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愛屍の臨界──それは「愛してる」が全ての理由になる世界  作者: 斉城ユヅル@希望を灯す小説家(GoodNovel契約作家)
第3章 ゾンビの溢れた月夜を歩き、彩葉を助ける──そのための《さようなら》
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いくら警戒しても死ぬときは死ぬと俺は理解した。

池袋と大塚の間、山手線の線路上を結ぶ細い橋を渡っていく。



遠くにはスカイツリーが見える。


綺麗にライトアップされている。



平和な光景、だが、俺たちの歩く地面に平和はない。



橋の上、夜風が頬を撫でている。



眼下には、緑色ラインの電車が停まっていた。


電気は通っている。車内は明るい。



各車両に数名ずつばらばらと人影が見えた。



最初は動かないのかと思ったが、ガラスを叩く音が響く。


白い手が窓に張り付き、内側から連打している。



それが人間か、ゾンビか。俺には分からない。



助けられる距離でもなければ、助ける術もない。


ただ、無機質に叩かれる窓ガラスだけが、「まだ生きてるかもしれない者たち」の存在を俺に突きつけてきていた。



振り返らず、俺たちは橋を渡り切った。



角を覗き込んだ美咲が、肩で息をして振り向く。



運動で疲れているわけではない。


張り詰めた空気の中で、肺の奥まで酸素が届かなくなっているのだ。



「大通りと山手線を抜けたわね。あとは明治通りを越えれば北池袋」



低く小声で告げ、握りを確かめるように槍を握り直す。


わずかに震える指先。だが、眼差しは鋭く、揺らぎはない。



俺も息を吐き、背を正す。


緊張に押し潰されそうだが、立ち止まれば余計に崩れる。



明治通りの向こう側、脇道の先の正面に神社があった。


鳥居が闇に浮かび、街の光から切り離されたように見える。



「……あの神社に潜り込むわ。まずは細道から明治通りに近づいて、偵察しましょう」



鳥居を指さし、美咲は歩き出す。


俺は盾を握り、背後を確認しながら従う。



わき道を抜ける。


明治通りを覗いた。



車列が途切れなく続いている。


川越街道と同じだ。


所々で車がゾンビに囲まれ、車体を叩かれ揺れていた。



反対側から三人組が横断を始めるのが目に入った。



「しゃがめ」



美咲の手が素早く下がる。



俺は身を低くして、盾を膝に寄せた。



近づいてくるのは家族だ。



父親が段ボールを抱え、母親は小学生ほどの子供の手を引いている。


もう片方の手にはキャリーバッグ。


ぎこちない足取り。それでも必死に歩みを進めていた。



彼らは俺たちに気づいていない。


だが、すぐに正面から鉢合わせる軌道だ。



そう判断したか、美咲がすっと立ち上がる。


父親の目がこちらを捉え、わずかに見開かれた。



だが、次の瞬間には目を逸らし、壁際に寄って歩き続ける。



俺も美咲の側に立ち、盾を持ち直した。


母親が子供の頭を抱き込むようにして、低く囁く。



「見ちゃダメよ……」



父親は、俺たちを見つめ続けていた。


威嚇するように、警戒するように。



彼の段ボールを抱えた腕に力がこもり、肩がこわばっている。


妻子を呼ぶ声が震えていた。



「……行くぞ」



家族は壁沿いをすり抜け、俺たちの来た方向へ消えていった。



──消えていくと思った。



緊張の糸が切れかけた、その刹那。



──バリン。



頭上でガラスの砕ける音。続いてドサッという鈍い衝撃。



「きゃああっ!」



母親の悲鳴。


振り向いた先、子供が見知らぬ男に腕を掴まれていた。


二階の窓から落ちてきたのだ。



キャリーバックの音に寄ってきた?



ダンボールの落ちる音、父親の怒声が響き渡る。


母親が子供の手を必死に引き戻そうと叫んでいる。



「……煩い。逃げるわよ!」



美咲の鋭い声。


俺の手を引くようにして、明治通りへ飛び出した。



左右を素早く確認し、車列の合間を駆け抜ける。


数体のゾンビがこちらに気づき、頭を振りながら走り出す。


詳しく見ている余裕などない。



神社に通じる脇道に飛び込み、背を壁に押し付ける。


荒い息を押し殺し、鼓動の音だけが鳴り続けていた。



振り返れば、まだ路地から悲鳴が響いている。


そこへ、車を叩いていたゾンビたちが次々と流れ込んでいく。



人の声が餌を呼んでいる。



美咲がその様を見て、俺に視線を寄越す。


首を振った。



俺は頷き、彼女の肩を優しく叩いた。



暗がりに浮かぶ朱色の門。


足早にそこをくぐり、俺たちは境内へと逃げ込んだ。



背後では、まだ子供の悲鳴と母親の絶叫が、夜空に響き続けていた。

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