34話 帝都の社交界が騒がしい件について ~混乱するタウンハウス 誤解の迷ネーズ和え ~
寒い風、凍える空気。あったかいお鍋が恋しくなる季節。
ゼルフォリオン帝国の帝都アルバディアは年末に向けて大忙しだ。
特に年頃の娘がいる屋敷は特に気合が入っている。
まだ壮年の皇帝に子供はいないが、逗留中の美貌の王子カイラスがパーティに出席するので、上手く行けば玉の輿なのである。
「アルティーヌ!! 皇后さま主催のパーティでデビュタントできるのは一握りだけ!! 必ず目立って王子様を射止めるのよ!!!」
「わかっていますわお母さま!! このわたくしの美貌があればカイラス殿下を一目で落とせますわ!!」
ディンバル伯爵令嬢アルティーヌ、16歳。
両親祖父母から可愛がられて生きてきた彼女は、世界で一番自分が可愛いと思っているお嬢様であった。
なお、今回参加するご令嬢は皆、似たり寄ったりである。
社交界のアイドル、カイラス目当てだ。
イケメンなだけではなく文武両道の才色兼備、おまけに地位と権力もついてくるとなればロックオンされるのも仕方がない。
そしてもう一人、社交界で人気上昇中のイケメンがいた。
城塞都市ヴァルクレインを救った英雄、ロトランダ公爵である。
圧倒的な強さでダークネザリオンを瞬殺した偉業は素晴らしいがそれ以上に人々が沸き立ったのはその美貌だ。イケメンなんて言葉で表せないくらいハイスペックな美形らしい。
城塞都市ヴァルクレインではロトランダ公爵を拝むために長蛇の列ができ、あるものは失神し、あるものは跪いたまま動かなかったほどだ。
噂は噂を呼び、帝都でもロトランダ公爵の人気はうなぎのぼりなのだ。
なにしろ帝国一のお金持ち、ダークネザリオンを瞬殺する強さ、そして超イケメンで話によるとめちゃくちゃ優しいらしい。惚れる。噂だけでも惚れる。
「そういえば、毒蛇公爵の花嫁も参加するのでしたっけ? とすると毒蛇公爵様もいらっしゃいますわよね? あああ、お会いするのは楽しみですわああ」
かつての毒蛇公爵の噂は過去のもの、城塞都市ヴァルクレインを救ったロトランダ公爵一行の話は帝都の話題を掻っ攫った。超絶イケメンな上に王子様レベルの紳士っぷりで毒蛇公爵の噂はうなぎ上り、天に届きそうなほどの勢いである。
高身長で絶世の美男、古の英雄の再来とまで謳われる強さ……!!さらに、道中に数多くの人々を助けてきたという好漢だ。話を聞いただけで心がタップダンスしてしまう。
ルヴァリエ王国よりも超お金持ちのロトランダ。お知り合いになれれば!!と浮かれる貴族たち大多数である。
そんな帝国貴族に反してある一派は非常に窮地に立たされていた。
秘密結社、『漆黒の堕天使』である。
事の起こりは数日前だ。
ちょうどダークネザリオンが城塞都市を襲って返り討ちにあった直後である。
帝国の裏社会ではとある秘密結社が暗躍していた。平和ボケした帝国だからこそ活動できる、もはや歴史の遺物とかした組織、『漆黒の堕天使』である。
「ぐぬぬ、死と灰と竜、ダークネザリオンがやられた!!」
「くそ!! 古代魔獣を操って帝国を手中に収める計画がここにきてとん挫したとはな!!」
「しかし、あれの封印を解くのはまだ先のはずなのに一体だれが先走ったのだ!!」
お揃いのフードを被ったメンバーが円卓を囲み、ダークネザリオンの消失を嘆いている。
ダークネザリオンは反乱計画の要であった。消失の原因がただの馬のイタズラだとわかった日には結社の総力をあげて飼い主もろとも報復を受けていたかもしれない。修道院に入って命拾いしたカーライルである。
「しかしどうする。このままでは我々の世界征服計画が!!」
「ふむ。ロトランダ公爵をわれらの支配下に置くのはどうだ? 魅力の魔法には何人たりともあらがえまい。さらに使い手が可憐な少女であればなおさら……クックック」
「それはいい。リカルダとかいう女を追い出し、われらが一味をロトランダ公爵夫人に据えればいい!! 出自があやふやだからつけ入るスキがいっぱいあるからな」
スキどころか歩く要塞だ。知らないのは幸せかもしれない。
