28話 公爵夫人が王子様過ぎて領主の娘が大騒ぎする 後編
夜になった。
しかし、毒蛇公爵は一向に城の外に出ないのでメリンダは激怒した。
「お父様ああ!!! まさかあの毒蛇公爵を城に泊める気じゃないでしょうね!!!」
「いやだって迎え入れたのはこっちだし、夜も遅いし」
「追い出せって言いましたでしょ!!!! 毒蛇公爵を追い出さないなら私が出ていくから!!!!」
そう言って行動力のあるメリンダは荷物をまとめて出ていった。
「メリンダー!!!!」
悲しく響くメアディル領主の声にエレディンとリカルダが気付いた。
部屋から出て玄関ホールまで降りてくる。
「ご領主、どうかなさいましたか」
優しいリカルダにメアディル領主はウウと涙する。
「む、娘が出て行ってしまいました……!!」
「それは大変です。私が連れ戻してきましょう」
リカルダは凛々しい顔でそう請負い、颯爽と扉から夜のメアディルの町へと向かった。
「リカルダに任せておけば大丈夫だ。執事、ホットワインをご領主に。体が温まれば心も落ち着くだろう」
オンオン泣いているメアディル領主を立ち上がらせ、使用人に指示を飛ばすエレディンは立派な青年貴族である。端正な顔立ちと憂いを秘めた赤い瞳、エキゾチックな黒い髪はサラサラだ。
(素晴らしい方……!! どこの貴族様かしら……)
(王子様の最側近だから侯爵家出身とかだろうな)
使用人たちはリカルダの行動力とエレディンの補佐力に惚れ惚れした。なお、毒蛇公爵とは知らない。
■
城を出たメリンダはとある家に行った。
平均的な庶民の家で伯爵家の令嬢が出入りするような場所ではない。
「フランツ」
「お嬢様?!どうしたんです!!」
メリンダと同じ年位の少年がメリンダを見てびっくりする。時刻も時刻だ。
「家出してきたの」
「へ?えええええ!!!!?」
びっくり仰天したフランツは腰を抜かしそうなほど驚く。
誘拐犯に間違われてもおかしくない状況だ。帝都の大学への推薦が取り消しになるかもしれない。
「な、どうして家出なんです?!伯爵さまはお嬢様のワガママをなんでも聞いて下さる方ですよね?!」
フランツの父が城で働いていた時期があり、フランツもメアディル領主のことをよく知っている。
「私を毒蛇公爵と結婚させようとしているのよ」
「なななな!!! あの悪名高い?!」
「そう、悪名高い悪党よ」
「このあいだ結婚したと聞きましたけど」
「稀代の悪党よ。妻を何人も娶る気なんでしょ!!!」
メリンダは怒った。
父もそうだが、幼馴染のフランツもメリンダの心配をしてくれない。
目に一杯涙をためるメリンダにようやくフランツは気が付いた。
「……ご領主さまはそんな方じゃないと思います。何か誤解があるんだと思いますよ。俺が付いていきますからご領主さまと仲直りしましょう」
「……嫌よ!! 毒蛇公爵を城に泊まらせているのよ!! あの男がいる場所に行きたくない!!」
「何か事情があるかもしれません。ご領主さまの事は嫌いになったわけじゃないでしょう? このままでいいんですか?」
フランツに言われてメリンダは父の顔を思い出す。
いつも自分を一番に考えてくれた父だ。
「……そうね。何か事情があるのかも」
「じゃあ、行きましょう。もし、毒蛇公爵がいても俺が盾になります。食われている間にお嬢様は逃げて下さい」
フランツが言った。
彼も怖かったが、幼馴染の女の子の前で見栄を張る。
効果は抜群だった。
メリンダは幼馴染の男の子の勇気に力を貰って歩き出す。
身長はメリンダより五センチ高い、顔立ちはそこそこ。でも働き者のがっしりとした手は力強い。
メリンダはフランツが王子様に思えた。
■
「ご領主さま!!お話があります!!」
