3話 身代わりに来た娘がシゴデキ過ぎる 前編
悪名高い恐怖の公爵エレディンはがっくりと項垂れた。
「どうしてこうなった!!」
一緒に暮らすとはいえ、エレディンはリカルダと家族ごっこをするつもりは毛頭ない。なんとかしてあちらから婚約破棄を申し出てもらい、合法的に金をファルディス侯爵家から巻き上げたい。
「冷遇すればすぐに逃げ帰るだろう。粗末な食事に部屋を与え、重労働を課してやれ。二度と『恐怖の公爵に嫁ぐ』なんて選択肢が生まれんようにな」
エレディンは冷たい目で薄く笑う。
こうしてリカルダはエレディンの指示の元、粗末な屋根裏部屋が与えられた。しかし、野宿常連で安宿を渡り歩いてきたリカルダが屋根裏とはいえ清掃の行き届いた部屋に怯むはずがなく、むしろ喜んだ。
「今日はぐっすり眠れそうです。ありがとうございます」
清々しい好青年(?)の屈託のない笑顔が眩しすぎて侍女頭アデライドは部屋から飛び出し、モーリスのところへ走った。
「無理です。無理です!!あんな素敵ないい子を追い出すような真似、私には無理です!!」
粗末な部屋でよろこぶ若者……今までどんな苦労をしていたのだろう。それを想像するだけで胸が痛んだ。ちなみに苦労どころか楽しんで武者修行をしていたのだが、貴族のお嬢様であるアデライドにそんな想像できるはずもない。
「侍女頭のあなたでも無理ですか……。となると、ロトランダ城で最も過酷でシンドイ場所に送り込むしかありませんな」
モーリスは難しい顔をする。
アデライドは真っ青になって喉から悲鳴を出す。
「ま、まさか……。洗濯房に行かせる気ですか?もしくは縫製房に?志願者すらすぐに音を上げる超過酷な場所ですよ!! そんなところにあんな不憫な美青年を送り込むなんて」
すっかりリカルダのファンになったアデライドは肩入れ具合が半端ない。
「しかし、他に手はありません。リカルダがファルディスに戻りたいと言えばすぐに開放、キャッチアンドリリースです」
「そ、そうですわよね。すぐに飛び出しますわよね。」
アデライドはぱっと顔が明るくなった。
ただでさえ辛い過去(アデライドの妄想)を持つのに、これ以上苦しい思いをして欲しくない。彼女はリカルダの無事を祈るのであった。
こうして超過酷な洗濯房に配属となったリカルダだが、逃げ出すどころかあっという間におばちゃんたちのトップアイドルになった。
ただでさえイケメンなのに気立ても良けりゃ働き者でベテランと比べてもそん色ないほどの仕事ぶり、さらに借金のカタに連れて来られたというバックボーンがおばちゃんたちの涙をさそう。
「これもお食べ。こっちもね。遠慮なんてしなくていいからさ」
と洗濯房の主人ドレーテ夫人が自らご飯を盛る始末。モーリスですら近寄りがたい御仁なのだが、リカルダの前ではただの気風のいいオバチャンである。
トップアイドルになったリカルダが、それでは終わらないのがハイスペックイケメンのなせる業。
超強力な洗浄力を誇るダルシュードの実(毒蛇の森の迷宮産)、ちょっと特殊な牛型モンスターを使って乾燥まで終わらせ、ブラック労働から超ホワイトへ。
「傭兵団にいたときのテクニックが生かせてよかったです」
おごらず謙虚、その姿勢がおばちゃんたちのハートを射抜く。
一方、エレディンは監視員からの報告に顔を覆って項垂れた。
「ザングロス……ザングロス……。どこからどうみてもザングロス」
「騎士団に確認させましたが、確実にB級モンスターのザングロスでございますね」
モーリスが言う。
モンスターの等級は至ってシンプル。人間が倒せない規格外をSSとし、名を馳せた冒険者チームでB以上となる。
毒を出し(混ぜるな危険塩素系)、熱波を出し(驚きの速乾)、鋭い角で獲物を叩きつける(高速回転たたき洗いで驚きの仕上がりへ)怖い怖いモンスターなのである。
「城の中でB級モンスターなど飼えるかああ!!!!!」
エレディンはそう叫んだのだが、仕上がった衣服のふわふわっぷりに陥落し、黙認することにした。