8話 身代わりに来た娘が騎士よりも騎士過ぎる 前編
北の大地、毒蛇公爵の食卓では今日も美味しい料理がずらりと並べられる。
料理長曰く、幻のアンカラバ豆のコーヒーとバルドール麦を使ったクッキーらしい。リカルダが来てからどんどん健康になっていくのがわかる。実にありがたいが、このままではリカルダを追い出すチャンスがなくなる。
エレディンは真剣な顔で言った。
「……リカルダをロトランダ城の外に出す」
「とおっしゃいますと?」
「ロトランダ騎士団に転属させる。あそこならロトランダ城から遠いからな」
「しかし、栄えある我が騎士団は帝国どころか大陸の屈指の精鋭ぞろいです。そんな過酷な場所にリカルダを配属して……あ、問題ないですな」
モーリスはリカルダの功績の数々を思い出して納得した。
A級冒険者がチームを組んで採取するコーヒー豆を単独で摂って来れるリカルダなら問題ない。むしろ即戦力になって騎士たちのいい刺激になるはずだ。
モーリスやアデライドも賛成したし、ファンクラブの皆さんは「リカルダ様の騎士姿ァアア!!!!」と熱狂した。
しかし、うってかわって騎士団は混乱を極めた。
「帝都のご令嬢が来るですって!?」
「正気ですか!?ウチ、荒くれ者も多いんですよ!?」
リカルダの姿を見ていない彼らはハチの巣をつついた騒ぎだった。
モンスターの大軍が攻めてきても動じないが、彼らにとって帝都のご令嬢は未知のS級クラスのモンスターだ。
イメージ図は金髪縦ロールのザ・悪役令嬢で、誇り高い部下たちとトラブル必至である。
「ウチはちょっと……」
「ウチも無理です!!」
年輩の隊長たちが次々と匙を投げる中、白羽の矢が立ったのは貴族出身の第四番隊長エリオット・ファルコナーである。
「えっ。オレですか? 別にやってもいいですけど、そのご令嬢が惚れてしまうかもしれませんよ」
将来有望の若手実力派騎士、軽薄な性格とこのナルシストささえなければ次の騎士団長になれるのになあ……と上役たちは憐れみの目でゆるふわ金髪イケメンを見つめる。
「こいつでいいか」
「こいつでいいですよ」
「こいつでいいでしょう」
騎士団長と先輩隊長たちの声が調和する。他に選択肢がないし、女性の扱いが長けているのは間違いない。惚れられたとしても別にいいだろう。
エリオットなら口八丁手八丁で逃げるだろうし、女性問題で騒動起すアイツのいいお灸になるはずだ。
尻ぬぐいの数々を指折り数え、騎士団長ホフドンはエリオットを生贄に捧げることに決めた。洗濯房や縫製房も匙を投げ、屋敷から追い出されるほど高慢ちきなご令嬢でもエリオットなら何とかできる。
勇猛果敢、ムキムキマッチョのおじさんたちの誤解は天元突破していた。
なまじ騎士団がロトランダ城から離れたところにあるため、婚約者という設定も抜け落ち、悪役令嬢が都落ちしてきた程度の認識しかない。
こうして女ったらしのゆるふわイケメン VS 帝都のご令嬢の戦いの火ぶたが切って落とされるのだった。ただし、騎士団のおじさんたちのなかで。