9話 身代わりに来た娘が騎士よりも騎士過ぎる 後編
「リンバルガ地方のレン橋の件は……」
「はい?」
「いや、なんでもない」
リカルダが居なくなってからエレディンは実務の方に支障をきたしていた。超偉大な参謀を失った気分である。
「……本当に有能だったんだな」
エレディンはがっくりと項垂れた。
リカルダ不在のロトランダ城でエレディンが物足りなさをどこか感じている一方、騎士団は大騒ぎだった。
まず、帝都のご令嬢が来ると待ち構えていた四番隊だが、やってきたのはすこぶるイケメンの貴公子である。
「誰だこのイケメン……!!」
「気品、威厳……どこかの勇者か?」
「はっ! 噂に聞く身分を隠した王子様かもしれない!!」
誰もリカルダを帝都のご令嬢と結びつけず、ただの入団志望者だと勘違いする。そして厄介なことに暴走ご令嬢ズのエレナとマルテがついて来ていた。
「これは内緒なのだけど。お忍びの王子様なの!!」
「ぜったいに秘密にしてくださいね」
と例の妄想ストーリーをコソコソと話す。
悪気は一切なく、これもひとえに王子様のためだ。自己中心的に動くあたり、傲慢高慢ちきご令嬢らしい行動である。
そして恐ろしいことに第四番隊の貴族出身お坊ちゃまたちは納得してしまった。だが、彼らは悪くない。そもそも、リカルダのあふれ出る王子様オーラが妄想ストーリーを後押しするのだ。
ちなみにエリオットは
「俺よりもイケメンなの?」
と鼻で笑っていたのだが、リカルダと対面して即刻手のひらクルーした。
サラツヤの金髪、凛々しい顔立ち、醸し出す気品に溢れる威厳は王者の風格だ。
(イケメン!! 比べるなんておこがましいほどのイケメン!! それに強い……!! 団長と同じ……?いや、下手したらそれ以上?!)
チャラチャラしているが隊長たるもの相手の実力はだいたいわかる。
エリオットのプライドがぽっきりと根本から折れたどころか、骨の髄から感服した。
そしてリカルダの仕事ぶりがさらにエリオットをのけ反らせる。
元は傭兵なので騎士の仕事は慣れたものだ。馬や伝書鳥の世話から武具の手入れ、掃除や薬草の仕分け……リカルダはすぐにできた。それどころか、
「コルヴォル飼料を使うとコストダウンになりますし、騎馬の持久力がアップしますよ」
と知識まで披露してくれる。
薬草の新たな使い道や薬剤の調合法……エリオットは感心するばかりである。
『すごいですね。なにか経験でもおありですか?』
『傭兵団に居たのでこれくらいは』
『へえ、どこですか?』
『蒼天連隊です。東大陸の』
『……伝説の英雄じゃないですか!!!!』
『団長たちの戦果ですよ。私は只の下っ端だったので』
謙虚に言うが、蒼天連隊に居たというだけでヤバいのに、それを鼻にかけたところもない。その姿勢にエリオットは衝撃を受けた。
(うわあああ!!オレ、雑魚レベルで思い上がっててめっちゃ恥ずかしいい!!!これが本当のイケメンなんだ!!)
エリオットはリカルダの男っぷりに憧れた。
しかし、リカルダを風呂に誘ったときにご令嬢と知って横転する。
「女性!? まさか!! だってお忍びの王子様じゃないんですか!!?」
「よくわからないけど、違う人だよ」
とリカルダは正直に答えるのだった。
■
リカルダが入隊して一週間。
騎士団長ホフドンは様子を見に第四部隊にやって来た。
「件のご令嬢はどこかね。逃げ出したか?」
「まさか。あそこで指揮を執っていますよ」
エリオットが遠くを差した。
金の髪と青い目のご令嬢ならぬ、超絶ハイパーイケメンがそこに居た。銀の甲冑をまとい、獰猛な軍馬を飼いならす姿はまさに軍神。伝説の英雄のようである。
「エリオット。あのお方は……ご令嬢の兄上か何か?」
「そう思うでしょう。ところが本人なんですよ」
軽いノリがなくなり、立派な騎士となったエリオットが答える。
「エ、エリオット。お前雰囲気が落ち着いたな」
「そりゃあ間近で本物のイケメンと接していればこうなります。俺なんぞがイケメンを語るなどオタマジャクシがドラゴンを語るようなものです。俺はただの凡人だったんだなって悟りました」
達観した顔のエリオットが答える。
ホフドンはそれを見て唸った。
まるで数十年修行した武闘家ではないか。ホフドンは決意した。
「よし!! 謙虚さを身に着けたお前なら言える。次の騎士団長はお前だ!!」
こうして次期騎士団長が決まったが、エリオットは「リカルダを差し置いてそんなことはできない!! アイツ以上の騎士なんていない!!」と駄々をこねるのであった。