「素晴らしい!!」
「そうしよう!!」
まさかダークネザリオンを退治したのがその妻の方だとは思いもせず、秘密結社の暗躍が始まった。
すなわち、公爵夫人リカルダのネガティブキャンペーンである。
「あれれー。おかしいなあ。エレディン様の婚約者はガルディア様だったのにどーして平民出身のリカルダが公爵夫人になっているのぉー?」
とか。
「そもそもデビュタントもしていないのに公爵夫人になってからデビュタントなんておかしいよねえ」
とか。
まさかリカルダのドレス姿が見たいからというアレな理由なんて誰も思わないため、騙されやすい帝国貴族はだんだんと染まってきた。
「もしかしてガルディア様は陥れられたのかもっ!!ほら、よくあるでしょ。平民の義妹が義姉を陥れて婚約者を奪うってお話が!!」
「私も知ってますわ!!ガルディア様が何も言っていないのは……言えない状況にさらされているからですわ!!もしかして軟禁されているのかも!!」
まずはガルディアのファンたちは真っ青になった。ちなみに彼女たちの妄想は実はちょこっとだけ合っていたりする。
当のガルディアがなぜ沈黙しているかというと、前回の浪費(リカルダとエレディン用フリルドレス)が保護者ヘルムントにばれ、大目玉を食らって謹慎しているため、騒動が耳に入らないのだ。
「ふう。ちょっとやりすぎましたわね」
ガルディアがしおらしく言うが、ちょっとどころではない金額である。
「でも後悔はない!!」
潔いフレナンドだが反省しているかどうか怪しい。
「同感ですわ!! エマルア公国の宝石!!ルヴァリエの絹!!最高級のフリルが堪能できましたもの!!」
こっちはたぶんまたやらかす。
「お母さま、しー!! 大人しくしていませんと謹慎が伸びてしまいますわ!!」
ファルディス侯爵家がウンともスンとも言わない(というか言えない)ため、社交界はさらにカオスになった。
「ファルディス家が何も言わない……ということは、この結婚、やはり……義妹によるガルディア様陥れ計画!!」
「公爵様は騙されているのよ!!」
借金のカタに売られた可哀そうな令嬢の筈が、混乱極まった噂のため、義姉の婚約者を奪った平民の毒婦」とかそこまで発展した。毒婦どころかイケメンなのに。
秘密結社のメンバーはうまくいったとはガッツポーズである。
さらに、暴走した一部の貴族はデビュタントに先立ち、ロトランダ公爵に個人的にお会いしたい……という招待状をロトランダ公爵家のタウンハウスのポストに送りつけた。
「義妹の謀略を事前に阻止して見せる!!」
と正義感を発揮したのである。
ちなみにタウンハウスは帝都でのエレディンの家である。貴族は基本、自分の領地と帝都、二つに家を持つのである。
「紙吹雪かな?!」
溢れかえる手紙の山に、タウンハウスの執事ベネディクトは突っ込んだ。ちょっと頭が寂しいロマンスグレーと分厚い眼鏡がトレードマークのひょろひょろした痩せ気味のおじいちゃんである。
「しっかりしてください!!ただの招待状ですよ!!」
補足したのは侍女頭のマーガレットだ。恰幅も威勢もいい。二人で割って丁度いい感じである。
「いやいやまさかまさか。なにしろここはロトランダ公爵家のタウンハウス。泣く子も黙る毒蛇公爵の帝都での家!! ロトランダ公爵家の派出所!! 支店!! そんな悪魔の代理店に手紙を出すなんてそんなもの好きいるはずないでしょう!!」
ベネディクトはハッハハと笑う。彼の脳内は10年前で止まっている。それもそのはず、遠く離れ過ぎた土地である上、タウンハウスはまったく使われていないので情報が届かないのである。
「きっとよろしくない感じの手紙ですよ。呪いの手紙とかそんな類の。でもご安心ください、マーガレットさん。私はエクソシストの資格も取ってますのでお祓いできますよ」
「エクソシスト!? いつのまにそんなものを……?」
「魔電気工事二種免許もありますので、魔電気工事が必要ならやれますよ?」
タウンハウスの執事は基本的に主がいないと暇である。ヒマ過ぎてベネディクトは色んな資格を取り続けたのである。
マーガレットは半ば呆れた顔だ。
