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愛屍の臨界──それは「愛してる」が全ての理由になる世界  作者: 斉城ユヅル@希望を灯す小説家(GoodNovel契約作家)
第3章 ゾンビの溢れた月夜を歩き、彩葉を助ける──そのための《さようなら》
22/42

彩葉救出作戦、打ち合わせから実行まで淡々と進むのが現実だった。

明治通りを抜け、神社の境内を突っ切る。


足裏には石畳の感触。


鳥居を背にした瞬間、神聖な気配に守られた気がした。



だが、その錯覚はすぐに霧散する。


夜気に混じる悲鳴が、こんなに離れてもなお、背中を引っ掻くように追ってきていた。


子どもと大人の男女の悲鳴が交じり合い、一度聴いたら忘れられない音色になっている。



頭を振って、目に浮かんだ光景を振り払う。



悲鳴から逃げるように、神社の境内を抜け、北池袋の住宅街に足を踏み入れる。


昼間なら子どもの声が響くであろう細道は、いまは無音の路地。



視界の開けた公園に出たとき、ようやく息がつけた。


ここまでは悲鳴も届かない。


街灯の光が届かない暗がりに腰を下ろす。



スマホを取り出し、彩葉に電話をかける。



『近くまで来た。状況は?』



短い沈黙のあと、掠れた声が返る。



『まだいるっす……。入れろよとか、そんなこと言ってる。座り込んで動かない……』


『分かった。すぐ着く』



画面を切り、隣の美咲を見る。



「まだいるらしい。座ってるってさ」



ここから100メートルもない。


彩葉の住むマンションの位置が、記憶の地図に浮かぶ。



「……疲れたわ」



無表情に疲れを滲ませて、美咲が静かに呟いた。



「ここで一息つけるのは価値がある。だから、邪魔者は、消すしかない」



喉が勝手に鳴る。


俺は否定しない。理解している。



「どう、やる?」



それでも言葉が詰まり、絞り出した一言。


沈黙の間に、美咲の声が落ちる。



「アンタ、殺せるの?」



心臓が縮む。


即答できない。



「……アタシが殺す。あんたは囮」



短く言い切る。揺らぎは一切ない。


俺の弱さを見抜いているからこその役割分担だった。



「詳細はマンションを見てからね」



そう言って、美咲は立ち上がった。


彼女に迷いはない。


俺も腰を上げ、槍を握り直した。



マンションは10階建ての新しい造り。


外壁はまだ白く、街灯を受けて鈍く光る。



階段は手前と奥、二つ。彩葉の部屋は3階。



敷地に入ると、植え込みの影にしゃがみ、気配を殺した。


スマホで彩葉にメッセージを送る。



『着いた。男は?』



返答はすぐに来た。



『座ってる』


『合図したら、男に話しかけてくれ』


『了解っす』



短い文章に震えが滲んでいる気がした。


美咲が俺に囁く。



「男が立ち上がって彩葉の部屋を見たら動く。アンタが声をかける。その瞬間、背中からアタシが刺す。理解した?」


「……分かった」



追い払うのではない。殺すのだ。


公園で、もう話はついていた。



追い払えば、武器を持って戻ってくる。


そのとき、俺たちが部屋にいれば対処が難しい。



──だから、殺す。



リスクとメリットを天秤にかけた、ただそれだけの結論。



殺すべき、と美咲は言い切った。


俺も殺すべきだ、と言った。



「殺すべき」で動けるのが美咲で、迷ってしまったのが俺だ。


だから、囮になるしかなかった。



一階で分かれ、俺は手前から、美咲は奥の階段から。


足音を消すように、一段一段を踏みしめる。



2階の踊り場で、ハンドサインを交わす。


美咲が中指を立てている。


僅かに頷き、彩葉にメッセージを送った。



『やるっす』



胸の奥が痛む。吐き気に似た感覚。



スムーズに状況が進んでいく。


流れ作業のように気づけばその時が来ていた。



3階の廊下、男が立ち上がった。


影が伸び、彩葉の部屋のドアに近づいていく。



「……」



聞き取れないが、何か言っている。


声までは届かない。


だが、狂気と執着の色は伝わる。



──やるしかない



これでいいのか、殺さずに済ませる方法はないのか。


そういう逡巡も、相談もなく、する暇もなく、やるべきだからやるでここまで来てしまった。


迷いってのは、贅沢なんだな。



震える膝に力を込めて身を起こす。



──もう、止まれない。



盾を前に構え、穂先を見せぬように身体を滑らせた。


踊り場から廊下に出る。



肺が焼けつくように熱い。



「おい、何してる?」



声はどこまでも硬く、自分の声とは思えない。



男が驚いたようにこちらに振り向いた。



その瞬間──美咲が背後の踊り場から静かに滑り出した。

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