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ねぇ、悟司。どうして人を殺しちゃいけないの?

美咲の声に引かれ、部屋に戻る。



槍は綺麗になった。それを床に転がした。


そのまま、壁に背を預け、床に座り込む。



殺した。殺すべきだった。



最後に俺を見た男の目。


怯えたように俺をみるその瞳を、何故、苦しいと思うのか?



彩葉はソファーに腰を下ろている。


美咲は俺に声をかけた後、部屋の隅でタオルで槍を拭いている。



誰も話そうとしない。


空気が重い。



「……あの人、同じマンションの住人っすよ。好意持たれてるのは感じてました。ストーカー一歩手前って感じ」


「……正直、死んでせいせいしたっす。襲ってくるのが悪いんすよ。あたしに力があったら、自分で刺してたっすから」



沈黙を破るのは彩葉の言葉。


誰に向けたわけでもないだろう。


美咲は答えない。



「彩葉、それ以上は聞きたくない」



考えるより前に知りたいくないという思いが言葉になっていた。


知りたくない。アイツが人間で、人生があって、人を好きになっていたことなんて。



知れば、さらに重くなる。


一人の人間を殺したことから、目を逸らせなくなる。



・・・いや、目を逸らしたところで、苦しむことに変わりはないんだ。


でも、少しは苦しさが減る・・・と思うから。



「……ま、そっすよね! はい、重い話はここまで。切り替え、切り替え!」



暗い空気を読むのが上手い彩葉が話を変えた。



「男が外でウロウロしてる間に、スマホで色々見てたんすよ。警察。ぜんっぜん繋がらないっす。緊急ダイヤルもパンクしてる感じで。電車も止まってる。もうダメっすね。駅周辺は避難とかパニックで詰まってるって書き込みばっか。道路もアウト。幹線が事故と放置車両で完全に詰まりまくり」


「電車も車もアウト。で、暴徒が暴れてる。死体が動いたって話もある。まんまゾンビっす……いやぁ、リアルホラー映画開幕っすかね」



クスリともしない美咲と俺を交互に見て続ける彩葉。


その動きはどこか切羽詰まった様子だった。



「で……こっからどうするんすか?」



どうする?


行動する。動かなければならない。


ここにいては助からない。



しかし、どうにも動き出せない。心が重い。


さぁ、練馬に行くか!とは言えない。


何故、俺は前を向けないのか。



何故、彩葉は前を向いているのか。



どうにも受け止められないこの重さを、彼女はどう考えているんだ?



「どうするって……。その前にさ、お前、何とも思わないのか? 俺たちは人を殺してきたんだぞ」



答えを待つ俺の視線の先で、彩葉は屈託なく笑った。


この質問の答えは簡単だと言わんばかりに。



「はは、先輩面白いっすね。助けてって言ったのはあたしっすよ? ドアがバンバン鳴っているこの部屋で、あたしがのんきに『助けて〜』って笑ってたって思います?警察も来ないし、外は暴徒とゾンビだらけ。ストーカー男に貞操狙われてんのに、ニコニコおしゃべりしてハッピーエンドなんてあるわけないっしょ。なんとも思わないのかって?死んで当然ざまぁみろって感じっすね!」


「そんなことより」と言って彩葉はソファにだらりと座り込み、天井を仰ぎ、ため息を一つ。


「……マジでゾンビ、溢れてんでしょ? このまま部屋でゾンビ映画を見る……ってのは無理っすよねぇ」



ざまぁみろ・・・か。



彩葉の答えは理解できる。


彩葉はきっとそれで納得した。



だが、俺は納得できていない。


俺が殺されそうになっていなかったからだろうか?



しばし、黙考していると、美咲が立ち上がり、俺の前まで歩いてきて、タオルを押し付けきた。



「……槍の水気を拭いておきなさい」



美咲は俺の胸に押し付けたタオルを更にグイと押し込んで続けた。



「あと、悟司。どうして人を殺しちゃいけないの?」



物理的に胸を突かれ、心まで突き刺された気がした。


グッと喉の奥が詰まった。



人を殺してはいけない理由ってなんだ?


これは美咲のヒントなのだろう。


芯を突く美咲が投げて寄こしたヒント。



確かに人を殺してもいいんだったら、悩むこともない。


だが、俺は悩んでいる。



俺の回答を待たずに美咲は彩葉に向き直る。



「休憩したらアタシたちは出ていく。生存の可能性は見つけてある。彩葉はここに残る?それともついてくる?」


「ここに残れば数日は生きていられる。でも一週間もすれば死ぬ。一緒に行けば生き残れるかもしれない。けど……数時間で死ぬかもしれない」


「選んで」



流石にこの美咲の言葉には意識が戻る。


息を詰めた沈黙が部屋に落ちる。



彩葉はどう答える?


見つめた先、ショートボブのハネ気味な毛先を指先で弄ぶ彩葉が珍しく視線を落とした。



彼女らしからぬ沈黙。


だが、それも短い時間だった。



「うっはぁ……えげつない選択っすね~。残ったら一週間でジ・エンド、外に出たらワンチャン即死……ロシアンルーレットよりタチ悪いっすね」



苦笑し、肩を竦める彩葉。



「……でも、ゼロじゃない方に賭けるっすよ。あたし、残って腐るのは性に合わないんで」



その答えにハッとする。



俺も同じ結論に達したはずだ。


確実に死ぬよりも、生き残る道を選ぶと。



だから、美咲と一緒にここまで来た。


多くの人を見殺しにして。



それは気にならないのに、たかが人ひとり殺したくらいで何故ショックを受けている?


おかしくないか?



俺が殺したからか?


見殺しにしたのと、殺したのは、何が違うってんだ。



クソ。


俺には分からない。

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