6話 身代わりに来た娘が麗し過ぎる 後編
高慢ちきご令嬢ズのエルマとマルテ。
彼女の頭の中は麗しの王子様のことで一杯だった。
この胸のときめきはもしかして初恋かもしれない。
「マルテ。あなたも同じ気持ちよね。恨みっこなしで正々堂々戦うわよ」
「もちろんですわエレナ。お友達として当然ですもの」
二人は固い握手をした。
エレディンがリカルダへ放った刺客であるがいつのまにか場外乱闘をし始めた。
「それはそうとして、王子様のために公爵様が違約金を払うように仕向けなきゃいけないわ」
「エレディン様から借金を棒引きにするから出て行って欲しいといわせますのよね」
場外乱闘どころか反逆を企て始めた。
自己中箱入り娘らしい発想である。自分たちこそが正義と思っているので厄介だ。
「エレディン様のお世話を王子様に付きっきりでしてもらうのはどうかしら」
「それはいいですわ!! 起床からおやすみまでずっと一緒に過ごしていただきましょう!」
高慢ちきご令嬢ズの暴走は止まらない。
さっそくリカルダに彼女たちは指示を出した。
「執事の仕事は公爵様のお世話をやるのよ」
「朝から晩までずっと付き添って下さいませね」
「食事も作るのよ」
「飲み物も」
「寒ければ上着をかけて」
「暑ければ扇いで差し上げて」
ほぼほぼ彼女たちのして欲しいことであるが、上流階級のことをに不得手なリカルダはそういうものかと納得してしまった。
「ああ、わかった。慣れない仕事だが頑張ってみるよ」
リカルダはちょっと照れながら言った。
下町育ち、傭兵団出身だから当然であるが、ご令嬢ズはその『慣れない』意味を勘違いした。
(王子様だから当然だわ!!)
(王子様ですものね!!)
こうしてご令嬢ズによる『王子様による公爵様の付きっきりお世話計画』が始動したのである。
「……計画してなんだけど、エレディン様が羨ましいわね」
「そうですわね」
■
ロトランダ当主、エレディンの朝はいつも執事が起こしに来る。
先々代から仕えているモーリスがその担当だ。
だが今日だけは違った。
朝起きたらイケメンがいた。
しかも尋常じゃないくらいのイケメンだ。
「うわああああ!!!!!!」
叫んで起きたエレディンは悪くない。
「おはようございます。公爵閣下。朝の準備をお持ちしました」
長い金髪を後ろでまとめ、黒い執事服をまとった気品あふれるリカルダである。顔面がきらめいて見えた。
「お、お前!!なぜここにいるんだ!!!?」
「エレナさんとマルテさんから指示を受けました。上級使用人の仕事は主の世話を焼くことだと」
答えながらも流れる所作でリカルダは甲斐甲斐しく世話をやく。カーテンを開き、洗顔の準備、ふわふわタオルを広げてスタンバイしている。
完璧な執事のスタイルだが、このあふれ出る気品と漂う覇気。どこかの王子様が執事のコスプレしちゃいました感がぬぐえない。
エレディンはあまりの居心地の悪さにシーツにくるまった。
「……お前は下がれ!!モーリスを呼んで来い!!」
リカルダが退室し、モーリスが慌ててやって来た。
「公爵様いかがなされました? リカルダ殿は筋も良く、完璧に仕上がったと思ったのですが」
「……完璧すぎだろ」
顔を覆うエレディンの顔は真っ赤である。体が熱い。
「公爵様……お熱でも?」
「そうみたいだな。熱くてたまらん。冷たい飲み物を用意してくれ」
手でパタパタと仰ぎながらエレディンは言った。
熱くてたまらん。北の大地がまるで南国亜熱帯状態だ。
■
エレディン所望の冷たいジュースはすぐに来た。そして何故かリカルダの手製だった。
「なぜリカルダが作っているんだ!!!!」
と叫ぶエレディンにモーリスが答える。
「片頭痛と不眠に効く素材があると言っていたので任せた次第です。主人の体調管理も執事の仕事ですからな」
優先されるのはエレディンの健康である。モーリスは合理的に判断した。
「リザレクション樹のジュースです。体の不調もこれ一つですぐよくなりますよ」
リカルダが微笑む。直視できなくてエレディンは顔を背けた。
「……」
「こちら、エレファント像の卵で作ったサンドイッチです。食欲がない時でも軽くて食べやすいですよ」
いい奴なんだよなあとエレディンは顔を覆う。
そしてリザレクション樹とエレファント像……文献でしか見たことがないほど貴重だ。大金持ちがS級冒険者チームに依頼して取れるかどうかの代物である。
「……念のため聞くがどうやって手に入れた」
「夜明け前にちょっと毒蛇の森まで。あそこは迷宮が頻発するので大漁でしたよ」
さらっとリカルダは笑顔で言う。
ここまでくるともう驚きもない。リカルダなら余裕だったんだろうなと何故か納得する。
そしてジュースとサンドイッチが驚くほどうまい。
喉が渇いていたから飲んで、腹が空いていたから口にしただけなのに、一気に飲んで食べてしまった。
あまりにも美味過ぎた。
空になった皿を見てリカルダは嬉しそうにする。
「また、お昼も用意しますね」
「ああ、頼む」
うっかりそう言ってしまったのは、美味しすぎたからだ。
そして効果のほどが感じられた。片頭痛がなくなりだるさが吹っ飛び、体中に力がみなぎっていく。今なら全速力でフルマラソンができそうなくらいだ。
エレディンは絶好調で仕事に取り組んだ。
その間も執事のリカルダは完ぺきにエレディンをサポートした。書類の整理、絶品コーヒー、スケジュール管理……もはや補佐官の仕事だろレベルまでこなし、その有能っぷりと超人っぷりをいかんなく発揮するのだった。
25.06.23。ご指摘を受けて少々修正。
25.06.24。前半修正。