落とし、動きやすさを優先する。
首周りと袖だけを残して他は切り落とす。
ここまで歩いて確信した。暑さ対策は必須だ。
「頭部はこれだな」
ニット帽とスキーゴーグルを重ねておく。
彩葉の顔を完全に隠せないのは心許ない。
だが、血飛沫が目に入らないだけでも生存率は上がる。
下は無地の紺色のTシャツになる。
ボトムスは地味で動きやすい色を選ぶよう、美咲が指示していた。
彩葉が持ってきたのは、黒色のチノパンだった。
こうして、即席の軍装を整えていく。
これを着た彩葉がどうなるか・・・きっと俺たちと同じ異様な戦士になるのだろう。
そう思いつつ、美咲に声をかける。
「美咲、完成した。彩葉に着させてみよう」
彩葉は装備を見下ろし、しばらく黙ってから息を吐いた。
「……マジかぁ。あたしもついにコスプレ戦士デビューっすか……」
無理に笑ったその声を受け止め、俺は無言で頷いた。