城の扉に先に入ったフランツが硬い顔で言う。そしてその後ろにメリンダがいる。
玄関ホールで椅子とテーブルを用意し、ホットワインを飲んでいたメアディル領主は目を瞬く。
「フランツじゃないか!! メリンダを連れ戻してくれたのか!!」
「まあそうですけど、お嬢様は毒蛇公爵との結婚を嫌がっています!!俺も幼馴染のお嬢さまが残虐非道の公爵に嫁ぐなんて嫌です!!」
「ちょっと待て、何の話だ?!!」
「何ってお父様が私と毒蛇公爵に嫁がせようとしたことを言ってるのよ!!」
「違う違う!!そんなこと断じてない!!!」
「それじゃあなんで毒蛇公爵を泊めるのよ!!さっさと追い出してって言ってるじゃない!!」
メリンダは大きな声で怒鳴る。
ヒートアップしたメリンダは止まらない。
そしてそんな騒動の中、凛とした声が響く。
「すまない。口を挟んでもいいかな?」
苦笑するイケメンが一人いた。
太陽の輝きのような金髪、青い瞳に端正な顔立ち、すらりとした長身はまさに王子様の中の王子様だ。
メリンダは理想の顕現に目をかっぴらき、ぷるぷると身体を振るわせた。
フランツは突然現れた王子様(公爵夫人だが)の凛々しさにぽーっとしている。
「ごめんね。君が心配で追いかけた時、話を偶然聞いてしまったんだ」
リカルダはメリンダに優しく言う。
「毒蛇公爵への嫁入りを懸念しているようだけど、そんな心配はないよ。彼は世間で言われるような怖い人でもないし、今夜だけでも泊まらせてもらっていいかな? 彼は峠越えで疲れているからね」
愛が溢れる声にメリンダは惚れた。
こくんとメリンダが頷くとリカルダは嬉しそうにほほ笑む。
「ありがとう」
そのささやきの甘いこと甘いこと。
それだけで、この王子が毒蛇公爵に恋をしているのがわかった。
メリンダは真っ赤になった。
リカルダが階段を上がっていく姿を見送る。
その姿が見えなくなったところで、メリンダはへたり込んだ。
「イケメン!! 超イケメン!!! 一瞬でフラれたけどあのイケメンなら仕方がない!!」
メリンダは叫ぶ。
「王子様って本当にカッコイイなあ……」
フランツは生まれて初めて会った王子様(ただし誤解)に感動していた。
そしてメアディル領主は
「よくわからんが、メリンダが落ち着いて良かったあ……」
とホっとした。
■
一夜明けてエレディンとリカルダは旅発った。
「末永くお幸せに!!!」
と全力で叫ぶメリンダはたくましい。
「メリンダ……雰囲気が変わったな?」
「何か色々と吹っ切れましたわ!!ねえ、お父様!! 私が領主になる。お嫁には行かない!! 優秀な遠縁を養子に迎えてメアディル領を守っていくわ!!」
「そ、そうなのか!? 王子様との結婚はいいのか!?」
「あの方以上に素敵な王子様がいるわけないもーん」
メリンダの返答にメアディル領主は納得した。
フランツは無事帝都の大学への進学が決まり、メリンダは見送りに来た。
「ねえ、フランツ。卒業後、よかったらウチに就職する? 生涯のパートナーの空きがあるわよ」
「身分の差が……というべきところだけど、上級官吏の身分なら君とも結婚できるからね。努力するよ」
二人は固い握手をした。
たぶんきっと、幼い日から惹かれていた。近すぎてわからなかっただけで。
金髪の王子様と黒い公爵様、お互いを思いあう姿を見て純粋な感情を思い出せた。
「きっと、ずっと前から私はフランツのことが好きだったのよ」
「たぶん。昔から俺もメリンダの事がすきだったよ」
似た者同士の幼馴染がお互いそう言って笑いあう。
彼らはきっと幸せになるだろう。ときおり、超イケメンの王子様の噂をしながら。
そしてその噂がダルグレーヴ公爵を翻弄し、正真正銘イケメン王子のカイラスを混乱のドつぼに叩き落すのである。




