35話 公爵夫人がかっこよすぎてタウンハウスの使用人が迷走する 前編
今日も今日とてメッセンジャーボーイがロトランダのタウンハウスに手紙を届ける。
断られてもめけずくじけず諦めない帝国貴族たち。
「公爵家から御茶会の断りの連絡が……これはまさに陰謀の予感!!」
「平民の娘が暗躍して招待を断るように仕向けているのかもしれん……!!」
「これしきのことでめげていられないわっ!!物量戦あるのみよ!!一通でもロトランダ公爵様に届けばっ!!」
正義に燃えた貴族たちが奮闘する。その労力を他に使った方が絶対唯意義なのに。
「まるっとお断りです!! ワインには毒!! 毛織物には針!! どんな仕込みがあるかわかりませんから!!」
恋愛小説どころかドロドロ宮廷小説まで網羅しているベネディクトに死角はない。
庭にどでかい穴を掘り(魔重機の免許持ち)、そこへプレゼントをインして爆発系魔道具で木っ端みじんである。
「ああ勿体ない~。帝都で有名なお店の毛布なのにぃ~」
ナンシーは涙目で贈り物達の末路を見送った。
今までとは真逆の忙しい毎日を送る彼らであるが、とうとう本命のイベントが起きた。
崇拝する偉大なる主、エレディンを迎えるのだ。
「エレディン様からこの屋敷を任されて十年……。最後にお会いしたのは超美少年のころでした。さぞや凛々しく逞しい美青年に成長しておられることでしょう!!!」
ベネディクトはスキップしながら邸内のチェックをした。埃は積もっていないか、花瓶はカケていないか。隅々まで確認する老年探偵ベネディクト。
「エレディン様に会ったことないんですけど、すごい怖いってウワサなんですよね~。私、ぜったい失敗するんで部屋に引きこもっていていいですかあ?」
箒を片手にナンシーが聞く。
彼女は自分の無能さを全力で理解していた。
無能だからこそ、何の仕事もないタウンハウス勤務を志望したのである。まさかエレディン様を迎えるなど青天の霹靂、まったくもって計画外である。
「ダメに決まってますでしょうがああ!!! もともとタウンハウスは人手不足!!というか全く稼働していないから、最小限しか人はいないんです!!! 執事の私、侍女頭マーガレットさん、そして料理長兼庭師のエッヴォさん。そして侍女兼下女のあなた!!」
「護衛兵いるじゃないですかああ!!!」
「脳筋ムッキムキなのでエレディン様をお迎えするなどの繊細な業務は難しいです。そもそも、試験にパスしてここまで来れたんですから自信を持って下さい。あなたはダイヤの原石、本気を出せば完璧な侍女として活躍できますよ!!」
ベネディクトに逃げ道を封じられ、ナンシーは泣きべそをかきながらノリのきいたお仕着せの侍女服に袖を通した。いつもはゆったりした私服なので窮屈だ。
ウッキウキのベネディクト、緊張気味のマーガレット、半べそのナンシーがずらりと並んで門前で待った。
「そういえば、花嫁様もいるんですっけ? 優しそうな人だったらいいなあ~」
「優しさは期待しない方がいいですよ。なんでも生家のファルディス家に害をなした悪徳商人をつるし上げ、現場にいた役人すら失神したほど怖いお方のようです」
やったのはエレディンであるが、ベネディクトの中の可愛いエレディンはそんなことしない。彼の脳内では10歳の天使で止まっているのだ。
「ひぇえええええ!!!! やっぱり帰るううう!!!!」
ナンシーは半べそどころか号泣した。首根っこ掴んで引き留めるのはマーガレットである。この中で一番マトモなのが彼女だ。
ベネディクトのようにエレディンに心酔しておらず、ナンシーのように動機が不純でここにきたわけでもない。ただ、ロトランダ公爵家の家臣に生まれたものとして職務に忠実なだけである。
「覚悟を決めなさい。公爵夫人にお仕えできるのは誉ですよ」
そんなのいらないから帰りたいと内心思うナンシーであるが、このあと花嫁(超絶イケメン紳士)に出会って態度が180度変わるのであった。
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「リカルダさまぁあ!! お砂糖はいかがですかああ!!」
「リカルダはブラック派だ。ミルクもいらん」
ナンシーの言葉にいち早く反応するのはエレディンだ。俺の妻だぞとけん制するのだが、鈍感なナンシーにはとどかない。
「ブラック派なんですねぇええ。カッコイイですううう!!!」
前のめりになって甲高い声を響かすナンシー。
エレディンの顔はアサシンですかと言わんばかりにギラついた凶悪面になっている。しかし鈍感には効かない。
そしてここにも鈍感が一人。リカルダである。
「あはは。褒めてくれてありがとう。そういえば君一人で下女と侍女を兼任していると聞いているけれど、業務が大変そうなら人を増やそうか?」
「ダメですうう!! それだとライバルが増えるじゃないですかああ!!!!今でもリカルダ様を独占できないのにいい!!!」
「独占などさせてたまるか!! そもそも侍女兼下女が俺と張り合うな!!!」
エレディンが珍しく声を張り上げた。ナンシーの声に負けずとも劣らない。寡黙でクールな冷血公爵はもはや存在しなくなった。
ちなみにマーガレットとベネディクトはどうなったかというと、
「ああ、エレディン様!!ご立派になられて私はうれしゅうございますうう!!すらりとした高身長、凛々しいお顔!!さらには高身長ハイスペックイケメンとご結婚まで!!」
感激しっぱなしのベネディクト。
「花嫁…?嫁……?イケメン???」
反対にマーガレットはいまだ頭が付いていけていない。マトモすぎるゆえに順応しきれないのであった。
なお、そのころの秘密結社は不思議がっていた。
人を潜り込ませようにも鉄壁の要塞で人材募集もしていないし、なんなら出入りの商人すらいない。
しかたなく使用人を操るために洗脳薬を送ったのに何の反応もないのである。まさか魔重機で木っ端みじんにされているとは思わず、秘密結社は新たな一手を打つことにした……無駄なのに。




