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愛屍の臨界──ゾンビ戦争の英雄、ふたりの恋人の物語  作者: 斉城ユヅル
第1章 さらば愛しき法と秩序の日々
1/15

プロローグ ゾンビは俺たちから《甘い夜》を奪っていった。

──《はじめに 斉城ユヅル》──



本作は現実の日本に本当にゾンビが出現したと仮定して、生存の《最善手》を打ち続けるというテーマで執筆しています。


人間の頭蓋骨の耐久性や自宅にある武器、対人戦、対ゾンビ戦、警察と病院、政府の対応速度等を検討し、フィクションよりも、リアルさを追求しました。


自分ならああする、こうすると考えながら読んでいただければ幸いです。


なお、本作は、東京、護国寺の1Rマンションの一室にて、主人公とヒロインの日常パートから始まりますが、プロローグの終わりにはゾンビが出て来ますのでご安心ください(`・ω・´)ゞ


それでは、《愛屍の臨界》をお楽しみください!

【6月20日(金曜日)19:47】



──ブルブル



震えるスマホに、俺は目を覚ます。



──メッセージ1件。


19時47分。


美咲(みさき):今からアンタんち行くから!



都合を聞かないこのやり取りにも、もう慣れた。


「了解」と返す。



待ち受けには、スーツ姿で腕を組む美咲の写真。



アイツと付き合い始めたころに「写真ないか?」と言ったら、秒で送ってきた。


後輩の彩葉(いろは)に撮らせたらしい。


ノリノリでポーズを決める二人の光景が目に浮かぶ。



挿絵(By みてみん)