「……でもまあ。呪いの手紙と言う線はありえそうですわね。こんな大量の手紙嫌がらせにもほどがありますもの」
マーガレットは手紙を拾う。
そして中身を開いて目が飛び出た。
「ベベベ、ベネディクト!!これ、これ!!!!」
「ん? なんですかマーガレットさん。古代アンポタン語でも書かれてましたか?それともベランメエ呪術のマークでも? たいていの呪いなら破壊できますよ」
冷静なベネディクトが泡をくっているマーガレットに近寄る。そして手紙の中を見た。
「おっと眼鏡をサカサマにしていました。えっと……ん? んん?? んんん!!!?」
ベネディクトは三度見した。四度見ても理解できない。
筆頭執事と侍女頭ツートップが腰を抜かしている中、度胸があるタイプの侍女が興味本位で一枚読んでみた。
「えー!! これってお茶会の招待状じゃないですか!!!!! すごーい!!! 三年間勤務してますけれどこんなお手紙初めて!!!!!」
度胸がある上にわりと軽薄なナンシーは大きな声で言った。
ちなみに彼女、ロトランダの正式な侍女なのだが、緩すぎる仕事場ゆえにお仕着せではなく、ゆったりしたローブのような私服を着ている。
基本、帝都の顔。タウンハウスの使用人は厳選されるのだが、ロトランダでは逆だ。そもそもタウンハウスは使わないので、寒いのが苦手だったり、都会に憧れる若者が勤務しているのだ。
ベネディクトは真っ青な顔で震える。
「エレディン様が継がれてから初めてですよ……!!これは絶対何かの陰謀に決まっています……!!! 参加すると紅茶に毒が仕込まれていたり、ドレスにワインを溢されたり、挙句の果てにどっかに閉じ込められたりするんです!!!!」
ベネディクトの妄想は止まらない。暇すぎて話題の愛憎ドロドロ恋愛小説(全50巻)を読破したのが悪かった。
「落ち着いて!! エレディン様はドレスなんか着ませんわよ!! それにどんな謀略にさらされようが護衛が命をかけて守りますわ!! ロトランダ騎士団は大陸一ですもの!!!」
マーガレットもまだ混乱している。
「ええー。じゃあ、このお茶会断っちゃうんですか? せっかくなのにい。あと、他の手紙も牧場に来て欲しいとか、観劇一緒にしようとか、お誘いばっかりですよ? 全部断るんですか?」
都会の社交会に憧れるナンシーは残念そうである。
「断固拒否!!!!! 主をそんな危険な場所に連れていける筈がありません!!!! さあ、皆さんペンとインクを準備してください。断りの手紙を送りつけますよ。威厳たっぷり、脅し、すかし、時には懐柔。これぞ覇王のたしなみです」
ベネディクトは一枚一枚、きっちりと書いた。
「断る」
と。
「ふふふ。これで我が主、エレディン様も安堵されるでしょう。社交界を恐怖で支配する……まさにエレディン様の計画通り……」
ベネディクトの眼鏡がキランと光る。
しかし、当のエレディンが路線変更して名誉挽回汚名返上を頑張っているとは知らないのであった。意思疎通大事、ホウレンソウ大事。小松菜美味しいのである。
なお、その頃のエレディンとリカルダは帝都の郊外でキャンプを楽しんでいた。
「やっと二人っきりになれたな。ヴァルクレイン領主の酒豪っぷりには参った」
「それを相手にできるリカルダもさすがだぞ」
武骨なコップにホットワインを注ぎ、二人で毛布をかぶりながら乾杯する。
三日三晩続いた宴会からようやく解放され、二人はデートを満喫中である。
「ん、このチキン美味いな」
「そうだろう?城塞都市ヴァルクレインの肴をお前が気に入っていたからな。料理長にスパイスを貰って来たんだ」
エレディンが得意げに言う。
いつもリカルダに美味しいものを食べさせてもらっているので、お返しができて嬉しい。
リカルダの顔に笑みが浮かぶ。
「ありがとうエレディン」
愛情は最高のスパイスである。
お互いに微笑み合い、手作りのシチューやチキンといった夕食を楽しむ。実に和やかで温かでほのぼのしている。しかし、このイケメン二人が帝都の社交界を混乱の渦に叩き落した張本人たちなのである。
帝都の混乱はさらに続く……。




