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愛屍の臨界──それは「愛してる」が全ての理由になる世界  作者: 斉城ユヅル@希望を灯す小説家(GoodNovel契約作家)
第3章 ゾンビの溢れた月夜を歩き、彩葉を助ける──そのための《さようなら》
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あたしは生きている。アタシも生きている。だからこれでいいんだ。

本日2話更新。

──ガチャリ



鍵が外れる乾いた音。


どこか遠くでそれを聞く。



振り返ると、少しだけ開いた扉の隙間から、顔が覗いている。


大きな瞳、息を詰めたようにこちらを窺っている。



「……先輩?」



彩葉だ。


押し殺すような沈黙の中、その声がやけに澄んで響いた。



足元に転がる死体。


血の匂いが空間を支配している。



硬直した俺と美咲を交互に見て、彩葉が口角を上げた。



「うわ……マジでやっちゃったっすね」



彩葉は一歩踏み出し、手をひらひらさせながら続ける。


Tシャツにショートパンツというラフな装い。



「でも……ありがとうございますっす。先輩たちが汚れ役になってくれたから助かったっす。だから、マジで感謝してます」



茶化すようないつもの調子。



「いやぁ〜、やっぱ人間追い詰められるとドラマ以上のことするんすね。……ブラックジョークっすけど、命あれば笑える。ほんと」



彩葉の軽口が笑えない。



だが、その声に、美咲が動く気配がした。


ため息を吐き捨て、彩葉に応える。



「……彩葉、ありがとう。元気そうでよかったわ」



その声音に力が戻っている。


振り向けば、美咲は槍を握り直し、前を向く光が目に蘇っていた。



「悟司……最後は助かったわ」



俺は返事を返せない。


言葉が喉に詰まる。


世界が止まっている。



だが、美咲はもう動き始めていた。



「……死体を、隠さないと」



その声に、身体が再び引き締まる。



殺して終わりじゃないのだ。


やるべきことが残っている。



俺は動き出さざるを得なかった。



*



だらんと力の抜けた死体は、とにかく重かった。


重いんだと知った。



骨も筋肉も、ただの重石に変わる。


二人で手足を持ち、ずるずると廊下を引きずる。



血の筋が床に伸びていく。


もう仕方がない。



彩葉の部屋に辿り着く。


ドアを開き、靴を踏み越えて中へ。



土足で上がり、部屋の廊下を血で汚しながら、浴室へ。


お風呂場のドアを開けると、白いタイルが冷たく光っていた。



美咲と息を合わせて、浴槽の中に、ずしんと音を立てて男を落とす。


彩葉が覗き込み、口を尖らせた。



「……うわぁ、廊下に血がベットリ。こりゃ、敷金返ってこないっすね〜」



彼女が何を言っても、浴槽に横たわった死体は動かない。



俺も笑えない。



「いやぁ……ホラー映画よりリアルっすよ。これ」



美咲は振り返らずに、浴室のドアを閉めた。



*



美咲、彩葉の後に続いて、リビングに入る。


1K。



──女の子の部屋。



いつもなら浮かれたかもしれない。


目に入るもの全てが「女性の私生活」で、下世話に観察してしまっただろう。



だが、今はそんな気分にはなれない。



俺が、リビングに足を踏み入れた瞬間、彩葉が両手を広げて笑った。



「あ〜、マジで散らかってるっすね。見ないで欲しいっす、ほんと」



テーブルに投げ出されたリモコン、床に転がるスナック菓子の袋、読みかけの雑誌。


その生活感のある散らかりようが、「日常」を告げていて、胸を締めつけた。



「……言わないとっすね」



彩葉の声に顔を向ける。


少しだけ真顔だ。



「先輩たちがいなかったら、あたし……マジで終わってたっすよ。だから、ありがとうございます。殺したどうこうとか……今は考えないでほしいっす。命あったんだから、それでいいんすよ」



それでいい、か。


言葉だけは理解できる。



美咲が、小さくため息を吐いた。



「さっきも言ったけど、アタシだって危なかったのよ。男の本気は強い。平押しされたら勝てない時だってある」



美咲を見れば、「まったくもう」というように首をかしげて俺を見ている。



何を悩むことがある?


殺すべきだった。



浮かぶ声とは裏腹に、歯を食いしばる。



「彩葉とアタシを同時に救った。……胸を張りなさい」



力のある声。


確信しきった言葉は、刃のように鋭い。



彩葉もその流れに乗ってくる。


肩をすくめ、両手をひらりと振る。



「うわぁ……美咲パイセン、言い方エグっ……でも、ホントその通りっすよ」



畳みかけられる言葉に、凍り付いていた心が少しだけ動いた。


心の息継ぎをするように、大きくため息をつく。



「そうだな……。ありがとう。気落ちしている場合じゃ、ないよな」



助けるために殺した。


俺たちの邪魔になったから殺した。


殺す必要があった。



納得できなくともそう思うしかない。



「でも」と脳裏に浮かぶ。



その先は考えない。



視線を落とせば白いカーペットに点々と赤い血痕が落ちている。


それは、美咲の槍の穂先から垂れている。



見れば俺の槍も赤いペンキを塗りたくったような色になっている。


目を逸らす。



美咲がソファに腰を下ろし、深く息を吐いた。



「……彩葉、ちょっと休ませてね」



彩葉は小さく頷き、笑みを浮かべた。



「もちろんっす。ずっといてください。命の恩人ですから」



その視線が俺にも向けられる。



「先輩も、ですよ。……あ、変な意味じゃないっすからね? いや、ちょっとだけは……あるかも?」



おいおい、彼女の前でよく言うわと美咲を見れば、案の定、呆れ顔を見せていた。


だが、まぁ、彩葉のおかげで、ため息とともに苦笑できるくらいには、心が動き始めていた。



心が晴れたわけではない。


晴れなかった。


もう、きっと一生晴天にはならないと思う。



それでも、殺した意味はあったと思えた・・・それだけだ。

ゾンビの溢れた月夜を歩き、彩葉を助ける──そのための《さようなら》 完


綺麗なお手手とさようなら。



次章


『第4章 間に合った男──やる時はやる男』


明日から毎日更新します!



【お礼】

評価に続き、ブクマも頂きましてありがとうございます!

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