おまけ 公爵夫人が男前すぎて宿屋でモテまくる
ロトランダ領から離れてお隣のヘリンズ領。
街道沿いの小さな宿で二人は体を休めていた。
というか、宿の呼び込みがリカルダに一目ぼれして引き込んだと言った方が正しい。
「この赤ワイン煮込み、ウチの自慢なんです!!」
目を輝かせて宿屋の娘が料理を持ってくるが、さっきから似たようなことをされているのでテーブルの上はいっぱいである。
小食のエレディンは見ただけでもうお腹いっぱいだが、リカルダは余裕らしい。
「ありがとう。さっきのスープパイも美味しかったよ」
屈強とは言い難い体の何処にそんな入るのか不思議で仕方がないが、宿屋の娘は気にならないようだ。専属給仕かというほどぴったりべったり傍に張り付いているのだ。
「本当に素敵ねえ」
「絶対お忍びの王子様よ!!ほら、噂にあるでしょ。武芸の達人の王子様がお忍びで諸国漫遊してるって!!絶対にあの方よ!!」
ちなみにこちらは、別テーブルのお嬢さんたちだ。
小さな集落でのことで噂が噂を呼び、ほとんどの女性が詰めかけている。
「キャアアア!!こっちに手を振って下さったわ!!」
「いいえ!! あれはアタシによ!!」
「アンタ、さっきは黒髪の人の方がいいって言ったくせに!!」
キャイキャイ、ギャイギャイと店の中は大賑わい。
さらにはあの方が食べたものが欲しいとひっきりなしに注文が入る。そのうち『王子様が絶賛した料理』とか宣伝文句に使われそう。
ちなみに男性客は放っておかれてもブーイングすることはなかった。
「王子様に会ったって母ちゃんに自慢しよ」
「まさかこんな辺境で会えるとはなあ。ありがたやありがたや」
と謎の感動をして拝み始める。
そしてそれに突っ込みたいのはエレディンだ。
(王子様じゃない!! 俺の妻だ!!!)
心の中で叫ぶ。
しかし、爽やかに店員と話す話術と優し気な眼差しに凛々しい顔立ち。
そして溢れんばかりの王子様オーラが何を言ってもすべて無駄になる。
皇帝のサイン入りの結婚許可証を見せたとしても、『冗談がお上手ねえ』と言われるに決まっている。エレディンは色々諦めた顔でワインを飲んだ。
その風景はさしずめ
『ウチの王子ったらヤンチャで困る』というような有能補佐官のイメ―ジで、ますます人々は誤解していくのだった。
■
夜もとっぷりくれたが宴はまだまだ終わらない。
「ファイヤーグリフォンを倒すなんてすごいです!!」
「リカルダ様の武勇伝もっと聞きたい~!!」
お酒を注ぎたがる女性、料理を取り分けたい女性が入れ代わり立ち代わり押し合いへし合い、リカルダの周囲にてんこもりである。宿屋の娘は「あたしのお客よ!!」と憤慨している。
女性に甘すぎるリカルダは彼女らは困った顔をするでもなく、にこやかに対応する。
それがそもそも誤解される原因だとエレディンは言いたい。
なお、見た目は完全に『王子様とその従者』なので従者に興味ないのかエレディンにおざなりである。手酌でワインを飲み、サラダを自分で取り分ける。解せぬ。
「あ、エレディン。注ごう」
気づいたリカルダが瓶を取る。それがさらに女性たちを沸かせた。
「まあお優しいい!!!!」
「素敵いいい!!!!」
王子様が従者に自らワインを注いであげる図は彼女たちの心を刺激したらしい。王子様じゃないけどな!!とエレディンが再び心の中で突っ込む。
さすがに疲れてきたエレディンは部屋に戻ることにした。
もともと騒がしい所が苦手だ。なお、伴侶がモテるのはさほど気にしていない。ミニチュア銅像まで作られているので今更である。
「おい、俺は先に戻るぞ」
「なら私も。残りは包んでもらえるかな? 部屋で食べるよ」
「もちろんです!!」
リカルダのお願いに宿屋の娘は真っ赤な笑顔で承諾した。女性たちはショックを受けたが、リカルダの「すまないな」のセリフで素直に応じた。イケメンは得である。公爵夫人だが。
「食べたりないなら残っていていいんだぞ?」
エレディンが言うとリカルダは首を振る。
「私が君と一緒に食べたいんだ」
まっすぐな青い瞳がエレディンを見てくる。
リカルダのド直球な告白にエレディンは硬直する。
感情が追い付かないが、悪い気はしない。
「……なら、部屋で飲みなおすか。二人で」
「ああ、二人だけで」
そう言って笑いあう。
部屋に戻って二人は今度こそ平和に乾杯できた。
(それにしても一日目でこれとはリカルダのモテぶりに恐れ入る。俺ばかり振り回されている気がするが……まあ、惚れた方が負けか)
しみじみと思うエレディンだが、エレディンが知らないことが一つある
エレディンも人目を惹く美貌の持ち主であること、
テーブルに押しかけて来た女性の何人かはエレディン目当てであったことだ。
顔を赤らめてエレディンを見ていた女性たちに手を振り、リカルダは自分に注目を向けさせたのである。
リカルダも表に出さないがエレディンに振り回されている。
(ここまで余裕がなくなるのは初めてだな。これが惚れた弱みというやつか)
結論、似たものイケメン夫婦である。
なお、この様子を隠れた場所から見ていたのはリカルダをカイラス王子と誤解している暗殺部隊である。
「カ、カイラス王子があの黒髪美青年を寝所に連れ込んだぞ!!!」
「なんだと!! すぐに大臣に報告しろ。利用できるかもしれない」
「うーむ。硬派で通ったカイラス王子がなあ」
「まあ、あれだけの美青年なら無理もない。カイラス殿下と並んでもそん色ない美しさだ」
「馬鹿者!!ターゲットを称えてどうする!!」
見当違いの会話をしながら、真面目で勤勉な暗殺部隊の不毛な監視は続くのであった。