「さてと……最低限片付けるか」



呟きつつ、ベッドから腰を上げる。



今日は金曜日。


週末だからと油断して、スーツを脱ぎ、そのままベッドで寝ていたようだ。



散らばったジャケットとズボンを拾い上げ、クローゼットに仕舞う。


机の上に置きっぱなしのコンビニ袋とビールの空き缶をまとめてゴミ箱へ。



今週溜めたゴミを排除するのに10分もかからなかった。


なんせ、8畳一間のワンルームだ。



仕上げに掃除機をかければやることもない。


スマホを見る。



待ち受け画像の上、時刻は《20時》を回ろうとしていた。



*



──ガチャ、ガチャ。



乱暴にドアを引っ張る音。


俺は動かない。



──ガチャリ。



美咲には合鍵を渡している。


玄関のドアが閉まり、直ぐに居室のドアが開く。



「カギくらい開けておきなさいよ!」



開口一番、響く強気な声。



合鍵の存在意義とは・・・


と思いつつ、視線を向ける。



仕事帰りのスーツ姿。



会社では見慣れた美人。


だが、俺の家にいるとまた違って見える。



しっかりと身体にフィットしたジャケット。


女性らしいラインが浮ぶ。



すらりと伸びる脚はタイトスカートに包まれ、一分の隙も無い。



セミロングの髪は緩やかに巻かれ、柔らかく波打つ。


頬にかかる一房が、彼女の勝ち気な美貌に柔らかさを添えていた。



美人、美女という言葉が似合う高嶺の花。



そして、何の因果か、俺の彼女だ。



「へいへい。残業お疲れ様。エース営業も大変だな」



俺は肩をすくめてそう言った。



視線の先、ニヤリと笑う美咲。


ん・・・何か袋を提げている。



「契約取って来たわ。これで三半期連続トップは確実ね!お祝いのケーキ買って来たわよ」



あの案件、まとめてきたのか。


思わず無心で拍手していた。



「スゲェな、ほんと」



ふふんと鼻を鳴らしながら、彼女は当然のように冷蔵庫を開け、ケーキを仕舞う。



「で、ご飯は?」


「……帰って寝てたから食べてないな」


「食材使うわね?……って、何もないじゃない!」



冷蔵庫のドアが勢いよく閉まり、呆れた目線が突き刺さる。


だが、すぐにため息を落とし、中をもう一度覗き込む。



「卵と玉ねぎ。あとウインナー? 最低ラインね」



美咲が手早くジャケットをクローゼットに仕舞う。


台所に立つブラウス姿の美咲が、エプロンもせずに卵を割り始める。



──まるで家主だな



そう思いながら、苦笑した。



*



ローテーブルに座る俺の前に、山盛りチャーハンがドンッと置かれる。



「ふかーく感謝してから食べること! いただきましょ」


「あぁ、作ってくれてありがとな。いただきます」



二人でスプーンを動かす。



美咲は男顔負けの勢いで食べるのに、スタイルは崩れない。


運動量の差か、代謝の差か。


少したるんだ自分の腹を意識し、そっと背筋を伸ばした。



モリモリ食べても下品にならないのは、彼女が日頃から気を配っているから。



「会食があるから色々練習してるの!」



以前、そんなことを言っていた。



ふと、記憶がよみがえる。



──あの日、あの事件。



二人で拉致され、力を合わせて、逃げ出したあの一件。


もしあれがなければ、今も俺にとって、美咲はただの憧れの《同期》だったはずだ。



──絶対に秘密よ。



そう彼女に誓わされた。


だから、誰にも言わない、あのことは。



俺は彼女の弱さを知り、その奥にある輝きを知った。



そして、美咲は・・・



「アンタはやるときはやる男」



そう、俺を評してくれた。



それがきっかけ。


そして今、目の前でチャーハンを頬張る《美咲》がいる。



「何、じっと見てるのよ?」



美咲が手の止まった俺を見て小首をかしげる。


いや、と首を振りつつ、その想いは言葉になる。



「お前が彼女なんてな。今でも信じられんよ」



笑うか、顔を顰めるか。彼女が迷っている。


嬉しいけど不満。そういうことらしい。



肩を軽く落として美咲が言う。


珍しく素直な声だった。



「完璧ってのは疲れるものよ。気が抜けないから。そして、いつしか気を抜ける場所が無くなっていくの」


「そりゃ、あたしは才能あふれた美人よ?でもね、完璧ではないの」


「だから、アンタがそこにいる。その自覚を持って、もっと精進しなさい」



その言葉の意味、俺には分かる。



「もちろんだ」



アンタはアタシを分かってる。



言い方は違えど、美咲はなにかにつけてそう言う。


抽象的で掴みどころはないが、何となく分かる。



だからと言って、コイツの隣に立つのは簡単ではないんだけどな!



「その意気はいいけどさ。アンタ今期何位よ?」


「ん……3位だぞ」


「3位だぞ?じゃないわよ。早く2位に上がってきなさいよ、アタシが1位なのはいいとして、2位までは上がれるでしょ?」



こんな感じでエース営業様からコツコツ叱責を賜り、俺の営業成績は付き合い始めてから──ここ《2年》で急上昇していた。



(──最初は中間くらいを行き来していたんだぞ!?)



そんなことは言えない。



「黒沢が2位だ。あいつも天才系だ。凡人枠なら俺はもうトップと言っていいんじゃないか?」


「言い訳せずに、上を目指す!」



このストイックさがコイツの完璧さを作っているなら、隣に立つ俺もそれなりにならなければならない。


まぁ、頑張るしかないわな。



「へいへい」



声に覇気がないのくらいは、許して欲しいところだ。



俺の返答にムーッと膨れていた美咲が萎んだ。



「ま、いいわ。悟司(さとし)、ケーキ食べましょ」



チャーハンを食べ終えたら即ケーキ。



切替も素早く美咲が冷蔵庫からケーキの箱を持ってくる。


ケーキ屋さんのケーキだ。


しかも、3つある。



「アタシは2つ。アンタは1つ。文句ある?」


「ありませんとも」



どこで買って来たかは知らんが、甘くてとろけるように美味しかった。



「んっ~!」と顔を溶かす美咲を見る。


コイツは甘党だ。だが、外ではそれを見せたくないという。



そういうわけで、デートで甘味処に行くことはなく、もっぱら家で食べている。


食べ終えた俺はやることもなく、美咲を眺めていた。



ふとフォークを止めた美咲がケーキを見ながら呟く。



「凡人は天才に勝てない──みんなそう思い込んでる。でも、実際は数と粘り。天才は気まぐれだけど、凡人は積み上げられる。その差で勝てるの」



その一言は・・・。


きっと、今の俺が最も必要とする一言。



「その芯を突く能力はどうやったら身につくんだ?数と粘りで届くとは思えんぞ」



「アンタにもできるわよ。才能はあるもの」



──才能?



