28話 公爵夫人が王子様過ぎて領主の娘が大騒ぎする 前編
「世界最高のイケメンだったら結婚してもいいわ!!」
ヘリンズ峠の隣、メアディル領主の一人娘メリンダは常日頃、そう豪語している。
華やかな金髪、クリクリのお目目、誰からも可愛いと言われるこの美貌!!
そんじょそこらの男と結婚なんて絶対嫌!!
イケメンで優しくて強くて頭も良くて王子様じゃないと嫌!!
「さすがに王子様はちょっと……。イケメンで優しくて強くて頭もいいじゃダメだか?」
「ダメ!! 品性よ!!気品がないとダメ!! もしくは公爵位まで!!」
「うーむむ。独身の公爵はもう残っていないからなあ……毒蛇公爵も結婚したし」
「はあああ!? お父様はあんな残虐非道の悪党に私を嫁がせるおつもりなの!? キー!!!」
激怒したメリンダに父の伯爵は色んなものを投げつけられて追い出された。
毒蛇公爵の噂は知っているが、タフで図太い娘ならうまくやれるんじゃないかなァと思ってしまったのである。
そしてこのメアディル領、領地のあちこちには立札があり、
『求む。
イケメンで優しくて強くて頭も良い王子様
連絡先⇒ 丘の上の城』
と書かれている。
「帝都ならともかく、こんな田舎で建てる意味ってあるんでしょうか」
「ダメで元々。メリンダに申し訳が立つし、どっからか王子様がふらっと来るかもしれん」
そんな場所にふらりとやってきたのがエレディンとリカルダだ。
事後処理を護衛(追っかけ)に任してヘリンズ峠からメアディル領に到着したのだ。
「ふう。やっと峠を越えた。舗装されているとはいえなかなかきついな」
山の頂上で一度野宿を経験したエレディンは疲労困憊である。
景色は絶景で星空は素晴らしいものだったが、もやしっ子のエレディンにはもう無理だ。
「早めに宿を取って休もうか。食事が付いて絹の布団がいいよな」
リカルダの気遣いにエレディンはこくんと頷く。夫のプライドなど今のエレディンに皆無だ。
VS 山の中の獣
VS 害虫
VS 野宿
で、エレディンのメンタルはもうズタボロである。
リカルダが見つけてくれたのは領内で一番いい宿だった。レンガ造りで建物も立派だ。帝都でも名を聞くコリンズ商会が運営している宿だった。
しかし、そこで働く人たちはメアディル領民である。
リカルダが訪れるや否や、
「イケメンだー!!」
「頭良さそうで強そうー!!」
「絶対に王子様だー!!!」
「すぐにご領主さまに連絡を取れ!!」
とおもてなしの気持ちなどどっかにいき大慌てになった。
「また王子に間違えられたかな。女装するべきだろうか」
「どっかの王女に間違えられるだけだからそのままでいい」
苦笑するリカルダにエレディンが突っ込む。
女にもてるのは慣れてるが男にモテるのは心が穏やかじゃない。王子に間違えられる方がマシだ。
宿屋の玄関ホールで立ちっぱなしのエレディンとリカルダに椅子と飲み物が用意されたのは一時間ほど後だった。
「ようこそいらして下さいました!! メアディル領を収めております。ゴドフリー・メアディルでございます。爵位は伯爵で、趣味は釣りでございます」
釣り吉らしい日に焼けた顔、笑いシワが目尻にくっきりした恰幅のいい中年伯爵がやってきた。
相手から正式に挨拶された以上、こちらも名乗るのが礼儀というものだ。どちらにして通行許可を貰うつもりでいた。ヘリンズでも大騒ぎだったのでエレディンはなかばやけくそである。
「……ロトランダ領主、エレディンだ。歓待をありがたく思う」
「……へ?」
メアディル領主は固まる。
王子のお付きと思っていた人物が悪名高い毒蛇公爵像と一致しない。
「妻のリカルダです。お見知りおきを」
イケメンオーラを放ちながらあいさつしたのはリカルダだ。説得力がなさすぎる自己紹介である。凛々しい顔立ち、すらりとした長身、腰に佩いた剣はおとぎ話の王子様だ。
「えーっと、すみません。ちょっと耳が悪くなったようでして……もう一度」
メアディル領主はアハハと笑った。
こんな凛々しい若者は王子様に違いないし、耽美な美青年が毒蛇公爵のハズがない。
しかし、現実は残酷である。
エレディンは家紋の印章を見せた。
メアディル領主は目が点になる。
続いてリカルダだが……。
「ふむ。公爵夫人の証明というのは難しいな。家紋入りティアラは城の宝物庫にあるし」
エレディンと違って印章もない。
エレディンの言葉だけが身分を証明する。
「妻のリカルダだ。ファルディス侯爵家の次女でもある」
メアディル領主は目をぱちくりさせた。
エレディンの紹介と目の前のリカルダは全く結びつかない。
そこでふと、彼の脳裏に例の噂がかすめた。
どこかの王子様がお忍びで諸国を漫遊しているという奴だ。すこぶる美形で優しくて強い……。
(なるほど!! お忍びの王子様だから正体を隠しているのだ!!毒蛇公爵の結婚は王子様を隠すための策謀!!)
メアディル領主は合点がいってにっこり笑った。
「すべてわかりました!! ご安心ください。私は口が堅い男です。御身分を触れ回ることはいたしません!!」
力強い言葉だが、エレディンが思うことは一つ。
(ああ、これは絶対に何か勘違いしているな……)
である。
今までの経験から誤解を正す努力はムダなことはよく知っている。口は堅いと言っているので、問題になることはないだろう。
エレディンは無言で通した。
■
こちらはメリンダの私室、可愛らしいピンクで統一されたお部屋である。
「メリンダや。聞いて驚け。この城に王子様が滞在されておる」
メアディル領主は得意げに言った。
「何を言っているのお父様。こんな辺鄙な場所に王子様なんてくるわけないでしょ!!」
意外に現実を見ていたメリンダが答える。
そもそも彼女が結婚相手を王子様にこだわったのは結婚したくないからだ。好きな人と結婚できないなら誰とも結婚したくない。
そんな乙女心を知らないメアディル領主は言う。
「ふっ。ところがいるんだ。お忍びだがな!!」
「おしのび? あやしいわ。王子様を騙る偽物じゃないの?」
「ところがどっこい本物の毒蛇公爵が傍に仕えている。公爵を従えられるほどの御仁……王族くらいしかいないだろう?」
にちゃり。
メアディル領主は悪い顔をした。
しかし、メリンダは『毒蛇公爵』の言葉に悲鳴を上げた。
「キャー!!!ヤダヤダ!!!早く追い出して!!!恐怖の公爵をなんで城に入れるのよ!!!!!」
メリンダはシーツを被ってキャーキャー喚きだした。
そして彼女を援護するようにわめきたてるのは侍女たちだ。
「そうですわ伯爵さま!!」
「なんでそんなモノを引き入れたんです?!」
「恐ろしい毒蛇公爵など早く追い出して下さいませ!!」
てっきり娘が喜ぶとばかり思ったメアディル領主はオロオロするしかない。
「いや、でも……毒蛇公爵もすこぶる美形で……」
「キャー!! イヤー!!早く追い払って!!」
「王子様もおとぎ話に出てきたみたいにかっこよくて……」
「イヤアア!! 早く追い出してって言ってるでしょ!!!!」
結局、ロクに話を聞いてもらえないままメアディル領主は部屋を追い出された。
一方、エレディンとリカルダは客室を用意してもらい、素性を知らないメイドたちに甲斐甲斐しくお世話をされていたのだった。




