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自宅にあったガラクタが、どう見ても人を殺す形をしていた。

美咲に甘噛みされることしばし。


触れる吐息は温かいのに、噛まれるたびに皮膚がひりつき、心臓が跳ねる。



彼女の顔には、冗談も色香も一切なかった。



研究者のような冷静さで、俺の身体に食らいつき、部位ごとに判定していく。



首筋。肩口。肩から手先。


そのたびに「ここは噛みやすい」「ここも危険」と低く結論を落とす。



「ベッドに横になりなさい」



との美咲の声。



次に膝下に体重をかけ、噛みつこうとする美咲が「ゆっくり蹴って」と注文を付ける。



太ももに近いと膝で押しのけられる。


足先や脛を噛む動きは丁度蹴りやすい。



下肢は守りやすいと彼女は頷いた。



キスから始まり、次々噛みつかれる感覚に耐えながら、俺は身を固くする。



「アンタを襲ってみたけど……顔面、首筋、肩口、肩から手先。ここは危険すぎる。他は噛みつきにくい。守れる。胴体と脚は難しいわね。転倒しているならもう死んだも同然だから守りは後回しでもいいか」



そこに感情はない。


ただ生存のための分析。



──しっかり検証するわよ



ホントに噛むの!?と驚く俺に美咲は断言した。


やれる準備はすべてやると。



それが逆に俺の胸を締め付ける。


そこまでしても、生き残れるか分からないのだから。



こうやって、守るべき箇所を選んでいるのは理由がある。


コートを着て夏の夜を歩けば、速攻で熱中症になる。



放熱と重点防御箇所を決めて、防具を作ると美咲は宣言した。


昨晩の暑すぎる買い出し経験がある。


絶対に必要だと確信した。



「守る場所は決まったわね」



護国寺の自宅から練馬までは約10キロ。歩けば2から3時間の距離。


だが、ゾンビがいる、戦闘になる、警戒しつつ進むなら6時間は見ておかねばならない。


噛まれるのが怖いからとコートを着て歩くわけにはいかないのだ。



「あとは、武器と防具を作らないといけないわね……何かあるかしら?」



ガランとした8畳一間を見渡して美咲が言う。



俺はゴルフも野球もしない。そんな高尚な趣味は持っていない。


だから、ゴルフクラブもバットもない。


もちろん、銃もない。



「よし!」と美咲が動き出す。ローテーブルの上に物がどんどん積まれていく。



物干し竿

包丁

ピーコート2着

ガムテープ

原付用ヘルメット

防災用防刃手袋

スマホ充電器兼照明ライト

フライパン



・・・何とも心もとない物資だこと。



ゴルフも野球もやらない俺には、振るえる棒すらない。


美咲が積み上げたガラクタだけが、俺たちの武器だった。



*



「悟司、防具を付けていない人間を、ふたりで確実に殺すならどうやる?」



その血生臭い仮定を、あくまで仮定として考える。



「長物が欲しい。できれば、背後から気づかれる前に。二人なら囮が注目を引き、後ろからやる」


「いいわ。囮役は身を守る防具を付ける。盾も欲しいわね。攻撃を防ぐ。そして、もう片方の手に持つのは」



──包丁を手に取る美咲



「それで刺すのか?」



首を振りながら、包丁も振る美人。


メンヘラも真っ青の猟奇的なシーンだった。



「傍に寄りたくない。遠間から刺し殺す。手槍を作るわ」



その言葉に浮かぶ。



──盾と槍。



盾を構えて、槍を突く。


ふたりで作る槍衾。



想像する。


敵が俺ならどう戦うか。



一方の槍を掴む、盾を掴む。


フリーの槍に腹を刺される死ぬ。



蹴りつける、槍に切られる。


盾持ちの体当たりで転がされて、手の届かない距離から滅多刺しにされる。


死ぬ。



逃げる・・・はできるかもしれない。



それ以外は無理だな。


ケガすらさせられない。



運動神経抜群の美咲が槍を振るっているとすれば、猶更だ。



何度も死んだ。考えた。


だが、槍を振うのは俺だ。



この装備は・・・強い。



「盾と槍か。古代の戦士みたいだな。防具がない時代の最適解……か」


「そうね。訓練せずとも突きなら殺しやすい。包丁と物干し竿。これをベルトとガムテープでグルグル巻きにして、穂先と柄の強度を高める。実用に耐えると信じましょう」


「って、盾はどうするんだ?」


「家にはないわね、調達できればいいんだけど。手で持てる、円形か四角で、硬い素材がベスト」



──いやいや、ないだろ・・・あ、あった



「ある。ウチのマンションのごみ置き場。古い金属製の業務用ごみ箱がある。円形の金属蓋だ。取っ手がある。形状は盾そのものだ」


「いいマンションじゃない!」


「で、副武装がフライパンか」



そういう俺に美咲が顔を暗くする。



「この手槍は人を殺すための武器。痛覚や血流がないゾンビには効きにくい。盾で押さえて、殴り殺す。そのためのフライパンね。金槌とかバットが手に入ったらそれを使いましょ」


「……理解した」



*



ピーコートを切断する。


肩口から手先までを残す。胴体、背面の布地は全て切断。


袖が襟で繋がっているだけという有様だ。



首にはタオルを巻く。胴体はTシャツだ。


頭は簡易バイザーの付いた原付用ヘルメット。



「防具はこれで良し。これ以上は熱中症になる。放熱も考えてこれで移動しましょう」



武器はフライパンが鈍器。


主武装として、長さ120センチほどの物干し竿改め手槍の先端に刃渡り20センチの包丁が鈍く光っている。


それが2本。



ただの日用品だったガラクタ。


だが、今や、どう見ても人を殺せる形をしていた。



シッシッと槍を手繰っては突く美咲。


首、胸、腹と角度を付けている。


きっと視線の先には人が浮かんでいるのだろう。



俺も手槍を取る。



軽い。柄がガムテープでしっかり巻かれ、滑り止めを兼ねている。


あまりしなりはない。



「叩くのはダメね。でも、突くだけなら機能しそう」



槍を手繰る。


身体を捩じって、「ハッ」と付き出す。



ズバっと穂先の包丁が付き出される。



あぁ、この槍の前には立ちたくないな。


そう思った。



だが、俺には、イメージだとしても、人を浮かべてその首や胸を刺すことは・・・出来なかった。

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