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迷う者、動じぬ者、怯える者。

「彩葉ならそう言うと思ったわ」



美咲がほっとしたように言う。



そして、思い出したように、美咲が肩のピーコートを脱ぎだした。



袖だけを残した黒い厚手の生地は床に放る。


異様な戦士が人間に戻っていく。


防具を脱ぐたびに、美咲の威圧感が減っていった。



確かに暑いし、重い。


今更、フル装備であることを思い出した。



ヘルメットを外し、背中のリュックを降ろす。



汗でべたついたピーコートから腕を抜く。


装備を脱ぎ終えると、身体が嘘みたいに軽くなった。



黒いジャージに黒いTシャツ姿の美咲。


布地は体にぴたりと張りつき、ところどころに汗染みが浮いている。


髪も頬に貼りつき、戦闘の余韻が染みついている。



彩葉が小声で「……戦士っすねぇ」と呟くのが聞こえた。



身軽になった美咲の、「座りなさい」というジェスチャーで丸いローテーブルに座る。



「彩葉も仲間になったことだし、生き残る作戦をまずは伝えるわ」


「それ知りたいっすよ。……いや、正直もう詰んでる気しかしないんすけど」



彩葉が机に身を乗り出している。


珍しく前のめりだ。


それだけ切実・・・なんだろう。



説明を美咲に任せ、考える。



人を殺しちゃいけない理由。


法律か?そういうルールだからか?



なら、警察がいなくなった今なら殺してもいいわけだ。


・・・殺していい、のか?



「前提として、アタシたちが今から何かを始めて、生き残るルートは存在しない。救助が来るとか、警察が事態を収拾するとか、そういうものは期待できない」


「思いつかないっすけど、色々検討した上でってことっすか?」


「そう。避難所に行く、自宅で籠城する、地区の人間と協力する、ショッピングセンターを要塞化する・・・思いつく限りのプランを検討したけど、実現性は無い。結論として、もう死ぬしかない」


「……マジで生き残る可能性ってなんなんすか。もう、無理っしょ」


「準備をしていないアタシたちはもう手遅れ。逆に言えば、この状況下で生き残れるのは、予め生存のための準備をしていた組織や人間だけよ」


「だから、どんなリスクを取ってでも、準備をしていた組織の保護下に入ること。……それがアタシたちに残された唯一の生存ルート」



机に額をぺたりと押しつけた彩葉が目に入る。



「……うっわぁ。残機ゼロ、裏ワザなし。ゲームだったらコントローラー投げてる場面っすね」


「……でもって、チート装備持ってるやつのパーティーに混ざればワンチャンあるってことっすね。なるほど、超シンプル」


「そういうこと。で、探してみたら、練馬駐屯地だけは事前に動いていたのよ。司令部本棟を土嚢で囲んで備えているのが見つかった。もう車も電車も使えない。徒歩圏内という条件を踏まえると、ここしかない。それに、重防護の軍事基地は保護を求めるには理想的!入れるかどうかは賭けだけど、待っていても死ぬなら、潜り込むしかないわ」


「……はぁ、美咲パイセン、すげぇ、すげぇと思ってましたが、マジモンの天才だったんすねぇ。あたしならとりあえずリュック背負って体育館行ってたっすよ。いや、怖いから室内にいるか。いずれにせよ……死ぬんすよね」



その瞬間、窓の外から長い悲鳴が響いた。


ふたりの会話を横耳に、考えに沈んでいた俺も含めて、全員が固まった。



ビクッとした彩葉が反射的に窓の外へ視線を走らせる。


不安げに眉を寄せ、息を止めて耳を澄ませている。



美咲は一拍の間すら置かず、すぐに言葉を繋いだ。



「……続けるわよ」



俺は胸を刺す悲鳴に目を閉じた。



悲鳴の先で何が起きているかありありと浮かぶ。


誰かの死がすぐそこにある。



美咲はこの恐怖を無駄と切り捨てたのだ。


彩葉はまだ正面から見て、怖がっている。



どうして美咲は割り切れた?



「動かなければ死ぬの。だからアタシたちは動いた。可能性に賭けてね」



彩葉が少し言葉に詰まっていた。



「……可能性があるだけマシっすね。さっきまで無理って思ってたっすもん。……無理が無理じゃなくなっただけでもう全然違うんすよ」


「作戦を理解したなら、次は現実を理解しなさい。さっきの戦い──何が有効で、何が危うかったか。それを考えてから武装を決めるわ」



少し間を置き、彩葉を真っ直ぐ見据える。



「アタシたちは必要だったから人を殺した。……彩葉も加わるなら、同じ覚悟を持って、聞きなさい」



必要だったから殺した。この結論では足りないのだ。


ざまぁみろとも言えず、必要だからで割り切れず。



美咲だけでなく、彩葉からも置いていかれるようで無性に焦る。



美咲は一度彩葉から視線を外し、ゆっくりと俺の方を向く。


真剣な瞳。



「悟司、アンタはどう感じた?さっきの実戦……武器の使い勝手、相手の反応、自分の動き。……全部ひっくるめて、正直に言って」



その言葉に、逡巡を止め、俺はさっきの戦闘を振り返り始めた。

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