そんなもの、俺にあったか?


はてなを浮かべた俺を面白そうに見つめてヒントをくれる。



「相手の気持ちを理解する。それを素直に受け止める。それは才能よ。根っこが掴めるから、一番効く言葉が浮かんでくる」



頭の中に、美咲に首根っこを掴まれて、押さえつけられる俺が浮かぶ。


なるほど。心臓をズサッと刺されるわけだ。



「……少し分かった気がする」



そういう俺をジト目で笑って、美咲は残りのケーキを口に運んだのだった。



*



ケーキを食べ終える。


満足げな美咲。


お茶を一口飲み、試すように俺を見つめてきた。



「ねぇ、悟司。金曜日の夜に美人の彼女がケーキを買ってきてくれたのよ。何か言うことないの?」


「……あっ」



「ほら、何?」



「ありがと」



あれ、ミスったか。



「……はぁ。あなた、今、とても大きなものを逃したわ」


「・・・?」



ジトッとした視線が突き刺さる。


さっきから少しお怒りムード。



俺の視線を確認して、美咲はさりげなく胸を寄せるように腕を寄せた。



──あ。



そういうことか。


自分の鈍さが恨めしい。



「……なぁ、美咲、今夜、いいか?」


「致命的に遅い!……まだ数が足りないようね」



挑むような言葉とわずかに浮かぶ口元の笑み。


叱責と甘さが混じった声に、胸が高鳴っていく。



「じゃ、先にシャワー入ってきて。アタシは後から入るから」



*



窓の外、車が走る音が小さく響く。


今は・・・それ以外にこの部屋を満たす音はない。



美咲は俺の胸に頭を乗せている。


濡れた髪が肩口にかかり、甘い匂いが漂っていた。



呼吸はもう整っている。


けれど、その体温はまだ消えずに残っていた。



甘えるように美咲が、頭を擦りつけてくる。



──あぁ、もうこのまま寝ちゃお



そう思った時だった。



──ブルブル



震えるスマホ。



・・・こんな深夜に誰だよ。


だらんとした美咲をゆっくりと脇に寝転がして、スマホに手を伸ばす。



画面が光る。


眩しっ。



──メッセージ1件。


23時53分


彩葉:先輩、これやばくないっすか!?



SNSのリンク。


開いた。



『渋谷、20時。人間ってこんなんで動けるの?』


動画付きだ。再生する。



*



雑居ビルが映る。


大通りの脇道。



中央にひとりの人間が立っている。



──腹部から、ヒモのように内臓がだらりと零れ落ちていた。



血塗れだ。


それでも、そいつは歩いている。



遠巻きに見つめる何人かの人。


スマホを構える手が震えているのか画面が揺れる。


誰かの悲鳴が響いた。



そいつは、声の方向を見る。


歩いていたはずが、早足になる。



そして、走り出す。



揺れる画面。


悲鳴。



──暗転



*



心臓が一拍、ドンッと乱暴に脈打った。


全身に鳥肌が広がるザワザワした感覚。


まるで、背中に鋭い刃物が一ミリ食い込んだよう。



ただの映像だと頭では分かっているのに、体が勝手に反応した。



胸を押さえ、ふぅふぅと息を吸う。


全身が《これは異常だ》と叫んでいた。



背中に寄り添う美咲の気配。


咄嗟に、肩越しに美咲の顔を見る。



スマホ画面の明かりに照らされた美咲の目が、大きく見開かれていた。


瞳は揺れている。



呆然・・・。



こんな美咲の表情、初めて見た。



だが、その揺れは一拍だけ。


直ぐに焦点が合い、目が細くなる。



彼女の視線が俺に突き刺さる。



「今すぐ調べるわよ」



その声の鋭さに、俺は無言で頷いた。

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