7話 身代わりに嫁がせた娘が気になりすぎる ~ ファルディス侯爵家の一大事 ~
リカルダが北の大地で無双しているころ、帝都のファルディス侯爵家は心配のしすぎでメンタルが崩壊しかかっていた。
「やっぱり止めるべきだったんですわ!!毒蛇公爵のもとでどれほど恐ろしい目にあっているか……!!!!」
虐めるどころかトップアイドルなのだが、思い出は全てを美化する。ガルディアの脳内でエレディンは極悪公爵だった。
「くうう!! 私は何という愚かなことをしてしまったんだ!!当主として面目が立たん……!!」
フレナンドが男泣きに泣く。
「ええそうよね。相手は名門の公爵家!!侯爵家出身だからと蔑まされているかもしれないわ!!」
ナディールは昔読んだ少女小説の鉄板ネタを思い出して真っ青になる。意地悪な令嬢にぐるりと囲まれ指をさされるリカルダ……の筈が過激なファンに追い回されているアイドルのイメージになってナディールだけはキョトンとなった。
それはともかくとして、リカルダを心の底から愛している侯爵一家はなんとか取り戻そうと躍起になっていた。三度の食事は決起集会、おやつタイムは糖度百パーの陰謀会議 (たっぷりミルクのカフェオレとともに)。
「あれから一か月……リカルダからの連絡も途絶えましたわ。送った手紙は破かれていますのよ!!もとはといえば私の贅沢でこうなったんですもの。やはり私が行きますわ!!」
ガルディアが言う。なお、音信不通なのはリカルダが取られると危機感を抱いたファンクラブの暴走であるのだが、ガルディアが知るわけがない。
「ダメよダメダメ!!可愛い娘を毒蛇男のもとへやれるものですか!! 私が行きます!!ええ、行きますとも!! セブンティーンの令嬢として新たな人生をスタートしますわ!!」
ナディールがそう拳を握る。母の愛は偉大だ。
「娘と妻を犠牲にしたとあっては男が廃る!! 私が行く!!」
覚悟を決めた漢の顔は勇ましい。
プリティなマシュマロボディさえ凛々しく見えた。ナディール以上に無理があるが、彼は本気なのだ。
普段は抜けてる顔をキリっとさせ、
「リチャード。ナディールとガルディアを部屋に閉じ込めておきなさい。私がロトランダに嫁ぐまで……な」
フっと微笑む。
まさに責任と使命感を持った男の顔である。長年付き従った執事のリチャードは感涙にむせび泣いた。ここで突っ込めるような人間が居たらそもそもファルディス侯爵家の財政が火の車になっていない。
「フ、フレナンド様……!! なんと気高く雄々しいお姿でしょう!!わかりました。何が何でもお二人をお止めします!!」
「イヤア!!ダメぇえええ!!!」
「あなた、およしになって!!」
リチャードと従僕たちが暴れるガルディアとナディールを諫めた。ポカポカ殴られようと、扇でバシバシ叩かれようとフレナンドの心を無駄にするわけにはいかない。
「リチャード!! お父様を止めて!!」
「申し訳ございませんお嬢様!! フレナンド様の御命令でございます!!」
リチャードは断固として首を振る。
「リチャード!! やめさせて!!」
「申し訳ございません奥様!! フレナンド様のお心をどうか慮って下さいませっ!!」
リチャードは懇願する。
当主の男気、無駄にはすまい。家臣一丸となってその心をお支えするだけである。執事や従僕の顔は主人に似て気高さに溢れていた。
一方、女性陣の顔は真っ青だ。
愛する父、夫を心配する顔というよりは焦ったような表情である。メイドや侍女もそうだ。
フレナンドが向かったのは衣装室である。
この屋敷で豪華な衣装を持つ人間は誰か。
セブンティーンのドレスを持つ人間は誰か。
暫くの後に音が響いた。衣装の断末魔だ。
ビリリ、バリリ、ブゥ。
ドンガラドンドンドーン。
「イヤアアア!!! 私のシュミーズドレス無事でいてええ!!!!!!」
真っ先に叫んだのはナディールだった。シュミーズドレスとは流行のシンプルなコットンドレスである。10代のうら若きご令嬢に人気があるが、年配貴婦人から「はしたない!!」と不評のドレスだ。
「お母さま!? シュミーズドレスお持ちでしたの?!!」
ガルディアはむしろそっちの方にびっくりした。
ファルディス一家で悪役令嬢っぽいガルディアが唯一のツッコミ要員だ。
そしてナディール自慢のシュミーズドレスを着用し損ねたフレナンドがしょんぼりした顔でやってきた。
「これなら入ると思ったんだがなあ……」
コルセットドレスを選ばないあたりちゃんと考えていたのだが、破れたあげく裾をふんづけてコケてしまった。
