異様な戦士。俺には、もう、日本人には見えなかった。
日が落ち、夜が来た。
装備を整え、部屋の中央に立った美咲を見て、俺は首を振った。
──なんだこの異様さは
全身が黒い。
頭部には原付ヘルメット、そのバイザーが蛍光灯を反射して不気味に光っている。
首周りにはタオルが幾重にも巻かれ、マフラーのように喉を守り、皮膚の露出は一切ない。
その下、襟だけを残して切り落としたピーコートの布が、肩から手先にかけて固く覆っていた。
黒いTシャツとジャージは通気性の良い素材で、胴と脚を軽やかに締めている。
肩周りだけは異様に厚みを増し、一見して鎧武者のようだった。
背中には大きなリュックを背負っている。
中には水や食料、応急道具。
だが同時に、その厚みは背骨を守る簡易な装甲にもなっていた。
振り下ろされる打撃も、後ろからの噛みつきも、まずはこのリュックが受け止めるだろう。
右手に握るのはガムテープで固く補強された棒。
先端にはビニール袋が被せられ、遠目にはラクロスのスティックに見える。
だが、その中に隠されているのは鋭利な包丁。
突き出せば、薄いビニールを突き破り、肉を裂く即死の一撃となる。
左手は開いているが、金属製の丸い蓋を改造した盾を構える予定だ。
盾を持っていると考え構えている。
ヘルメット越しの眼光は、真っすぐ俺を見据えている。
──見るからに怪しい
だが、コイツと戦うと思い浮かべた瞬間、その意味が理解できた。
噛みつかれそうな頭、首、肩、腕、手先まですべてが固く覆われている。
鈍器で殴りかかられても、必ず防具が衝撃を受け止める。
盾を構えた状態で右手の槍が突き出されれば、覗くのは僅かなヘルメットのバイザーだけ。
そして背後には、守備と荷運びを兼ねたリュックが壁のように張り付いている。
素手で相対したら絶望しかない。
美咲も同じことを思ったらしい。
「アンタ、凄い恰好ね。正直、どう戦っても勝てない気がするわ。武器がないと。でも、盾があったらバットを持っても不利ね」
美咲と動きを合わせてみる。
盾とは本当に邪魔だ。
バットを振る。盾で逸らされる。
お互い一手。
バットは振り切られて使えないのに、美咲の槍が俺の腹部を刺す。
美咲だけが二手動ける。
槍と盾。
古代の人類の最適解。
身体で意味を理解する。
そんな戦士が2名、8畳のワンルームで槍を構えて向き合っていた。
美咲が槍を掲げる。
俺も手槍を掲げる。
カンッと打ち鳴らした。
「生き抜く」
言葉はない。玄関に向かう。
昨日家に帰ったのが18時半。
まだ25時間しかたっていない。
もう、笑う気にもならない。
あの日々は終わったのだ。
後ろを振り返る。
バイザーを上げた美咲が頷いた。
「行こう」
彼女に微笑んで、鍵に手をかける。
──カチリ。
金属音を響かせて鍵が回った。
その音が平和で幸せだったこの部屋の最後の贈り物だった。
【第2章 犯罪者の成れ果て、或いは、異様な戦士】 完結
次章、彩葉を救うため、外に出ます。ゾンビがいる世界の外歩きをお楽しみください。
明日から第3章更新。
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