プロローグ1──ゾンビが、いる。この東京に。
ゾンビが、いる。
この東京に。
もしかしたら、ドアのすぐ先に。
いるかもしれない。
その現実に、玄関のドアノブに伸ばした自分の手が震えていた。
ガシッと後ろから肩を掴まれる。
ビクッと身体が飛び上がる。
振り返れば美咲が励ますように頷いてきた。表情は落ち着いているのに、呼吸だけは浅く速い。
梅雨の外気とリビングの冷気が混ざり空気はひんやり淀んでいる。
玄関前。こげ茶のドア。銀色のドアノブが玄関灯を反射して、鈍く光っていた。
ほんの6時間前まで何気なく歩いていたドアの《外》が、今やいつ死んでもおかしくない地獄になっていた。
行きたくない。胸がギュッときしんだ。
「……怖いな……」
「そうね……でも、行きましょう」
食料も水も僅かしかないのだ。
行くしかない。
「はぁ……はぁ……」
額から垂れる汗は緊張のせいじゃなく、夏なのに冬物コートを着ているせいだ。
冷たいドアノブに指を掛け、祈るように目を閉じた。
──もしも、だ。もしも・・・・・・ゾンビに出会ったなら
グッ、とドアノブを強く握り締め、背後で息を殺している美咲を思う。
──美咲を守る。この《命》に代えてでも
ゆっくり目を開き、言葉にはしなかった《覚悟》を込めて、美咲に告げた。
「……開けるぞ」