「あああ……わたくしのシュミーズが……」
がくっと崩れ落ちるナディール。
「わ、私のドレスは無事かしら……」
無惨なシュミーズドレスを見ながらガルディアは自分のドレスを思い浮かべた。
■
リチャードがお茶を入れ、心機一転、三人はおやつタイムに入る。意外にも立ち直りが早いナディール、細かいことは気にしないガルディア、そしてクッキー一枚で機嫌が直るフレナンドが作戦会議をする。
「思ったんだが、破れたドレスの宝飾品を売れば金になるんじゃないか」
「それよ」
「それですわ」
三人が見つめ合った。
「破れたものと言わず、最低限のものをのぞいて売り払いましょうよ。リカルダのためなら惜しくないわ!!」
「ええ、そうですわ!!お母さま!!」
「よ、よし。私のコレクションも売りに出そう!! リカルダ待っててくれ。必ずおじさんが助けるからな!!」
三人は意気込み、売れるものを探し回った。
ちなみにフレナンドのコレクションはニョッポロンポッポ王国のアリエン像である。黒檀の重厚さ、不思議な形が魅力的と商人に勧められて買ったものだ。
■
ファルディス家が打倒毒蛇公爵を掲げて奮闘しているころ、エレディンはリカルダの活躍に頭を悩ましていた。
痒い所に手が届くどころか、あったらいいなをトコトンまで実現していく有能さ、そつのない仕事ぶりは見事というほかなく、執事としても補佐官としても最側近としても優秀過ぎた。
リカルダなしで生活ができなくなるのではと思うレベルである。
だが、結婚はどうしても避けたいエレディンはどうにか考えた末、ファルディス侯爵家を動かすことにした。そもそも彼らが借金を返済してくれればそれで終わる話なのである。
「この際少しくらい値引きしてもいい……。本当は棒引きでもいいが、毒蛇公爵のイメージに傷がつく……!!!」
ここらへんが譲歩できる最低ラインである。
「放った密偵から、ファルディス侯爵家は貴金属を売り払って金策している模様です。歴史がある家ですからある程度まとまったお金は期待できそうですな」
モーリスの言葉にエレディンは光明を見出した。
利息分だけでもなんとかなればなんとかリカルダを返す方向に持っていけるとエレディンは喜んだのだが、エレディンの下へ届いたのは彼らが悪徳商人に騙されたという悲報だった。
「悪徳商人に騙されただと……?」
「品物だけ持ってトンズラされた模様です。泣きっ面に蜂ですな」
モーリスの説明にエレディンの顔はみるみるうちに表情を失くしていく。
「……帝都では人を騙して金銭を巻き上げるような下衆がはびこっているのか」
エレディンの顔は魔王のように恐ろしく、報告に来ていた密偵は怯えた。
「そいつを見つけ出してここへ連れてこい。この俺が直々に成敗してやる」
エレディンの赤い目が冷たく光る。これぞ恐怖の毒蛇公爵の顔だ。最近全く出る幕がなかったが本来の彼はこのイメージである。
そんなエレディンに口を出せるのは只一人、先々代から仕えるモーリスだけだ。
「エレディン様。お気持ちはわかりますが帝都での犯罪ですからロトランダは介入できませんぞ」
至極もっともである。
だが、エレディンの怒りは収まらない。
「その悪徳商人とやらは俺の手で裁かんと気が済まん!!皇帝に断りを入れれば問題ないだろう!!すぐに連れてこい!!」
皇室に次ぐ強大な権力、それがロトランダである。
すぐに捜索隊が結成され帝都に飛んだ。
皇帝は深夜にもかかわらず叩き起こされたが、怒ることもなく、ささっと許可証にサインした。そして二度寝した。
「とろこで公爵様。悪徳商人の財産を没収する頃には期限切れでご結婚した後となりますが、このまま成り行き任せでよろしいですか?」
モーリスの客観的な分析にエレディンは悔しそうに唇を噛んだ。
「……仕方がない。本業のファーテル商会に力を貸すことにしよう。優秀な人間を送り込んで事業の立て直しをさせろ」
「かしこまりました」
こうして一人の青年がファルディスに送り込まれることになった。若くして行政官の次席まで登りつめたスーパーエリートである。
「私にかかれば事業の一つや二つすぐにでも立て直してごらんに入れましょう」
才覚に驕るキザな奴だが、彼は知らない。これから行くところは常識人がほとんどいない魔境であることに。
なお、帝都で暗躍していた悪徳商人は役人に自首してきた。
「お願いですお願いです!!何でもしますからシャバに出さないで下さい!!毒蛇公爵が怖すぎるんですよおおお!!!!」
と震えていたため、エレディンの悪名は一層高まることとなった。