39話 公爵夫人の悪いうわさ ~ VS エレディン ~
ちょっとした騒ぎはあったが、基本楽天家の帝国貴族たちはパーティを続けた。
おいしい軽食とうまい酒をたしなみつつ、麦がどうのこうの、はやりのオペラがどうのとそれぞれが話に花を咲かせる。
レニアはファルディス三人衆とともに軽食をともにしていた。
計画の一つ、ファルディス侯爵家の娘ポジションを無事にゲットしたのである。喜んでいいはずだが、レニアですらなんでこうなったのか理解に苦しんでいる。
(指輪模造に一番苦労したのに!! まったくいみがなかった!!むしろなんでこうなったのよ!!)
しかし、今はそんなことを考えている場合ではない。
(計画に変更はあったけれどまあいいわ。ロトランダ公爵夫人になりさえすればいいんだから!!)
最終目標はそれである。
レニアはそのために黙って話を合わせ、ロトランダ公爵エレディンが登場するのを待った。
帝国のデビュタントは先にエスコート役の男性がホールに登場し、そのあとで主役のレディが紹介される。
公爵が一人でいるときがチャンスだ。
ファンファーレが鳴り響き、ロトランダ公爵エレディンの名前が高らかに読み上げられる。
エレディンの登場に人々はざわめいた。
ヴァルクレイン城塞都市を救った英雄、帝国……いや大陸一のお金持ち、由緒正しい公爵家……それだけではなく、エレディンがあまりにも麗しく凛々しかった。
顔を真っ赤にしてレディたちは見ほれ、令息たちは威厳と気品にあこがれた。
そしてレニアは思わずときめいた。
ターゲットのロトランダ公爵がここまで素敵な人だとは思わなかったのだ。
(なんて素敵な人なの……!! こんなきれいな男性がこの世にいたのね……!!これは絶対に落とさなきゃ!!)
レニアは人々を押しのけ、エレディンの前に立ちふさがった。
「あ、あの。ファルディス家のレニアと申します!! 閣下にお願いしたいことがあって無礼を承知で参りました!!」
レニアは可憐な笑顔を浮かべた。
魅力の魔法も同時に発動させ、エレディンの心を獲りにかかる。
「ファルディス家? ガルディア嬢以外にも息女がいたとは知らなかったな。これからよろしく頼む。何かあれば頼ってくれ」
リカルダの身内ということでエレディンの対応は優しい。人形のような整った顔が柔らかく微笑むのでその場にいた貴族、うっとりする。美しい。
レニアも取り込まれそうになるが、そこは精神力で耐えきった。黒魔法使いが逆に魅了されてどうする。
「あ、あの……実は。公爵様は欺かれているんです!! そのっリカルダは偽りを言ってファルディス家に入り込んでしまったんです……。騙されている公爵様が可哀そうでっ!!」
レニアはうるうると大きな目に涙をため、上目遣いでエレディンを見る。彼女にとっては必殺技だ。可憐なレニアに近くにいた貴族はキュンとほだされ、顔を赤くさせる。
しかしエレディンには効かない。
むしろ眉間にしわを寄せる。
「……リカルダは俺の最愛の妻だ。妄言はやめてもらおう」
低い声はどこまでも冷たい。というか怖い。全然関係ない貴族があまりの怖さに泣いた。
「で、でも本当なんです。リカルダが私を物置に閉じ込めてファルディス家の捜索隊を欺いたのは……!!」
レニアは必死に訴える。
しかし、エレディンの瞳は冷めたままだ。
魅了の魔法が効いていない。
(なんで?! なんで効かないの!?)
困惑するレニア。
そしてこのホールでただ一人、理由を知る人間がいた。
ルヴァリエ王国王太子カイラスである。
彼は黒魔法耐性があった。
(さすがヴァルクレインの英雄ロトランダ公爵。彼もまた私と同じく黒魔法耐性を身に着けていたか。いつか手合わせ願いたいものだ)
黒魔法耐性を身に着けるには苦しい修行に耐えなければいけない。ほかの手段としてリザレクション樹のポーションを日々体に取り入れることだ。まさか愛妻がジュースにしてエレディンに提供しているとも知らず、カイラスはエレディンを己同様武術オタクと誤認した。
彼はレニアVSエレディンを温かく見守ることにした。
エレディンの視線は依然として冷たい。
「ロトランダ公爵家を侮るなよ。リカルダの出自などとうの昔に調査済みだ。それでなくてもリカルダ以外を俺は妻とは認めん。たとえあいつが偽物だったとしてもな」
エレディンはたんたんと、だが冷酷な瞳でレニアに言った。
鋭いまなざしはキモが冷えるほど恐ろしい。だが同時に美しい。
なんとしても自分のものにしたい。
レニアは渾身の演技をした。演技力は折り紙付きだ。
「そんな……ひどいです……。何もかも奪われて……公爵様にも信じてもらえないなんて……」
ぽろぽろとこぼれる涙、打ちひしがれてか細く震えるきゃしゃな体は虐げられたヒロインそのものだ。
貴族たちの中にはホロリと同情するやつがでてくる。キュウウーンと胸を痛めオロオロする。しかしエレディンが怖くて何も言えない。
エレディンは舌打ちをした。深くなる眉間のしわ、ピクピクと震えるこめかみ……。
「……いい加減に」
爆発直前のエレディンを制したのはファルディス三人衆だった。
「公爵閣下!! ご挨拶が遅れましたファルディス家が当主フレナンドです!!レニアを責めるのはお門違いというもの!!」
「そうですわ閣下!! レニアはわたくしたちと志を同じくする者……!!」
「すなわちリカルダを愛するが故の暴走ですわ!!」
堂々と怒れるエレディンの前に立ちふさがった三人は高らかに宣言する。
エレディンはあっけにとられる。何を言っているんだこいつは。
「お忘れですか閣下、私自ら閣下に嫁入ろうとした事実を!! ドレスが破れてもコルセットが壊れてもヒールで足をくじいてもめげませんでした!!」
「そうですわ!! ヘルムントにいくら怒られてもドレスの研究をいっぱいしましたわ!!!」
「レニアもそうなのです!! リカルダを思うあまりの暴走なのです!!」
エレディンはヘルムントから送られてきた報告書を思い出した。しかも絵姿付きで。
エレディンはクール顔が一転、可哀そうなものを見る目でレニアを見た。
レニアはその視線で何かを察した。
(いやあああ!!!!やめてええええ!!! こいつらと同類扱いしないでええ!!!!)
しかしやっていることは表向き同じだ。どんな手段を用いてでもロトランダ公爵に嫁入ろうとしているその姿勢はフレナンドの女装とどっこいどっこい。
「その……すまないな。悪いがリカルダは俺の妻だ。君にもいつかいい出会いがあるさ……」
エレディンがやさしい言葉をかけた。ものすごく憐みの顔である。
レニアはどんな暴言を受けるよりも堪えた。
ガクッと膝をついてレニアはうずくまった。
魅力の魔法は効かない。さらに愛の告白も女装おじさんと同じ扱いを受けるこの屈辱。
万策尽きた瞬間だった。




